第18話

「まったく! あなたはやりすぎなのですわ!」


「反省はしてるけど、仕方がないじゃないか。ギャラリーが結構いたんだからさ」


 鳳グループと教皇庁が仮の本部として貸し切っているホテルの一室で、麗華の怒声が響く。


 麗華の怒声を受けながらも、大和はヘラヘラしていて反省の欠片はまったくなかった。


 怒る麗華をオロオロと見ていることしかできないサラサだったが、そんな彼女の隣にいる巴は小さく嘆息しながら大和のフォローをする。


「確かにアンプリファイアを使ったのはやりすぎだけど、おかげで私たちに疑いの目が向けられなくなったのは事実よ。実際、小父様たちに状況の報告をした際に、追及されなかったわ」


「そういうことだから、結果オーライだって。ヴィクターさんたちを襲っただけじゃなくて、アカデミー都市内で破壊活動を行い、大勢の輝石使いや、刈谷さんたちまでアルトマンが倒したせいで、彼に対する脅威度は更に高まっている。そんな状況で不審な真似をすれば、即刻動きが制限されるからね。だから、やりすぎくらいがちょうどいいんだって。現状だと疑われない程度に 派手な真似をした方がアカデミーの動きを上手くコントロールできるんだからね」


「少しは反省しなさい」


 自分のフォローに調子に乗る大和をじろりと睨んで黙らせる巴。


 反省の欠片のない大和を巴に任して、麗華はサラサに視線を向けた。


「サラサ、ドレイクたちの具合はどうですの?」


「怪我をしているけど、意識もあるから問題ない、です。しばらくは動けないみたいだけど」


「……申し訳ありません、サラサ。本来であるなら、刈谷さんと大道さんと美咲さんの三人でアルトマンを迎え撃つつもりが、ドレイクを巻き込んでしまって」


「気にしないで、ください。お父さんが自分から望んだこと、です」


「そうだとしても、私たちは止めることはできましたわ。しかし、アルトマンだけではなく、ノエルさんにも人員を割いているために、少しでも強力な人員が欲しかったのですわ」


「大丈夫、わかっていますから。それよりもお嬢様、次のことを考えましょう」


 間接的に因縁のあるアルトマンを父が迎え撃って返り討ちにされたことに、静かに怒りを宿しながらも、謝罪をする麗華にサラサは慈母のような笑みを浮かべて、過去を気にすることよりも進むように促した。


 そんなサラサの言葉に発破をかけられた麗華は「わかりましたわ!」と気合を入れ直し、さっそく話を次に進める。


「大和、ノエルさんに与えたアンプリファイアの影響はどの程度ですの?」


「ちょっとした隠し玉を用意したけど、しばらくはまともに動けないよ。多分、今は疲れもあって美咲さんのキャンプ地で眠っているんじゃないかな、幸太郎君の膝の上で」


 ニヤニヤ笑う最後の一言で僅かに動揺する麗華だが、すぐに平静を取り戻して、話を続ける。


「ということは、今の内ならセラとも連絡が取れそうですわね」


「いやぁ、正直あんまり気にしなくてもいいと思うよ。もうノエルさんが無実だってセラさんが幸太郎君でメッセージが送ってくれたんだからね」


 大和の言う通り、アルトマンとノエルは関係ないと麗華たちは知っていた。


 数時間前まではノエルが敵か味方か漠然としていなかったが、ノエルと行動をともにすることになったセラは、あらかじめ決めていた通り、何も知らない幸太郎を上手く使って麗華たちにメッセージを送った。


 そのメッセージとは、コンビニで映った監視カメラの映像だった。


 ノエルがアルトマンの協力者である場合はコンビニには行かず、そうでない場合はコンビニ向かわせてあえて目立った行動をさせるというものだった。


 かなり大胆で単純な作戦だが、幸太郎の謎の行動によってアカデミー上層部は見事に翻弄されてしまっていた。


 このメッセージのおかげでノエルが味方であると麗華たちは知ったが――


「それは私たちの間だけ、周囲は違いますわ。だから、少しでもノエルさんの無実を証明するために慎重に情報収集するべきですわ。引き続き私はここに残ってアカデミー上層部から現状の情報を引き出すとともに上手くコントロールしますわ。あなたたちは現場に向かって現場の情報収集と逃げるノエルさんたちのフォローをお願いしますわ――今度はアンプリファイアという無茶な真似をしないよう、気をつけて――」


「……何するつもりだ、お前ら」


 いまだにノエルに疑いを持つアカデミー上層部に、彼女が無実であるという事実を突きつけるために、麗華は気合を入れて指示を出すが――そんな麗華の気合を削ぐように、ノックもせずに、音もなく克也が部屋に入ってきた。


「か、克也さん! 女性がいる部屋でノックをしないのはどうかと思いますわ!」


「サイテー、ほら、サラサちゃんも言ってあげなよ」


「え、えっと、さ、最低、です……ご、ごめんなさい」


 突然現れた克也に慌てながらも取り繕う麗華と、純真なサラサを巻き込んで招かれざる客である克也に白い眼を向ける大和。


 そんな麗華と大和の態度に呆れ、申し訳なさそうでいながらもじっとりと目で見つめてくるサラサの言葉に罪悪感を刺激されながらも、克也は厳しい目で四人を睨む。


「最後の方しか聞いていなかったんだが、何をフォローして、気をつけるつもりなんだ?」


「そ、それはもちろん、私たち風紀委員は混乱を極めるアカデミーを支援するとともに、憎きアルトマンに注意をするということですわ!」


「アカデミー上層部をコントロールするってことも聞こえたんだけどなぁ」


 聞かれたくないことも聞かれていたことに、麗華はぐうの音も出なくなる。


 完全に動揺している麗華を見て助け舟を出すことなく大和はニヤニヤ楽しそうに笑い、サラサはオロオロし、巴はやれやれと言わんばかりにため息を漏らして麗華のフォローに入る。


