第19話
「ノエルさん、かわいい。ほっぺ、プニプニしてる」
「さ、触っちゃダメですよ」
「眠ってるから、大丈夫。セラさんも触ってみなよ」
「そ、それは――……ほ、本当ですね。赤ちゃんの頬っぺたみたいです」
……不快。
依然アンプリファイアの力は残留しているが、異常はなし。
それどころか、アンプリファイアの力を不快に感じていない――なぜ?
自身の頬を遠慮なく優しくツンツンとつつかれるこそばゆい感触とともに、ノエルの意識が徐々に覚醒してくる。
アンプリファイアの力に侵された身体だが、賢者の石を持つ幸太郎が傍にいてくれたおかげでだいぶ身体も楽になっていた。
まだアンプリファイアの力が身体の中にべったりと残留している感覚があり、意識を覚醒させるのは非常に億劫だったのだが――不思議とアンプリファイアの力が不快ではなかった。
これ以上眠ってしまえば無駄に時間を費やすと思い、気怠い身体を起こして強引に意識を覚醒させようとするノエルだが――
「よしよし」
……身体の状態を鑑みて、もう少しだけこのままでいることにする。
自身の頭を撫でる心地良い幸太郎の手に心地良さを感じるとともに、彼の膝を枕にしていることに気づいたノエルは、適当な理由で自分を納得させて起き上がろうとするのを中断させた。
「やっぱり、ノエルさんとセラさん、似てるよ」
「そう言われても、少しだけ納得できません」
「眠っているセラさんもさっきのノエルさんみたいに涎垂らしてかわいいいびきもかいてるよ」
「し、知っていても、そういうことは言わなくていいですから!」
……不覚。
自分の熟睡姿を無邪気に説明してくる幸太郎にセラは羞恥で顔を真っ赤にして、眠ったふりをしているノエルも自分の脱力しきった姿を観察されて気恥ずかしさを覚えていた。
「そういう幸太郎君だって、よく涎を垂らしてますからね! だから、別に寝姿が同じだからと言って、似てるというわけではありませんから」
「そうかな。負けず嫌いな性格も同じだし、周りの迷惑を考えないで行動するところも同じだし、最後は寝姿も同じなのは、確証を得るのには十分だと思う」
「確証を得るのには漠然としていませんから。そもそも、ノエルさんと私では容姿が違うでしょう……ノエルさんの方が、女性らしくてかわいらしいと思います」
「セラさん、かわいいっていうよりも、カッコいいからね」
「だから、そういうことはハッキリ言わないでください」
「でも、セラさんとノエルさんの容姿も似てるところがあると思うよ。子供の頃にかわいげがあったセラさんと似てるんじゃないの?」
「若干気になる言い方ですが――どうでしょうか。自分ではわかりません」
確かに、セラ・ヴァイスハルトの遺伝子を利用されて生まれたのが、私。
母娘関係といえばそうなるのかもしれないが……しかし、明らかに似てはいない。
セラさんのように負けず嫌いではなく、根に持つタイプではない
――私はどちらかと言えば、相手に敗北した場合は敗北した理由を考え、勝利を収めるためにはどうするのかを考えて、それを実践し、どうにかして勝利を収める。
セラさんのように一時の感情に惑わされて勝手な真似はしない。
今、勝手な真似をして迷惑をかけているが、これは誰も巻き込まないためであり、私自身は至って冷静だ――だから、絶対に似てはいない。
自分と似ていると言った幸太郎の言葉を心の中でノエルは否定をし続け、少し似ている部分があると思ってしまっても、取ってつけたような理由で否定を続ける。
「それに、先程からずっと言い続けていますが、ノエルさんは私よりも――っと、すみません」
「セラさん、電話してもいいの?」
「何も問題はありません――はい……――ええ、わかりました」
……やはり、そういうことか。
逃亡中、妙に現状に詳しく、呑気でいたセラさんの態度。
対峙しながらも敵意がなかった伊波大和と御柴巴。
そして、派手な攻撃をしながらも私たちを逃がすような攻撃を仕掛けた御柴巴――
すべては茶番だった。
幸太郎の制止を問題ないと軽く流して携帯電話で外部との連絡をするセラ。
短いやり取りだったが、電話を切る際のセラの声は緊張感と怒りが込められていた。
