第9話

 午前中で授業が終わり、貴原はセントラルエリア周辺を歩いていた。


 昼食を食べようとさっきまで思っていた貴原だったが、今は早く帰りたかった。


 その理由は、さっきから視界に煌びやかなクリスマスの装飾がされた建物や、周囲を清掃して徘徊しているクリスマス特別仕様にデコレーションされた色鮮やかなガードロボット、迫るクリスマスに色めき立っている恋人たちが視界に入ったからだ。


 そんな中、一人で寂しく歩いている貴原は自分自身がむなしくなると同時に、公衆の面前で身体を寄せ合っている恋人たちを見ていたら無性に腹が立ってきた。


 今すぐにでも奇声を張り上げて、甘ったるい恋人たちの醸し出している空気を台無しにしたかった貴原だが、むなしくなるだけなのでそれを堪えた。


 小さくため息を漏らした貴原は儚く散った自身のクリスマスの妄想を頭に過らせる。


 貴原の予定では、クリスマスはセラと一緒にセントラルエリアにある高級レストランでディナーを楽しみ、歳相応の健全なクリスマスを過ごすつもりだったが――セラの「嫌です」の一言で予定は脆くも潰えた。


 セラにフラれたことを思い出して自分の惨めさを改めて実感した貴原は深々とため息をつくと、忘れかけていた苛立ちが蘇って心の中で忌々しく舌打ちした。


 苛立ちの原因はいつもセラと一緒にいる七瀬幸太郎の姿だった。


 輝石を扱える資格を持ちながらも、輝石を武輝に変化させることのできないアカデミー設立以来の落ちこぼれだが、セラのお気に入りである幸太郎に貴原は不満を抱いていた。


 心の中で幸太郎への怨嗟の言葉を吐き続ける貴原だが――すぐにむなしくなってきた。


 ちょうど雨も降ってきたので、これ以上自分が惨めにならないために貴原はさっさと寮に戻ろうとしていたが――


 突然、ニュースや天気予報を映していた周囲にあるすべての街頭ビジョンの映像が同時に切り替わった。


 そして、映像に映し出されたのは少女の姿だった。


 緑白色に淡く光る勾玉がついたペンダントを首にかけ、白を基調とした巫女装束のような服を着た長い黒髪の少女であり、自身を映し出すカメラに向けて何の感情も宿していない虚ろな目を向けていた。


 そんな彼女の周囲にいるのは、白い服を着て、フードを目深に被って顔を覆い隠した正体不明の三人の人物だった。


 街灯ビジョンに正体不明の人物たちが突然映し出されて周囲がざわついているが、映っているのが人物に見覚えがある貴原は周囲と比べて幾分の平静を保つことができた。


 カメラに映っている少女は見たことがないが、映像に映っている白い服を着た正体不明の人物――かつて自分を事件に巻き込んだ黒幕である『御使い』だと、この場で唯一貴原は知っていた。


『突然の事態に驚いているかもしれないが、我々の話を聞いてもらおう』


 映像の中にいる何者かが機械で合成された声で話しはじめる。


 通行人たちは怯えながらも、声に耳を傾けた。


『君たちも噂くらいは聞いているだろう――最近発生している事件の裏で暗躍している、謎の人物のことを』


 噂を知っている通行人たちは、驚いたような表情を浮かべていた。


『我々は『御使い』――ここにいる少女・天宮加耶に仕えている』


 長い黒髪の少女――天宮加耶にカメラはズームアップした。


『ここにいる天宮加耶はこの国最古の輝石使いの一族――とある一族の姦計によって滅ぼされた『天宮家』当主の娘だ。彼女は強い力を持った輝石使いであると同時に、煌石を扱う資格も持っている』


 煌石を扱える資質を持っていると紹介され、周囲にどよめきが走った。


『彼女は『無窮の勾玉』――つい最近君たちも知った新たに発見され、鳳大悟が隠している煌石を完全にコントロールすることができる『御子』と呼ばれる存在だ――ここまで言えば、誰が『天宮家』を滅ぼしたのかわかるだろう』


