第一章 幻想を求めて

第1話

 まだだ……まだ、足りない……もっとだ、もっと燃え上がれ!


 夜の闇を照らすほど燃え盛る建物を、灰色の髪を無造作に伸ばした長身痩躯の青年は、整った顔立ちを邪悪な、それでいてどこか力のない微笑を浮かべて眺めていた。


 小さなビルが燃え盛る様子を見ても、青年は満たされなかった。


 だからこそ、禍々しく、刺々しい形状の剣――輝石きせきが変化した武輝ぶきを手にして、足りないと訴える、乾いた内なる声に従って行動を再開しようとする。


「アルトマン・リートレイド! この場は包囲されている! 大人しくしてもらおう!」


 怒声が響き渡ると同時に、続々と大勢の人間がアルトマンと呼ばれた青年を取り囲み、全員輝石を武輝に変化させた。


 彼らは輝石と呼ばれる不思議な力を持つ石を扱える者が集う、アカデミー都市を守る国から派遣された治安維持部隊・制輝軍せいきぐんだった。


 大勢の実力者たちから囲まれて絶体絶命の状況だというのに、待っていたと言わんばかりに口角を吊り上げ、問答無用に彼らに飛びかかった。


 突然飛びかかってきたアルトマンに制輝軍たちは不意を突かれ、目にも止まらぬ相手の動きと攻撃に彼らは抵抗する間もなく倒された。


 建物を燃やし尽くし、大勢の制輝軍を相手にしてもまだ、彼は満たされなかった。


 乾ききった彼の背後に、夜の闇に同化した一つの影が獣を思わせるような動きで接近する。


 そして、影は両手に持った武輝である鍔のない幅広の剣を振り下ろした。


 ――来たか!


 音もなく忍び寄り、影から放たれる不意打ちに、満足気で嬉々とした笑みを浮かべ、振り返って即座に対応して片手で持っただけの武輝で受け止めた。


「久しぶりだな、クロノ」


「アルトマン・リートレイド――オマエを捕える」


 かつては自身を父のように接していたのにもかかわらず、激しい憎悪が込められた不意打ちを問答模様に仕掛けた、少女のように可憐な顔立ちが怒りに染まった華奢な体躯の少年・白葉しろばクロノを歓迎の笑みを浮かべて出迎えた。


 父と慕っていた相手の挨拶に応えることなく、クロノは次々と攻撃を仕掛ける。


 機械的な動作でありながらも、両手で持った武輝を大振りで振るうクロノの攻撃の一つ一つに激情が込められていたが、その攻撃は相手を捉えることなく空を切り続けていた。


 それでも構うことなく、相手に反撃する間も与えずに体術を織り交ぜた連撃を怒涛の勢いで仕掛けるクロノを、アルトマンは実験動物を観察するような目で眺めていた。


 そんな相手の態度にクロノは静かに激情を爆発させ、力強い一歩を踏み込んで両手で持った武輝を大きく薙ぎ払った。


 軽く一歩後退して回避するが、回避されると同時に武輝を逆手に持ち替えたクロノは、大きく一歩踏み込み、身体を縦に回転させて勢いよく武輝を振り下ろした。


 回避できないと判断してアルトマンは即座に武輝で防ぐ。


 間髪入れずにクロノは押し出すように蹴りを放ってアルトマンの体勢を崩し、武輝に変化した輝石から振り絞った力を刀身に纏わせ、光を纏った刀身から光弾を数発放った。


 不規則な軌道を描いて自身に向かう光弾をアルトマンは武輝で両断し、撃ち落とす。


 光弾をすべて無力化させると同時に、光弾の対処に追われていた自身の隙をついて両手に持った武輝を大上段に構えたクロノが襲いかかってくる――が、その行動を読んでいたアルトマンに回避されると同時に頭を掴まれ、そのまま固いアスファルトに叩きつけられた。


