第26話

 制輝軍への対応は優輝に任せて、セラと幸太郎は闘技場内部に入った。


 闘技場に入ってすぐに脱獄囚が襲いかかるが、難なくセラは手に持った武輝で一蹴する。


 幸太郎も自身の唯一の武器であるショックガンを持って、襲いかかる敵に向けるが、それよりも早くセラが処理するので、特に役に立ってはいなかった。


 襲いかかる敵は思った以上に多くなかったので、エリザと人質がいると思われる試合場内にあっという間に到着する。


 僅かな照明で照らされただけの薄暗い試合場の中央に、武輝を持った数十人の脱獄囚に囲まれている人質である鳳グループ社員がいた。


 人質の姿を確認してセラと幸太郎は、暗がりに紛れて試合場内に入った瞬間――スポットライトが二人を照らす。


 次に、幸太郎とセラの姿が映っている複数の大型のモニターがスポットライトに照らされる。


 突然現れた自分たちが映るモニターを警戒しながらも、不思議そうにセラと幸太郎は眺めていると――


「今、この時をアカデミー都市中に生中継しているんだよ」


「ホント? 俺、なんだか緊張する」


「これからって時に締まりがないねぇ! ほら、しっかりしな!」


 緊張感のない会話とともに、ティアを後ろから抱きしめている武輝を持ったエリザ、彼女の後ろに武輝を持って立っている湖泉の姿がスポットライトに照らされた。


「ティア! 大丈夫?」


「私のことは気にするな。お前が騒げば騒ぐほど、エリザの思う壺だ」


「余計なことは言わなくていいんだよ、ティア。面白くなくなるだろう?」


 武輝である巨大な鋏の刃をティアの首に押し当てているエリザと、巨大な鉈を持った湖泉の登場に、セラは自身の武輝をきつく握り締めて幸太郎の前に庇うようにして立った。


 特に目立った怪我をしていないティアに、セラは安堵すると同時に、武輝の刃を首に押しつけて、親友を後ろから抱きしめているエリザを強い怒りを込めた目で睨みつけるが、エリザは余裕そうな笑みを浮かべていた。


「やっぱり、アンタたちが来たんだね……来てくれて嬉しいよ」


「随分派手に迎えてくれているようですが……これは一体?」


「言っただろ? この状況をアカデミー都市中に生中継してるのさ――これからはじまる盛大なショーをみんなに楽しんでもらうために、そして、ティアの無様な姿を衆人の目に晒すためにね」


「趣味が悪いですね」


「中々手厳しいね。ティアを思い出すよ」


 嫌らしい笑みを浮かべて説明するエリザを、冷たく放った言葉でバッサリとセラは切り捨てた。そんな中、幸太郎はカメラに向けて呑気にピースサインをしていた。


「それにしても――ここまで来るのに苦労しただろ? アタシの生放送のおかげで、アカデミーは大パニックになったろ? アカデミーの上の連中は腰抜け揃いだから、どうせ派手なことは控えろって命令されただろ?」


