第8話

 セラは杖を武輝にした御使いと対峙していた。


 一気にセラは御使いとの間合いを詰めて接近戦を挑む。


 御使いは武輝である杖を巧みに操り、セラの体術を織り交ぜた連撃に冷静に対処する。


 一旦御使いはセラとの間合いを取ると、セラの周囲に光球を発生させて一気に爆発させる――だが、光球が爆発する寸前にセラは大きく跳躍して、爆発から逃れた。


 セラと戦う御使いは近距離から遠距離の戦闘を心得ており、矢継ぎ早に繰り出される攻撃に隙がなかった。


 跳躍して爆発から逃れたセラは、空を蹴って御使いに飛びかかった。


 自身の周囲に二つの光球を発生させると同時に光球と自身の武輝である杖から、矢状の光を発射させる。


 迫る矢状の光をセラは空中で身体を翻して回避、それでもまだ追ってくる光を武輝ですべて撃ち落とし、無傷で着地すると同時に御使いに向かって疾走する。


 一気に間合いを詰めて、セラは大きく一歩を踏み込んで武輝である剣を薙ぎ払うが、御使いは輝石の力で障壁を張って防御する。


 だが、セラはもう一度、今度は武輝に変化した輝石から力を絞り出して、その力を光として刀身に纏わせた武輝を振って御使いが張った障壁を破壊する。


 障壁が破壊されると同時に、光を纏ったセラの武輝から光の衝撃波が放たれ、御使いを吹き飛ばして地面に叩きつけた。


 輝石の力を全身に身に纏う石使いの身体は頑丈で並の攻撃ではビクともしないが、セラの攻撃は効いたのか、御使いは武輝を支えにしてフラフラと立ち上がった。


 杖を武輝にしている御使いとセラの戦闘は、今のところセラの方が優勢だった――


 一方のノエルは身の丈をゆうに超える長巻を武輝にした御使いと対峙していた。


 巨大な武輝を自由自在に操り、大振りだが素早い一撃を次々と繰り出す御使いの攻撃を、ノエルはいっさいの表情を変えずに避け続けていた。


 僅かな隙をついてノエルは武輝である双剣を軽やかに振るって攻撃を仕掛けるが、御使いはすぐに攻撃の手を止めて、後ろに向かって飛び退いて回避する。


 長巻を武輝にした御使いは大振りの攻撃を次々と繰り出す大胆さと、隙を突かれた際にすぐに攻撃の手を中断させる冷静さも兼ね備え、豊富な戦闘経験を感じさせていた。


 だが、それでもノエルの敵ではなかった。


 ノエルは自分と距離を取った御使いに休む間を与えずに間合いを一気に詰める。


 間合いを詰めると同時に、武輝である双剣を振って涼しい顔でノエルは攻撃を仕掛ける。


 左右の手に持った剣を軽やかに振って、次々と繰り出す苛烈なノエルの攻撃に、御使いは防戦一方になる。


 セラと同じく、ノエルも今のところは長巻を武輝にした御使い相手に優勢だった――


 そして、ドレイクは唯一御使いの中で正体がわかっていて、フードを被って顔を隠すことをしていない大道共慈と対峙していた。


 大道は武輝である錫杖から火の玉のように揺らめく光弾を飛ばしながら、接近戦を挑んでくるドレイクを牽制していた。


 自身に向かってくる光弾を回避しながら、ドレイクは大道との距離をゆっくりと詰め、間合いに入った瞬間にドレイクは力強い一歩を踏み込んだ渾身のストレートを放つ。


 猛スピードで自身の顔面に向かってくる、武輝である籠手が装着されたドレイクの拳を大道は顔を背けて回避するが、彼の拳が頬を掠めた。


 回避されると同時に、体勢を低くしながらドレイクは前進してストレートを放った別の拳で、大道のボディに向けてフック気味に拳を振う。


 咄嗟に大道は後ろに向かって大きく飛び退きながら、ドレイクに向けて光弾を発射するが、自身に迫る光弾を無視してドレイクは大道との間合いを詰める。


「お前が御使いの仲間だと知って、刈谷は荒れている。何回か八つ当たりの電話が来た」


「ご迷惑をかけてしまったようで……本当に申し訳ありません」


 自分に接近しながら恨み言を呟くドレイクに、自分のせいで友が迷惑をかけてしまって大道は心からの謝罪をしながらも、自身に迫るドレイクに向けて光弾を発射し続け、攻撃の手を緩めない。


