第35話
「さあ! 最後の戦いをはじめようではないか!」
その言葉とともに、今まで賢者の石の加護に守られて攻めることも守ることもしなかったアルトマンが一気に攻めに回ってくる。
周囲の人間を寄せ付けないため、アルトマンは溢れ出んばかりの輝石の力で生み出した赤黒い光を放つ刃を周囲に撒き散らしながら、幸太郎の前に庇うようにして立つセラに襲いかかってくる。
一直線に向かい、セラに向かって振り上げた武輝を一気に振り下ろすアルトマン。
後ろに守るべき幸太郎がいるセラは回避することなく、自身の武輝である剣を両手に持ち、アルトマンの一撃を受け止めた。
甲高い金属音とともにアルトマンの一撃を受け止めたセラの全身に衝撃が伝わるが――歯を食いしばって押し切られるのを堪え、捌いて即座に反撃を仕掛ける。
捌いた瞬間にセラは踏み込みながら武輝を薙ぎ払う。
素早いセラの反撃が掠りながらも、アルトマンはフワリと宙を舞うように大きく後退しながら武輝から数発の光弾をセラに発射した。
迫る光弾すべてを軽く武輝を振るって払い落とすセラ。
さすがは師匠の兄弟子で、聖輝士に認められるだけある……
それに、まだ身体に煌石の欠片の力が残留しているのか、凄まじい力を放ってる。
でも、攻撃を無力化する賢者の石の力は感じられない……掠ったけど、確かに手応えはあった!
大丈夫――このまま押し切れる!
ずっとアルトマンが纏っていた見えない力がなくなったのを感じたセラは、全員多くの戦いを経て消耗しているが、このまま押し切れると確信していた。
この勢いに乗るためにセラは持っていた武器を逆手に持ち替え、力強い一歩を踏み込んで、周囲に降り注ぐ光の刃を回避し、武輝で弾きながら宙に浮かびながら自分との間合いを開けるアルトマンに接近する。
セラが接近すると同時に周囲に降り注いでいた光の刃が一斉に、セラへと向かうが――それらすべてはどこからかともなく放たれた白い光を放つ光の刃によって打ち消された。
「セラ、援護するぞ! お前はそのまま一気に突っ切るんだ!」
「七瀬さんは私に任せてください、だから思いきり暴れてください!」
――優輝、沙菜さん……よし、このままいけるぞ!
優輝と沙菜の援護を頼もしく思いながら、宙にいるアルトマンへと駆け上がるセラ。
アルトマン目掛けて空中で身体を半回転させて勢いをつけて武輝を薙ぎ払うように振るうセラの攻撃に対応できないアルトマンだが、辛うじて武輝で防いだ。
「一人を相手にここまでの戦力を持ち出すとは、随分なものだ」
「なら大人しく投降したらどうだ」
「それはできない相談だな。私はまだまだ七瀬幸太郎君を――彼が持つ賢者の石の力を、輝きを、その先の可能性を見たいのだ!」
「それなら、叩き潰すだけだ。二度と幸太郎君に手出しさせないよう」
「なるほど――『愛』故の力というわけか……だから、短期間で君は見違えるほど強くなった」
「……余計なお世話だ!」
防がれても構わずに力任せに武輝を振るってアルトマンを地面に津叩きつけようとするセラだが、そんな彼女の細い首を、武輝を持っていない手でアルトマンは掴もうとする。
赤黒い光を纏った手がセラに近づくが――
「焦りすぎるな。お前一人で戦っているわけではない」
勝負を焦って前に出過ぎたセラを叱責する冷たい雰囲気の声が響くと同時に、アルトマンの背後からティアが現れ、振り上げた武輝である大剣を一気に振り下ろす。
ティアの気配を瞬時に察知したアルトマンはセラを蹴り飛ばして、ティアの一撃を武輝で防ぐが、衝撃までは防ぐごとができずに勢いよく地面に落下する。
しかし、空中で態勢を立て直してアルトマンは何事もなかったかのように着地した。
着地すると同時に間髪入れずに優輝が光の刃をアルトマンに向けて発射するが、即座にアルトマンは後方へ向けて大きく身を翻しながら武輝を軽く振るっただけで発生させた衝撃波だけで迫る輝石の刃をすべて撃ち落としていた。
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
セラと同じく勝利を確信した麗華のうるさいくらいの高笑いが周囲に響く。
「このまま一気にボコボコにしてやりますわ! さあ、セラに続きますわよ!」
「これじゃあ、どっちが悪役何だかわからないね。まあ、でも、賛成かな? 今まで散々好き放題されたんだからね」
「で、でも、油断はしない方がいい、です……まだ、強そう、です」
「気合を入れなさい、サラサ! これはアカデミーの未来を決める戦いですわ! このまま一気に決着をつけますわよ!」
「気持ちはわかるけど落ち着けなさい、麗華。サラサさんの言う通り油断は禁物よ」
やる気を漲らせる麗華と、やる気がなさそうだが静かに闘志を漲らせる大和と、そんな二人をオロオロと眺めるサラサと、興奮する麗華を窘める巴。