 すべてを承知しているエリザに、忌々しく思いながらもセラは何も言わずに睨みつける。無言でもわかりやすいセラの反応に、エリザはさらに気分良くなる。


「仲が悪いっていう制輝軍に協力をしてもらえたかい? それとも、適当なことを言って騙してここまで来たのかい? まあ、どちらにせよ、アタシたちには人質がいるからさ」


 そう言って、エリザはティアをきつく抱きしめ、彼女の頬をそっと撫でた。


 自身の頬を愛おしげに、子供をあやすように撫でるエリザに、ティアはまったく動じていなかったが、纏っている空気は凄まじく不機嫌だった。


 人質を利用する気満々のエリザに、セラは悔しく思いながらも、今は大人しくするために武輝を置こうとするが――


 幸太郎は片手に持ったショックガンを、ティアの頬を恍惚とした表情で撫で続けているエリザに向けた。


 幸太郎の視界には人質たちが映っているが、そんなの関係なく、彼はエリザにショックガンの銃口を向けた。


 銃口を向ける幸太郎に「幸太郎君」と、小さく厳しい声を放って注意をするセラだが――幸太郎は一歩も退かなかった。


 ティアを好きなようにできる至福の一時の邪魔をする幸太郎を、エリザは憎悪に満ちた目で睨むが、彼は気後れすることなくボーっとした表情でエリザを見つめ返していた。


「アンタ……人質がいるのをわかってるのかい?」


「はい」


「普通は、抵抗をしないと思うんだけど?」


「そうですよね」


「なら、どうしてアンタは抵抗する気満々なんだい?」


 何も考えていない様子のボーっとした締まりのない表情を浮かべながらも、決して退こうとしない幸太郎の姿に、エリザは興味がわきながらも、忌々しく思っていた。


 自分に興味を抱いているエリザだが、幸太郎の視界にはエリザは入っていなかった。


 幸太郎はただ、真っ直ぐとティアのことを見つめていた。


 それに気づいたティアは、吸い込まれるように幸太郎のことを見つめ返していた。


 ボーっとして頼りなさそうな表情を浮かべている幸太郎だが、瞳の奥には何者にも屈さぬ強い意志の光を宿しており、こんな状況でもティアは安堵し、心強いと感じていた。


 ふいに、「ティアさん」と幸太郎に声をかけられ、ティアは呼びかけに微かに頷く。


「僕を信じて」


 短い言葉だが、幸太郎を信じることができる大きな力を持っていた。


 その言葉に、人質がいるのをお構いなしに、ショックガンの銃口をエリザに向ける幸太郎を制止させていたセラは、人質を利用されそうになってエリザたちに屈しようとしていた心が奮い立ったような気がして、幸太郎を止めるのをやめた。


 そして、ティアは――


「……ああ」


 ティアは力強く頷いて、幸太郎を信じることに決め、自分の身を幸太郎にすべて委ねた。


「……気に入らないねぇ」


 心が通じ合ったティアと幸太郎の様子に、エリザは冷え切った声で吐き捨てた。


 その声は自分をのけ者にしているティアと幸太郎に対しての苛立ちが込められていたが、それ以上に幸太郎に対しての殺意と憎悪、嫉妬等、様々などす黒い感情に満ちていた。


「七瀬幸太郎――人質がいても気にしないアンタのその気概、大したもんだよ。人質を利用しようと思ったけど、アンタ相手じゃ無理だね。――まあいいか。……どうせ、、アタシたちの勝ちだし」


 意味深なことを呟きながらやれやれと言わんばかりにため息を漏らして、エリザは不敵な笑みを浮かべてティアから離れてゆっくりと幸太郎たちに近づく。


「アンタたち! 人質はもう必要ないよ! その代わり、ウンと暴れてやりな!」


 エリザの声を合図にして、脱獄囚たちの野太い雄叫びが試合場に響き渡った。


「七瀬幸太郎――アンタの相手はアタシがしてやる……」


 サディスティックな笑みを浮かべて凶悪な光を瞳に宿しているエリザは、ドスの利いた声でそう呟くと、後ろから抱きしめているティアを結束バンド状の手錠で後ろ手に拘束して、突き飛ばすと今度は両足を拘束した。