それを聞いていたノエルは、抱えていた違和感の正体の全貌がようやく掴むことができた。
「――すべては茶番だったんですね」
ため息交じりにそう言いながらノエルは起き上がり、居場所が特定される恐れがあるというのに平然と外部との連絡をしていたセラをじっとりと見つめた。
不機嫌な目で自分を見つめてくるノエルに、諦めたように深々とため息を漏らした後、セラは取り繕った態度で誤魔化すことも言い訳もすることなく、「ええ」と素直に認めた。
そんな二人のやり取りを幸太郎は、一人何も知らない様子で不思議そうに眺めていた。
「最初からだとは思いますが、この茶番をはじめるきっかけになったのはいつのことでしょう」
「最初にノエルさんが監視の目を無理矢理抜け出した時、すぐに美咲さんが風紀委員に協力を求めてきました――あなたの手助けをしてくれと。最初から美咲さんはあなたが寝返ったなんて思っていなかったんです」
美咲さん……
ありがたいが、何も風紀委員に頼まなくても――いや、仕方がないか。
風紀委員に協力を仰いだ美咲に感謝をしながらも、対抗心を抱いているセラがいる風紀委員に協力を頼んだので複雑な気持ちだったが、大勢から疑いの目を向けられている状況でそれ以外に方法がないとわかっていたから文句は言わなかった。
「麗華や大和君は半信半疑でしたが、それでも美咲さんの頼みを了承しました。いつノエルさんが裏切ってもいいように監視役として私、そして、不測の事態でノエルさんが傷ついた場合に備えて幸太郎君を一緒に向かわせることにしました。残った麗華たちは頭に血が上ったアカデミーを上手くコントロールしてもらい、お互いに得た情報を提供していました――と説明しても、あなたは途中から気づいていたのでしょう?」
「ええ、漠然としないながらも」
「そうだったの?」
風紀委員が仕掛けた茶番であることを漠然としないながらもノエルは最初の方から気づいていたが、幸太郎は寝耳に水といった様子だった、
「すみません。幸太郎君に言ってしまえばリアリティがなくなってしまうという大和君と美咲さんという意見があって……そして、私もそれに同意してしまいました」
「ぐうの音も出ない」
「それについては同意しますが、それ以前にセラさんの態度がわかりやすかったのもあります。土壇場での隠し事が下手なようですね」
「ぐうの音も出ません」
セラの言葉に何も反論できない幸太郎と、ノエルの容赦ない言葉に反論できないセラ。
抱いていた違和感の正体がハッキリとしたことで、身に纏っていたノエルの張り詰めた空気が若干弛緩する。
「おそらくさっきの連絡は鳳さんからでしょうか? 状況はどうなっているのでしょう」
「アルトマンは今、鳳グループと教皇庁の仮の本部へと向かっているそうです。それも、あえて襲ってきた人間に自分が向かう場所を告げて」
「妙ですね」
「ええ、妙です。目的地をわざわざ告げるなんて、その場所に大勢の人間を誘導して、本人は別の場所で何かの目的を果たす可能性が高い」
「その可能性は大いにありえますが――やはり、本人に直接聞いた方が早い」
アルトマンと同じく、ノエルはセントラルエリアにある鳳グループと教皇庁が仮の本部を設置しているホテルへと目指すことに決めるが、セラの表情は複雑だった。
「確かに私たちは一応ノエルさんの味方です。しかし、あなたに疑いの目を向けている人は大勢いて強大――不用意な真似をすればあなたはもちろん、私たち風紀委員にも害が及びます」
そんなことはわかっている。
だから、誰も巻き込みたくはなかった――だから――
「それなら、ここから私は一人で行動します」
「ここまで来て、あなたを一人にさせられません」
「こちらも、ここまで来てここで騒動が落ち着くまで待っているということもできません」
「自分の状況を考えてください。アンプリファイアで消耗して、大勢の人に狙われているというのに、あなた一人で何ができるっていうんですか」
――それでも、だ。
私は一歩も退けないし、退くことは許されないだろう。
そして、失敗も許されないし、するつもりもない。