四方八方から飛んでくる赤い光を放つ刃を回避しながら、四人は一斉にアルトマンに飛びかかった。
「アルトマン・リートレイド! 覚悟なさい!」
アルトマンへの怒りの声を上げながら力強い一歩を踏み込んで麗華は武輝を突き出すが、直線的過ぎる彼女の攻撃は回避される。
感情的な麗華の攻撃を回避するのは容易かったが、次々と繰り出される彼女の攻撃に反撃する間もなく、防戦一方になってしまっていた。
「アカデミーの未来を決める戦いと君は言ったが――アカデミーの未来なんてもう決まっていると知ったら、君はどうするのかな?」
「関係ありませんわ! アカデミーのために! 私の野望ために戦うだけですわ!」
「面白くない答えだが、まあ、安心したまえ。君がいなくともアカデミーの未来は安泰だよ。賢者の石が見せてくれた未来だから、確実だ」
「この私が取るに足らない矮小の存在だとでも? ――フン! くだらないですわね! 仮にそうだとしても構いませんわ! 未来とは一人の人間だけで決まるものではありませんわ! ましてや、賢者の石などというよくわからない紛い物でもありませんわ! 未来は大勢の人の手によって作られるものですわ!」
「ほう……賢者の石の力を嫌というほど目の当たりにしたというのに、その力を紛い物と呼べるのかな?」
自身の研究成果で、最高傑作の賢者の石の力を紛い物と吐き捨てた麗華に、アルトマンは僅かに眉をひそめた。
嫌というほどその力を味わい、天変地異さえも引き起こす賢者の石を目の当たりにして紛い物だと否定する麗華の言葉は、アルトマンにとって心からの侮辱であり、現実を否定する強がりにしか聞こえなかった。
「何度でも言ってやりますわ! あんなものは紛い物であると! あんなものはただの力が強いだけで存在価値すらない力であると!」
「確かに大勢の人間の力は強大だ。今もこうして大勢が一人の私を追い詰めているのだからね。ただ、私にはどうしても神羅万象あらゆるものを操る賢者の石に勝っているとは思えないのだよ」
「フン! 片腹痛いですわね! 現に私たちの力であなたは賢者の石の力を失い、追い詰められていますわ!」
「それは幸太郎君が持つ賢者の石のおかげだろう」
「いいえ! 断じて認めませんわ! あれはヴィクターさんやアリスさんやヘルメスさんが改造したショックガンのおかげですわ!」
「……まったく、君とは話にならないな」
賢者の石の存在を頑に認めない麗華に愛想をつかしたアルトマンは深々と嘆息すると、怒りのままに突き出された麗華の攻撃を回避、同時にアルトマンは武輝を薙ぎ払って反撃を仕掛ける。
だが、それを大和の武輝である手裏剣が遮り、背後から音もなく忍び寄ってきたサラサがアルトマンに不意打ちを仕掛けた、
手裏剣が横切ると同時に麗華への反撃を中断し、身体を回転させて不意打ちを回避しながら後ろ回し蹴りでサラサを吹き飛ばし、その勢いのままに武輝を振るって麗華に攻撃を仕掛けた。
咄嗟にアルトマンの反撃を防御する麗華だが、防御した衝撃で軽く吹き飛ぶ。
吹き飛ぶ麗華に向けてアルトマンは武輝を振るって光弾を放つが、大和の武輝である手裏剣が防いだ。
無数に生み出した大和の手裏剣が一斉にアルトマンに襲いかかる。
四方八方から手裏剣が飛び交い、光弾を発射してくる手裏剣だが、アルトマンは自身の周囲に障壁を張り巡らせて防御した。
「あれだけ痛い目にあって賢者の石の存在を認めない麗華もどうかと思うけど、たとえ幸太郎君の賢者の石が今の状況に導いたとしても、こんな状況にしたのは人が作った技術――つまり、人知を超えた賢者の石の力は人に負けたんだ」
「フム……確かに君の言葉には一理あるが、賢者の石の力を借りなければ打破できなかったというのに、人の力が賢者の石に勝るというのは少々納得できないな」
「そう言われると何も反論できないけど、取り敢えず、今君が追い詰められている状況は事実なんじゃないかな? ――ねえ、巴さん」
無数の複製した武輝を操りながら、煽るように笑う大和の言葉に反論するアルトマン。
そんなアルトマンの反論に何も言い返せない大和は縋るような目を、アルトマンの背後にいる巴に向けた。
武輝である十文字槍の穂先に力をためて光を纏わせた巴は、流れるような動作でありながらも力強い一歩を踏み込んで、鋭い突きを放った。
爆音にも似た轟音が轟き、巴の一撃はアルトマンの張った障壁を突き崩した。
巴の一撃は障壁を破壊しただけではなく、あまりにも強力な一撃で発生した衝撃波がアルトマンの身体を軽く吹き飛ばした。
吹き飛んだアルトマンを追撃するために動くセラと麗華。二人に迫るアルトマンが周囲にバラまいている光の刃から、大和たちは守って二人を援護する。
もうすぐだ――届く!
