第24話
御使いの正体、そして、鳳グループ内にいる裏切者の正体が草壁雅臣であることに、麗華たちは特に驚いていなかった。
しかし、フードに覆い隠されていた草壁の顔が明らかになった時、負の感情に塗れた彼の顔を見て、麗華たちは思わず息を呑んでしまっていた。
そんな顔を麗華に向けた草壁は、狂気にも似た激情を宿す目で彼女を睨んだ。
「私が裏切者だと知って、お前は驚いてはいないようだな」
「確証はありませんでしたが、あなたの不自然な言動に疑ってはいましたわ」
「ミスを犯したつもりはないのだが、ぜひ聞かせてもらおうか」
自信がミスをしたと言っている麗華に、ミスをした覚えがない草壁は興味を抱く。
草壁の身に纏う雰囲気に圧倒されながらも、麗華は自身を鼓舞させるように不敵な笑みを浮かべて頷いて、彼の質問に答えることにした。
「あなたたちの計画は完璧でしたが、草壁さんは最後の最後でミスを犯しましたわ」
ミスを犯した草壁に対して、心の底から麗華は嘲笑を浮かべていた。
「私が『深部』の説明をした時、まだ草壁さんには深部に無窮の勾玉があるとは言っていませんでしたわ。あなたはあの放送中に御使いたちが奪ったと言っていた無窮の勾玉の在り処を深部だと確信していて、お父様の保護と無窮の勾玉の保護も命じた――あの時は気が動転していたので気づきませんでしたが、後で振り返ったら不自然でしたわ」
麗華の指摘に自分の僅かなミスを気づいた草壁は、普段理知的で整った顔を歪ませて、狂気を滲ませた自虐気味な笑みを浮かべていた。
「だが、グレイブヤードに隠された深部に長年隠されていた煌石があるのは、誰でも容易に想像できるはずだ」
「もちろん、言葉尻を捕えただけで草壁さんが裏切者だという確証はありませんでしたし、疑うべき人間はたくさんいましたわ」
「そんな中私を疑い、見事的中させるとは運の良い奴だ」
「いいえ――私はお父様や、巴お姉様、そして、あなたから今の状況で誰も信用するなと言われたので、それに従っただけですわ」
「ククッ――……ハーッハッハッハッハッ! 麗華、お前は間違いなく鳳の一族だよ!」
すべてを信用していなかった麗華に、草壁は忌々しそうでありながらも清々しい様子で、深部全体に反響するほどの大声で笑った。
自身が持つすべての狂気を露わにさせた笑い声を上げる草壁は、冷酷でありながらも理性的な雰囲気を身に纏う普段の草壁雅臣の影も形もなかった。
ひとしきり笑い終えると、草壁は克也に守られている大悟を睨んだ。
その目には抑えきれない憎悪と激情を宿していたが、今にも大悟に飛びかかりそうだったが、追い詰められている状況でそれをしない僅かに残った理性を宿していた。
「まったく……長年の準備がこれで全部台無しだ! この日のために、御三家の人間から選りすぐりの人間を選んで計画に加担させたのに! 学生連合も利用し続けていたのに! アンプリファイアを出回らせていたのに! それがすべて台無しだ!」
自身に向かって怨嗟の声を張り上げる草壁を、憐れむような目で大悟は見つめていた。
そんな大悟の視線に気づいた草壁は、忌々しく舌打ちをして学生連合を設立した張本人である巴に視線を移した。
「計画のはじまりは御柴巴、お前がアカデミーに戻ってきてからだった。お前が青臭い正義を振りかざして、『学生連合』を設立してから私の計画がはじまりを告げた! 実力主義に呑まれた落ちこぼれの多くが学生連合に入ったタイミングを見計らって、アンプリファイアをばら撒いた。ばら撒いたアンプリファイアは鳳が無窮の勾玉を使って兵器開発をしようとした時に生まれたものだ。大悟、いつの日か真実を説明するための証拠として、お前は『祝福の日』で生まれたアンプリファイアをすべて回収して銀行の金庫に隠していたが、私はお前が回収し損ねたずっと大量のアンプリファイアを隠し持っていたんだ」
高らかと自慢げに、草壁は大悟にそう説明した。
