エピローグ
会議室を後にして、三十分も経たないうちに幸太郎はセントラルエリアの駅にいた。
鳳グループ本社を出た瞬間、鳳グループの人間が幸太郎に接触してきて、セラたちアカデミーでできた友人たちの連絡先が入った携帯と、入学式に渡された輝石を奪い、寮から持ってきた金品などが入ったキャリーバッグを手渡した。
仕事が早いことに驚きながらも、一時間以内に即刻アカデミーから去ることを鳳グループの人間に言い渡され、麗華たちに別れを告げる間もなく幸太郎はリクトとヴィクターと一緒に駅に向かっていた。
幸太郎が退学になると決まってから、ずっとリクトは泣いていた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、幸太郎さん! ごめんなさい!」
駅に到着して、アカデミーの外につながる電車を待っていると、感極まったリクトは幸太郎に抱きついて何度も謝りながら泣いていた。
別に気にしている様子はない幸太郎は泣いているリクトの頭を撫でていた。
「ごめんなさい、幸太郎さん! 僕に……僕にもう少し……もう少し力があれば……」
「これは僕が決めたことだから、リクト君は気にしなくてもいいのに」
「もう二度と会えなくなってしまうんですよ? そ、そんなの僕嫌です!」
気にしないと言っても、二度と会えなくなる幸太郎にリクトは自分の無力さにただただ、涙を流し続けていた。
困り果てた幸太郎は、ヴィクターに助けを求めるように視線を向けると、珍しくヴィクターは暗い表情を浮かべて、申し訳なさそうに目を伏せていた。
「すまない、モルモット君。これ以上の最善策が見つからなかった。本来ならば大人が責任を取るべきだが、まだ私はアカデミーを去るわけにはいかないのだ」
「気にしないでください――……あ、でも、夏休みにここで過ごせないのは残念ですね」
「それはこちらも同じだ。我が秘密研究所の掃除をしてもらえると思っていたのに」
「ある意味よかったかも?」
「夏休みに退学とは――……君は全教科赤点の末、退学させられたという不名誉な噂が出回ってしまうな」
「それはなんだかカッコ悪い」
お互いが冗談を言い合って、幸太郎とヴィクターは柔らかな笑みを浮かべる。
「……何か、お嬢様たちに伝えておくことはあるかね?」
「想いを伝えるのは言葉だけじゃないって感じで、何も言わないで去った方が西部劇みたいでかっこいいと思ったんですけど……待ってるって伝えてください」
ヴィクターに麗華たちへの言伝を頼んだ幸太郎。
すると、ここで思い立ったように自分の胸の中に顔を埋めて泣いているリクトに視線を移し、幸太郎は彼の両肩に手を置いた。
リクトは涙で腫らした目を恐る恐る幸太郎に向けると、幸太郎は希望に満ち溢れた笑みを浮かべて、期待に満ちた目をリクトに向けていた。
「鳳さんがアカデミーの支配者になるのを待つつもりだったけど、リクト君が教皇になったら権力を振って僕の退学を免除してよ」
「僕が……教皇に?」
幸太郎の言葉にキョトンとするリクト。
「鳳さんは鳳さんだから支配者になる道程が険しそうだし、それなら、リクト君の方がまだ期待できるかなって。……優輝さんを助けたリクト君なら」
「幸太郎さんの力を借りたから……あれは僕だけの力ではありません。それに、僕なんかが教皇になんて――……」
「僕はリクト君が必ず教皇になるって信じてるから」
真剣な顔をして期待をぶつけてくる幸太郎にリクトは不安を覚えながらも、幸太郎のために、そして不甲斐ない自分を少しでも変えるため誓うようにして力強く頷いた。
リクトとの話が終わると、ちょうどアカデミーの外へと向かう電車が来た。
いよいよ別れの時が来たが、幸太郎は何かを思い出したかのようにポケットをまさぐって、あるものを取り出してヴィクターに差し出した。
幸太郎がヴィクターに差し出したのは、赤と黒のラインが入った風紀委員の証である腕章だった。
「……言伝するついでに、これ鳳さんに返しておいてください」
「まったく、面倒な仕事を次々と増やしてくれるな、君は」
「面倒ついでに僕が戻ってくるまでに、ファントムさんに壊されたショックガンを作り直して、今度は片手でカッコよく撃てるようにしてください」
「約束しよう」
ヴィクターと約束をして、幸太郎は電車に向かう。
去り行く幸太郎をヴィクターは「モルモット君!」とふいに呼び止めた。
ヴィクターにとって、どうしても再確認しなければならないことがあった。
「本当に後悔はしていないのかね」
「セラさんたちのためになれたし、何よりもこれは僕が決めたことだから、してません」
「……彼女たちにもそう伝えよう」
「ありがとうございます」
「それはこちらの台詞だ。君のおかげで治安維持部隊同士の争いに終止符を打つことができる。……すべて、君のおかげだ……達者でな」
「長い夏休みって感じで過ごしてます」
最後にヴィクターと話して、幸太郎は電車に乗った。
すぐに電車の扉が閉まる。
扉が閉まる寸前、相変わらず呑気な様子で幸太郎は手を振って――
「それじゃあ、また」
二度と会えなくなるかもしれないというのに、再会を信じて『また』と言った。
扉が閉まり、リクトとヴィクターから幸太郎は猛スピードで離れた。
涙を流していたリクトの涙はもう止まっていた。
幸太郎と同様、リクトも再会を信じていたからだ。
そして、幸太郎のために改めて強くなろうと誓った。
そんなリクトの決意を感じているのかどうかわからないが、幸太郎は電車内でスヤスヤと気持ちの良さそうな寝息を立てて眠っていた。
気づけば、降りるべき駅を二つ通過してしまった。
―――――続く―――――
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