第7話

 訓練場等が立ち並ぶウェストエリア――その中でも一番大きい施設である、公式に輝石使いの戦いが認められた煌王祭こうおうさいと呼ばれるアカデミー都市中に生放送される武闘大会が開かれ、それ以外にも大きなイベントで使用される闘技場の付近に、車から降りた麗華、セラ、ノエル、サラサ、ドレイク、幸太郎がいた。


 鳳大悟と御使いがいると思われる場所に到着した麗華たちは、何があっても対応できるように、輝石を握り締めていつでも武輝に変化させるようにしていた。


 闘技場周辺の道は異様なほどの静寂に包まれて人の気配がまったくしなかった。


 制輝軍が駆けつけて御使いに返り討ちにされてから時間は経っているが、どこからかともなく自分たちに向けられる殺気に、麗華はまだここに御使いがいると確信していた。


「寒い……雨が降るって天気予報で言ってたけど、これだけ寒いと雪が降りそう」


 淀んだ曇り空を仰ぎながら、寒そうに身を縮ませた幸太郎は呑気に呟いた。


 いつ御使いが襲ってくるかもわからない状況で緊張感のない幸太郎に、彼の前に庇うようにして立っているセラは脱力していた。


「アカデミーの制服ってきれいでカッコいいんだけど、布地が薄いから寒いよね。風が吹くとヒラヒラ靡くし……あ、白だから汚れも目立つよね」


「それは同感ですが……いつ御使いに襲われるかもしれない状況なので、やっぱり、幸太郎君は車で待っていた方がよかったんじゃないんですか?」


「そうかも……あ、あそこの自動販売機にあったかーいコーンスープが売ってる」


「確かに、こう寒いと何か熱いものが飲みたくなりますね」


「セラさんの好きなホットココアも売ってるよ」


「本当ですか? ……どうしようかな……」


 幸太郎のペースに呑まれて呑気に雑談するセラに、麗華は呆れた。


 緩んでいる二人の気を引き締めるために麗華は注意をしようとするが――幸太郎と面と向かって話すことに躊躇した麗華は何も言うことができなかった。


「雑談はいい加減にしておけ」


 そんな麗華の代わりに呆れた様子のドレイクが注意をすると、親に怒られた子供のようにセラと幸太郎はすぐに謝った。


「あ、あの……お嬢様……幸太郎さん、この前のこと、気にしていませんよ」


「……よ、余計なお世話ですわ」


 麗華に気を遣って、この前の事件の後で八つ当たりをしたことを幸太郎は気にしていないとサラサは報告するが、麗華は気恥ずかしそうにソッポを向いた。


 気を遣ってくれるのはありがたいが、この前の事件であんなことをしたのに、自分を目の前にして呑気な態度の幸太郎を見ていれば、言われなくとも麗華は十分にわかっていた。


 それに、幸太郎に対しての罪悪感は麗華の中ではとうに消えており、彼女の中に残っているのは彼に対して感情のままに八つ当たりをした自分の情けなさだった。


 幸太郎と面と向かう度にあの時の自分の情けなさを思い出してしまい、情けなさと後悔がわいて出てくるので、麗華は幸太郎と話し辛かった。


 わき出る後悔を振り払うように、麗華は歩くスピードを上げたが――


 闘技場入口前まで来たところで、麗華は急停止した。


 急停止した麗華の表情は強張っており、彼女の視線の先には一人の少女がいた。


 淡く緑色に光る勾玉の形をしたアンプリファイアがついたペンダントを首にかけ、白を基調とした巫女装束のような服を着た、能面のような表情の長い黒髪の少女だった。


 少女は何も言わずに自分の前に現れた麗華に向けて虚ろな目を向けた。


 いよいよ――いよいよ決着の時が来て、麗華は息を呑んでしまう。


「……加耶」


 見慣れぬ少女に向けて、天宮加耶の名前を緊張で震えた声で麗華は呼ぶと――加耶の顔を知らなかったセラたちは、一斉に輝石を武輝に変化させて臨戦態勢になる。


 輝石を武輝に変化できない幸太郎は、自身の唯一の武器である、電流を纏った衝撃波を放てる武器・ショックガンを加耶に向けるが、神秘的な雰囲気を身に纏う古風な美少女の姿に、思わず「……かわいい」と呑気に呟いてしまっていた。