もうすぐ、すべてが終わるんだ!
絶対に倒す! もう、終わりにするんだ!
アルトマンとの決着が間近に迫る状況で、焦る気持ちを抑えてセラは麗華とともに同時攻撃を仕掛ける――だが、二人の同時攻撃を空中で態勢を立て直したアルトマンは片手で持っただけの武輝で受け止め、瞬時に反撃に転ずる。
片手だけの力で容易に二人の身体を押し出して態勢を崩させると、赤黒い光を放つ槍を空へと向かって撃ち出し、空から無数の槍が地上に降り注いだ。
だが、リクトが張った巨大な障壁がセラと麗華や、この場にいる大勢の人を守り、二人は空中で態勢を立て直して着地した。
リクト君――ありがたい……
でも、この力……明らかに人間を超えているし、こうして戦っている間に徐々に力が上がっている気がする。
……賢者の石に触れたことが原因なのか?
――そうだとしても、みんながいてくれる今、負ける気がしない。
大勢を相手にしながらも圧倒的で人外染みたアルトマンの力を垣間見て、驚きながらセラは大勢の仲間たちがいる現状で諦めることはしなかった。
「さすがは次期教皇最有力候補であり、教皇エレナの息子――秘めた力は母よりは上だろう。しかし、アカデミーは変わり続け、いずれは教皇庁も教皇の存在も失うだろう。だというのに、君は何を目指すというのだ」
「教皇庁がなくなっても、教皇がなくなってもティアストーンは存在し続ける――僕たちは煌石をあなたのように間違った使い方をさせないよう、大勢の人たちを導くだけです」
「よく言った、リクトよ! その通りだアルトマン! 誰かを導くのはいつだって人なのだ! 賢者の石のような自分勝手な力とは違う!」
教皇庁がなくなっても自分は何も変わらないと言い放つリクトと、それに賛同するプリムの力強い言葉にアルトマンはやれやれと言わんばかりにため息を漏らす。
「若さとはいいものだ……厳しい現実に直面しても、無知でいられるのだから」
若さという勢いのままに突き進むリクトたちを羨むように見つめながらも、ルトマンは嘲笑を浮かべながら、全員を守るリクトに飛びかかった。
周りを守ることに集中するあまり自分のことが疎かになっているリクトだったが、そんな彼を守るようにクロノとノエルが現れた。
間髪入れずに二人の周囲に赤黒い光を放つ光の刃が囲むが、それらすべてを二人の前に現れたノエルとクロノが淡々と振るった武輝で撃ち落とした。
アルトマンに向かって軽く跳躍したノエルは舞うような動きで、武輝である双剣を振るいながら脚をしならせて蹴り技で攻める。
ノエルの淡々としながらも流麗な動きに、アルトマンは回避を続けながらも反撃する隙を見出すが、それを淡々でありながらも豪快に武輝を振るうクロノが阻んだ。
お互いをフォローしながら、セラと麗華以上の連携でアルトマンを追い詰めるノエルとクロノをアルトマンはモルモットを観察するかのような目で興味深そうに見つめていた。
「イミテーションが作り出した、イミテーション――君たちには興味が尽きないよ」
アルトマンの言葉に何も反応することなく、ノエルとクロノは淡々と攻撃を仕掛ける。
「私のイミテーションであるヘルメスだからこそ、私と同じ思考に至ってイミテーションを生み出す方法を考え付いたのは理解できる……しかし、その後が問題だ。私はヘルメスとファントムを生み出す際に賢者の石の力を僅かに注いで完璧なイミテーション――人形を作り出した。だというのに、輝石の力だけで作り出したイミテーションの君たちは、人形ではなく、人間に近づいた……その差がどこにあるのか、実に興味深い」
「他人を駒としてしか見ないオマエにはわからないだろうな……駒としか見ない他人がどれ程影響を与えたのかを」
イミテーションと生まれてから、アリス、美咲、リクト、プリム、幸太郎、セラ――大勢の仲間たちを思い浮かべながら、クロノは他人を駒としてしか見ず、自分たちをモルモットとしてしか扱わないアルトマンを真っ直ぐと睨むように見つめた。