 大道共慈とドレイクの戦闘は拮抗状態だった。


 ――今のところ、御使い側が押されていた。


 巴と激しい剣戟を繰り広げながら周囲の状況を瞬時に確認して、こちらが優勢なことを察した麗華は心に若干のゆとりを持つことができた。


 だが、そのゆとりは容赦なく放たれた巴の攻撃によって脆くも崩れ去る。


 巴の攻撃を凌ぎ続けている麗華だが、徐々に巴は麗華を押していた。


 それは当然だった。


 幼い頃、自分に輝石使いとしての戦い方を教えてくれた、姉のようであり師匠のような存在である巴は麗華の攻撃をある程度見切っているからだ。


 それに加えて、巴はアカデミー都市内でトップクラスの実力持っており、麗華が尊敬しているティアリナ・フリューゲルと同等の実力を持っているとされているからだ。


 数か月前、実力の差がある巴に一度だけ勝利をしたことがあるが、それは今のような単純な力と力のぶつかり合いではなく綿密な計画を練った上での勝利だった。


 ――準備も何もしていない今の状況で麗華は確実に巴に追い詰められていた。


 しかし、勝率がゼロというわけではなかった。


 巴とぶつかり合う中で、手加減をしないと宣言して容赦のない攻撃を仕掛けながらも、彼女の攻撃には僅かな逡巡と隙があったからだ。


 巴の中にある迷いを上手く引き出して隙を作れば、勝機はあると麗華は判断した。


「それで――お姉様、一体何が起きていますの?」


 火花が散るほどの剣戟を繰り広げながら麗華は巴に話しかけるが、彼女は何も答えない。答えの代わりに攻撃が激しくなる。


「も、問答無用ですのね! ちょ、ちょっとタイム、タイムですわ」


 素っ頓狂な声を上げて、激しくなった巴の攻撃を紙一重で凌いだ。


 戦闘中に余計なことは喋るなと巴に昔教えられたことがあると思い出し、言葉では巴の迷いを引き出せないと麗華は判断するが――激しくなった攻撃の中で漠然としなかった迷いがハッキリと浮き彫りになってきたと感じていた。


 迷いが出た巴の一瞬の隙をついて、麗華は勢いよく武輝を突き出した。


 的確に隙をついた麗華の攻撃を咄嗟に巴は後退して避ける。


 だが、麗華の追撃は止まらない。


「何があったのかはわかりませんが、詳しい事情を聞くために拘束させてもらいますわ! 必殺! 『エレガント・ストライク』!」


 気が抜けるような必殺技の名前を叫ぶと同時に力強い一歩を踏み込んで、渾身の力で鋭い刺突を放つが――


 突然近くから緑白色の光の柱が天に上ると同時に麗華の力が一気に抜けてしまった。


 麗華だけではなく、さっきまで御使いと戦っていたセラとドレイクも苦悶の表情を浮かべて膝をついていたが、ノエルだけはうつ伏せになって地面に倒れ込んでしまっていた。


 まだ敵が目の前にいるというのに麗華たちの武輝は、所有者の意思に反して輝石に戻ってしまった。


 様子がおかしいのはセラたちだけで、彼女たちと対峙している巴を含めた御使いたちには何の異変もなかった。


「こ、これは、まさか――」


 飛びそうになる意識の中、麗華の頭に過ったのは半月前の事件で村雨が使用したアンプリファイアの力のことだった。


「れ、麗華! しっかりしなさい!」


 突然の事態に、さっきまで麗華に猛攻を仕掛けていた巴は心配の声を上げて駆け寄ろうとするが、「大丈夫だよ」と軽い調子の声が響き渡って巴の動きが止まる。


 悔しさを滲ませた目で巴は声の主――御使いが着ている同じ白い服を着た伊波大和を睨んだ。


 大和は自身の武輝である巨大手裏剣を億劫そうに担ぎながら、息を切らして苦悶の表情を浮かべている麗華に向けて、「やあ」と軽い調子で挨拶をする。


「大和! 君は麗華たちに何をしたの!」


「だから大丈夫だって。アンプリファイアの力が効いているだけだよ。ほら、この間の事件の時と同じだよ」


 大和の説明に安堵しながらも、巴は大和に対して敵意と激情を込めた目で睨む。


「あの時は敵味方関係なくアンプリファイアの力が影響したはずよ。それなのに、どうして私たちには何の影響もなく、麗華たちだけが影響を受けているの?」


「それは姫の力だ。無窮の勾玉を扱える資質を持つ『御子』である姫は、アンプリファイアの力を自由に操ることができて、影響を及ぼす輝石使いを指定することができるんだ」


 自慢げに姫――天宮加耶の能力を説明する大和に、納得しながらも巴の激情と殺気は治まることなく、高まり続けていた。


「……それだけの説明のために、わざわざ君は来る必要のないこの場に来たというの?」


「そんなに目くじら立てないでよ、巴さん。準備は万端だし逃げていた姫もちゃーんと保護したから」


「なら、勝手な真似をしないで自分の持ち場に戻りなさい」


「もちろんそれ以外のちゃーんと理由はあるよ? 巴さんがちゃんと働いてくれてるかなぁって思って確認したんだけど――まあ、八十点くらいかな? 平均点は超えてるけど、まだまだ満点には程遠いって感じだね」