「あなたが私の前に現れたということは、決着をつけるというわけですのね……」


 麗華の言葉に何も反応しない加耶だが、答えの代わりに彼女の全身から、暗く、どんよりとした重苦しい威圧感が放たれた。


 加耶の全身からは、怒り、恨み、憎悪、様々な暗い感情が渦巻いていた。


 思わず、麗華は加耶の纏っている暗い感情に呑まれそうになったが、そんな自分に心の中で喝を入れて、ブローチについた自身の輝石を武輝であるレイピアに変化させた。


「戦う前に聞きますわ……お父様は無事ですの?」


 鋭いが縋るような目で幼馴染を見つめて麗華は質問するが、加耶は何も答えない。


「何とか言ったら――」

「教える気はないようですね」


 武輝である双剣を手にしたノエルは麗華と加耶の会話を遮り、麗華よりも一歩前に出る。


「天宮加耶――あなたには詳しい話を聞かせてもらうため、拘束させてもらいます。抵抗する場合は容赦しません」


 事務的な口調でノエルはそう告げるが――加耶は何も答えない。


 答えの代わりに加耶は幼馴染からノエルに視線を移して、彼女をジッと見つめた。


 虚ろだが激情を宿した加耶の目に、一歩も退かぬ意思を感じ取ったノエルは――


「仕方がありませんね」


 淡々とそう呟くと同時に、予備動作なくノエルは一気に加耶との間合いを詰めた。


 麗華たちが制止する間もなく、瞬間移動をするように一瞬で加耶との間合いを詰め、左右の手に持った剣を同時に振うが――


 最小限の動作で加耶は後ろに下がってノエルの一撃を回避した。


 輝石の力に頼ることなく簡単に自身の攻撃を回避した加耶をノエルは意外に思いつつも、即座に次の攻撃を仕掛けようとする。


 だが、どこからかともなくノエルに向かって光弾が飛んで来る。


 一旦攻撃の手を中断させて、ノエルは大きく後退して光弾を回避するが、光弾はノエルの後をしつこく追いかけた。


 ノエルの目前に迫る光弾を、割り込んできたセラが武輝である剣を振ってかき消した。


 余計なことをするなと言っているような目でノエルはセラを一瞥するが、気にすることなくセラは光弾を発射した人物をジッと睨んでいた。


 ノエルに向けて光弾を発射したのは、フードを目深に被って白い服を着た正体不明の人物――御使いだった。


 突然現れた御使いはいつでも攻撃ができるように武輝である杖の先端に光を纏わせて、加耶の前に庇うようにして立った。


 杖を武輝にした御使い――輝石使いの犯罪者や輝石に関係する事件を起こした犯罪者たちを収容する施設『特区』で大勢の囚人が脱獄した事件が発生した際に、麗華と戦った御使いだった。


 セラとノエルは同時に杖を持った御使いに飛びかかるが、二人の前に武輝である長巻を持ったもう一人の御使いが現れ、全身のバネを使って大きく武輝を振った。


 勢いよく御使いが振った武輝は衝撃波を生み、セラとノエルは同時に、後方へ向かって身を翻して衝撃波を回避する。


 長巻を武輝にした御使い――半月前の事件で村雨に協力していた御使いだと、麗華は事件後の報告で聞いていた。


 セラとノエルが御使いの攻撃を回避すると同時に、火の玉のように揺らめく光弾が二人に向かって飛んで来るが、それらすべてを割り込んできたドレイクは武輝である両手に装着された籠手で防いだ。