 地面に叩きつけた拍子で武輝を手放してしまい、武輝が輝石に戻ってしまって無力化させられながらも、かつての父を睨むクロノ目には激情を宿していた。


「生みの親に対して平然と憎悪を向け、反逆の意志を抱くとは恩知らずな奴だ」


 満足そうでありながらも自虐気味に笑う父の言葉に、クロノは「黙れ」と強がって見せるが、地面に押さえつけられて輝石を持っていないので抵抗できない。


「それでいい――私は偶然生み出されたお前を出来損ないだとずっと思っていたが、それは間違いだった。人形でありながらも、創造主に反逆して激情をぶつけるお前は実に人間らしく、お前こそが最高傑作だ」


 クロノはとある人の遺伝子と、輝石と生命を操るとされている賢者の石によって生み出されたイミテーションと呼ばれる存在であり、人間ではなかった。


 しかし、父と慕っていた相手に自分の意志で反抗できるクロノの姿は人間であり、そんな彼の姿を見てアルトマンは嬉しく思うとともに、羨むように見つめていた。


「今のお前はノエル以上だ。中途半端なノエルとは違い、お前には本気で私を倒そうとする覚悟がある――お前には期待しようじゃないか」


「……何が目的だ」


、歩むべき道は同じだ。だが、今はまだ――」


「必殺、スーパー美咲ちゃんキリモミ回転キーック!」


 横から飛んできた美女の無駄に派手な飛び蹴りが二人の会話を中断させた。


 押さえつけていたクロノを解放して無駄に華麗で派手な飛び蹴りを回避し、待ち望んでいた愛すべき増援――特に三人の人物を見て満足気に頷くアルトマン。


 一人は飛び蹴りを仕掛けた張本人である、もう五月も下旬で気温も上がっているというのにボロボロのコートを着た、ボサボサでありながらも艶のあるロングヘア―の美女・銀城美咲ぎんじょう みさき


 もう一人は人形のような可憐な外見でありながらも、冷めた雰囲気を身に纏い、静かに激情をぶつけてくるプラチナブロンドの髪をショートボブにした少女、アリス・オズワルド。


 そして、そんなアリスの隣で無表情ながらも思い詰めた表情で父を見つめる、白髪の短めの髪を赤いリボンで結い上げた少女、クロノの姉のような存在である、白葉ノエルだった。


 大勢の増援とともに駆けつけてくれた三人の傍に、押さえつけられていた状態から解放されたクロノは落ちていた輝石を拾い、即座に武輝に変化させて立った。


 クロノが傍まで来ると同時に、三人は輝石を武輝に変化させる。


 四人――いや、放たれる敵意を感じ取り、笑みがこぼれてしまうのを堪え、何も言わずにアルトマンは飛びかかった。


「そっちもやる気満々って感じかな? でも、がっつきすぎるのはよくないなぁ。もうちょっと、焦らして、弄んでからの方が興奮しちゃうのだけどなぁ♪」


 何も言わずに飛びかかってくるアルトマンに、武輝である身の丈を超える斧を担いでいる美咲は嬉々とした笑みを浮かべて迎え撃つ。


 協力関係を築いている制輝軍内でも、アカデミー都市内でもトップクラスの実力を持つ美咲を真正面から迎え撃ち、火花が散るほどの激しい剣戟を繰り広げる。


 そんな美咲とともにクロノ、そして、武輝である双剣を手にしたノエルも攻める。


 後方からアリスは武輝である身の丈を超える銃剣のついた銃の引き金を引いて、光弾を放つ。


 四対一の戦いに、増援に訪れた制輝軍の人間は不用意に手を出せば迷惑がかかると思い、手を出さずにただただアルトマンをこの場から逃がさないように見ていることしかできなかった。


