第29話

 部屋から出た巴、村雨、幸太郎の三人は真っ直ぐと結婚式場を向かっていたが――その道中は騒動が起きていると感じていた巴と村雨の想定以上に混沌と化していた。


 部屋を出てしばらくすると、空木家の人間が屋敷内を警備しているはずのガードロボットに襲われていたからだ。


「空木家の人間もガードロボットに襲われているとは、一体何が起きているんでしょう。彼らの目的は結婚式を成功させるのではなかったのでしょうか」


「持っている情報が少ない現状では何もわからないわ。ただ……私はもちろん、周りも想定外の出来事が起きているんだと思う。今はそんなことを気にするよりも、先へ急ぐわよ。幸いと言ってしまっては不謹慎だけど、この騒ぎに乗じれば目的地に容易に辿り着けるはずよ」


 ……宗太君の言う通り、一体何が起きているんだろう。

 麗華、大和、みんな……大丈夫なの?


 廊下に散らばる破壊されたガードロボットの残骸や、ガードロボットに襲われて傷だらけで倒れている空木家の人間を見て疑問を抱く村雨だが答えは出ず、巴に促されるままに先へ急ぐ。


 抱いた疑問を解決するために話し合うよりも、先へ急ぐように村雨に促しながらも、巴も現状に大きな疑問を抱くとともに、大和たちのことを心配していた。


 しかし、それらの気持ちを抑え込んで巴は先へと急いだ。


 ガードロボットの残骸が散らばっているせいで足場の悪い廊下は走り辛かったが、それでも、道中の警備用ガードロボットは破壊されており、空木家の人間もガードロボットの対応に追われているため、道中邪魔されることなく順調な足取りで目的地へと向かっていた。


 途中数体のガードロボットに襲われはしたが、その都度ガードロボットから奪い取った特殊警棒で巴が即座に破壊しており、大した障害にはならなかった。


 このまま一気に目的地へと進みたかったが――ここで、順調だった巴たちの歩みが止まった。


「1、2、3、4、5、6――いっぱいいますね。わ、後ろからも来ました」


 目の前にいる大量のガードロボットを呑気に数えながらも、あまりにも数が多いので数えるのを諦めた幸太郎は背後にもガードロボットが迫っていることに気づいた。


 進路と退路を塞がれて後がない村雨は、現状を打破するための意見を求めるために「巴さん」と巴に話しかける。


「囲まれました……どう対処すればいいんでしょう」


「ここで黙ってガードロボットに襲われるわけにはいかない。だったら、取るべき行動は決まっているわ――誰もいいから応援が来るまで持ちこたえるだけよ」


「ドンと任せてください!」


 巴と村雨の会話が耳に入った幸太郎は、床に落ちていたガードロボットの腕を両手で何とか拾い、それを武器にして大量のガードロボットに立ち向かうが――非力な幸太郎は両手で持ったガードロボットの腕の重さに、身体をフラフラとさせていた。


 勇ましくも頼りない幸太郎の姿に脱力しながらも、絶体絶命のピンチでも自分にできる限りのことをしようとする彼の姿に巴と村雨は勇気をもらっていた。


 ガードロボットの腕の重さに耐えきれずに、「わわっ!」と声を上げて倒れそうになるのを、呆れたように小さくため息を漏らした村雨はそっと支えた。


「七瀬君は本当に心強い。俺も負けていられないな」


「何だか照れます」


「でも、君は下がっているんだ。君が前に出ても足手纏いにしかならない」


「ぐうの音も出ませんけど……ここは僕にもドンと任せてください」


 相変わらずね、七瀬君は……

 こんな状況になってもいっさいぶれない。

 本当にすごいと思う。でも――……


 ぐうの音が出ないほどの事実を村雨に突きつけられても、幸太郎は引けなかった。


 どんな時でも自分の意思を曲げない幸太郎に尊敬を宿しながらも、厳しい目で巴は睨む。


「宗太君の言う通り。君がいても邪魔なだけ――それに、君に何かあれば麗華やティアに顔向けができないわ」


「ここで何もしなかったら、御柴さんと村雨さんに顔向けできません――それに、逃げ道もないので、パーっとやりましょう、パーっと」


 どうしていつもいつも七瀬君は他人の話を聞かなくて、ああ言えばこう言うんだ!

