第4話
アカデミー中等部の授業が終わった放課後、プラチナブロンドの髪をショートボブにした、西洋人形のように美しく可憐な外見だが、つぶらな瞳と身に纏う雰囲気は冷め切っているスレンダーな体格の少女――アリス・オズワルドは、せっかくの可憐な表情を不機嫌にして、身に纏う空気も普段以上に張り詰めて刺々しかった。
他人を寄せつけない雰囲気を身に纏うアリスに、誰も寄りつこうとしなかった。
しかし、そんなアリスに、豊満な胸元にアカデミー都市内の治安を守る
「ねー、知ってる? あそこのケーキ屋さんってすごい美味しいんだってさ♪」
「そう」
「あ、この間あそこの看板の焼肉屋さんに行ったんだけど、もう最高だったよ♪」
「そう」
「何だかこの辺に新しい服屋さんができたんだってさ」
「興味ない」
「もー! さっきからおねーさんが話しかけてるのに、冷たいぞー!」
アカデミー中等部の校舎を出てからずっと付きまとって話しかけてくる美咲に、アリスはウンザリした様子で適当に受け流していた。
そんな冷たい態度のアリスを、不満気に、それでいてかわいらしく頬を膨らませて非難する美咲。年上でありながらも子供のようにプリプリ怒る美咲を、アリスは冷めた目で睨んだ。
「それなら面白くない雑談をするよりも、監視のために私に近づいたって正直に言って」
「はいはい――ごめんね、アリスちゃん」
吐き捨てられたアリスの言葉に、美咲は軽薄な笑みを浮かべながらも、どこか寂しそうな表情を浮かべて素直に謝った。
「今日、お父さんに呼び出されてたみたいだけど、行かなくていいの?」
「そこまで把握してたならさっさと言って。どうせくだらない用件で呼び出されただけだから、行く気はない」
「素直でおねーさん、嬉しいぞ❤」
「普段はサボるくせに、随分仕事熱心」
「そう言われると反論できないけど、おねーさんだってアリスちゃんを心配してるんだから❤」
「ウザい」
一々自分の行動を把握している美咲――いや、制輝軍にアリスは忌々しく舌打ちをした。
一か月前、枢機卿アリシア・ルーベリアの娘であり、次期教皇最有力候補であるプリメイラ・ルーベリアが誘拐された事件で、アリスの父であり、自他ともに認める天才であるヴィクター・オズワルドが事件に関わっているかもしれないと、制輝軍内で疑われることになった。
父が疑われた結果、アリスは父の嫌疑が晴れるまで、制輝軍の活動ができなくなり、四六時中制輝軍から監視されることになった。
父を問い詰めようとしても、勝手な真似をするなと制輝軍を率いている
父の嫌疑が晴れないままあっという間に一月が過ぎようとしていたが、一月前から進展がなく、自分が疑われたままであるということにアリスは不愉快だった。
「色々ストレスがあるだろうけど、ウサギちゃんを信じて待とうよ。ね?」
「一か月過ぎてるのに何も進展がないのは、ノエルにしては遅すぎる。やる気がないと思う」
「ウサギちゃんだって色々と仕事に追われて忙しいみたいだから、仕方がないよ~」
……普段のノエルならすぐに行動するのに今回は遅すぎる。
忙しい身なのはわかるけど――それでも、今回は何か妙だ。
何かノエルに考えがあるのか、命令を聞かない私が嫌になったのか――
どちらにせよ、あまり期待しない方がいい。
常に与えられた任務に感情をいっさい挟まずに忠実にこなし、感情に流されることなく的確な判断を下し、いっさいの無駄のない合理的な思考の持ち主である白葉ノエルを思い浮かべると、アリスは苛立ちとともに、締めつけられるような痛みが胸に走った。
甘すぎる猫撫で声で不機嫌なアリスのフォローをしたつもりの美咲だったが、ウサギちゃん=ノエルの名を口に出したせいで、それがすべて無駄になったと察した。
一か月前に発生したプリムが誘拐された事件で、アリスはノエルの命令を無視して勝手な行動をしてしまい、その結果、二人の間に大きな溝が生まれてしまった。
一か月経ったので、少しは二人の間に開いた溝が狭まっているかと思った美咲だったが、不機嫌なアリスを見て、まだ溝が埋まっていないことを悟って憂鬱そうに小さく嘆息した。
「そういえば、アリスちゃん、最近プリムちゃんと一緒にいるんだってね♪」
「一応」
雰囲気を変えるために美咲は話を替え、アリスは不承不承といった様子で応対した。
不承不承ながらにも質問に答えてくれたアリスを見て、美咲は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
