第2話
アカデミー都市にある、アカデミーに通う生徒が輝石使いとしての訓練を行う訓練場や、イベントで使用される大型ドームなどがあるウェストエリア。
ウェストエリア内でも大きめな訓練場内に、甲高い剣戟音が何度も響き渡っていた。
数分間剣戟音が鳴り響いていたが、爆発音にも似た轟音が響き渡って剣戟音が止んだ。
勢いよく吹き飛んだ細身の体躯の青年は、軽やかに身体を反転させて華麗に着地する。
僅かに息を荒くさせ、少し幼さが残る爽やかな顔立ちを鋭くさせた細身の体躯の青年――
刃のように鋭い優輝の視線の先に、武輝である錫杖を持つ坊主頭の大男――
普段は仏のように優しい表情の大道だが、優輝と対峙する彼の表情は鬼のように険しかった。
訓練とはいえ二人は激しく、ぶつかり合っていた。
そんな二人の訓練から何かを学ぼうと、多くの輝石使いが集まって観戦していた。
向かい合ったまま動かない二人の姿を、ギャラリーたちは固唾を呑んで見守っていた。
――接近戦は大道さんの方が圧倒的に有利だ。
輝石の力を使うだけで体力が失われる状態で、輝石の力を使って遠距離から攻めるのも悪手。
体力も少ないし、攻める手段が限られている――状況は圧倒的にこちらが不利だ。
優輝は自分と大道との力の差を冷静に分析していた。
輝石の力を使いこなし、体術も剣術も備えている優輝だが、優輝の攻撃はことごとく大道に防がれてしまい、避けられてしまって掠りもせず、数分間激しくぶつかり合って大道はまったく息を切らしていないのに、優輝は全身で息をして疲れ果てていた。
勝機がない現状に優輝は心の中で悔しそうに舌打ちする。
相手に攻められたら一気に形勢は逆転する――
なら、こちらから攻めて相手の隙を突くしかない!
現状と大道の分析を終えた優輝は、武輝を逆手に持ち替え、自身の周囲に輝石の力で生み出した光の刃を数本浮かび上がらせ、大道との間合いを詰める。
間合いに入ると同時に優輝は大きく身体を捻ると同時に逆手に持った武輝を振うと、周囲に浮かんでいた数本の光の刃が一斉に大道に襲いかかる。
死角から光の刃が、正面から優輝が襲うが、大道はその場から一歩も動くことなく対処する。
片手に持つ武輝である錫杖を手の中で回転させて四方八方から襲いかかる光の刃を弾き飛ばし、逆手に持った武輝を大きく身体を捻ると同時に振った優輝の顔を、武輝を持っていない手で掴み、そのまま軽々と彼を放り投げた。
投げられた優輝は空中で体勢を立て直し、宙を蹴って即座に大道に反撃する。
大上段に構えた刀を優輝は地上にいる大道へと一気に振り下ろすが、大道は片手で持った錫杖で容易に防ぎ、同時に大道は自身の周囲に輝石の力で生み出した火の玉のように揺らめく光球を発生させ、優輝に向けて発射した。
即座に優輝は大道から飛び退いて、迫る光球を回避しながら後方に向けて大きく身を翻して大道との間合いを取りながら、自身の周囲に大量の光の刃を生み出した。
体力はもうない――このまま一気に決着をつける!
ある程度大道と距離を取ると、決着をつけるつもりで優輝は一斉に光の刃を発射した。
真っ直ぐと自分に迫る大量の光の刃に向けて、恐れることなく大道は疾走する。
飛来する光の刃を自身の周囲に発生させた火の玉のように揺らめく光球で、武輝である錫杖で弾き飛ばし、最小限の動きで回避しながら優輝との距離を詰めた。
――接近戦はマズい!
一気に自分に迫る大道に、激しく息を切らしている優輝は悔しそうな表情を浮かべる。
輝石に変化した武輝から力を絞り出し、光を纏わせた錫杖を振って接近戦を仕掛けてくる大道から優輝は咄嗟に距離を取ろうとするが、それよりも早く武輝を振る大道が許さない。
回避は間に合わない!
