エピローグ
雪に染まるアカデミー都市を、白葉ノエルは制輝軍本部にある仕事部屋兼自室で眺めていた。
窓の外に映る美しい雪景色に何の感慨のない様子で、ノエルは虚無を映している双眸でただジッと窓の外を眺めていた。
白に染まったアカデミー都市を眺めながら、御使いの騒動が収束してから数日経過してアカデミー都市の状況が僅かに変わったとノエルは感じていた。
つい先日までは実力主義が浸透しているせいで、力を得ることしか考えていない生徒たちから放たれる余裕のない焦燥に満ちた空気に、アカデミー都市内の雰囲気は殺伐として淀んでいた。
しかし、今回の騒動で全員力を制限され、追い詰められたことで、ただ力を得るだけでは無意味であることを多くの人が学び、殺伐としていたアカデミー都市内の空気が若干柔らかくなった。
それは、制輝軍も同じだった。
力を得るだけでは意味がないのを学ぶと同時に、徹底して掲げていた自分たちの実力主義が、結果として多くの人間から恨まれることになってしまったことに、思うところがあったようで大人しくなっていた。
色々といざこざがあったが、生徒と制輝軍が協力して困難に立ち向かったことで、お互いに認め合っているようだった。
制輝軍としては、今まで落ちこぼれと蔑んでいた生徒たちの実力ではなく、憎みながらも最終的には暴走するガードロボットから自分たちを守ってくれた生徒たちの気概を認めたのだろう。
変わったのは制輝軍だけではなかった。
感情のままに制輝軍を襲った、落ちこぼれと蔑まれていた生徒たちも、後になって自分の過ちに気づいて出頭してきた。
お互いがお互いの過ちを認めた結果、制輝軍と生徒たちの距離が近くなった。
御使いが起こした事件はアカデミー都市内に多くの混乱を招いたが、結果としてはアカデミー都市内に秩序を戻したとノエルは判断していた。
傷つきながらもアカデミーは成長しているが――ノエルにとってはどうでもよかった。
アカデミー都市内にいる人々や、制輝軍が成長しようがノエルにはどうでもよかった。
ただ、ノエルは自分の任務を遂行するだけで、自分の任務にしか興味はなかった。
何の感情を宿していない虚ろな目をしたノエルは携帯を手にして連絡していた。
ノエルが手にしている携帯は特殊な携帯で、傍受も不能で連絡した相手の足跡をいっさい残さない、使い捨ての携帯だった。
数秒の呼び出し音の後、相手が電話に出た。
「――お久しぶりです」
普段感情を表に出さないノエルだが、連絡している相手と挨拶をした彼女の声はほんの僅かに弾んでいた。
「鳳が隠し持っていた『無窮の勾玉』を発見しました――はい、天宮加耶は破壊に失敗しました。――煌石は無事です」
受話口の向こう側にいる相手に報告を求められ、機械的な口調で淡々とノエルは状況を報告した。
「ティアストーンの方はどうなりましたか?」
ノエルは教皇庁の持つ煌石・『ティアストーン』の話を相手にする。
ティアストーンの話をすると、話している相手が不機嫌になってしまったので、感情がないノエルの表情が若干曇ってしまった。
「――はい、そうですか……ティアストーンもアカデミー都市内のどこかに……――はい……彼らをアカデミーに戻すのですね――わかりました、後のことは任せてください」
言いたいことを言い終え、聞きたいことも聞き終えたので、通話を切ろうとするノエルだが――七瀬幸太郎の顔が頭に過る。
力を持たない者だと思われていたが、実は煌石を扱える資質を持っている男のことを。
事件後――ノエルは七瀬幸太郎について調べた。
七瀬幸太郎について純粋な興味があったと同時に、報告をするために。
過去、家族構成、趣味、性格、その他様々なものを。
しかし、調べても特筆すべき点は何もなく、普通の一般人だった。
七瀬幸太郎のことを報告すべきだと思っていたが――ノエルは一瞬躊躇する。
だが、その躊躇いもすぐに消えた。
「もう一人、煌石を扱える資質を持つ者を見つけました――はい、名前は七瀬幸太郎――そうです、輝石を武輝に変化させることのできない落ちこぼれです」
受話口の向こう側にいる相手は、アカデミーはじまって以来の落ちこぼれである幸太郎が煌石を扱えると知って驚いている様子で、信じていなかった。
「間違いありません……彼は、無窮の勾玉の力で弱まった私を癒しました」
ノエルは自分を癒した、温かい光を放った幸太郎の姿を思い浮かべる。
懐かしく、心地よく、それでいて、いつまでも身を任せたくなるあの優しい光を宿した七瀬幸太郎を。
七瀬幸太郎のことを思い浮かべてボーっとしていたノエルは、数瞬の後に我に返って、受話口から聞こえる声に意識を集中させる。
嘘を言っている様子のないノエルの言葉に、相手は納得しているようだったがすぐに興味が失せたようだった。
彼以外にも煌石を扱える者は多く、彼以上の力を持つ者もたくさんいるからだ。
「――はい、わかりました。私は念のために七瀬さんの監視をします」
それでも、一応幸太郎の監視を命令されたので、ノエルはそれに従った。
「――それでは、また、何かあれば連絡させていただきます」
話は終わり、相手が通話を切ると同時に、証拠隠滅のためにノエルは持っていた携帯を床に捨てて、踏み壊した。
七瀬幸太郎……彼は何かある。
あの方は無視してもいいと言っていたけど、私は何かあると思う。
七瀬幸太郎のことを考えながら、ノエルはふいに、壁にかけられている普段着として着ているアカデミー高等部の、白を基調とした女子専用の制服を見つめた。
彼を監視するためだ。
……だから、仕方がないことだ。
任務に必要なことなんだ。
自分の制服を見つめながら、ノエルは言い訳がましいことを何度も心の中で呟いていた。
ノエルの表情は相変わらず感情を宿していなかったが、制服を見る彼女の目は若干の期待が宿っていた。
――――続く――――
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