父と慕うアルトマンの思う気持ちのままに行動するノエルの迫力に、セラは若干気圧されてしまったが、それでも、アンプリファイアの力が残留して消耗しているのに加え、大勢の人間に狙われているノエルを一人にはさせられなかった。
自分を心配してくれるセラにこそばゆくなる感覚を覚えながらも、ノエルは一歩も退かない。
ここまで来た以上一歩も退けないという意地もあったが、それ以上に――
「本来ならば私一人でやるべきことに、あなたたちを巻き込んでしまった――そんなあなたたちの気持ちを無駄にしないためにも、私は自分の決めたことを最後までやり遂げたい。無駄だと理解していても、ここで中途半端に諦めれば悔いが残ります」
今までの中途半端な覚悟と迷いを抱いていた瞳とは違う、いっさいの迷いのない、強い覚悟を宿したノエルの瞳を向けられ、セラは何も言えなくなる。
気圧されたわけではなく、困難に立ち向かおうとするノエルの意志にセラは惹かれ、協力したい衝動に駆られたからだ。
「僕はノエルさんの味方になるって決めたから、これからもノエルさんの味方だから」
そして、ノエルと同じく――いや、それ以上に迷いのない強固な覚悟と意志を持つ幸太郎が、能天気で締まりのない表情を浮かべて頼りないくらいの華奢な胸を張ってノエルの味方であり続けることを改めて誓う。
何を言っても聞かない二人の迷いのない覚悟と意志を目の当たりにして、惹かれた、セラは「わかりました――わかりましたよ……」と深々と嘆息しながら自棄気味にそう言い放った。
「私がノエルさんと同じ状況になったなら、ここまで来た以上は誰に何を言われても、どんな状況になっても諦められません――私も最後までお付き合いします」
「ありがたいのですが、嫌なら別に逃げても構いませんが?」
「余計なお世話です。それに、冷静に考えれば大勢の味方が水面下で動いてくれている現状は、相手の裏をかけるので我々にとってかなり有利です。なので、諦めるのは早計だと思います」
「……無理しなくてもいいのですが?」
――なるほど……
確かに似ているかもしれない――認めるのは不本意だが。
不承不承ながらも最後まで付き合うつもりと言ってくれたセラの言葉と、冷静に、機械的に状況を分析する彼女の姿に、一瞬だけ、心底不本意ながらも自分に見えてしまったノエル。
自分がセラと同じ立場なら今、彼女の言った言葉をそっくりに言い放つだろうと思ってしまい、彼女と自分との間に見えない、見たくもなければ認めたくもない繋がりが一瞬だけ垣間見えてしまう。
そのせいで生まれた気恥ずかしさから逃げるように、ノエルはセラを挑発するような言葉を繰り返し言い放つ。
「別に無理なんてしていませんから――ただ、この騒動であなたがどんな結末に至るのか、見たいだけです」
「何を言っているのか、よくわかりません」
「私もこれから先どうなるのかがわかりませんが、楽しみにしています」
「……と、取り敢えず――」
期待に満ち溢れた表情を浮かべて意味のわからないことを言うセラを不可解に思いつつも、ノエルは緊張で僅かに上擦った声で、セラたちに心からの感謝の言葉を述べようとするが――
……囲まれている。
「……どうやら、悠長に話している時間はなくなりましたね」
ノエルと同時にキャンプ地が囲まれていることに気づいた、セラは小さくため息を漏らす。
「覚悟はできていますか?」
「それはこっちの台詞です」
挑発するように放たれたノエルの質問に、セラは当然だと言わんばかりに答えた。一方の幸太郎は唯一の武器であるショックガンを手にして「ドンと任せて」と、華奢な胸を張る。
自分の傍にいてくれる二人の味方に心強さを感じながらも、それを表情に出すことなく、警戒しながらテントの中を出ると――そこには、大勢のアカデミーの人間に囲まれていた。
大勢の人間に敵意と疑念をぶつけられるが、今のノエルには問題なかった。
傍にいる二人の味方がいてくれるおかげで、ノエルにはもう怖いものはなかった。
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