「他人ではなく、君たちは幸太郎君の賢者の石に影響されたのだよ。しかし、それでも、感情を僅かながらにも芽生える君たちは興味深い……自我が強すぎるあまり、暴走したファントムやヘルメスのような失敗作とは大違いだ」
「――違う」
ヘルメスやファントムを失敗作だと評価するアルトマンの言葉をノエルは静かな口調で、しかし、強く否定しながら今までにないくらい鋭い一撃を繰り出した。回避する間も与えないノエルの一撃に、アルトマンは咄嗟に片手で持った武輝で防ぐ。
静かに滾る感情のままノエルは押し切ろうとするがアルトマンは微動だにしない。
「未来に向かって歩もうとする意志がある二人は人形でも、失敗作でもありません」
「すべては賢者の石によって生み出された紛い物だというのに、滑稽だ」
「そうだとしても関係ありません――私は、あの二人の意志を尊重します」
「人間に近いイミテーション――実に興味深いが、人間であるが故に反逆心が生まれるのは実に厄介だ。やはり、イミテーション自体、失敗作だったのだろうな」
ため息交じりにそう呟き、アルトマンは武輝を持っていない手に赤黒い光を纏わせて、感情的になっているノエルに突き出す。
しかし、武輝である銃剣のついた大型の銃から光弾を放ったアリスがアルトマンの攻撃を中断させ、アルトマンは一旦ノエルたちから距離を取った。
「ノエルやクロノの存在を否定させない」
「そういうことなんだよね――アタシとしてはアンタの持ってる人を好き勝手に弄る賢者の石の方がうざったいんだ。いい加減キレそうなんだよ」
アリスの言葉に同意するように普段のちょっとエッチなおねーさんから、ドスの利いた声でそう吐き捨てながら、武輝である大斧を担いだ美咲は身体を回転させて勢いをつけて、渾身の力で武輝を薙ぎ払った。
力任せの単純な美咲の一撃だったが、アリスの光弾を回避すると同時に放たれた不意打ち気味の一撃にアルトマンは回避することができず、両手で持った武輝で防御する。
美咲の強烈な一撃を防御しても、全身に襲いかかる衝撃でアルトマンは何度も地面をバウンドしながら吹き飛んだ。
間髪入れずにセラと麗華が再び突撃するが、アルトマンは周囲にばら撒いている赤黒い光を放った光の刃の量を更に増やし、同時に光の刃のサイズも大きくなって威力も増す。
だが、そんな光の刃を宗仁が発射した光の刃で相殺され、周囲に衝撃が走る。
セラと麗華は衝撃から逃れるために後退した。
「……もう、いい加減にしろ、アルトマン」
かつて、同じ師匠の下で輝石使いとしての実力を高めるために切磋琢磨し合った関係として、宗仁は説得するようにアルトマンに声をかけた、
「私の好奇心は尽きることはないと、長い付き合いの君なら理解できるだろう?」
「それ故に孤独だったことも、理解している」
「……さすがはかつての我が友だ」
かつての友情を感じさせる雰囲気を放っているアルトマンと宗仁だが、すぐに二人は敵同士として向かい合った、
宗仁が輝石の力で巨大な槌を生み出すと、アルトマンもまた彼と同じく輝石の力で槌を生み出し、二人の力が激突する。
周囲に衝撃が走る中、この場にいる誰よりも闘志を漲らせた人物――ファントムが一気に飛び出してきた。
「いい加減、全部終わりにしてやるよ!」
狂気にも似た闘志を漲らせ、どす黒い感情のままに武輝である大鎌を振るうファントム。
感情のままに繰り出される直線的な攻撃だが、それ以上に素早いファントムの攻撃に、アルトマンは防御する間もなく最小限の動きで回避する。
「可憐な身体になってから調子は随分と良くなっているようだな、ファントム」
「未だに腹立たしいが、中途半端に生み出したお前よりかはマシだよ」
少女の身体になってしまったことは今でも納得できていないが、それ以上に優輝そっくりの顔に生み出し、自分という存在を消したアルトマンへの憎悪を募らせるファントムの攻撃が更に苛烈になる。
感情的になって更に読みやすくなったファントムの攻撃を回避しながら、少女となった自身の身体に順応してきているファントムをアルトマンはせせら笑う。
「やはり、随分と変わったようだな」
「オレはオレのままだ! 何も変わっちゃいねぇよ!」
