第6話
セラと幸太郎は教頭室に到着すると、限界まで高まった緊張感と静寂が二人を出迎えた。
息苦しさを感じるほど張り詰めた空気の室内にはアカデミーの教頭である草壁雅臣が机の前に座っており、彼の傍らには普段の勝気な表情を暗くさせた鳳麗華が立っていた。二人揃って冷たく、刺々しい雰囲気と緊張感を身に纏っていた。
そんな二人と机を挟んで向かい合って立っているのは、制輝軍の証である輝石を模った六角形のバッジを胸につけ、短めの白髪の髪を赤いリボンで結い上げた色白の少女――アカデミーに駐在している制輝軍を率いている人物である
ノエルとセラ――お互い仲が悪い者同士、一瞬だけ敵対心に満ちた目で睨み合ったが、お互いすぐに目を離した。
ある程度距離を取ってセラはノエルの隣に立つと、二人の間に幸太郎が立った。
半月前の事件ぶりに会う麗華に向けて呑気な笑みを浮かべる幸太郎だが、気まずそうに麗華は彼の顔から目を背けた。
「揃いましたので、さっそく話をはじめますわ」
ノエル、セラ、幸太郎の三人が揃うと、静寂の空気を麗華が打ち破った。
先程スピーカー越しで聞いた声と同様に、沈黙の中に響き渡る麗華の声はいつものような覇気がないように幸太郎は聞こえた。
「噂には聞いているとは思いますが、風紀委員のあなたたちに集まっていただいたのは昨夜の一件についてですわ」
「……噂は本当だったというわけですね」
セラの言葉に麗華は深々と頷くと、アカデミー都市で何らかの事件が起きたのは噂ではなく事実だということに、セラの纏う緊張感が高まって室内の空気がさらに張り詰めた。
「昨夜、セントラルエリアの大病院に入院していた鳳大悟が御柴克也に拘束され、連れ去られた」
草壁の口から淡々と告げられた事件の内容に、衝撃を受けたセラは驚きの声を上げそうになったが、それを堪えて今は話を聞くことに集中する。
「事件後すぐに御柴の家族に事情を聞こうとしたが、御柴克也共々全員行方不明になっている。昨夜から制輝軍が捜索しているが、現在でも行方はわかっていない」
冷え切った声で淡々と説明する草壁に、セラは嫌な予感が過るが、すぐに振り払う。
「大悟が連れ去られる寸前、病院周辺の監視カメラの映像に御使いが映っていた――確実に天宮加耶率いる御使いが関わっているだろう」
「ということは……巴さんたちは御使いに利用されているんですね」
事件に御使いが関わっていると聞いて安堵するセラだが、頭の片隅にこびりついた嫌な予感を払拭することはできなかった。
何の疑いもなく巴たちを信じているセラに、ノエルは「短絡的ですね」と抑揚のない事務的な声で吐き捨てるようにそう呟いた。
「家族を逃がした後、御使いに協力して御柴克也が事件を起こした。もしくは御柴巴も協力しているかもしれない――その可能性だって当然あります。それに、現在彼らと同じく行方不明である萌乃薫も容疑者として我々制輝軍が行方を追っています」
克也だけではなく、萌乃も、そして、自分の仲間である巴も疑いの目を向けているノエルに、セラは拳をきつく握って溢れ出しそうになる激情を抑えた。
「……巴さんたちはそんなことはしません」
「その根拠は?」
「根拠がなくても、私は信じています」
「根拠もないのに随分な自信ですね」
無償の信頼を他人に向けるセラに、ノエルは感情を感じさせないほどの無表情だが心底呆れているようであり、それ以上に苛立っているようだった。
「伊波大和以外にも鳳グループ内に御使いに通じた裏切者がいるかもしれないという状況で、鳳グループの人間を根拠もなく信じるとは浅はかですね」
現実を突きつけるノエルに、いよいよセラは何も反論できなくなってしまう。
ノエルの言う通り、以前の事件で御使いの仲間だと発覚した大和の他に、鳳グループ内に裏切者がいるかもしれないとセラも思っていたからだ。
克也だけではなく、自身の仲間である巴も疑うノエルにカッとなってつい反論してしまったセラだが、事件の内容を聞いてセラにもどこか克也が裏切者かもしれないと心の中で確かに思っていた。
反論できなくなってセラは縋るような目で麗華を見つめるが、麗華の目にはいっさいの迷いがない様子で、余計な感情を宿してはいなかった。
「今回の件に関してはノエルさんの言う通りですわ――これ以上の話し合いは時間の無駄ですので、話を進めますわ」
