第41話

 アルトマン、白葉ノエルが引き起こした騒動が収束して二日後――精密検査を終え、休養することなくすぐに復帰したエレナが教皇庁本部の大会議室で、鳳グループトップである大悟、克也と萌乃を含んだ上層部たちを呼んで会議を開いた。


 鳳グループ側の席に心底不承不承といった様子のアリシアが座らされており、枢機卿たちの厳しい目が集まるが――すぐに議長席に座り、会議の開始を告げるエレナに視線が向けられた。


 会議が開始されて早々に、議長席に座るエレナは集まった枢機卿、そして、鳳グループたちに、今回の件について深々と頭を下げて謝罪をした。


 鳳グループと多くの枢機卿たちはエレナの謝罪を黙って受け入れたが、一部の枢機卿たちがエレナの不始末を非難する。


 教皇失格、教皇を辞めろ、すべての責任を取れ――枢機卿たちの非難の声が集まる中エレナは淡々と枢機卿たちに隠していたこと、自分に起きた出来事を話した。


 まず、エレナは周囲に大悟と裏で協力関係を結んでいたことを話した。


 それを話し終えると、すぐにファントムの件についての説明がはじまる。


 ちょうど一年前、新年度にアカデミーに入学してくる生徒たちのために、ティアストーンの力を使って輝石を生み出していた時、ティアストーンから澱みを感じ取り、それが身体の中に入ってくるのを感じたと。


 それから自分の中に入った何かが、隙あらば自分を操ろうとしており、それに反抗していたが、何度か意識を乗っ取られたことを説明した。


 相談しようにも原因が不明であるのに加え、誰かに打ち明けようとしても自分の中にある何かがそれを邪魔したのでそれができなかった。


 自分の中に潜む何かに抵抗し、消そうと努力していたがそれができず、アリシアが引き起こした一件で自分の意識が眠りについてしまい、完全に乗っ取られと説明した。


「それが、ファントムが――いいえ、私が引き起こした一連の顛末です。改めて、多くの方に迷惑をかけてしまい、申し訳ございませんでした」


 自分に身に起きた出来事を話し終え、改めてエレナは席から立ち上がって深々と頭を下げて謝罪する。


 肉体が滅んだファントムが意識となって生きており、それがエレナの意識を乗っ取って今回の騒動をアルトマンとともに裏で操っていたという、誰もが予想していなかった事実に枢機卿たちは混乱の極みにいた。しかし、すぐに我に返って一部の枢機卿たちは非難を再開する。


「そんな荒唐無稽で都合のいい話を信じられるか!」

「たとえそれが事実だとしても、エレナ様が今回の件を引き起こしたことには変わりない」

「その通りだ! 今回の騒動でエレナ様は相応の責任を取ってもらう」


 先代教皇が決めた枢機卿選出方法を否定したエレナに大きな借りを作るために必死な枢機卿たちは、エレナを非難することによって自分を守っていた。


 そんな彼らの思惑など他の枢機卿たちも、鳳グループたちも理解していたが――あえて何も言わずに、エレナが何というのかを待っていた。


「あなたたちの言い分はもっともです。私ももちろん責任を取ります」


 枢機卿たちの自己保身に満ちた非難を素直に受け止めるエレナ――だが、「なので――」と、話を続ける。


「今回の騒動を包み隠さず周囲に公にして、私が教皇に相応しいか否か、アカデミー都市に暮らす住人たちに判断してもらいます。反発の声が多ければ私は教皇を辞退します」


 何気なく言い放ったエレナの言葉に、自己保身に必死な枢機卿たちはもちろん、普通の枢機卿たちも驚いていた。


「エ、エレナ様……さすがにそれはマズいのではないでしょうか」

「そ、その通りです。今回の件を公表すれば世間や生徒たちからの信頼が落ちてしまう」

「私は別にそれを望んでいるわけでは……ただ、枢機卿一身の件を少し――」

「エレナ様、責任を感じているのは理解できますが、もう少し考えてものを言ってください」

「その通り。責任の取り方などいくらでもある」


 教皇庁の信頼を失えば必然的に自分たち枢機卿の立場も悪くなってしまうので、自己保身のために非難していた枢機卿たちは大人しくなる。それ以外の枢機卿は将来を考えて教皇庁の信用を失わせるわけにはいかないので、エレナに自制を促した。


「今回、教皇庁は後手に回ってばかりで、信用はかなり落ちています。そんな中、周囲に何も情報を伝えなければ返って周囲の不信を煽ってしまうことになる。それに、取り繕った嘘を並べても、あらぬ噂が流れてしまって不信の種となります――よって、今回の騒動を公表すれば、後に受けるダメージを大幅に軽減できると思いますが?」