 ニタニタとした嫌味な笑みを浮かべて挑発してくる大和に、巴は武輝を握る手をきつくして悔しそうに歯噛みする。そんな巴をさらに煽るかのように大和はケタケタ笑っていた。


「……や、やはり、あ、あなたたちは巴お姉様を何らかの方法で利用していますわね……」


「無理して立たない方がいいよ、麗華。転んじゃって怪我するかもしれないよ?」


 アンプリファイアの力の影響を受けて、意識を保つのがやっとの状況だというのに、膝をついていた麗華はヨロヨロと立ち上がり、抵抗する意思を見せる。


 歯を食いしばって必死な形相で立ち上がるが、立っているだけでも精一杯で抵抗することができない麗華を、大和は愉快そうに笑いながら眺めていた。


「こ、答えなさい、大和……どうして、お姉様たちを利用したの?」


「巴さんたちは知り過ぎたんだ。姫――天宮加耶のことも、天宮のこともね」


「そ、それは一体――」


「――とにかく、巴さんたちは真実に近づきすぎたんだよね」


 何も理解していない麗華を大和は気分良さそうに見つめていたが、その目には何の感情も宿しておらず虚無を映し出していた。


「来てもらって悪いんだけど、ここには麗華の大好きなお父さんはいないよ?」


「お、お父様をどこに連れ去りましたの?」


「さあ、どこにいると思う?」


「ふ、ふざけないで、ま、真面目に答えなさい!」


 全身から力が抜けて話すのもやっとだというのに、無理して悲鳴にも似た声を張り上げる必死な麗華を見て、大和は口角を吊り上げただけで何も答えなかった。


 父の居場所を何も答えずに、嘲笑を浮かべる大和に掴みかかろうとする麗華だが、消耗しきった身体ではまともに走ることすらできず、足がもつれて地面に突っ伏した。


 無様に倒れてしまった自分自身への苛立ちと情けなさと、こんな状況で何もできない不甲斐なさに、麗華は目の奥から熱いものが込み上げて来そうになった。


 今出せる力を振り絞って、麗華は立ち上がろうとするが――「はい、そこまで」と、起き上がろうとする麗華の首筋に大和は自身の武輝である巨大手裏剣の刃を押し当てた。


 地面に情けなく突っ伏している麗華の姿を大和は気分良さそうな笑みを浮かべて見下ろしていたが、大和の目はまったく笑っていなかった。


「わざわざ大勢の制輝軍が押し寄せてくるかもしれない危険な状況で、僕たちがここに残っていた理由は何だと思う? ――って、もう限界で何も話せないかな?」


 不屈の精神を宿した気丈な目で自分を睨む麗華に質問する大和だが、力強いのは目だけで今の麗華には声を発する力がないと察して、面白くなさそうにため息を漏らした。


「君に宣戦布告をするためと、後は邪魔者になりうる人に怪我をさせて戦線離脱させるためだよ――大悟さんが心配な君は、僕たちがここにいるとわかれば、絶対に君が来ると思っていた。予想通り、君は仲間を引き連れて登場した。それも、ありがたいことに僕たちの計画で邪魔者になりうるセラさんたちのような実力のある輝石使いを引き連れてね」


 すべては予想通りだったと説明する大和の表情は、自分の思い通りに動いてくれた麗華に感謝をするようでありながらも、心底嘲るような目を向けていた。


「麗華――ここに来て、僕たちはすべての準備を終えたよ。後は、大悟さんが隠し続けた『無窮の勾玉』を奪うだけだ」


 力のない笑みを浮かべながら、大和は麗華の首筋に押し当てていた武輝の刃を離した。


「後は姫の意思のままに、僕たちは君たち鳳に復讐するだけだ――それじゃあね、麗華」


「ま、待ちなさ、い……まだ――まだですわ!」


「しつこいなぁ、麗華は。――いや、君の場合追い詰められてからが本番だったよね」


 踵を返してこの場から御使いたちとともに立ち去ろうとする大和を、麗華は最後の力を振り絞って、無様に地を這いながら、声にならない声で引き止めようとする。


 そんな麗華の様子に大和は肩をすくめると、杖を武輝にした御使いに目配せをする。


 大和に目配せされた御使いは小さく頷くと、武輝である杖の先端に光が纏い――


 纏った光を上空へ向かって飛ばした。


 すると――倒れている麗華たちに向かって、煌めく無数の光弾が降り注いだ。


 光弾が地面に着弾すると同時にウェストエリア内に爆発音にも似た轟音が響き渡った。


 光弾が降り注いで麗華たちがどうなったのか、大和は気にすることなく御使いを引き連れてこの場から離れた。


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