第27話

 幸太郎と待ち合わせるため、自分が待ち合わせ場所に指定したウェストエリア内にある、輝士団専用の訓練施設に警報機と扉を壊して無理矢理裏口から嵯峨は侵入した。


 そして、様々な準備を終えて入口付近で休憩も兼ねて壁に寄りかかって座りながら幸太郎の到着を待っていた。


「イタタタッ……ちょっと、キツイかな……」


 全身の痛みに嵯峨は顔をしかめるが、すぐにその表情は自身を成長させてくれた強敵との出会いに喜び、そして、満身創痍の自分が置かれた危機的状況を心底楽しんでいるような表情になって笑みさえも浮かべていた。


 相手との実力の差が開きすぎていた戦いを経て、嵯峨は厳しい経験を積んで強くなったことを実感していたが、それと同時に動かす度に軋むような音を立てていた全身の筋肉や骨が、今になって動かす度に筋肉痛にも似た激痛が全身に走っていた。


 全身の痛みだけではなく、頭もボンヤリとしており、気が抜いたらすぐにでも意識が失いそうになってしまっていた。


 全力でサウスエリアからここに侵入するまでは、逃げることに専念していたので痛みを気にする余裕はなかったが、ここに来て嵯峨は蓄積されたダメージのせいで限界が訪れていることにようやく気がついた。