「デリカシーもなしにノックもせずに入ってきたのは盗み聞きするためだけなの?」


「そうだそうだ、克也さん、そうじゃないとサイテーだぞ。ほら、サラサちゃんも」


「ま、またですか? さ、サイテーです……ご、ごめんなさい」


 強引に話を替えてくる巴に呆れ、サラサを巻き込んで煽ってくる大和に苛立つ克也は、不承不承といった様子でこれ以上何も追及しようとせず、本題に入る。


「アルトマンは真っ直ぐとこちらに向かっているようだ。アルトマンを止めようとした奴らの証言によると、奴は高らかにそう宣言したようだ」


「ぬぁんですってぇ! すぐにこの場にいる方々の避難をさせますわ!」


 克也の報告に、ホテル内にいる鳳グループと教皇庁の人間の誘導を即座に行おうとする麗華だが、「待ってよ」と難しい表情を浮かべている大和は麗華を制止させた。


「こっちとしては、アルトマンに目が向いてくれて好都合だけど――……今まで目的が見えなかったのに急にそんなことを言うなんて、おかしいと思うんだけど」


「ああ、俺はもちろん全員思っている。この場所には来ず何か別の場所を狙っているのではないかと。しかし、ここに奴が来ると宣言した以上、避難をさせないわけにはいかないのだが――……大悟とエレナがここに残ると言い出している」


「ぬぁんですってぇ!」


 大和と克也の会話を遮るように、建物内を揺るがすほどの麗華の衝撃に満ちた声が響く。


「俺たち以上にアルトマンの行動に疑問を抱いている二人は、あえて奴を待って話を聞くんだそうだ。もちろん、そんなバカな真似はやめさせたいのだが、俺の言うことは聞かない。だから、麗華とリクトに二人の説得を――」


 この場にアルトマンが迫っているという危険な状況で残ると言い出したトップ二人を麗華に止めさせようと頼む克也だが――すでに麗華は克也の前から立ち去っていた。




―――――――――




 アルトマンが引き起こしている騒動で避難誘導が行われ、立ち入り禁止となったセントラルエリアの駅前にあるベンチにクロノとアリスは座っていた。


 二人はノエルを追うためにセントラルエリア周辺にある美咲のキャンプ地を他の制輝軍たちとともに探しており、自分が担当する場所を探し終えた二人は、他の制輝軍のメンバーからの報告をベンチに座って待っていた。


『迷っているのは、クロノ君も同じじゃありませんか?』

 本心に目を背けた自分を見透かした、リクトの言葉が頭に響く。


『おねーさんはみんなの味方だよ❤』

 中途半端な立場でありながらも、それを貫き通す美咲の言葉が響く。


『お前は以前と変わらぬ操り人形のままだ!』

 本心を無理矢理抑え込んでいる自分に喝を入れるプリムの言葉が響く。


『何があっても僕はクロノ君とノエルさんの味方だから』

 そして、何も考えずに言い放った幸太郎の言葉が響く――


 胸の中を揺さぶる彼らの言葉を無理矢理かき消すように、クロノは思考する。


 ……アルトマンがセントラルエリアに向かっている――

 目的地は鳳グループと教皇庁の人間がいるホテル……一体何が目的だ?

 そして、ノエル――オレは一体……


 無駄なことを考えないように無理矢理思考を巡らせるクロノだが、結局無駄に終わり、そんな自分への苛立ちと情けなさに自己嫌悪に陥っていると――


「……全部茶番だった」


 隣に座るアリスの忌々しく放たれた言葉に、クロノは現実に引き戻される。


「だいぶ冷静になってきた今ならわかる――すべてが茶番だって」


 アリスの言う通りだ。

 今の騒動はすべて茶番だ。

 そして――


「そして、オレたちは敷いたレールに沿って動いていた」


「そうね。心の底では茶番だと気づいていながらも、それに気づかないふりをしていた……迷いながらも自分の意志を貫くために自分勝手なノエルや、どっちつかずな美咲を非難していたけど、結局一番の中途半端だったのは私たちだった」


 お膳立てされた茶番に気づいていながらも、それに乗っかってしまった滑稽な自分たちに、二人はただただ力なく自虐気味な笑みを浮かべて脱力していた。


 一日中張り詰めていた空気を身に纏っていたが、今の二人の身に纏っている空気は緩みきっており、穏やかだった。


「ノエルがアルトマンをどうするつもりなのかまだわからないけど、私はアルトマンを許せない。ウザい奴だけど一応は父だから、それを傷つけたから絶対に許せない」


「オレも同じだ。オレだけではなくノエルを使い捨ての駒にして、大勢の人間を傷つけてきたアルトマンをオレは父とは慕えないし、許せない」


「アルトマンもそうだけど、ノエルも理解できない」


「同感だ。まだにアルトマンを父と慕うノエルをオレは理解できないし、勝手な真似をしたせいで周りに混乱を招いたノエルに呆れている」


「どうせ、昨日の一件でアルトマンを取り逃がしたっていう失態があって私たちに迷惑をかけると思ったから、一人で行動しているんだと思う。誰も巻き込みたくないって一心で」


「バカだ。実に、バカだ」


「同感」


 アルトマン、ノエルについて思っていることを包み隠さずに口にする二人の表情は、無理矢理本心を押さえつけていた鎖を解き放ってどこか清々しかった。


「……アリス」


「多分、クロノと同じこと考えてる」


 ――一度本心を口にしてしまえば、その後はもう止められなかった。


 二人は自分の本心に従って、行動することにした。

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