「幸太郎に手を出すな……!」


 拘束されながらも力強い目で睨んでくるティアに、エリザは恍惚の笑みを浮かべているが、内心では幸太郎の心配をするティアに苛立っていた。


「ティア……アンタは黙って見てな。アタシが七瀬幸太郎を弄ぶ様をさ」


「お前は私が狙いだろう」


「いいから黙ってアタシだけを見てな!」


 ティアの言葉を怒声で遮り、エリザは幸太郎に向かって飛びかかった。


 エリザの標的が幸太郎であると瞬時に察したセラは、幸太郎の前に飛び出してすぐに彼女を迎え撃とうとするが――


「お前の相手、俺たち……いい加減、お前と決着つける」


 大勢の仲間を引き連れた湖泉がセラの行動を阻んだ。


 自分の邪魔をする湖泉たちをセラは忌々しく思いながらも、武輝である剣の刀身に、武輝に変化した輝石から絞り出した力を光として纏わせ――


「邪魔をするな!」


 守ると誓った幸太郎を守るため、セラは邪魔な湖泉たちの排除をはじめる。




――――――――――――




 まだ日が沈んで間もないが、エリザたちのような凶悪な犯罪者が脱獄しているということもあって、脱獄囚に襲われる危険性がある外に出歩こうとする人はいなかった。


 昼夜問わず巡回を行っている制輝軍も、今はウェストエリアに人員が集中しているので、ウェストエリア以外のエリアに制輝軍はいなかった。


 唯一、各エリアを清掃するために動き回っているガードロボットだけが動き回っていた。


 今日の爆発騒ぎで店も早くに閉めており、アカデミー都市全体が一部を除いて巨大なゴーストタウンと化していた。


 誰もいない広い通りを、フードを深々と被った白い服を着た謎の人物――御使いは、監視カメラに注意しながら、夜の闇に紛れて歩いていた。。


 夜の闇と同化するように歩いている御使いの存在感は希薄であり、まるで、アカデミー都市内を彷徨う亡霊のようだった。


 そして、誰にも見つからないまま、御使いはとある建物に到着する。


 目的の果たすために建物内で行動を開始する御使いだが――


「探し物があるなら、手伝うぜ」


 自身の背後から響いた声に、御使いはすぐに振り返った。


 フードを目深に被って表情は窺えないが、背後からの声に御使いは微かに慌てていた。


 背後の声の主は――勝ち誇ったようにニヤニヤと嫌らしく笑みを浮かべる、ソフト帽を被った青年・多摩場街だった。彼の周囲には十人以上の脱獄囚がいて、御使いを睨んでいた。


「……なぜ脱獄囚の半数を連れてお前がここにいる」


「アンタの手伝いをしようと思ってな」


「勝手な真似をするな……」


 機械で加工された声を御使いは発しているが、機械的な声の端々に不測の事態に焦り、多摩場への怒りに満ちていた。そんな御使いに、多摩場は気分良さそうに口を吊り上げた。


「アンタ、最初から俺たちに信用されてなかったんだよ。あの鈍い湖泉だって、アンタのことを信用してなかった――……アンタ、自分の目的を果たしたら早々に、俺たちを切り捨てるつもりだったんじゃないのか?」


「なぜそう思う」


「ここまでアンタの指示に従ってたのに、最後は俺たちの力を借りずにアンタ一人でこの場所に来て、目的を果たす――どう考えても不自然だ」


「お前たちを連れて行ったら、無駄に騒ぎ立てる可能性があっての判断だ」


「それに関しては正直何も言えねぇ――が、切り捨てるつもりはあっただろ?」


 その質問に、御使いは口を閉ざした。


 沈黙が何よりの答えだと察した多摩場は、御使いを睨んで輝石を武輝である鉤爪へと変化させる。多摩場の後に続いて、脱獄囚たちも次々と輝石を武輝に変化させた。


「アンタは制輝軍たちが追ってるみたいだからな……アンタを捕まえて、俺たちの逃げ道を確保するための道具に利用させてもらうぜ」


「不意を突かれたが……お前たちの裏切りの可能性も予測はしていた」


「結局、アンタも俺たちを信用してなかったってことか。お互い信頼してねぇのに、ここまで計画が順調だとは、中々俺たちは運が良かったみたいだな。この運の良さで、俺たちはこの状況を切り抜けて、逃げ切ってやるよ」


「バカな奴だ……まだ逃げられると思っているとはな」


 こんな大騒ぎになっても逃げるつもりでいる多摩場を、心底滑稽だと御使いは思っているようだった。


 そして、御使いは薬指の指輪についた輝石を一瞬だけ煌めかせ――武輝である杖に変化させると、フワリと身体が宙に浮いた。


 そして、御使いの周囲には蛍のように儚げでいて、危険な光を放つ、小さな光球が複数発生した。


「お前の言う通りだ……こちらの目的を果たせば、お前たちは切り捨てるつもりだった」


「本音を言ってくれて嬉しいぜぇ……心置きなくアンタをぶっ飛ばせるからな!」


 獰猛な顔で嬉々とした声を上げる多摩場。


 お互いに戦闘態勢になり、一触即発の状態になる御使いと多摩場。


 お互いの緊張感が高まり、張り詰めた空気が弾け飛ぶ瞬間――


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 吹き抜けの銀行内に響き渡る、無駄にうるさい高笑いが響き渡った。


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