克也に対して何もフォローすることなく、麗華は淡々と話を進める。
「昨夜からお父様の行方を追っていた制輝軍ですが、ここに来てお父様が御使いとともにウェストエリアにいるという情報がありましたわ。報告を聞いてすぐに数人の制輝軍の隊員を向かわせましたが、全員御使いに返り討ちにされましたわ」
制輝軍が返り討ちにされたと麗華が説明すると、冷たい空気を身に纏っていたノエルから、微かに熱を持った空気が発せられた。
「ウェストエリアの出入口は完全に制輝軍やガードロボットによって封鎖されていますわ。そんな状況でまだ御使いたちが逃げ出したという報告はなく、理由は不明ですがまだウェストエリアにいると思われますわ」
そこまで説明すると、期待と不安を宿した目で麗華はセラを見つめる。
「そこで、セラさんを呼んだというわけですわ。敵の強さは相当なもので、制輝軍の隊員では歯が立たないでしょう。なので、これから先は風紀委員にもお父様の救助の協力をしてもらいますわ」
疑われている克也たちのフォローをすることなく、有無を言わさぬ尊大な口調で命令する麗華に、複雑な気持ちを抱きながらもセラは「もちろんです」と頷いた。
セラが頷いたのを見て、険しかった麗華の顔に安堵感が生まれた。
「作戦はこうですわ――御使いたちを発見次第私たちは交戦。そして、ある程度時間が経った後に大量の制輝軍たちが現れて消耗しきった御使いたちを一網打尽にしますわ!」
拳をきつく握って、熱が入ったように麗華は簡単に作戦を説明した。
「説明は終わりですわ。外に車が用意してあるので、さっそく現場に向かいますわよ」
短くそう告げると、意気揚々と麗華は教頭室を出てノエルも後に続く。
肌を刺すくらいの刺々しい雰囲気を身に纏って殺気立っている麗華の姿に、尊敬している父親が連れ去れたので仕方がないとセラは思っているが、それ以上にセラは麗華の身が心配だった。
父親を助けるために無茶をしかねない今の麗華の状態に、彼女を守るためにセラは遅れて教頭室に出る。
最後に、若干の空腹感に集中できず、ほとんどの話を聞き流していた幸太郎は一度大きく欠伸をしてセラの後に続いた。
―――――――――――
幸太郎たちは高等部の校舎から出ると、麗華の使用人兼ボディガードを務めているスキンヘッドの強面の大男・ドレイク・デュールと、彼の娘であるサラサが待っており、二人の傍らにはリムジンが待機していた。
御使いがいるウェストエリアに向かうために、幸太郎たちはドレイクが運転するリムジンに乗り込み、現場に急行した。
広々としたリムジンに幸太郎はセラとサラサに挟まれる形で座り、これから危険な場所に向かうというのに一人呑気に煌びやかな車内を物珍しそうに眺めていた。
遠足気分でいる幸太郎を放って、セラは対面に座っているノエルを不機嫌そうに一瞥してから、彼女の隣に座っている麗華に視線を移し、睨むように見つめた。
セラと麗華の間の不穏な空気を察したのか、サラサは心配そうに二人を見つめていた。
車内の空気は最悪だが、幸太郎だけは高級車の乗り心地を心から堪能していた。
気まずい沈黙が流れる車内だが「それにしても――」と、セラが沈黙を打ち破った。
「事件が起きてすぐに私たちに連絡すれば、すぐに風紀委員は協力しました」
「その通りですが、最初は情報収集を主としていたので大勢の制輝軍に指示するのに精一杯で、連絡する暇がなかったのですわ。今更言っても言い訳がましく聞こえるだけですが」
麗華の答えを聞いて、「……なるほど」と、口では納得したようなことを言いながらも、セラはスッキリしない表情を浮かべていた。
「御使いを率いている天宮加耶さんのことですが――彼女について、鳳さんは何か知っているんですか?」
「大和と同じ――……私の幼馴染ですわ」
「どうして、幼馴染の方がこんな真似を?」
「色々あるのですわ」
説明する気がなさそうな麗華にセラは若干苛立っているようだった。
そんな自分を落ち着かせるように小さく深呼吸をしてセラは話題を替える。
「本当に克也さんや萌乃さん、そして、巴さんが御使いの協力者であると鳳さんは思っているんですか?」
「その可能性も捨てきれないということは、セラさんも理解しているはずですわ」
自分の心を見透かしている麗華の言葉にセラは何も言えなくなってしまう。
