第2話

「アルトマンの行方は?」


「現在制輝軍、鳳グループと教皇庁、ガードロボットの力を借りて捜索中だが見当たらない。監視カメラの映像にも映っていない……残念だが、上手く逃げおおせたようだ」


「逃げてからまだ十分しか経っていないから、このエリアから抜け出していないのは確実だと思うけど……多分、これ以上探しても無駄ね」


「同感だが、まだ諦めるのは早い。引き続き捜索を続けるように言おう」


「お願い。もちろん、今のアルトマンは危険だから無理はさせないで。ミイラ取りがミイラになるって二の舞はごめんだから」


「……了解」


 現場の後始末を他の人に任せ、アリスたち制輝軍はアカデミーの協力を得てアルトマンの行方を捜索していたが、まったく見当たらなかった。


 無駄のないクロノの報告を聞いたアリスは苛立った様子で爪を噛んだ。


 苛立つアリスに、「リラックス、リラックス♪」と美咲はフランクに声をかけて肩を撫でた。


 馴れ馴れしく、それ以上にヤラシイ手つきで触ってくる美咲をアリスは睨むが、気を遣ってくれているは十分に理解しているので、何も言わずに受け入れた。


「うーん、またやられたねぇ。今週だけでアルトマンちゃんが引き起こした騒ぎはもう十件以上、飽きさせないねぇ♪ おねーさん、もうジュンジュンで、乾く間もないって感じかな💗 ウサギちゃんはどう思う?」


 自分たちよりも一歩引いた場所にいるノエルに軽い調子で美咲は声をかけると、数瞬遅れてノエルは反応するが、三人の視線が集中して咄嗟に目を伏せた。


「意味がわかりませんが――いくつか私が推理した相手の逃走ルートがあります。そこを重点的に探してみるのはどうでしょう」


「お、いいねぇ。それじゃあ、ウサギちゃんの推理を教えてよ☆ おねーさんとしては、久しぶりの激しい運動が中途半端に終わったせいで、まだ身体の火照りが収まらなくて、もうちょっと発散したいんだよね💗 そうしないと、夜も眠れないよ♪」


 アルトマンとの激しい戦いを思い返して熱っぽい表情の美咲はさっそくノエルの推理を聞こうとするが、「その前に――」とアリスが二人の会話を中断させ、ノエルをジッと見つめた。


 アリスの目はノエルを心配するようであり、それ以上に苛立っていた。


「ノエル、大丈夫?」


「……何も問題はありません」


 アリスの問いに一瞬の躊躇いの後、自分に言い聞かせるように答えた。


 ノエルの答えを聞いて、アリスは彼女を観察するように無遠慮に見つめた。


 何も言わずにノエルも彼女を見つめ返し、二人は無言のまま見つめ合っていた。


 無言のまま見つめ合う二人の間から放たれる不穏な空気を察したのか、美咲とクロノはもちろん、周囲にいる制輝軍たちも、不安そうな目で二人を見つめていた。


「大丈夫そうには見えない」


「そうでしょうか」


「ノエルなら自分でもわかってるはず」


「何も問題はありません」


「そう言い聞かせているだけ」


 短い沈黙の後にはじまるやり取りで、二人の間の緊張感と刺々しさが一気に増し、周囲も二人を心配そうに見つめながらも、誰も二人の間に割って入ることはできなかった。


「戦闘中、あなたは動けなくなった。それで『問題ない』というのは考えられない」


 先程のアルトマンとの戦いで呆然と立っていることしかできなかったノエルを思い返したアリスの言葉に、ノエルは何も反論することができなかった


 ただ黙ったままのノエルに、アリスの苛立ちは更に強くなる。


「ノエルが何を考えていようが私には関係ない。私はアルトマンを許さない」


「……十分に理解しています」


「それならしっかりしてよ! 今のノエル、アルトマンと一緒にいた時と一緒よ!」


 自分の本心を覆い隠すノエルに対して、苛立ちを爆発させるアリスは怒声を張り上げた。


 不穏な空気から一気に険悪なムードになった瞬間、「はいはい、ドードー」と、今まで見ていることしかできなかった美咲が二人の間に入った。


「今は喧嘩している場合じゃないでしょ? それに、ウサギちゃんだって十分にわかっているって言っているのだから、それでいいじゃない♪」


「美咲だって今のノエルがおかしいって理解しているはず! 今のままなら、ますます状況が不利になるってことも!」


「もちろんちゃーんとわかっているよ? ノエルちゃんが迷ってることも、今のアリスちゃんが大好きなパパが傷つけられて頭に血が上って冷静でいられなくて、八つ当たり気味に怒ってるってこともね?」


「――ウザい!」


 おどけながらも核心をついてくる美咲に、一気に冷静に戻ったアリスは何も反論できなくなり、自分が作り出してしまった険悪な空気に耐え切れずに逃げるようにノエルの前から去った。


 小さく嘆息した後、美咲はクロノに目配せをした後で、「待ってよアリスちゃーん」と気の抜けた声を出してアリスを追った。


 ノエルの傍に残ったクロノは、迷いのない真っ直ぐとした瞳でノエルをジッと見つめた。


「……アリスと美咲の言う通りだ」


 アリスと美咲の言葉を支持するクロノの言葉が、ノエルに重くのしかかった。


「あの男をどんなに慕おうが、あの男はオレたちのことを何とも思っていない」


「十分に理解しています」


「それに加えて、ヴィクター、萌乃という身内に大怪我を負わせた以上、アカデミーはもちろん、制輝軍も、そして、あの男と因縁のあるセラたちも本気を出すだろう――そして、オレもあの男を捕えるためなら全力を出すつもりだ」


「……十分に理解しています」


「それなら、今回の件に関わらない方がノエルにとっても、周囲にとっても最良だ。アルトマンと繋がりがあったオレたちは今、監視されている。その状況で先程のような失態を見せれば、更に立場が悪くなって大勢の味方に迷惑をかけてしまうだろう」


 ――クロノの言葉に従うべきと判断。

 状況を鑑みれば、今の精神状態では任務続行は不可能……でも――


 ノエルがすべてを理解しているとわかった上で、クロノはそう判断した。


 客観的かつ冷静なクロノの判断に、ノエルの頭の中で久しぶりに響く機械的な声が指示して、自分自身を無理矢理納得させようとするが――それができなかった。


 そんなノエルを見透かしたクロノは小さくため息を漏らした後、鋭い目を向けた。


「邪魔をするなら、アカデミーは本気で潰しにかかる――オレもそうだ」


「肝に銘じておきます」


「今日はもう帰って休むんだ。これ以上は足手纏いになるだけだ」


「……わかりました」


 有無を言わさぬクロノの忠告にノエルは何も反論することができず、彼の言う通りこれ以上自分がいても足手纏いになるだけだと判断してこの場を離れることにするノエル。


 自分に失望しているアリス、厳しい忠告をしながらも自分を気遣ってくれているクロノ、失態を侵したのにそれを気にしないでくれている優しい美咲――大切な三人の友人たちを思いながらも、ノエルの頭の片隅には父と慕っていたアルトマンが存在していた。


 だからこそ――クロノの前から立ち去るノエルの瞳には、迷いのない覚悟を宿していた。

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