第5話

 セントラルエリアの高層マンションで暮らす幸太郎の近所には同級生であり、同じく風紀委員であるセラ・ヴァイスハルトが暮らしていた。


 同級生であり、近所に暮らしているセラには何かと幸太郎は世話になっていて、よく彼女の部屋に招かれて夕食を一緒に食べたり、夕食の残り物をおすそ分けしてもらったりしていた。


 今日も幸太郎はセラに招かれて夕食を一緒に食べていた。


 髪をショートヘアーにした、凛々しく美しい顔立ちのセラは、輝石使いとしての実力も高く、成績優秀で、誰に対しても分け隔てなく優しく接しているので、異性同性年齢問わず人気があり、非公式にファンクラブも存在していた。


 見た目は少女というよりもおとぎ話に出てくる王子様のような凛々しい外見で、家庭的な女の子には見えないが、実は料理が趣味で得意だった。


 いつも夕食を一緒に食べている幼馴染の優輝、ティア、セラが呼んだ幸太郎と、今日は優輝が呼んだ大道を入れて、五人で夕食を食べていた。


 今日のメニューは、はじめて大道が自分の料理を食べるということで、セラは鳥の照り焼き、里芋の煮っ転がし、とろろ、お吸い物という彼の好みである和食をメインに作った。


 上品で丁寧な箸使いで、大道はセラが自分の好みに合わせて作ってくれた夕食を行儀良くゆっくりと口に運んで、咀嚼すると――「美味い」と、短いながらも感嘆の声を上げた。


「里芋の煮加減も味付けもちょうどよく、口の中でホロホロととろける食感が素晴らしい。照り焼きはふっくらとして柔らかい肉の中で、油とタレがお互いの味を損ねることなく上手く絡み合っている。吸い物の味は完璧だ――カツオと昆布の味が良く出ている」


 心から感心して丁寧な感想を述べる大道に、セラは「あ、ありがとうございます、大道さん」と僅かに頬を赤らめて照れていた。


 行儀良く、上品に食事をしている大道の傍らで、飢えた獣のように優輝、ティア、幸太郎の三人はガツガツと音が出る勢いで食事をしていた。特に、優輝の食欲は普段以上に旺盛だった。


「優輝さん、お腹空いてたんですね。今日の訓練、厳しかったんですか?」


「大道さんと激しくぶつかり合ったし、今日はいつも以上に厳しい訓練だったよ。輝石の力をいつも以上に長く使ったからお腹も空いたよ」


 顔に擦り傷を残して普段以上にガツガツ食べている優輝の様子を見て、何気なく思ったことを口にする幸太郎。自分の食欲を指摘され、自分の姿を顧みた優輝は気恥ずかしそうに笑う。