「克也さんたちに関しては御使いに利用されている可能性が高いですが、萌乃さんに関してはアカデミーのセキュリティやガードロボットの設計に携わっていたので、セキュリティを突破して、ガードロボットを暴走させる方法も心得ているかもしれませんので、御使いに関わっている可能性が高いですわ――それに……」
一旦間を置いた後に麗華は口を開く。
答えるのに麗華は一瞬だが逡巡しているようにセラには見えた。
「どこに裏切者がいるかもしれない今の状況で、私は周囲の人を信用していませんわ――もちろん、セラさん。あなたも例外ではありませんわ」
感情を押し殺した事務的で暗い声で麗華は迷いなくそう告げると、車内に沈黙が流れ、元々暗かった空気はさらに暗く、そして重苦しくなっていた。
セラに対して不信の目を向ける麗華を、サラサは痛々しく思っているようだった。
「殊勝な心がけですね」
仲間に不信を向ける麗華の心意気を褒めるようだが、感情がまったく込められていない冷然としたノエルの声が響いた。
「御使いを率いている天宮加耶、そんな彼女に協力する伊波大和――二人はあなたの友人とのことですが、今のあなたを見る限り二人と戦うことには何も迷いはないようですね。足手まといになると思いましたが、安心しました」
「……当然ですわ」
まったく感情の込められていないノエルの言葉に、隣に座る彼女のことを射抜くような目で睨みながら麗華は力強く頷いた。
「セラさんのようにあなたが情に流されない方で安心しました」
褒めているようだが、感情が込められていないため嫌味にしか聞こえないノエルの言葉に、これ以上相手にしたら苛立つだけだと判断した麗華は無視をした。
「そう言っていますが、ノエルさんは鳳さんと同じ立場になったらどうしますか?」
「……自分の任務をこなすだけです」
非難するような目を自身に向けてふいに質問してきたセラに、ノエルはほんの一瞬の間を置いて、淀みのない事務的な声でそう答えた。
「私からも質問をしてもよろしいでしょうか」
今度はノエルが質問をする番だった。
敵対心を隠すことなくノエルを睨みながら、セラは「構いません」と頷いた。
「……彼はどうしてここにいるんですか」
視線をセラとサラサの間にいる、携帯で誰かに連絡をしている幸太郎に向けて、ノエルは純粋な疑問を口にした。
幸太郎は「ちょっと待ってね」と一旦携帯の通話を切って、ノエルの質問に答える。
「御使いが関わる事件が起きたら連絡してくれって
幸太郎は友人である
御使いの中に友人である
緊張感のない様子で説明する幸太郎だが、ノエルは聞きたいのはそれではなかった。
「どうしてあなたがここにいるのかと聞いているのですが」
「僕も風紀委員だから」
得意気に華奢で頼りなさそうな胸を張ってそう答えた幸太郎を、ノエルは意味不明だというように見つめていた。
「理解できません。これから戦場に向かうというのに輝石を
「ぐうの音も出ない」
容赦のないノエルの感想に、幸太郎は苦笑を浮かべて認めることしかできなかった。
「その男に何を言っても無駄ですわ。……きっと、何を言ってもついてきますから」
仏頂面で窓の外の景色を眺めながら麗華は、ノエルに幸太郎のことを教えた。
麗華の説明を聞いてもノエルは納得していない様子だったが、これ以上幸太郎の話をしても無駄であると判断したので何も言わなかった。
「鳳さん、私もティアたちを呼びましょうか?」
幸太郎に続いて、セラは援軍を呼ぼうとするが、麗華は首を横に振る。
「ティアお姉様に協力してもらえば百人力ですが……戦闘能力だけならティアさんに引けを取らない銀城美咲さんや、制輝軍内でもトップクラスの実力を持っているアリス・オズワルドさんの二人はいつでも援軍に来れるよう準備をしていますわ。これ以上無駄に人員を増やさなくてもいいでしょう――それに、これ以上巻き込めませんわ」
最後に呟くように言った麗華の言葉――それが、彼女の本心であるとセラは悟った。
幼馴染と戦い、周囲の人間全員に不信を向ける覚悟を決めた麗華のささやかな気遣いだとセラは思ったが――セラは小さく呆れたようにため息を漏らした。
ドレイクの運転する車はセントラルエリアを抜け、ウェストエリアに入った。
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