 機械で合成された音声だが、徐々に説明に熱が入ってきていた。


『そう――天宮を滅ぼしたのは、『鳳』の一族だ。古来より天宮は鳳に仕えてきて、富と名声を主君である鳳に与え続けていたが、鳳は無窮の勾玉欲しさに天宮を裏切り、多くの人間を不幸にした――我々は卑劣な鳳への復讐を目的としている』


 熱が入った口調で堂々と自身らの目的を告げると、周囲のどよめきはさらに大きくなる。


『君たちも無関係ではない。無窮の勾玉の欠片は『アンプリファイア』と呼ばれ、アカデミー都市内に広まり、徹底的な実力主義のアカデミーに絶望して、実力のない多くの輝石使いがそれに手を出して痛い目にあった――それらすべてが鳳の責任であり、君たちは鳳に復讐する権利がある』


 そう言われても、貴原含めて映像を見ている人たちは困惑するだけだった。


『だから――ここで、君たちにチャンスを与えよう』


 自分は関係ないと思っているほとんどの人の心を見透かしたように、そう告げると――


 突然、映像の中にいる天宮加耶の全身が淡い緑白色の光に包まれた。


 加耶を包む光は徐々に強くなり、あまりの光の強さにカメラの映像が真っ白になった。


 その瞬間――アカデミー都市全体に緑色の薄い膜が通過して、降っていた雨粒を吹き飛ばした。


 間を置いて雨が再び降る頃には貴原を含めて、すべての通行人は息切れを起こしてアスファルトの地面の上に膝をついていた。


 突然、消耗した自分たちの身体に全員パニック寸前になっていた。


『すでに我々は、鳳が天宮から奪い取った無窮の勾玉の奪還に成功している。そして、今、天宮加耶は煌石の力を使い、アカデミー都市全域の輝石の力を弱まらせた』


 以前に起きた事件で村雨が使用したアンプリファイアの力のことを思い出した貴原は、すぐに自身の輝石を取り出して武輝に変化させようとするが、普段は一瞬で輝石は武輝に変化するのに、今は弱々しい光を放つだけで武輝に変化させることができなかった。


『完全に輝石の力が使えなくなったわけではない。時間をかけて輝石に力を込め続ければ、武輝に変化させることができる――だが、武輝に変化させるだけでも多大な体力を使うので、長時間武輝に変化させることはできない』


 その説明に安堵する者もいれば、突然の事態に巻き込まれて激昂する者もいた。


『煌石の影響で、現在アカデミー都市内にいる君たちは実力の格差はなく、公平な状態だ。どんなに実力が高い輝石使いでも同じ状況に陥っている』


 その言葉に通行人たちが纏う気配が変わったように貴原は感じた。


『我々とともに鳳への復讐をするもよし、普段のように理不尽な状況にいつまでも怯えて逃げるのもよし、そして――我々に抵抗するのも君たちの自由だ。だが、その場合は覚悟をしてもらおう』


 そう告げると同時に、周囲を清掃していたガードロボットが、清掃モードから急に戦闘モードになり、腕部のショックガンを通行人たちに向けていた。


 自分たちにショックガンを向けているガードロボットに多くの人は悲鳴を上げた。


『現在、我々はアカデミー都市中のセキュリティや、ガードロボットをほとんど支配することに成功している。我々に抵抗する場合、それらが牙を剥くことになるだろう。はたして、輝石の力を奪われた君たちに大量のガードロボットを相手にすることができるかな――それでは、我々の復讐が完遂するまで、君たちは自由に過ごしてくれ』