「いいや、お前は変わった。久住優輝でも、教皇エレナでもない自分だけの姿を得たことにより、お前は自分の状況に満足してしまっている。そして、お前は幸太郎君の持つ賢者の石によって絆されしまった」
「余計なお世話だ! 賢者の石なんて関係ねぇ! オレはオレのままだ!」
「お前はこれからどうするというのだ? 自分の姿を得られなかったお前は、少しでも世界に自分の存在という爪痕を残そうと暴れ回っていたが、唯一無二の自分を得て、お前はこれからどうする? 今のお前には何もないというのに」
「今もこれからもオレは変わらねぇよ! これからもオレは自分の存在を全世界に刻んでやるよ! でもな、その前にお前を倒さなきゃならねぇ! お前は邪魔なんだよ……他人を掌で踊らす賢者の石を持っているお前がな」
他人を意のままに操る賢者の石があれば、自由に動けないと思っているからこそ好き勝手に暴れる前にファントムはアルトマンを全力で叩きのめそうとしていた。
そんなファントムに同意をするように現れるのは、先程消滅しかけたが、幸太郎の力のおかげで回復したヘルメスだった。
「お前を倒さないと前へ進めない――我々はそう思っているだけだ」
「そういうことだよ、ぶっ潰してやるよクソオヤジ」
まだ回復したばかりで動きが鈍いヘルメスだが、我が強く、他人の気遣いなどいっさいしないファントムは共通する敵を倒すためにヘルメスをフォローし、連携する。
ヘルメスもまたファントムをフォローするとともに、彼女の自分勝手な動きに合わせて連携し、アルトマンを追い詰める。
ヘルメスとファントム――蛾の強い同士の二人が協力し合っていることに、アルトマンは興味深そうに見つめながらも、連戦に次ぐ連戦で徐々に追い詰められ、防戦一方になってしまっていた。
回避することしかできないアルトマンに、ヘルメスは一気に決着をつけるために武輝を持っていない手に力を込めながら、反撃されるのを覚悟で急接近する。
力を込めた手は赤黒い光を放ち、その手をアルトマンに向けて突き出した。
凄まじい力の気配がするヘルメスの拳が眼前に迫るが、アルトマンは紙一重で回避する。
間髪入れずにヘルメスの背後から現れたファントムが武輝を振り上げて襲いかかってくるが、これも大きく後退して回避。
一旦体勢を立て直そうとするアルトマンだが、そんな彼を見てファントムとヘルメスは不敵に微笑んだ。
「行け! トドメは任せたぞ!」
ファントムの言葉とともに、セラと麗華がアルトマンに向かって飛びかかってくる。
アルトマンは二人を迎え撃とうとするが、足元にファントムが張り巡らせた赤黒いヘドロ状の輝石の力が絡みついて動かなかった。
アルトマンは周囲に大量の赤い光を放つ刃を生み出し、一斉に迫ってくるセラと麗華に発射するが、宗仁、優輝、大道、アリス、大和が放った光弾によって撃ち落とされ、二人に迫る光の刃はすべてリクトや沙菜が張ったバリアによって阻まれた。
細かい攻撃が通じないと判断したアルトマンは有り余る輝石の力で生み出した赤黒い光を放つ自身の無数の分身をセラたちに向けて突撃させるが、ノエル、クロノ、巴、美咲、刈谷、ティアがそれらを食い止めてセラたちの邪魔を刺せなかった。
大勢からの援護を受け、動けない相手だが、いっさいの容赦なくセラたちは全力で攻撃を仕掛ける。
「行きますわ! 必殺! 『エレガント・ストライク』!」
力強い一歩を踏み込むと同時に、武輝の刀身に眩い光を纏わせた気が抜けるような技名とともに必殺の突きを放つ麗華。
渾身の一撃はレーザー状の光となってアルトマンに襲いかかり、アルトマンは全身にバリアのように纏っている輝石の力の出力を上げるとともに、武輝で防御するが――容易く麗華の必殺の一撃は彼の防御を突き破った。
吹き飛ぶアルトマンに、間髪入れずにセラが飛びかかった。
これで――
自分を支援してくれている大勢の味方、アルトマンへの因縁、今までのアルトマンが引き起こしてきた事件、そして何よりも幸太郎――すべてを思いながら、セラは燦然と輝く武輝を振り上げる。
「これで終わりだ!」