今までは海外にある教皇庁旧本部で暮らしていたプリムだったが、プリムを誘拐した事件の黒幕がまだ捕まっていないので、教皇庁は彼女を守るために教皇庁本部があり、教皇庁に所属する多くの輝石使いがいるアカデミー都市で暮らしていた。
一か月前に出会い、誘拐犯に人質として利用されそうになったところ助けて以来、プリムに懐かれたアリスは最近よく一緒にいた。
「新しいお友達のプリムちゃんとは仲良くしてるの?」
「普通」
「アリスちゃんとプリムちゃんは普段はどこで一緒に遊んでるの?」
「色々」
「若い者同士、仲良くどんなことをしてるのかなー?」
「色々」
自分の行動を監視する任務のためなのか、それともただの好奇心なのか、嬉しそうな笑みを浮かべて自分の近況を根掘り葉掘り詳しく聞いてくる美咲に、アリスは適当に答えた。
……別に、あんなじゃじゃ馬娘、仲良くしてるわけじゃない。
ただ、あっちが誘ってくるから付き合ってるだけだし……
一か月の間プリムと付き合ったアリスは、わがままで世間知らずなプリムに対して色々と不満があり、ウザいと思っているが――それでも、純真無垢な性格の彼女に振り回されるのは悪くないと心の奥底で僅かながらに思っていた。
クールな表情を浮かべて他人に自身の感情を読み取れないようにしているアリスだが、美咲には何となくだが彼女の心を理解していた。だからこそ、嬉しそうににやにやと笑っていた。
自分を見透かしているような美咲の視線に気づいたアリスは、不機嫌な目で睨み返す。
「プリムちゃんと仲良くしてるようで、おねーさん安心したぞ☆」
「……別に、仲良くしてるわけじゃない」
「不貞腐れてるのかなと思って、おねーさん心配して、気分を紛らわせるための差し入れ持ってきたけど、必要なかったかな? でも、色々と参考になると思うから、はい――これ」
プリムと仲良く日々を過ごしている様子のアリスに、安堵したように、それ以上に嬉しそうな笑みを浮かべている美咲は、コートのポケットの中から皺だらけの一冊の雑誌を取り出し、アリスに無理矢理手渡した。
美咲が渡したのは、『月刊背伸びガールズ三月号』という、布の面積が少ない過激なビキニを着た、未成年にも成年にも見えるグレーゾーンな外見の美少女が表紙を飾る雑誌だった。
今月号の特集は、『春に向けての背伸びレッスン』、『後輩に大人なレディと思われる方法』、『サイエンスガールに贈るセクシー白衣特集』、『ここぞという時の精力満点の勝負フードが食べられる場所』、『ドキッ! あの子たちのファーストインプレッション』――アリスにはいっさい興味のない特集ばかりだった。
「これは思春期ドストライクのイケイケでナウなティーンのための情報誌❤ アリスちゃんと同い年の子に人気がある雑誌なんだ☆」
「いらない」
「ちょ、ちょ、ちょっと、アリスちゃん! せっかく買ったのにー! お仕事していないんだから、少しはこれを読んで青春について勉強しないと!」
中身を見ずにすぐに捨てようとするアリスを必死に制止する美咲。
しかし、それでもアリスは近くのごみ箱に捨てようとしていた。
だが、青春について熱く語る美咲の説得の甲斐あって、何とか捨てられずに済んだ。
―――――――――――
短めの白髪の髪を赤いリボンで結い上げた、染み一つない色白の肌の、ミステリアスで神秘的な雰囲気を身に纏い、感情がいっさい感じられない無表情の少女――白葉ノエルは、制輝軍本部内にある自室兼仕事部屋に弟を呼び出していた。
ノエルの弟――長めの襟足を後ろ手に束ね、透き通るような白い肌と華奢な体躯の白葉クロノは、姉のノエルと同じ容姿をしており、少女と見紛うほどの外見をしていた。
無表情の二人のいる室内は、冷え切った空気が流れていた。
「巡回、お疲れ様でした――何か報告はありますか?」
「問題ない」
姉弟であることをいっさい感じさせない事務的で淡白な会話を短く交わした後、感情を宿していない冷たい目を鋭くさせてノエルは本題に入る。
「リクト・フォルトゥスとプリメイラ・ルーベリアについての報告をお願いします」
リクトとプリムについての報告を求められ、クロノは一瞬の間を置いて報告をはじめる。
「二人とも特に目立ったことはなかったが――放課後、リクトはヴィクター・オズワルドに呼び出され、研究所の清掃を手伝いに行ったようだ」
「それを聞いて、あなたは彼と行動をともにしなかったのですか?」
「今、ヴィクター・オズワルドに接触するのは回避するべきと判断した」
クロノの判断に、ノエルは「なるほど」と無表情ながらも満足したように頷いた。