 ドレイクが攻撃を防ぐと同時に現れるのは、武輝である錫杖を持った御使い――正体がわかっているために、精悍な顔つきを露わにした坊主頭の青年・大道共慈だった。


「彼らは任せましたわ!」


 この場をセラたちに任せて、御使いたちの合間を縫って、麗華は一気に加耶に肉迫する。


 麗華の目にはいっさいの迷いはなく、自身の武輝の間合いに入ると同時に力強い一歩を踏み込んで、幼馴染に向けて武輝であるレイピアを突き出した。


 武輝を持っていない幼馴染に対してまったくの容赦のない麗華の一撃だが――鋭い金属音とともに、その一撃は防がれた。


 自身の一撃を防いだ人物の顔を見て、麗華の表情は驚愕に染まる。


「……と、巴お姉様」


 武輝である十文字槍で自身の攻撃を受け止めた人物――御柴巴の姿に麗華は驚いていると、容赦なく巴は彼女に攻撃を仕掛けた。


 咄嗟に後退して巴から麗華は離れた。


「お、お姉様……どうして……」


「構えなさい、麗華……私は手加減しないわ」


 感情を押し殺した口調で短くそう宣言すると、巴は麗華に向かって飛びかかってきた。


 間合いに入ると同時に、巴は問答無用に麗華に猛攻を仕掛ける。


 流れるような動作で武輝である十文字槍を振って、宣言通り手加減なしに次々と繰り出す巴の攻撃を紙一重で回避を続けながら、麗華は驚いている自身に喝を入れる。


 こんな事態も想像していたはずだ――と、麗華は自分に何度も言い聞かせて、平静を取り戻し、襲いかかってくる巴に武輝であるレイピアを突き出して反撃する。


 麗華の反撃を受け流すと同時に、巴は舞うような足運びで反撃を仕掛ける。


 巴の足運びに合わせるような動きで麗華は巴の反撃を回避。


 即座に巴は武輝で麗華の足を払うが、麗華は後ろに飛び跳ねて回避、同時に光を纏わせた武輝から光弾を発射する。


 手の中で器用に武輝を回して、向かってくる光弾を巴は撃ち落とす。


 全弾撃ち落とされると同時に麗華は地面のアスファルトを踏み砕くほどの力強い一歩を踏み込んで、巴との間合いを一気に詰めた。


「必殺――『エレガント・ストライク』!」


 相変わらずの技名を叫ぶと同時に、麗華は光を纏わせた武輝を勢いよく突き出した。


 自身に迫る麗華の必殺の一撃に巴は冷静に対応する。


 手の中で武輝を回転させると同時に身体を大きく捻らし、勢いよく一歩を踏み込んで、穂先に光を纏わせた武輝を突き出した。


 お互いの強烈な一撃がぶつかり合い、甲高い金属音が鳴り響いて周囲に衝撃が走る。


 麗華と巴は攻撃の衝撃で大きく後退していた。


 強烈な巴の攻撃の衝撃が全身に伝わって、顔をしかめている麗華の視界には巴の背後にいる加耶が映っていた。


 巴と対峙している麗華の姿をジッと見つめていると、やがて、加耶は踵を返してこの場から立ち去ろうとする。


「待ちなさい、加耶!」


「残念だけど、追わせないわ」


 この場から離れようとする加耶を追おうとする麗華だが、巴は許さない。


 立ちはだかる巴の相手をしながら、離れる幼馴染の姿を悔しそうに麗華は眺めていた。


「サラサ! 加耶を追うのですわ!」


 突然の乱戦にオロオロしているサラサに声を張り上げる麗華。


 しかし、突然の事態に輝石を武輝に変化させることも忘れて戸惑っているサラサの耳には届いていなかった。


 だが、麗華の声にいち早く反応した幸太郎が加耶の後を追う。


 そんな幸太郎の動きに反応したサラサはようやく現実に戻り、離れる加耶の後を追った。


 加耶の後を追った二人の姿を麗華は安堵したように、そして、彼らの身を案じて不安そうに眺めていた。


 二人は大丈夫――自分にそう言い聞かせて一瞬浮かんだ不安を討ち払い、麗華は自分の邪魔をする巴に飛びかかった。




――――――――――




 天宮加耶の後を追っている幸太郎とサラサだが、二人と加耶の差はまったく縮まらない。


 幸太郎とサラサは、加耶との差を一気に縮めようとして走る速度を上げるが、二人の速度の変化に対応するように加耶も走る速度を上げていた。


 それがずっと続いて、二人と加耶の差はまったく縮まらなかった。


 た、天宮さん……動きにくそうな服を着てるのに疲れてなさそう。

 実はかなりタフな人なのかな?