 非常事態が起きて戦う場合、体力的にまともに戦えるのは一度きり……

 多分、というか、きっと、ナナセコウタロウ君が来てもこなくても、治安維持部隊が来ることは必須――……最後の力の使いどころを考えないと。

 あー、ダメだ、小難しいこと考えてたらぼんやりしてきた……

 まだダメだ……まだ終われない……もう少しで会えるかも――いや、会えるんだ……


 嵯峨はナナセコウタロウに思いを馳せ、途切れそうになった自身の意識に喝を入れる。


「あ……大丈夫かな……」


 ふいに、嵯峨は素っ頓狂な声を上げて不安そうな表情を浮かべた。


 ちょっとカッコつけて遠回しな表現で待ち合わせ場所を指定したけど……ナナセコウタロウ君は僕がここにいるってわかるだろうか……

 ……いや、きっと彼なら知っている――……と、思う。

 ショウとキョウさんが知ってるということは、ナナセコウタロウ君は二人と顔見知り。


 だからこそ、きっとナナセコウタロウ君なら事件のことを調べる。

 だからこそ、ナナセコウタロウ君は僕のことも調べる。

 だからこそ、ナナセコウタロウ君なら僕がここにいるって理解できる。


 ――そうだ、だから、何も心配することはないんだ。


 不安な気持ちを無理矢理嵯峨は自分自身を納得させて心の奥へと押し込んだ。


「取り敢えず……もう体力的に時間がないから、急いで来てね……」


 顔を知らないナナセコウタロウに向けて、独り言で嵯峨は懇願した。


 大きく欠伸をしながら、嵯峨は気絶しないよう幸太郎の到着をジッと待っていた。




――――――――――――




 幸太郎の根拠のない判断を元に、ティアと麗華と幸太郎の三人は、嵯峨が待っているかもしれないウェストエリアにある輝士団専用の訓練施設の前に到着した。


 輝動隊本部を出てから、輝動隊の一人が運転する車でここまで向かう最中、ずっと麗華は本当にここであっているのかと文句を垂れ流していた。


 根拠がないので幸太郎は何も反論することができなかったが、何となく、ここに近づくにつれて、嵯峨が自分をここで待っているという根拠のない自信が妙に生まれてきた。


「……行くぞ」


「ええ、行きましょう、ティアさん!」


「あまり騒ぐな……嵯峨に気づかれたらどうする」


「す、すみません、失念していましたわ……」


 嵯峨がいるかもしれない場所を目の前にして、普段と変わらず冷静な態度のティアだったが、そんな彼女とは対照的にやる気に満ち溢れている麗華。


 一人盛り上がって、大声を上げて気合を上げる騒がしい麗華をティアは一喝すると、麗華はすぐに素直に謝った。明らかに猫を被っている態度だった。


「まったく……鳳のお嬢様は七瀬を頼む。私が先頭に出る」


「もう、ティアさん! そんな他人行儀な呼び方やめてください……麗華、で結構ですわ」


「一応輝動隊の上にいる鳳グループのお嬢様だから気を遣っていたのだが……」


「そんな気遣い無用ですわ……私はティアさんにちゃんと名前で呼ばれたいのですわ……」


 熱に浮かされた表情の麗華に、怪訝に思いながらもティアは「あ、ああ……」と、戸惑った様子でそれを了承した。


「それならば麗華、行くぞ」


「はい! 突入する準備はいつでもよろしいですわ、ティアさん!」


「だから、騒ぐな」


 再び騒がしくなった麗華に辟易しながらも、ティアはふいに黙ったままの幸太郎に視線を向けた。


 幸太郎はボーっとしていて緊張感を感じられない締まりのない顔をしていた。


「……大丈夫か?」

「――あ、はい……大丈夫です」


「フン! 怖気づきましたの? 情けないですわね! せっかくここまで来たのですから、シャンとしなさい! シャンと!」


 心配して声をかけてくれたティアに、一拍子遅れて反応する幸太郎。そんな彼の様子に、麗華は呆れた様子で厳しく発破をかけた。


 怖気づいているわけではなかった。


 ただ、幸太郎はここに嵯峨がいるかもしれないという根拠のない確信を得て、自分のことに興味を抱いている嵯峨と同様、幸太郎も嵯峨に対して強い興味を抱き、嵯峨のことをここに来るまでの間ずっと頭の中で考えていた。


 今も、ずっと嵯峨のことを考え、彼と会ったら何を話そうかと、どんな質問をしようか考えて、ずっとボーっとしていた。


「行きましょう、ティアさん、鳳さん」


「わかった……行こう」


 心の準備が万端の様子の幸太郎を見て、ティアは力強く頷いて訓練施設の中に入る。


 ティアを先頭に、麗華は幸太郎の傍に寄り添うようにして歩いていた。


 入口前に到着すると、まるで三人の到着を待っていたかのように入口の自動扉が開きっぱなしになっていた。


 開きっぱなしの自動扉を見て、何か様子がおかしいと感じたティアは麗華に目配せをすると、一気に表情が緊張感で険しくなった麗華は黙ったまま力強く頷き、ポケットの中から自身の輝石が埋め込まれたブローチを取り出し、一瞬の発光の後に麗華の武輝であるレイピアに輝石が変化していた。


 麗華に続いてティアもチェーンにつながれた自身の輝石を取り出して、自身の武輝である大剣へと変化させた。


 武輝に変化させ、麗華は武輝を持っていない方の手で幸太郎の肩を抱いて自身の方へと引き寄せた。もろに自身の身体に麗華の柔らかい山がぶつかって、思わず顔を緩めてしまう幸太郎だが、邪な気配を感じ取った麗華に頬を思いきりつねられた。


 武輝を輝石に変化させた後、三人は明かりが一つも灯っていない夜の闇に包まれた施設内に入る――


「ようやく会えた……君がナナセコウタロウ君だよね? 何となくそんな感じがするんだ」


 ――入った瞬間、若干の疲労感が滲み出ているが、喜びに満ち溢れた明るい声が響いた。


 三人の目の前に武輝である槍を持った嵯峨隼士が現れた。


 嵯峨が現れているが、夜の闇に覆われているため幸太郎は彼のシルエットしか見えなかった。しかし、漆黒の夜の闇に覆われて大鎌に似た槍を持った彼の姿は、まさに死神だと思った。


「どうも、はじめまして――」

「オーッホッホッホッホッホッホ! あなたが嵯峨隼士ですわね! ビューティフルでエレガント、そして、ブリリアントな強さを持つ私・鳳麗華と、このティアさんが来たからには、あなたはもうすでに捕まったと同然ですわ! 神妙にお縄を頂戴なさい!」


