第5話
アカデミー高等部、二年C組の朝の教室――いや、アカデミー全体がざわついていた。
今日の授業が午前中で終わることに喜んでいるわけでも、目前に迫る冬休みに期待しているわけでも、目前に迫るクリスマスに浮き立っているわけではなかった。
クラスメイトたちがざわついているのは、昨夜セントラルエリアの大病院で何か事件が起きたという話が出回っていたからだ。
深夜の大病院に大勢の制輝軍が囲んでいる写真がアカデミーの学内電子掲示板で出回り、確実に何か事件が起きているとアカデミー都市に暮らしている誰もが思っていた。
事件についてアカデミーは今のところ何も発表していないが、朝だというのにいつも以上に殺気立った大勢の制輝軍がアカデミー都市内を巡回しており、誰が見ても何かあったというのは一目瞭然で、信憑性のない噂や憶測が出回っていた。
「昨日の病院が襲われたのって本当なのかしら」
「そーそー、病院にすごい制輝軍が集まってたんでしょ」
「怖い顔をした制輝軍が朝っぱらから巡回してたけど、風紀委員のセラは噂について何か詳しいことを知ってるのか?」
「みなさんが知っている噂以上のことはまだ私も何も知りません」
セラの友人たちは不安そうな面持ちで、少数ながらも制輝軍と同じ治安維持部隊である風紀委員に所属しているセラに質問をしたが、セラは何も知らないと答えた。
「今朝アカデミー都市を巡回していた制輝軍たちは何か雰囲気が違うように見えたので、何か異変が起きているのは間違いないとは思います」
変に言葉を濁すよりも正直に自分の気持ちを言った方が不安にさせないと判断してセラは正直に自分の気持ちを話した。
セラの友人たちの不安は晴れなかったが、それでも正直にセラが話してくれて若干安堵していた。
「何が起きているのかわからない状況です。だから、みなさん気をつけてください」
憂鬱そうだが、それ以上に美しく凛々しい表情を浮かべて自分たちを心配してくれているセラに、彼女の友人たちはボーっとした表情を浮かべて見惚れてしまっていた。
「……さすがだな、セラ。あっという間に大勢を安心させたぞ」
「虜にしたの間違いだろ」
「セラはああ言ってるけど――噂について七瀬は何か聞いてないのか?」
「今のところ僕も何も聞いてない」
セラと同じく風紀委員である幸太郎にも友人に噂について聞かれるが、何も知らないので幸太郎はクリームパンを食べながら何も知らないと答えた。
「ただの噂なら一番良い結末なんだけど……正直、俺もセラと同じで間違いなくアカデミーで何か大変なことが起きてると思うぞ」
「同感だ。最近はアカデミーで立て続けに大きな事件が起きてるからな。それも、鳳グループに関連した……また事件が起きるかもしれないな」
「噂で聞いたんだけど、白い服を着た奴が鳳グループを狙ってるって聞いたぞ……ホント、最近のアカデミーも、鳳グループも何だか変だよな」
幸太郎の友人たちも最近のアカデミーについて不安を抱いている様子だった。
「そういえば、アンプリファイア――あれは元を辿れば鳳グループに行き着くって聞いた……そう考えると、今までの騒動って鳳グループが原因じゃないのか?」
「それなら、何か事件が起きてるかもしれないって噂は事実かもな。きっとまた鳳グループが隠してるんだろ。また俺たち生徒はアイツらのせいで事件に巻き込まれるのか?」
「煌石のこととかアンプリファイアとか、色々なものを鳳グループが隠してきたから、こんなことになってるのかもしれないな……それって、アイツらのせいで、俺たちは――」
「――フン! だから君たちは落ちこぼれなのだ!」
鳳グループの憎しみを募らせて徐々に過熱する幸太郎の友人たちだが、そんな彼らを貴原は心底嘲るように鼻で笑った。
突然現れて自分たちをバカにしてくる貴原を、幸太郎の友人たちは鋭い目で睨む。
三人に睨まれても貴原は特に動じることなく、彼らを明らかに軽蔑している目を向けた。
「君たち三人は以前と比べれば多少は強くなっているようだが、それでもまだまだ落ちこぼれ――そんな君たちがこの僕に敵うわけがないだろう」
嘲笑を浮かべて安っぽい挑発をする貴原だが、彼の纏う威圧感は本物だった。
幸太郎の友人たちは貴原に気圧されているが、それでも彼らは貴原を睨み続けた。
そんな彼らと貴原の間に一触即発の不穏な空気が流れていた。
「どうしたの?」
食べることに集中していたせいで一触即発の理由をよくわかっていない、クリームパンを食べ終えた幸太郎は睨み合っている自身の友人と貴原を交互に見ていた。
呑気な幸太郎の態度に毒気を削がれた三人の友人は、輝石使いとしての実力が低い落ちこぼれの自分たちを隠すことなく見下している貴原に向けて、自分たちができる精一杯の抵抗として忌々しく舌打ちをして離れた。
「……他人のせいにしている時点で君たちは負け犬なのだ」
離れ行く三人の背中に向けて貴原はそう吐き捨てた。
吐き捨てた貴原の言葉には嘲りと嫌味がたっぷり込められていたが、僅からながらにも若干の気遣いも確かに存在していた。
「そういうこと言うから貴原君は友達少ないんだね」
「失礼なことを言うな! 僕に付き従う人間はたくさんいるぞ!」
「付き従ってる時点で友達じゃないと思う」
「よ、余計なお世話だ!」
「気遣っているならちゃんと気遣えばいいのに。素直じゃないんだね、貴原君」
「き、貴様という奴は……もう許さん!」
正直すぎるストレートな感想と、自分のことを知ったような気でいる何気なく言い放った幸太郎に、貴原の怒りが爆発するが――
『風紀委員は教頭室に集まりなさい』
鳳さんの声だ。
……ちょっと元気ない?
突然スピーカーから響いてきた、聞き慣れているが、どこか様子がおかしい鳳麗華の声に気を取られたため、貴原の怒りを幸太郎は軽くスルーした。
「貴様、僕の話を聞いているのか!」
「ごめんね、貴原君。行かなくちゃ」
怒り心頭の様子の貴原をスルーして幸太郎はセラに視線を向けると、タイミングよくセラも幸太郎に視線を向けていた。
お互いの視線が合い、お互いの気持ちを理解した二人は頷いて同時に教室を出た。
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