第17話

「ノエルさんの具合はどうですか?」


「寝ちゃってる……かわいい」


「ずっと悩んでいて、気を張り詰めていましたし、アンプリファイアの力を受けたのだから当然ですよ」


 まったく……まさか、アンプリファイアを使ってくるとは思いもしなかった。

 でも、注意をそらせたし、疑われる心配もなくなったと思う。

 よし――ここまでは順調だ。


 大和たちから上手く逃げて、美咲が勝手にキャンプ地として使っているイーストエリアとセントラルエリアの境目にある空き地に到着したセラは安堵の息を漏らした。


 美咲の寝床であるボロボロのテントの中には布団やちょっとエッチな雑誌などが揃えられて少し窮屈だったが、それでもこの場所に到着すると同時にアンプリファイアの影響を受けて気絶するように幸太郎の膝の上で眠ってしまったノエルを休ませるのにはちょうどよかった。


 取り敢えずは休むことができるけど……まだ油断はできない。

 ノエルさんもいつ回復するかわからないし、いつ追手が来るかもわからないし、何よりもアルトマンが一番の問題だ。

 刈谷さんたちを倒したみたいだけど、彼らと戦って無傷ではいられないだろう。

 相手の勢いが衰えてくれることを願いたいところだけど――……


 それにしても、ノエルさん本当に気持ちよさそうだ……少し、羨ましいかも。

 ――って、こんな状況で何を考えているんだ、私は。

 もう少し気合を入れないと。


 幸太郎に膝枕をされているノエルを羨ましく思ってしまった弛んだ自身に喝を入れるセラ。


「そういえば、幸太郎君。美咲さんから預かったバッグの中には何が入っていたんですか?」


「地図と、消毒液とか絆創膏とか、お水と――ノエルさんとセラさんの替えの下着。かなりエッチだよ」


「そ、それは没収します!」


「後で履く?」


「違います! ――まったく、美咲さんは変なものを……」


「それと、ゴムもあるよ。『ご使用は計画的に💗』ってメモを添えて」


「――ッ! そ、それも没収です!」


「もったいないよ。使えるのに」


「つ、使いませんから! 絶対に使いません!」


「水筒に使えるって、前に映画で見たよ」


「こ、今回は使いませんから!」


 顔を真っ赤にして美咲が用意した僅かな布地の黒いパンティーと、超薄々な大人のゴムを没収するセラは、「そ、それにしても――」と話を強引に替えた。


「久しぶりですね、こうして追われるのは」


「うん。久しぶりだったからセラさんたちとはじめて解決した事件を思い出した」


「あれからもう二年――時間は経つのは早いですね」


 二年前、はじめて幸太郎と出会った時のことを思い出すセラ。


 辛いことも傷ついたこともたくさん経験したが、それ以上に楽しかったこともあり、思わずセラはそれらを思い出して笑みをこぼしてしまった。


「最初の事件の時はすごく大変だったよね。ティアさんたちに追われて」


「ええ、本当に。アカデミーに入学してから何度もティアに痛めつけられました」


「僕は最初の事件で北崎さんに撃たれたよ。アカデミーの生徒手帳が無駄に分厚くて助かった」


「個人的には輝動隊だけに追われていた最初の事件よりも、輝士団と輝動隊両方に追われた次の事件の方が大変でした。あの時は幸太郎君も怪我をしましたから」


「あの時は痛かったけど、リクト君と会えたからよかった」


「次はファントムの事件を模した事件を起こした嵯峨さん、そして優輝に扮したファントムの事件が発生し、そして、しばらく幸太郎君と会えなくなった――追放処分されることになった優輝とティアを庇ってくれたことを今でも本当に感謝していますし、申し訳ないと思っています」


「別に気にしなくていいのに。またセラさんたちと会えたから」


 まったく……あの時の気持ちも知らないのに呑気だなぁ。

 でも――今思えば、ううん、厳密には少し前からか――

 徐々に私の中で幸太郎君の存在が大きくなっていたのは……


 ティアと優輝がアカデミーから追放されるのを阻止するために、二人の身代わりになってアカデミーから追放された幸太郎だが、相変わらずまったく気にしていない彼の態度にセラは呆れるとともに、尊敬の念を抱く。


 同時に自分の友人の身代わりとなってアカデミーから去った時、自分がどんな気持ちだったのかを知ろうとしないことに不満を抱くとともに、彼への想いを再確認するセラ。


「でも、一年ぶりにアカデミーに戻ってきたと思ったら今度は色々と変わってたから大変だった」


「アカデミーには実力主義が蔓延し、アンプリファイア、御使い、特区からの脱獄囚、鳳グループ本社占拠事件、そして天宮家――戻ってきたばかりだというのに息つく間もなく事件が発生しましたからね」


「セラさん、大和君が女の子って気づいてた?」


「全然です。かわいいとは思っていましたけど」


「僕も同じ。リクト君と同じでかわいい男の子かと――あ、リクト君といえば、鳳グループの事件が終わった後に久しぶりに会って、更にかわいく、というか、男母さんになってた」