「輝石の力を使うとお腹減るんですか?」


「確かに輝石の力を使えば体力は消耗される。だが、消耗された体力は輝石の力を使えば容易に戻ってくる――まだまだ修行が足りないということだ」


 自分の何気ない疑問を、鳥の照り焼きを食べるのを中断してティアが答えてくれて、幸太郎は「へぇー」と情けなく大口を開けて感心した。


「ティアさんの訓練が凄まじいから優輝さん疲れているんだと思っていました」


「もちろん、それもあるよ。たまに俺と訓練する時にティアは折檻用の鞭を持参するからね」


「ちょっとえっち」


「冗談だよ、冗談」


 優輝の冗談を真に受けて、ピンク色の妄想を繰り広げる幸太郎。


 そんな二人のやり取りをジットリとした目で見ていたティアは、「バカなことを言うな」と不快そうに呟く。


「本調子ではないのに、身の程を知らずに優輝が自分で勝手に訓練を厳しくしているだけだ」


「程々にって前にも言ったのに、また優輝は無茶をしてるの?」


「だ、だけど、もう少しで力が――」


「言い訳無用。優輝が無理をするだけ沙菜さんが心配するってわかってるの?」


 優輝が自分で自分を厳しく追い込んでいることをティアから聞いて、セラは呆れ返っていた。


 余計なことを言うティアを睨む優輝だが、事実なので何も反論できなかった。


「確かに前と比べて優輝は力を取り戻したけど、無理は禁物だよ」


 厳しくも優しく諭すセラの言葉に、「その通りだ」と大道も同意を示した。


「一歩ずつ着実に力が戻っている。優輝君が完全に力を振えるようになるまで、後一歩のところだ。焦らず、この調子で先に進もう」


「その後一歩の先が見えない状況が続いているんだよね……」


 力強い笑みを浮かべた大道の励ましに、優輝は憂鬱そうにため息を漏らした。


「最近、毎日欠かさず、それも厳しい訓練をしてるって沙菜さんが心配してるんだよ。優輝は焦り過ぎだと思う」


「同じことをティアや大道さんから何度も言われたから、わかってるって」


 自分でも十分に承知しており、今日だけで何度も言われたことを口に出すセラに、優輝は苛立ちを含んだ棘のある声を上げると、一瞬だけ場の空気が静まった。


 場の空気を悪くしたことに、優輝は一度深呼吸してから、「ごめん」とすぐに謝った。


「私の方こそごめん……自分のことは自分が一番わかるよね」


「いや、セラは気にしないでいいんだ……やっぱり、俺は焦っているみたいだ」


 空気を悪くしたのは自分なのに、謝ってくるセラに申し訳なさを感じる優輝。


「セラに八つ当たりをするな、バカモノ」


 呆れ果てているティアのドスの利いた声と鋭い目に、優輝は再び「ごめん」と謝罪する。


 焦る自分を抑えられれず、妹分のセラに八つ当たりして優輝は情けなさを感じていた。


「――そうだ、訓練漬けの日々が続いたんだから、明日は休息したらどうだ。ほら、そろそろホワイトデーだ。気分転換に沙菜のお返しを探すのはどうだ?」


「……そうですね。わかりました」


 場の空気を換えるための大道の提案に、胸の中に眠る焦燥感のせいで一瞬断ろうとした優輝だが、焦る気持ちを無理矢理抑えて明日は訓練を休むことにした。


「それなら、ホワイトデーの前に白髪も目立ってきてるし髪も染めた方がいいよ」


「最近訓練で忙しかったから、忘れてた。帰ったら染めるよ」


 セラの指摘に窓に映る自分の姿を見た優輝は、白髪が目立っていることに気づいた。


 ある事件のせいで力を失うと同時に、精神的ショックの影響で髪が白くなってしまい、定期的に髪を黒く染めていた優輝だったが、最近訓練に集中し過ぎて髪を染めることを忘れていた優輝の頭はすっかり白髪が目立つようになってしまった。


「そうだな。沙菜も今年でアカデミーの高等部を卒業して、大学部に進級するから、しっかり髪を染めて、卒業祝いも兼ねてホワイトデーは気合を入れなくてはならないな」


「べ、別にそんなに気合を入れなくてもいいでしょう」


 豪快な笑みを浮かべて茶化す大道に、優輝は気恥ずかしそうに頬を染める。


「しかし、ホワイトデーのお返しか……今年はどんなものにしようかな」


「それなら、優輝さん。明日、一緒にホワイトデーのお返しを探しましょうよ」


「それじゃあ、よろしくお願いしようかな」


 一人で選ぶよりも誰かが一緒にいてくれた方が良いものを選べるかと思ったのに加え、大道の言う通り気晴らしになると思った優輝は幸太郎の提案に乗ることにした。


「あ、でも。明日、放課後に博士の研究所の掃除をするんで、少し待たせてしまうんですけど、それでも大丈夫ですか?」


「じゃあ、俺も手伝うよ。その帰りに探そうよ」


「それなら、サラサちゃんとリクト君も都合が合えば一緒に連れて行きましょうよ。ナウなヤングの二人に最近の流行を聞いて、水月先輩のプレゼントを決めましょうよ」


「確かに、あの二人の意見は参考になりそうだ。セラやティアの意見は参考にならないからな」


 何気なく放った優輝の言葉と、「あ、それわかります」と深々と頷いて同意を示す正直な幸太郎に、セラとティアは不快な反応を示すが、事実なので何も反論できなかった。


「幼馴染で兄妹も同然に育ってきた俺としては、ティアとセラにはもう少し女性としての意識を高めてもらいたいんだよなぁ……この間、二人がお風呂に入っている時に偶然下着を見てしまったのだが、昔と変わらず色気のない下着だったよ」


「どんな下着だったんですか?」


「携帯の写真に収めてるよ。沙菜さんに見せて、二人の女っ気のなさを教えて、女性らしさについて二人にアドバイスを頼もうと思って撮ったんだ」


「見せてください、是非、見せてください。お願いします」


「そんなに慌てないでくれ、幸太郎君。そうだ、大道さんも見ますか?」


「え、遠慮しよう……それよりも、いいのか?」


「何が――あっ……」


 セラとティアの下着の画像に鼻息荒くする幸太郎はまったく気づいていないが、室内の温度が急激に冷え込んだことに優輝と大道は気づいていた。


 そして、大道の注意のおかげで優輝はつい口を滑らしたことにも気づいた。


 絶対不可避の嵐から逃れるため、大道は「ごちそうさま」と箸を置き、自分が使った食器をキッチンへと運ぶためにリビングから離れた。


 大道の助けが求められないことを悟った優輝は、覚悟を決めて室内の温度を下げている張本人たちであるセラとティアに視線を向けて――


「テヘッ❤」


 かわいらしく舌を出し、ウインクをして優輝はチャーミングに笑うが、もちとんそんなことで許されるはずがなく、数瞬の後――優輝の叫び声が室内に木霊した。


 優輝からぶんどった携帯をセラは操作して、自分とティアの下着の画像データは消去して、おまけに優輝の携帯の液晶をティアは拳で叩き割った。


 下着の画像が永久に見れなくなって、今度は幸太郎の悲鳴が響き渡った。

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