 せっかく人が心配しているのに、どうしてなんだ!

 いつもいつも勝手で能天気で、よく麗華やティアもウンザリしないと思うわ!

 それなのに……どうして、こんなに心強いと思ってしまうんだろう。

 どうして、それに甘えたいと思ってしまうんだろう……


 同じようなことを言い返されると同時に呑気な一言で脱力させてくる幸太郎にウンザリしながらも、巴は改めて彼の心強さを感じるとともに、彼の言葉に甘えたいと思ってしまっていた。


「……それなら勝手にしなさい」


「勝手にします」


 でも――必ず守って見せる。


 胸の中から湧き上がる熱い何かを抑えるように、幸太郎から視線を離した巴は幸太郎を突き放すが、心の中では彼を必ず守ると誓っていた。


 そんな巴の気持ちを理解している村雨は、幸太郎とのやり取りを楽しそうでいて、羨ましそうに眺めて後――幸太郎と同じようにガードロボットの腕の残骸を拾い、武器代わりにする。


 絶体絶命の状況の中、いっさい退かずに戦闘準備を整える巴たち。


 一瞬の沈黙の後、一斉にガードロボットは三人に襲いかかった――


 だが、幸太郎たちに襲いかかったガードロボットたちはどこからかともなく飛んできた数発の光弾に貫かれて一気に機能停止する。


 同時に、前方から凄まじい勢いでガードロボットが切り伏せられる。


 次々とガードロボットを倒しているのは――セラ、ノエル、クロノの三人だった。


 三人の圧倒的な力で、巴たちの前方にいたガードロボットは一気に破壊された。


 そんな三人の後方にいる克也は武輝である銃の引き金を淡々と引いて次々と光弾を撃ち出し、発射された光弾は巴たちの背後にいるガードロボットを貫いた。


 巴たちを囲んでいたガードロボットは三人の登場で一分も満たない時間ですべて破壊された。


 気づいた瞬間ガードロボットが破壊されているというあっという間の出来事に、「おぉー」と幸太郎は呑気に感嘆の声を上げてセラたちに向けて拍手を送っていた。


「……幸太郎君。無事でよかった」


「セラさん、来てくれたんだ」


「当然です! まったく! どうしていつもいつも幸太郎君は無茶ばかりするんだ!」


「ごめんなさい」


「……バカ! もういいです! 無事でよかっただけでも、もういいです!」


 どんな状況でも自分のペースを崩さない相変わらずの幸太郎の姿を見て、怒っているような、それでいて安堵しているような目で見つめていたセラは、勝手な真似をして捕まった幸太郎に対して不満をぶちまけようとしたが、変わらない彼の姿を見て文句を言う気になれなくなった。


 安堵感に突き動かされるままゆっくりとセラは幸太郎に近づき、手を広げて彼の身体を――


「……失礼します」


「すまない、七瀬」


「……何だか照れる」


 セラと幸太郎の間に走っていた甘い空気を壊すように、横から現れた全身で息をしているノエルとクロノは倒れこむようにして幸太郎の身体にしなだれかかった。


 美男美女が自分の身体にしなだれかかっているという状況を幸太郎は満喫しており、そんな幸太郎の様子をセラと巴は少し怒った様子で見つめていた。


 アンプリファイアの力によって消耗していた二人の身体が幸太郎に触れた瞬間、二人の身体は淡い光に包まれ、乱れていた呼吸が平静を取り戻した。


「二人とも、良いにおいがする」


 体力を取り戻しても、幸太郎に寄り添っていたノエルとクロノは、鼻をスンスンと鳴らした変態染みた幸太郎の一言と行動で我に返り、すぐに彼の身体から離れた。


 消耗していた二人が回復したことを見てセラたちは安堵するとともに、改めて幸太郎が特殊な力を持っているということを思い知った。


「巴さん、村雨さん、二人とも無事で何よりです。そして、幸太郎君を守っていただいてありがとうございます」


「私は何もしていないし、むしろ、アンプリファイアの力でまともに動けない状態が続いていたから醜態を晒していたわ。何よりも、七瀬君を守ることの大変さを身に染みて理解できたわ」