「教皇庁の事件にまさかエレナ様の意識を乗っ取ったファントムが関わっているとは思いませんでした。もうこれ以上復活しないことを祈ります」


「でも、二度あることは三度あるってよく言うよ」


「勘弁してください。もう二度とファントムとは戦いたくありません」


「僕としてはもう二度とティアさんと戦いたくない……あの時、すごいボコボコにされたから」


「ティアに殴られた顔が腫れていたのを見て、面白いと思いました」


「麗華さんにはグズグズに腐った丸いチーズみたいって言われてぐうの音が出なかった」


 ――そうだ、いつも、そうだった。

 いつも、幸太郎君は自分の身を顧みないで無鉄砲な真似をしていた。

 いつも、誰よりも身体を張って、頑張ってた。

 そして、いつだって最初から最後まで、ぶれずに誰かの味方であり続けた。

 今、ノエルさんの味方でいるように……

 そんな幸太郎君に私は何度も助けられたんだ。

 悲しい時も、不安な時も、焦る時も、幸太郎君は傍にいてくれた。

 そして、いつも呑気な様子で『大丈夫』と言ってくれたんだ……


 過去の事件を回想しながら、幸太郎は今も昔も変わらずに自分の身を顧みず、周りに何を言われても、何があっても諦めることなく誰かの味方であり続け、そんな彼に頼って何度も助けられたことを改めて思い知るセラ。


 分不相応に無茶な真似をする幸太郎に苦労をさせられたことを思い出して小さく嘆息しながらも、セラの表情には情熱が帯びはじめていた。


「今思えば、はじめて幸太郎君と出会ってこんな付き合いになるなんて思いもしませんでした」


「僕の第一印象ってどんな感じだったの?」


「失礼なほど正直だけど、悪い人ではない――そう思っていました」


「何だか照れる」


「別に褒めてはいませんし、て、照れているのは私の方ですよ」


「そうなの?」


「そ、それはそうでしょう。だって、その……異性をどう思っていたのかを聞いて答えるなんて、誰だって緊張しますよ」


「セラさんかわいい」


「も、もう! からかわないでください! 私が言ったんですから、幸太郎君は私のこと、第一印象でどう思っていたのかを教えてくださいよ」


「美人でカッコいい人だって思ってたよ。そんな人とこうして毎日一緒にいるって思わなかったから嬉しいし、地元の友達に自慢してる」


 心からの幸太郎の言葉に、セラは頬を染めて「あ、ありがとうございます」と照れた。


「前の事件を思い出してたら、やっぱりノエルさんとセラさんは似てる。本当に母娘みたい」


「否定したいところなんですが……一体どんなところが似ているんでしょうか」


 否定したい気持ちを抑え、さっきも同じことを言ってきた幸太郎に、自分とノエルが母娘のようだと思える理由を尋ねる。


 確かにノエルは自分の遺伝子から生み出されたイミテーションであるらしいが、自分ではそうは思えず、ノエルには対抗意識もあるために認めたくもなかった。


「ノエルさん、セラさんと同じで意外に負けず嫌いで子供っぽいところか、今みたいに周りの迷惑を考えないで動くこととか。今のノエルさん、ファントムさんの事件で一人で行動したセラさんにそっくり」


「周りの迷惑を考えないで動いたのは私だけじゃないですよ。幸太郎君だって、ティアだって、アリスちゃんだって、美咲さんだって、大和君や麗華も同じでしょう。そ、それに、あの時の私はちゃんと周りのことを考えていましたから」


 過去の事件で犯した自分の失態を思い出させる幸太郎に、子供のようにむくれて反論するセラ。そんなセラを見て、幸太郎は楽しそうに笑った。


「やっぱりノエルさんとセラさんは似てる」


「そうなのでしょうか……よくわかりません」


 納得はまだできていないが、断言するようにそう言われてしまうと、ノエルと自分が似ているのではないかと思ってしまうセラ。


「それにしても、今思えば本当にたくさんの事件に巻き込まれたよね」


「ええ、本当に大変でしたね」


「生きてるって素晴らしいって今改めて思った」


「本当にそう思います。運が良くてよかったです」


「でも、楽しかったね」


「不謹慎ですが、私もそう思います。そして――幸太郎君に出会えてよかったと思っています」


 本当に――本当に、幸太郎君と出会えてよかった。

 もちろん、幸太郎君だけじゃない。

 みんなと出会えたからこそ、今の私がいるんだ。

 アカデミーに来て、みんなと出会えてよかったと思う。


 今までの事件を回想してセラは改めて幸太郎と出会えて、みんなと出会えて、そして、アカデミーに来てよかった心の底から思い、それを口にした。


 そんなセラの心からの言葉に、幸太郎は「僕も」と嬉々とした、それ以上に幸福に満ちた笑みを浮かべて同意した。

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