 今真実を話して非難を浴びることによって、後のダメージを少なくするというエレナの案に、枢機卿たちは理解しつつも渋い表情を浮かべる。


 せっかく、鳳グループの信用が失っている状況で、教皇庁が周囲に信用されているのに、それが水の泡になってしまうからだ。


「教皇庁だけの責任ではなく、我々鳳グループの責任も存在する」


 室内に沈黙が訪れる中、大悟の声が響き渡る。


「我々鳳グループは過去に教皇庁に対して不信感を募らせたのに加え、今回の件で情報共有を約束した教皇庁に内密で行動して、募らせていた不信感を爆発させ、教皇庁をさらに混乱させてしまった。我々鳳グループはそれらの責任を取ると同時に、真実を公表するエレナの――いや、教皇庁のフォローを全力でするつもりだ」


 鳳グループとしても責任を取るつもりの大悟に同調するように、鳳グループ上層部たちは力強く頷き、自己保身しか考えていない枢機卿たちの目がギラリと光るが、彼らが余計なことを言う前にエレナが話をはじめる。


「お心遣い、感謝します大悟」


「構わん」


「これから、先代教皇が掲げた利益優先の枢機卿選出方法を否定し、枢機卿を一新するつもりの教皇庁としては、鳳グループの協力には深く感謝をします」


「アカデミーをよくするために協力し合うのは当然だ」


「これからは教皇庁と鳳グループの連携は強めなければなりませんね」


 鳳グループと教皇庁が協力し合う方向でトントンと話を進めるエレナと大悟に「ちょ、ちょっと待ってください!」と、一人の枢機卿が焦った様子で待ったをかける。


「意識をファントムに乗り移られていた時期に下した判断は、もう一度再考し直すべきでは?」

「そ、その通り! エレナ様の平常な判断能力は失われていたのだ!」

「だから、もう少しその判断を考えるべきだと思いますが?」


 枢機卿が一新するつもりのエレナに、自分の立場が脅かされて不安な枢機卿は異を唱え、考え直すように説得するが――。


「言ったでしょう? ファントムに意識を完全に乗っ取られたのはアリシアが起こした事件からだと――枢機卿を一新するのはファントムではなく純粋に私の意思です」


 枢機卿が一新されることは決定事項になってしまい、今まで枢機卿という権力を好きに扱っていた枢機卿たちの表情は絶望に染まり、そんな彼らを見てエレナは冷たく一瞬微笑んだ。


「き、君たちはこれでいいと思うのか? 一年もファントムが潜んでいたエレナ様の判断を」

「そ、そうだ! エレナ様はファントムに操られて後先考えない判断を下した可能性もある」

「というよりも、まだエレナ様にはファントムが潜んでいるのではないか?」

「そんな相手の判断は信じられないだろう!」

「教皇庁と長年対立していた鳳グループと協力関係を結ぼうとしているのだ! それについてはどう考える」


 エレナに異を唱えても無駄であることを悟った枢機卿たちは、自分たち以外の枢機卿たちにエレナへの不信を必死に訴えた。


 一度吸った甘い蜜を忘れられず、自分の立場に固執する自分と同じ立場にいる憐れな人間たちを、枢機卿たちは冷たい目で眺めていた。


「私はエレナ様を信じている。過去も、これからも」

「確かに強引だが、鳳グループと連携を強めることを考えれば悪しき因習は断つべきだ」

「教皇庁の信頼を取り戻すためにはそれなりの誠意を見せなければならない」

「鳳グループと連携を取ることは些か不満で、認めるのは悔しいが――彼らは頼りになる」

「今回の一件で教皇庁の脆さが露呈し、変化した鳳グループの力が目立った。個人的な感情を排除すれば彼らと協力することに異論はない」

「それに、鳳グループと教皇庁が連携する上で、長年協力関係を結んでいたエレナ様は必要不可欠な存在だと思うのだが?」


 枢機卿が一新されることになっても、枢機卿としての真面目に取り組んできたと自負している枢機卿たちはどっしりと構え、エレナの判断に賛同した。


 鳳グループと協力関係を結ぶということには、過去に様々なことがあったので不満気だったが、協力し合わなければアカデミー都市内で暴れ回る輝械人形の対処ができなかったので、感謝をするとともに、上層部が一新されて変化した鳳グループの力を認めていた。


 そして、難事件を解決するために協力し合ってことで鳳グループ上層部と枢機卿たちの間に僅かな信頼関係も構築されたからこそ、これからのアカデミーのために多くの枢機卿は鳳グループと協力することに何も文句は言わなかった。


 急すぎて、強引過ぎる自分の判断に不満を抱いても、それが正しい選択だと思っているので文句を言わない枢機卿たちに感謝をしつつ、自分の立場を脅かされて動揺している枢機卿たちに不気味なほど優しい笑みをエレナは浮かべる。


 それを見た自分の立場を守るために必死な枢機卿たちは戦慄する。


「もちろん、私も鬼ではありません。今回の件では枢機卿の方々にはご迷惑をかけたので――枢機卿を辞めてもらう方々にはチャンスを与えましょう」


 チャンスを与えるというエレナだが、枢機卿たちには不安しかなかった。


「今まで自分がした罪深い行いを公表し、懺悔なさい――それができたら、晴れてあなた方は枢機卿になれます。簡単なことでしょう?」


 簡単なことと平然と言い放つエレナだが、口には出せないほど罪深い行いをした覚えがある枢機卿たちの表情が青ざめるが――重要なことだけは言わないでいいと思っている罪深い枢機卿たちにはまだ余裕があった。