終わりを告げる言葉とともにアルトマンに――賢者の石が埋め込まれたアルトマンの胸の装置目掛けて光を纏った武輝を一気に振り下ろした。
セラたちがはじめて聞くアルトマンの苦痛に満ちた声とともに、彼は勢いよく吹き飛び、地面に叩きつけられた。
胸の装置はセラの一撃を受けて粉々に砕け、装置に埋め込まれていたティアストーンの欠片、アンプリファイア、輝石、そして、賢者の石が転がり落ち、数瞬後アルトマンが手にしていた武輝が消え去ると同時に、それらが砕け散った。
……終わった……
仰向けに倒れているアルトマンの手から武輝が消え去り、彼から放たれた投資が徐々に消え去ったことを感じ取ったセラは長く、険しい戦いが終わったことを悟りながらも、まだアルトマンが起き上がる可能性もあると考えて警戒は怠らなかった。
「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! 完全完璧完勝無敵無敗大勝利! まあ、当然ですわね! オーッホッホッホッホッホッホッホッ!」
まったく、麗華は調子が良いんだから。
まだ終わったって決まったわけじゃないのにな……
でも……
まだ完全に終わったと決まったわけで会ないのに、うるさいくらいの高笑いを上げて勝利を確信している麗華に呆れながらも、セラは僅かに警戒を解いてしまった。
耳障りな麗華の高笑いが響き渡ると同時に、周りの雰囲気が徐々に弛緩してくる。
「さっそくアルトマンを捕えますわよ! セラ、お願いしますわ」
麗華の言葉にセラは頷いて従い、さっそく倒れているアルトマンを結束バンド状の手錠で拘束するために近づく。
これで終わったんだ……本当に……
よかった、何もなくて……これで、もうアルトマンの脅威は――
倒れたまま動かないアルトマンに近づきながら、セラは戦いが終わったことを実感するのだが――急に頭が、意識がぼんやりしはじめる。
……疲れているのかな……急に、頭が……
誰かに頼んだ方がいいかな?
アルトマンとの激しい戦いで急な疲労感が襲いかかったと思い、アルトマンの拘束を別の人に頼もうかと思ったセラだが言葉が出なかった。
あれ? ――ようやく自分の身体の異変に気づいたセラだが、もう遅かった。
揺らぐ視界の中、麗華やティアたち、この場にいる全員が意識が朦朧としている様子で身体をフラフラとさせていた。
まさか……
「久しぶりに痛みを感じることができて感謝するよ……時間稼ぎは終わった」
異変の正体に気づいた時、朦朧とする意識の中セラの耳に届いたのはアルトマンの嬉々とした声だった。
その声を聞いた瞬間、セラは絶望感に襲われる。
この感覚は半年前に味わったことがある感覚だからだ。
半年前――幸太郎を残して変わってしまった際に感じた感覚だった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
せっかく思い出したのに……
せっかく元に戻ったのに……
もう、何も……何も失いたくないのに……
セラは、もちろんこの場にいる全員自分たちの意識を刈り取ろうとする見えない力に対抗しようとするのだが、人知を超えた力――賢者の石の力に対抗できない。
幸太郎君……
幸太郎君!
守ると決めたはずの、淡い気持ちを抱いている人物の名前を口にしようとするが、声が出ないセラ。
ただただ無力感と絶望感に打ちひしがれるセラの耳に届くのは――
「大丈夫」
こんな状況だというのに呑気な、それでいて心強く聞こえる幸太郎の声だった。
「後は僕に任せて」
ダメだ……私は君を……守らないと……
私は、君のことを……
聞くだけで安堵させ、頼れる幸太郎の言葉にセラは縋りたくなる気持ちを抑えた。
ここで幸太郎の言葉に縋ってしまったら、もう後戻りはできない気がしたからだ。
……幸太郎君……
意識を失うのを堪えていたセラだったが、耐え切れずに意識を手放してしまう。
最後の最後まで幸太郎を――最愛の人物を思いながら。
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