「次はアリス・オズワルドについての報告をお願いします」
リクトの報告を聞いた次は、アリスについての報告をノエルは求めた。
リクトの時と同様に、一瞬の間を置いてクロノは報告をはじめるが――リクトの時よりも、刹那の差で報告をはじめる間が開いたようにノエルは感じていた。
「気になる点が一つ。美咲の報告を聞いたが、アリスもヴィクターに呼び出されていたようだ。当然、アリスは呼び出しに応じなかった――報告は以上だ」
「確かに、気になりますね――報告、ありがとうございました」
嫌悪感を抱かれていることを理解しながらも、ヴィクターがアリスを呼び出したことについて、確かにクロノの言う通り気になったノエルは頭にとどめておくことにした。
自分の報告を聞いて淡々と頭の中で冷静に分析しているノエルの様子を、クロノは無表情ながらも何かを訴えるような目で見つめていた。
一瞬だけ沈黙の空気が室内を流れはじめたが――「……ノエル」と、感情を宿していないが、おずおずと言った様子でクロノはノエルに話しかけた。
「今回の計画、本気なのか?」
「与えられた任務ですので私たちはそれを遂行するだけです」
いっさいの迷いのないノエルの答えに、ノエルと同じく無表情のクロノの表情が僅かに曇る。
「正直、オレは反対だ」
自分たちの与えられた任務を反対するクロノを見て、感情を宿していないノエルの表情に僅かな不快感と驚きの色が宿って強張り、心拍数が僅かに上昇した。
「……その理由は?」
任務を反対するクロノに理由を尋ねるノエルの声が、普段なら感情を宿していないせいで平坦なのに、僅かに上昇した心拍数のせいで僅かに弾んでしまっていた。
「危険だ。リスクがあまりにも大きい」
「今回の任務が成功すれば、目的に一気に近づくことができます」
「確かにそうだが、相手が悪い」
「それでは、あなたは与えられた任務を放棄するということですか?」
感情を宿していない声だが、威圧感が込められたノエルの問いかけに、暗い表情を僅かに俯かせたクロノは黙ってしまう。そんなクロノをノエルは探るように見つめた。
「そんなつもりはない」
数十秒の沈黙の後、暗い表情を浮かべたクロノは重い口調でノエルの質問に答えた。
クロノの答えを聞いたノエルの表情は僅かに和らぎ、上昇していた心拍数が元に戻った。
「私たちに与えられた任務を放棄する権限はありません」
「わかっている……ただ、オレは――……不安、なのかもしれない」
暗い表情を浮かべて『不安』を抱いているかもしれないことを口にするクロノに、ノエルは無表情だが心底呆れ果てた様子で小さく嘆息する。
「私にしてみれば、本調子ではないあなたが不安です。最近、様子がおかしかったので休息を取らしていましたが、どうやらまだ調子が戻っていないようですね――いいえ、以前よりもひどくなっているかもしれない。役立たずは必要ありませんから」
「……そうかもしれないな」
自分の言葉に反論することなく、自虐気味な微笑を僅かに浮かべて『役立たず』と認めたクロノに、ノエルは胸の中がざわつくと同時に、何かで絞めつけられるような感覚に陥った。
「とにかく、今は余計なことを考えないで任務に集中してください」
「了解した」
与えられた任務を遂行するため、クロノは部屋から出てノエルの前から立ち去った。
部屋を出るクロノの背中を分析的な目で見つめるノエルの目には、自分が良く知る、『弟』としての白葉クロノの存在とは違うように映っていた。
以前の――リクト・フォルトゥスの海外出張に付き合う前のクロノは、自分と同じく与えられた任務に忠実であり、今のように不安を口に漏らすことはなかった。
しかし、今の――海外からアカデミー都市に戻ってきた時のクロノは、以前とは明らかに様子がおかしいとノエルは思っていた。
最初は気のせいだと思いつつも、日が経つにつれて、気のせいではないことを悟り、今日の様子を見て認めざる負えなくなってしまった。
自分のよく知る白葉クロノという存在が変わってしまったと。
白葉クロノ――明らかに問題を抱えている。
任務に大きな支障をきたす恐れが十分にあり。
白葉クロノは不要である。
ノエルの頭の中に、感情を宿していない機械的で分析的な声が響き渡った。
頭の中の声は無情にも、クロノを不要であると判断を下した。
その判断に――ノエルの胸が今までにないほどざわつき、苦しくなった。
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