 幸太郎の挨拶を遮り、無駄にうるさい高笑いをしながら大見得を切る麗華。


 そんな麗華にティアは呆れたようにため息をつき、嵯峨も戸惑っている様子だったが、すぐに「おおー」と幸太郎とともに感嘆の声を上げて拍手を送った。


「知らない人がいたと思ったら、鳳麗華ちゃん――そうか、君が鳳グループのお嬢様か……こんな状況じゃなかったらゆっくり自己紹介と握手をして、サインをしてもらいたいんだけど――残念、そんな余裕今はないんだ――」


 仰々しくため息をついて、ふいに嵯峨は武輝を持っていない方の手でレインコートについているポケットの中に手を突っ込んで、あるものを取り出した。


 それは、形状は円柱で大きさは手のひらサイズ、円柱の頂点にスイッチがついてた。


 躊躇いなくそのスイッチを押して、カチリと小気味いい音が響いた瞬間――

「伏せ――」


 嵯峨の持っているものの正体を察知したティアは怒声を張り上げて二人に注意を促す。


 しかし、その怒声を遮るような爆音が施設内に響き渡った。


 咄嗟にティアは麗華と幸太郎に向かって飛びかかり、二人諸共床に突っ伏した。


 その瞬間、建物全体が大きく揺れ、凄まじい衝撃が三人を襲い、付近の窓ガラスすべてが砕け散り、上階へとつながる階段からは黒い煙が一斉に飛び出し、何かが燃えるようなにおいが三人の鼻を刺激する。


 梅雨時で元々蒸し暑かったが、一気に施設内の温度が高くなった。


「今のは……上に仕掛けてた爆弾が起動したのかな? 次はどこだろう……」


 爆発音の次に響いたのは、嵯峨の呑気な声だった。


 爆発の衝撃と揺れが収まり、三人はゆっくりと立ち上がった。


「あ、アカデミーの施設に爆弾を仕掛けるとは何たる暴挙……許せませんわ!」


「待て! ……奴はまだ爆弾を仕掛けている」


 怒りのままに飛びかかろうとする麗華をティアは慌てて制止させた。


 ティアの言葉を証明するかのように、再び嵯峨は躊躇いなくスイッチを押すと、今度は外から爆発音が響いた。


「今度はここに入るついでに仕掛けた爆弾か……さて、次はどこだろう……本当は爆発する順番を決めてたんだけど、ちょっと慌ててたから適当に設置したんだ……」


「……何が目的だ。四年前の死神と同じく建物と運命をともにするつもりか?」


 複数の爆弾を仕掛けていることが明らかになり、顔を青くする麗華とは対照的に、依然と冷静な態度を崩していなかったが、どの爆弾が爆発するかわからない状態で躊躇いなく、スイッチを押す嵯峨に、狂気を感じるとともに焦燥感を覚えていた。