 挑発的するようにそう告げると、映像は途切れて、街灯ビジョンは元のCMやニュースの映像に戻った。


 突然の事態にパニックになる人が多かったが、それ以上に殺気立つ人の方が多かった。


 殺気立っている通行人は全員、瞳に暗く淀んだ復讐の炎が静かに揺らめいていた。


 そんな彼らの様子を見て、何か嫌な予感がした貴原だが――


 突然、四方八方から自身に向けて強烈な殺気を向けられて貴原はそれに反応して周囲を見回す。


 何人かの通行人が、自分に向けて恨みが込められた目で睨まれていることに気づいた。


 貴原はその視線から逃れるようにこの場から早歩きで走り去った。




――――――――――




 鳳グループ本社内の上層階にある、自身の仕事部屋に草壁雅臣はいた。


 必要なもの以外が置かれていない簡素で寂しい自身の仕事部屋にいる草壁は、つい先程アカデミーの放送システムを乗っ取って放送された、御使いの放送を何度も見直していた。


 見直す度に草壁の表情は険しくなり、纏っている空気がさらに冷たくなっていた。


 表情は険しいが、御使いの放送を見て草壁は思わず感心してしまっていた。


 この放送は鳳への復讐を大々的に周囲に宣言してアピールすると同時に、燻っていた仄暗い感情を抱いているアカデミーの生徒たちを焚きつけるのには十分だからだ。


 元々アカデミーには輝石使い実力を注視した実力主義が広まっていたが、徹底的な実力主義を掲げる制輝軍が来て、後戻りが難しいほど深く実力主義がアカデミーに浸透した。


 徹底的な実力主義のせいで、実力のない輝石使いは落ちこぼれと称されて差別を受ける中――煌石の影響で力が平等になったと聞けば、たまっていた鬱憤を晴らせるからだ。


 それと同時に、すべての責任を上手く『鳳グループ』に擦り付けて、アカデミーの生徒たちの敵対心を鳳グループに向けさせた。


 御使いが関わってきた事件の影響を、ここで今一気に与える――完璧な計画だと草壁は思ってしまっていた。


 思わず天晴と称賛してしまいそうになる草壁だが、すぐに頭を切り替えて自分の役目を果たすために今何をするべきかを考える。


 アカデミー都市を一望できる窓を眺めながら、草壁は考えていると――部屋の扉がノックされ、慌てた様子で若い男の社員が現れた。


「さ、探しましたよ、草壁さん! こんなところにいたんですね!」


「すまない。調べ事があって少しこの場を離れていた。それで、どうしたんだ」


 現れたのは大悟の人選で、つい最近異例の人事で上層部に抜擢された若い社員だった。


「た、大変です。御使いに触発された多くの生徒や、操られたガードロボットがこちらへ向かっています。それに、社内にいるガードロボットの挙動もおかしいんです!」


 泣き出しそうな表情を浮かべて慌てている経験の浅い重役に、草壁は喝を入れるように冷ややかな目を向けた。


 慌てている若い重役とは対照的に、想定内の出来事なので草壁は落ち着いていた。


「人の上に立つべき存在として、現状を慌てて報告するだけではなく対抗策を考えるんだ。それでは、君を幹部に選んだ大悟を失望させているも同然だ」


 厳しくもあるが、それ以上に気遣いを感じさせる草壁の言葉に、経験が浅い若い重役は目が覚めて、「し、失礼しました」と動揺を消して謝罪をした。


「大勢の輝石使いと、御使いに支配されたガードロボットがこちらに向かっている中、それも、社内のガードロボットの様子もおかしい状況で、社内に社員がいるのは危険だ。警備員と連携して本社から避難することを優先しろ」


「わ、わかりました。そ、その後はどうすれば……」


「避難の後は君を含めた重役は別の場所に集まって、対策を練るんだ」


「そ、その……煌石の力がアカデミー全体に影響を及ぼしている状態です。昨夜は断られましたが、教皇庁に協力を求めるべきではないでしょうか」


 躊躇いがちに自身の考えを説明する若い重役に、「良い判断だ。そうしよう」と、満足そうに草壁は頷いた。


「――さあ、すぐに本社内にいる社員を避難させるぞ」


 草壁の指示に若い重役は力強く頷き、草壁とともに部屋から出た。


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