 しかし、次のエレナの一言でその余裕は脆くも崩れ去る。


「ちなみに、名ばかりの枢機卿の方々がどんな行為をしたのかすべて把握済みです。それを枢機卿を一新させると同時に公表します。私の口から言うのと、自分たちの口から懺悔する――新年度が始まるまで一週間。どちらがいいのかよく考えなさい」


 自分たちの罪深い行いをすべて知り、それを公表するつもりでいる用意周到なエレナに、今まで自分の権力を好き勝手に振ってきた罪深い枢機卿たちは降参せざる負えなかった。


 自己保身に必死な枢機卿たちを黙らせた後は――鳳グループ側の席に座り、仏頂面を浮かべているアリシアにエレナは視線を向けた。


「もちろん、アリシア――あなたに永久追放処分を下したのは私ではなく、私の意識の乗っ取ったファントムであり、今回の騒動で活躍したあなたですが、過去の罪は消えません」


「……上等よ」


 厳しいエレナの言葉に、アリシアは不遜な態度で挑む。


 つい一週間前にエレナを誘拐して、ファントムにエレナの意識を乗っ取られた原因を作ったが、リクトと娘のプリムと協力して今回の騒動で最悪な事態を回避させても――友人であるアリシアにも容赦しないエレナに、室内に緊張感が走る。


「枢機卿の立場から退いてもらい、教皇庁から去ってもらいます」


「……永久追放処分はどうしたのかしら?」


「罪を犯したあなたですが、今回の騒動で活躍したのも事実――せめてもの情けであり、あなたにも他の枢機卿と同様チャンスを与えただけです」


「……甘いわね」


「プリムと離れ離れにさせるのは酷だと思ったからです」


「あ、アンタには関係ないでしょ!」


「よかったですね、アリシア」


「う、うるさいわね!」


 娘のことを持ち出されて、アリシアは気恥ずかしそうに声を張り上げる。


 絶対に口には出さないが――永久追放処分を免れ、娘と離れ離れにならないことに少しだけ安堵している自分がいることにアリシアは気づいていた。


 エレナとアリシアの少しだけ気の抜けた会話で張り詰めていた室内の雰囲気が僅かに緩くなるが――枢機卿たちの表情は雲っていた。


 罪を犯したが――アリシアは教皇庁内でもトップクラスに有能であり、人をまとめる力も備えているからだ。そんな有能な人材を失うのは惜しいと多くの枢機卿たちが思っていた。


「それならばちょうどいい――アリシア、お前を鳳グループに雇いたいのだが?」


 何気なく、突拍子のないことを言い放つ大悟に、素っ頓狂な声を上げて驚くアリシアと、どよめく枢機卿たち。


 そして、鳳グループ上層部も寝耳に水だったのか、驚いていた。


「アリシアは罪を犯したが、有能なのもまた事実。今回の騒動で教皇庁と鳳グループの仲を取り持ったのもアリシアだった。人をまとめる力を兼ね備えた有能な人材を失うのは教皇庁、いや、アカデミーにとっては大きな損失だ――だからこそ、アリシアには鳳グループと教皇庁の橋渡し役になってもらいたい」


「……意地っ張りでわがままで、自分が常に一番でなければ気が済まないプライドだけが高い、子供のような人物ですが――それでもアリシアを雇うのですか?」


 アリシアに対して辛辣な言葉を並べるエレナだが、迷わず大悟は頷く。


 エレナは深く――それでいて、わざとらしく考えた後、答えを決める。


「アリシアは教皇庁を抜けた身なので、私が判断することではありません――アリシア、あなたはどうするのです?」


 自分に視線を向けて質問するエレナはむひょ場だが、目の奥には煽るような光が宿っており、僅かに微笑んでいた。


 ……そう、そういうことなのね。

 今回の騒動、ファントムやヘルメスが裏で手を引いていたと思ってたけど違う。

 ――ファントムとヘルメスじゃなくて、周りはこの二人に踊らされていたんだ。


 すべてを察したアリシアは心の中で忌々しそうに舌打ちをして、無表情のエレナと大悟を睨むように見つめた後――やれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「わかったわよ……もう、好きにしなさい」


「そうですか――それなら、今度は白葉ノエルとクロノの件についてですが――」


 あえてエレナと大悟の策に乗るアリシアだが、その答えすらもわかりきっていたエレナは、アリシアの答えを流し聞きして次の話に移る。


 ……絶対に復讐してやる。


 すべてをお見通しのエレナに、改めてアリシアは復讐心を抱いた。


 しかし、その復讐心は今まで抱えていたどす黒いものではなかった。

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