「これが正真正銘僕の持つ最後の奥の手……とある筋から手に入れた爆弾で最後追い詰められたら四年前の彼と同じ真似をするつもりだったんだ……そんなことよりも僕は――」

「僕と二人きりになりたいんですよね」


 麗華に守られていた幸太郎だったが、爆弾のスイッチを握る嵯峨にも恐れることなく前に出て嵯峨と話しはじめた。


 暗くて嵯峨の表情はハッキリと窺えなかったが、嵯峨は自分の言いたいことを代弁してくれたことにとても嬉しそうな笑みを浮かべているように幸太郎には見えた。


「そう、君の言う通り僕はただ、君と一緒に話したいだけなんだ……だから、ちょっとだけ時間をくれないかな? お願い」


「フン! 爆弾のスイッチを片手で『お願い』というのはどうですの?」


「お願いって言わないと印象が悪いと思ったんだけど……やっぱりそうした方がいい?」


「今更印象なんて気にしなくてもあなたの評価はすでに最悪ですわ!」


「面と向かってそう言われるとちょっとショック……それじゃあ、命令する」


「……――ああ、もう! あなたと話していると苛々しますわ! まるで、本当に七瀬さんと喋っているような気分になってきましたわ!」


「僕じゃなくて嵯峨さんに文句を言ってよ」


「シャラーップ! この際どっちでもいいですわ!」


 爆弾のスイッチを握りながらも緊張感の欠片もない嵯峨に、苛立ちを募らせた麗華は関係のない幸太郎に掴みかかる勢いで詰め寄って、怒声を張り上げた。


 こんな状況で味方と口論に発展しそうな勢いの麗華に呆れながらも、ティアは嵯峨を睨んで武輝である大剣の切先を向けた。


「わざわざお前の言うことに大人しく従って――待て、七瀬!」


「勝手な真似をするなと言ったはずですわ!」


 嵯峨の要求を呑むつもりは毛頭ないティアだったが、そんな彼女を無視して幸太郎は麗華から離れて嵯峨の元へと呑気に歩いて向かった。


 麗華は怒声を張り上げ、飛びかかってでもティアは幸太郎を止めようとしたが、幸太郎は「ダメだ!」と、大声を張り上げて二人を黙らせた。


 今まで聞いたことのないような怒声を出した幸太郎に、ティアと麗華は驚き、思わず身体を強張らせた。


「大人しく従わなかったら、嵯峨さんは爆弾を連続で爆発させる――


 確信したような幸太郎の一言に、ティアと麗華は手を出し辛くなってしまった。


 そして、幸太郎の判断が正解だというように嵯峨はニンマリと満面の笑みを浮かべているのを見て、二人はさらに手を出し辛くなってしまった。


 振り返ることなく、いっさいの恐怖も迷いもない足取りで幸太郎は嵯峨の元へと向かう。


「それじゃあ、さっそく二人きりになれるところへ向かおうか」


 傍に来た幸太郎を手厚く出迎える嵯峨は、さっそく幸太郎とともに施設内で二人きりになれる場所を探すために、ティアと麗華に背中を向ける。


 嵯峨が背中を向けた瞬間、麗華とティアは一気に嵯峨に襲いかかろうとするが、カチリと手に持った嵯峨のスイッチが押される小気味いい音が響いた。


「あ、そうそう……僕たちの邪魔をしたら爆弾を爆発させるから――あ、そうだ。それと、次の爆弾はどこに設置したのか覚えてるんだ……君たちのちょうど真上だよ」


「ティアさん、鳳さん! そこから離れて!」


 思い出したように嵯峨がそう呟いた瞬間、爆発音とともに天井の壁が崩れた。


 嵯峨の言葉と幸太郎の警告にいち早く反応したティアと麗華は、すぐに後方に向かってバックステップで退避して崩れる天井に押し潰されることはなかった。


 そして、嵯峨は幸太郎を守るために彼を抱きしめてそのまま前方へ向かって地面に突っ伏す勢いで退避して、崩れる天井から逃れた。


 崩れた天井のおかげで、完全にティアと麗華と別れてしまった幸太郎は、嵯峨と二人きりになってしまった。


「ふぅ……これでようやく二人きりになれたね」


 そう言って、心の底から嵯峨は嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 傍まで来て、ようやく暗闇で隠れた嵯峨の顔を見ることができた幸太郎は、自分に向けられた笑みを見て戸惑っていたが、すぐに我に返った。


「それじゃあ、どこで話しましょうか」


「さっき地下は爆発したからひどい有様だろうし……侵入される危険もあるけど、そんなに長く話すつもりはないから大丈夫かな? この階にある訓練場に行こうか」


 話す場所を決めて、さっそく嵯峨の言う通り訓練場へと向かった。


 嵯峨はもちろん、幸太郎は凶悪犯と一緒にいることにまったく恐怖と緊張をしている様子はなく、嵯峨の隣を軽快な足取りで歩いて目的地へと向かっていた。



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