「同感だね。それよりも、こっちこそ助けてくれてありがとう、セラさん」


「ご、ご迷惑をおかけしました」


 疲労感たっぷりのため息交じりに放たれた巴の一言と、それに同意する村雨に、幸太郎の呑気さが二人に迷惑をかけたことが痛いほど伝わったセラはただただ二人に謝り、幸太郎は褒められてもいないのに「何だか照れます」と呑気に照れていた。


 合流できたことで一気に雰囲気が弛緩する中、「雑談はいい加減にしろ」と克也の一言が空気を一気に張り詰めたものさせた。


「今、空木家のガードロボットが敵味方関係なく襲っている。会場内もおそらく暴れているだろうが、あっちには大悟や麗華たちがいるから大丈夫だろうが心配だ。俺は今から大悟たちの応援に向かう。できれば、村雨とお前にもついてきてもらいたい。セラたちは七瀬を安全な場所に運んでくれ」


 娘と村雨の無事な姿を見て安心するよりも先に、淡々と克也は状況説明をして指示を送る。


「安全な場所に運び終えたら、消防や警察や救急車、そして制輝軍を呼べる限り呼べ。それと、巴――ほら、これを持ってろ。浅慮だが実力はお前の方が上だからな、お前が持った方がいい」


 これって――……まだ持っていたの?