 さすがに四人同時は厳しいか――……いや、三人か。


 息の合った連携にアルトマンは防戦一方になるが、つけ入る隙は十分に存在していた。


 しかし、それを理解してフォローしている美咲は速攻でアルトマンを攻め、彼の頭を掴むと同時に、硬いアスファルトにヒビが入るほどの勢いで地面に叩きつけた。


 一瞬意識が飛びそうになりながらもアルトマンは武輝を持っていない手から、血のように赤い光を放つ光弾を美咲に発射し、同時に美咲の後方からアリスが光弾を放った。


 美咲に迫る光弾と、アリスが発射した光弾がぶつかり合い、空間を揺るがすほどの衝撃とともに二つの光弾は相殺された。


 眼前で弾けた二つの光弾から放たれた衝撃に美咲は「イヤーン💗」と情けなく、艶っぽい悲鳴を上げながら吹き飛び、押さえつけていたアルトマンを解放してしまう。


 間髪入れずにクロノは飛びかかり、その後に続くノエルは息の揃った連携を仕掛ける――前に、アルトマンはつけ入る隙であるノエルに目標を定め、彼女を鋭い刃のような目で睨んだ。


 父に睨まれて動きが鈍くなったノエルに、アルトマンは無情にも攻撃を仕掛ける。


 しかし、真っ先にノエルが狙われると予測していたクロノは、守るようにしてノエルの前に立ち、アルトマンに攻撃を仕掛けた。


 大きく薙ぎ払われたクロノの一撃を回避し、彼の鳩尾に赤黒い光を纏わせた拳を叩きつける。


 強烈なカウンターを食らって、嘔吐する勢いで激しき咳込みながらクロノは膝をついて怯むが、そんな状態になってもまだ武輝を振るって反撃を仕掛けた。


 精一杯の反撃を容易く回避、そして、武輝を軽く振っただけで発生させた衝撃波でクロノを吹き飛ばした。


 弟と父の一連の攻防をただただ呆然と見ていることしかできなかったノエルに、アルトマンは接近し、彼女の細い首目掛けて赤黒い光を纏った腕を突き出した。


「もー、パパったら、しつこいー☆」


 気が抜けるような猫撫で声とともに、立ち尽くしているノエルの前に現れた美咲は突き出された赤黒い光を纏うアルトマンの腕を掴み、同時に後方から発射されたアリスの光弾がアルトマンに直撃し、彼の身体が宙に舞って地面に叩きつけられた。


「アルトマン・リートレイド……どうして、あの人を襲ったの」


 光弾が直撃し、激しく地面に叩きつけられても服についた埃を払いながら平然と立ち上がるアルトマンに、アリスは激情を必死に抑えた声でそう尋ねた。


「ヴィクターは知りすぎたのだ」


 ヴィクター・オズワルド――自他ともに認める天才であるとともに、アリスの父であり、数日前に彼の研究所でアカデミーを教皇庁とともに運営する鳳グループの幹部である萌乃薫もえの かおるとともに何者かに襲われ、重傷を負って現在も意識不明の重体だった。


 事件前後に映し出された研究所周辺の監視カメラの映像に、アルトマンの姿が映し出されていたために犯人はすぐに判明した。


「何を知ったの?」


「すべてだ」


「それで襲ったの?」


「早すぎたのだよ、彼は」


「……それだけで襲ったの?」


「理由としては十分だ」


「そう――それだけ聞けたらこっちも十分」


「拒絶していた父のために怒るとは、ヴィクターもさぞや喜ぶだろう」


「ウザい」


 ……そうだ、その意気だ。だが――


 父を襲ったことに対して否定しないアルトマンをアリスは射貫くような眼光とともに武器の銃口を向けた。


 自分を敵だと再確認し、倒すという確固たる強い意志を込めたアリスに、アルトマンは満足そうに頷くと――瞬間、周囲の建物が一斉に爆発する。


 周囲の建物が破壊され、熱風と衝撃が襲いかかり制輝軍たちがパニックになる中、美咲、アリス、クロノ、ノエルの四人は動じることなくアルトマンを睨むように見つめていた。


「まだ、まだだ……まだ、機は熟していない」


 そう呟くと同時に再び爆発が発生し、ノエルたちが呼び止める間もなくアルトマンの姿は爆炎とともにこの場から消え去った。

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