それなら、防ぐしかない――
瞬時に優輝は間合いを取ることを諦め、武輝である刀と生み出した光の刃を手に持ち、光の刃と武輝である刀を交差させて大道の攻撃を防ぐが――武輝を持つのもやっとなほど疲れ果てている優輝に、彼の強烈な一撃を防ぐことができなかった。
大道の攻撃を受け止めた優輝の武輝は宙を舞い、床に落下する。
床に落ちた優輝の武輝は、数瞬の後に一瞬の光とともにチェーンにつながれた輝石に戻った。
「……参りました」
深いため息とともに、優輝は素直に降参を宣言して脱力したように尻餅をついた。
「途中までは文句なしによかったが、最後の最後で勝負を焦って隙を生んでしまったな」
「だいぶ力を取り戻せたと思ったんですが、接近戦はまだまともにできませんね」
「だが、不測の事態に陥っても冷静さを失わない判断力と、輝石の力を操る能力はさすがだ」
「操る度に体力が削られるので、燃費が悪いですけどね」
訓練中の鬼のような表情から、仏のような優しげな表情に戻った大道の自分への気遣いも含まれた厳しくも優しい言葉に、優輝は嬉しく思いながらも、僅かな悔しさを抱いていた。
訓練中、優輝は頭の中で大道をどうやって攻めるか、彼の攻撃をどうやって回避するか、どうやって受けるか、多くのイメージが浮かんでいたが、それら上手く実践に反映させることができず、行動に移しても意表を突いただけで簡単に回避されて反撃された。
輝石をまともに扱える力を取り戻しても、思うように動けない身体に優輝は苛立っていた。
ある事件に巻き込まれた優輝は輝石の力を扱うことができず、長い間まともに歩けずに車椅子生活を送っていたが、友人たちのフォローのおかげで車椅子から離れることができた。
しばらくは杖を突いて歩いていたが、つい最近になって杖も使わずに一人で歩けるようになり、輝石の力もまともに扱えるようになった――が、まだまだ身体が言うことを聞かなかった。
疲れ果てて尻餅をついている汗だくの優輝に、大道は力強い笑みを浮かべて手を差し伸べた。
差し伸べられた大道の手を掴んで優輝は立ち上がると、二人の激しい訓練を観戦していたギャラリーたちから二人をたたえる盛大な拍手が送られた。
自分たちへの拍手に照れる優輝だが、僅かに彼の表情は不満気だった。
盛大な拍手に訓練場内が包まれる中、それをかき消すほどの「優輝さん!」と不安に満ちた声が響き渡った。
自分の名前を呼ぶ声に反応した優輝は声の主――三つ編みおさげの髪の、地味だがよく見れば整っている顔立ちの眼鏡をかけた少女、
「だ、大丈夫ですか、優輝さん!」
「大丈夫だよ、沙菜さん。心配してくれてありがとう」
大道と激しい訓練を行った自分の心配をする沙菜に優輝は笑みを向けると、「よ、よかったです……」と沙菜は安堵の息を漏らし、優輝の微笑みを見て照れたように頬を染めた。
朱に染まった頬を隠すために沙菜は優輝から大道へと視線を向けた。優輝に向けていた乙女のような熱い視線とは違い、大道に向けた彼女の目は怒っていた。
「共慈さん、やり過ぎです」
「今の優輝君の力を測るためだから仕方がないだろう」
「それでも、まだ優輝さんは本調子じゃないんです。もっと上手い戦い方があったハズです。それなのに、最後の最後で怪我を負うかもしれない攻撃を仕掛けるなんて考えられません」
「た、確かに、熱くなっていたのは事実だが――」
「訓練なのに熱くなってどうするんですか!」
「し、しかし――」
「言い訳無用ですよ!」
普段控え目で大人しい性格の沙菜だが、優輝を限界まで追い詰めた大道を饒舌に非難した。彼女から発せられる威圧感と、正論に大道は気圧されてしまった。
「さ、沙菜さん、俺は大丈夫だから、そんなに大道さんを――」