 まったく……少しは洗いなさいよ。


 克也は自身の持っていた武輝を輝石に戻して巴に差し出した。


 父の輝石が入っている汚い巾着袋を見て巴は思わず微笑みそうになってしまうが、父の手前なので微笑みそうになるのを必死に堪えて、差し出された巾着袋を受け取った。


 克也が輝石を入れている巾着袋――それは、巴が幼い頃に父のために作ったお守り袋だったからだ。


「浅慮は余計。……というか、汚いしくさそう……ちゃんと洗ってるの?」


「うるせぇ! ちゃんと月一で洗濯してるに決まってんだろうが!」


「克也さんの手垢やら、汗やら、色々なものが染みついてそうですね」


「七瀬君、君がそう言うと本当に触りたくなくなるからやめて。というか、前々から言いたかったけど、毎日毎日仕事部屋で寝泊まりしてるけどちゃんとお風呂入ってるの?」


「克也さんがお風呂入ると、色々なものが浮いてきそうですね」


「お前ら……状況わかってんだろうな……」


 状況を考えないで人のことを好き勝手に言ってくれる巴と幸太郎に、怒りに震える克也。そんな克也をセラと村雨は「まあまあ」と宥めた。


「とにかく! まだ空木武尊は隠し玉を持ってる可能性は大いにありえるんだ。油断するな!」


 強引に話の流れを変えた克也の言葉に、セラたちは頷く。


 そして、各々の役割を果たすために別行動を開始する。




――――――――――




「よっしゃあ、これで――ラスト!」


 大広間で暴れる最後のガードロボットの頭上にいた刈谷は急降下して、眼下にいるガードロボットの頭部に武輝であるナイフを串刺しにする勢いで突き刺した。


 頭部に突き刺さったナイフを刈谷は軽々と引き抜くと同時に、ガードロボットは膝から崩れ落ちて機能停止した。


 これで最後のガードロボットを破壊したと思いきや――「う、うわぁああああ!」と情けない悲鳴が大広間内に響き渡る。


 情けない叫び声の主は――結婚式出席者たちの避難を終え、少しでもセラにいいところを見せようと舞い戻ってきた貴原のものであり、複数のガードロボットに追われていた。


「ちょ、ちょっと、刈谷さん! まだ終わってません! 至急援護を!」


「まったく……カッコつけてた割には締まらねぇなぁ――ほらよ!」


 助けを求める情けない貴原に呆れながらも、懐から取り出した趣味が悪いほど金色に煌くショックガンを発射した。


 ショックガンから放たれた電流を纏った衝撃波は貴原を追っていた複数のガードロボットに直撃し吹き飛んだが、空中で態勢を立て直して着地するガードロボット。


 機能停止にはさせられなかったが、それでも十分に隙は生まれていた。


 さっきまで情けない叫び声を上げていたのが嘘のように、「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!」と尊大な笑い声を上げながら刈谷が作ってくれた隙をついて攻撃を仕掛ける貴原。


 無駄に隙の多い見栄えだけを気にした華麗な動きで、貴原は手にした武輝であるサーベルを薙ぎ払い、ガードロボットを両断して破壊した。


「見たか、この僕の力を! この騒動で活躍した僕の評価は鰻登り! 名声は確実に得られる! そしてセラさんの評価も最高に! ハーッハッハッハッハッハッ!」


 さっきまで無様な醜態を晒していたのにもかかわらず、元気に高らかな笑い声を上げて野心を口にする貴原を呆れたように一瞥した後、刈谷は自分よりも多くのガードロボットを破壊したのに、まったく疲れていない様子でドレスについた埃を優雅に払っている麗華に近づいた。


 自分に近づく刈谷に気づいた麗華は「お疲れ様ですわ、刈谷さん」と刈谷に向けて爽やかで優雅な笑みを浮かべているが――それは取り繕った笑みであり、機嫌が悪いことは何となく刈谷は気がついており、小さくやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「お嬢、こっちは終わったし、そろそろ幸太郎も無事に。だから、後は俺たちに任せて大和のところに向かったらどうだ? 大和に会いたくてたまらないんだろ?」


「か、勘違いしないでいただけます! 別に会いたくてたまらないわけではありません!」


「それじゃあ、幸太郎のことが心配で心配でたまらないのか?」


「あんな自業自得で捕らえられた足手纏いの凡人の心配なんてしているはずありませんわ! それに、セラたちが向かっているのですわ! だから、問題はないでしょう」


 いつも以上に喧しく、機嫌が悪い麗華の反応に、刈谷は罪悪感が込められたため息を漏らす。


「あー、その……ちゃんと大和と話した方がいいんじゃないか? もちろん、お嬢に秘密にしていた俺たちも悪かったけど、お前に秘密にしろって言ったのは大和だったんだ。いや、別にアイツに全部の責任を押しつけるつもりはないんだけどよ。それに、最初、貴原は何も知らなくて俺が巻き込んだんだ。貴原は責めねぇでくれ。まあ、えっと……ほら、アイツのことだし、きっと何か策があってのことだったんだって……多分」


「刈谷さんは気にしないでください。説明不要ですし、何もかも承知ですわ」


「お嬢、やっぱりお前全部知ってたのか?」


 しどろもどろになりながらもフォローする罪悪感に苛まれている刈谷に、今度は取り繕ったものでは無い笑みを浮かべて麗華は優しい言葉をかけた。


 そんな麗華の言葉から、刈谷は彼女がすべてを悟っていたことを察し、いらぬ気遣いをしたことに気づいて苦笑を浮かべてしまった。


 刈谷の質問には答えない代わりに、「まったく!」と美しい笑みを浮かべていた顔を、怒りに満ちたものへと変えて怒声を張り上げる麗華。


「自業自得の幸太郎を除いて、どれもこれもすべては大和の責任! 一言言ってやらなければ気が済みませんわ! それでは、刈谷さん、貴原さん! ここはお二人に任せて私は大和の元へと向かわせてもらいますわ!」


 気炎を上げて麗華は力強い足取りで大和の元へと向かう。


 普段以上に闘志を漲らせている麗華の姿に、刈谷は触らぬ麗華に祟りなしと判断して、何も言わずに彼女を見送った。


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