 こ、こっちはもう限界……一気に飛びかかる方法とかないのかな……


 いい加減体力の限界が訪れてきた幸太郎だが、ずっと走り続けていても涼しげな表情を浮かべている幸太郎よりもずっと後輩のサラサは、輝石を武輝に変化させる。


 武輝である二本の短剣を持ったサラサの全身に輝石の力が駆け巡り、彼女の身体能力は一気に向上する。


 サラサは加耶との距離を一気に詰めて加耶の前方に回り込み、幸太郎は呑気に「おぉ」と、感嘆の声を上げた。


 自身の眼前にサラサが突然現れると、即座に加耶は大きく後退したが、今度はショックガンを持った幸太郎が彼女を出迎えた。


 幸太郎とサラサに挟み撃ちをされて逃げ道がなくなって立ち止まった加耶に、サラサは刃のように鋭い眼光とともに武輝の切先を向けた。


「あれ、もしかして僕たちだけで捕まえちゃった?」


「お、大人しくして、ください」


 呑気な様子で得意気に胸を張っている幸太郎とは対照的に、全身から警戒心を発している鋭くも不安げな面持ちのサラサは、オドオドとした口調で加耶に警告する。


 加耶は無言だったが、彼女の何も宿していない空虚な目は説明できない威圧感のようなものを放っており、サラサは気圧されてしまっていた。


 サラサの言葉に従って加耶は逃げる素振りを見せなかったが――


 ふいに、加耶はサラサに向けて手をかざした。


 ――ん?

 ……風邪かな。


 サラサに向けて加耶が手をかざした瞬間、幸太郎は自分の身体が一瞬熱っぽくなったので、風邪を引いたと思って自身の額を触ってみるが、特に熱はなさそうだった。


 自分の体調の変化を怪訝に思っていると――突然、加耶がかけているペンダントについた勾玉の形をしたアンプリファイアが緑白色の光を発し、その光と同調するように加耶の身体が緑白色の光に包まれる。


「幸太郎さん!」


 加耶から異様な雰囲気を感じ取ったサラサは、普段出さないような声量の声を出して、必死の形相で彼女の近くにいる幸太郎に飛びかかった。


 サラサの小さな身体が幸太郎を地面に押し倒すと同時に、加耶が纏っていた緑白色の淡い光が強烈なものに変化して、天を突き破るかのような勢いで加耶の纏っていた光が空へと立ち昇った。


 その瞬間、幸太郎は脱力感に襲われたが、それだけで特に問題はなかった。


 ――だが、サラサは違った。


 押し倒した幸太郎の胸に顔を埋めているサラサは苦悶の表情を浮かべていた。


 そして、サラサの手に持っていた武輝が弱々しい光とともに輝石に戻ってしまった。


 サラサの様子の変化に気づいた幸太郎は上体を起こして、サラサを抱きかかえる。


「サラサちゃん、大丈夫?」


「へ、平気、です……た、多分、前の事件と同じ……アンプリファイアのせいで……」


 以前の事件で村雨が輝石使いを無力化させるために、輝石使いの力を増加させるだけではなく、減少する力を持っているアンプリファイアの力を使った時と同じ状況だと、息も絶え絶えの様子でサラサは自身の状況を説明した。


「大丈夫、無理して喋らなくてもいいから」


 幸太郎はサラサを抱きかかえている力を強めると、苦悶の表情を浮かべて脱力しているサラサの表情に若干の安堵感が生まれていた。


「わ、私のことはいいですから、彼女を……」


「ダメ。今はサラサちゃんの方が大事」


 自分を置いて、この場から立ち去る加耶を追ってくれと懇願するサラサだが、今は消耗しきっているサラサの方が大切だと判断した幸太郎は追わなかった。


 嬉しい答えだったが、それでもサラサは首を横に振った。


「サラサちゃんに何かあったら、ドレイクさんが心配するから」


「で、でも、ダメです! 今あの人を捕まえなくちゃ、きっと後で大変な――」


 必死に懇願するサラサの言葉を遮るように、近く――ちょうど、麗華たちが御使いと戦っている場所から、爆発音のような轟音が響き渡った。


 その音を聞いて、完全に幸太郎は加耶の後を追うよりも、サラサや麗華たちを心配することに気が向いてしまった。


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