「優輝さんは訓練が終わったばかりで疲れているんだから黙って大人しくしていてください!」
自分のために厳しい訓練をしてくれた大道のフォローをするが、沙菜の一喝に優輝は黙ってしまう。自分を心配してくれるのは嬉しが、過保護気味な沙菜に優輝は心の中で嘆息した。
「いい加減にしろ、水月。お前は優輝を甘やかし過ぎだ」
氷のように冷たい声がヒートアップしていた沙菜を一気にクールダウンさせた。
声の主は美しい銀髪をセミロングヘアーにした、全身から冷たく、張り詰めて刺々しい空気を身に纏っているクールビューティー、優輝の幼馴染であるティアリナ・フリューゲルだった。
「で、出過ぎた真似をしました……す、すみません」
ティアの厳しい言葉と鋭い眼光を受けて、沙菜はヒステリックな感情を大道にぶつけてしまったことと、甘やかし過ぎた優輝に頭を下げた。
反省した沙菜から、疲れ果てている優輝にティアは冷たいが、僅かに柔らかい視線を向けた。
「大道の指摘通りだ。勝負に焦ったな」
大道と違っていっさいの気遣いがない、ティアの厳しい言葉に優輝は心の中で嘆息しながらも、思うように力を出せないで苛立っている自分には心地良かった。
「近距離も遠距離も大道さんが有利だったし、俺の体力も僅かだったから、一気に決着をつけようと思ってたんだけど、やっぱり焦り過ぎてたな」
「それに加え、お前は自分がイメージした動きを実践しようとしたがそれができず、余計な隙を生んでいた。まだ本調子ではないのにイメージした動き実践しようとする心意気は買うが、身の程を知れ。とにかく、焦るな――以上だ」
「……はいはい、わかったよ。反省しまーす」
すべてを見抜いている幼馴染のティアに、降参と言わんばかりに優輝は深々と嘆息する。
ティアの言葉に優輝は反省しながらも、僅かだが確かにある焦りを消すことができなかった。
その焦りが疲れている優輝の身体に力を与えた。
「それじゃあ、少し休憩したらまた訓練をはじめようか」
「無茶です、優輝さん。今日は共慈さんと激しい訓練をしたんです。今日はこれまでです」
「せっかくティアや大道さんからアドバイスをもらったからそれを実践――」
「ダメです! ただでさえ一月前から訓練量を増やして無理をしているんですから」
激しい訓練を終えたばかりだというのに、まだ訓練をするつもりの優輝に誰よりも早く反応した沙菜が必死な形相で待ったをかける。すぐに優輝は反論するが、決して沙菜は許さない。
普段は大人しく、自分を表に出すことはない沙菜だが、こういう時の沙菜は一歩も退かないほど頑固になるのを知っているので、優輝は助けを求めるようにティアと大道に視線を向けた。
長い間自分の訓練に付き合ってくれる優しくも厳しい大道と、自他ともにストイックで脳が半分筋肉質になっているティアならば、沙菜を止めてくれると思っていたが――
「沙菜の言う通りだ。すぐにでも反省を活かしたい気持ちは理解できるが、身体を休めて、改めて振り返って反省するのも訓練の内だ」
「バカモノめ。焦り過ぎるなと言ったばかりだろう」
優輝の願いむなしく、二人は沙菜の意見に同意を示した。
「当然です! お願いです、優輝さん……これ以上無理はしないでください」
泣き出しそうな表情で必死に自分を制止する沙菜を見て、優輝は折れた。
まあ、仕方がないか……休憩を挟んでもしばらくは体力が戻ってこないだろうし。
沙菜さんたちは俺のことを気遣ってくれているんだろうが――
三人が心から自分を心配してくれて嬉しかったが――優輝は思うように力を取り戻せない自分に対して、苛立ちを募らせていた。
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