学生連合を暴走させた張本人である草壁を、巴は鋭い目で睨んでいた。
静かに怒りを募らせている巴の視線に気づいた草壁は、「おっと、話がそれてしまったな」と怒る巴をさらに煽るような笑みを浮かべてそう言って、話を続ける。
「アンプリファイアの力を欲して、結束が崩れた学生連合は鳳グループ本社を襲撃しようとした。未遂に終わったのは残念だったが、その結果、暴走する学生連合を制御できなかった娘の代わりに、邪魔者である御柴克也の信用を落とすと同時に海外に飛ばすことができた。御柴たちの処理を終えた次は、七瀬幸太郎がアカデミーに戻ってくると同時に風紀委員がすぐに増長してきた」
風紀委員の名前を忌々しく吐き捨てて、草壁は風紀委員を設立した張本人であり、大悟の娘である麗華に憎悪の込めた目で睨んだ。
「思い通りにならない風紀委員が目障りと感じた私は、風紀委員を内部から壊すために、あの七瀬幸太郎に恨みを抱いている生徒を煽ったが、所詮は落ちこぼれで結局役には立たなかった。だが、制輝軍と風紀委員との対立を深めるきっかけにはなった。どうせ小規模組織の風紀委員など何もできず、後で簡単に捻り潰すことができる。今はそれで納得することにして、計画は次に移行した」
一人の生徒の人生を滅茶苦茶にしておいて、悪びれる様子もなく草壁は勝ち誇ったように笑っていた。
「次は特区のセキュリティを突破して、囚人を脱獄させた。大悟が銀行内に隠しているアンプリファイアを明らかにさせて、大悟の周囲にいる人間の信用を失わせた。もちろん、特区と銀行のセキュリティを突破したことで、外部の信用も失わせることに成功した! 恐ろしいまでに私の計画は順調だった! 後は仕上げをするだけだった!」
徐々に説明の熱が上がり、高らかに笑いながら草壁は気分良さそうに大悟を見つめる。
「その後は村雨宗太を煽って、信用回復のために行われた新型ガードロボットの完成記念パーティーを占拠させた。深部に向かうために必要なマスターキーを得るために、そして、お前が過去に鳳の犯した罪を告白させるために。最後まで、学生連合は私のために役に立ってくれたよ!」
そう言って、草壁は大悟に向けて感謝をするような笑みを浮かべた。
最初から最後まで学生連合が草壁に利用されていたことを知って、巴は怒りを感じるよりも、歯を食いしばって悔しそうにしていた、
「あの事件の時、お前は思い通りに動いてくれた。無窮の勾玉の存在、そして、兵器開発の件を告白した結果、当時兵器開発に関わって重役になっていた人間を一斉に排除して、上層部を経験の浅い人間に一新させた。そのおかげで、今回の計画がスムーズに運んだよ」
今回の事件が起きて、対応に追われて混乱している経験の浅い社員たちの様子が頭に過り、草壁の笑みはさらに気分良さそうになる。
「後は深部に向かうだけだった。無窮の勾玉はグレイブヤードの奥にある深部と呼ばれる場所に存在して、入るのにはマスターキーが必要なことは、グレイブヤードの情報と引き換えに調査を頼んだ、前の事件でグレイブヤードに侵入させた人間に調べてもらっていた」
「……あの事件の犯人にグレイブヤードの存在を教えたのは、あなたでしたのね」
一年前に起きた、風紀委員が設立するきっかけとなったグレイブヤード侵入事件の犯人に、グレイブヤードの情報を与えたのが草壁だと知って麗華は驚いていた。
驚きの声を上げた麗華を無視して、今まで浮かべていた勝ち誇ったような笑みが消えた草壁は、憎悪を宿した目で自身を裏切った大和を睨んだ。
「すべては順調だった……お前さえ――お前さえ裏切らなければ、すべては順調だった!」
「だから言っただろう? 僕は最初から草壁さんの味方じゃないし――それに、君だって最終的には僕を利用するつもりだったんじゃないかな?」
怨嗟の言葉を大和に向けて叫ぶ草壁だが、大和はどこ吹く風といった様子で、自身を憎む草壁をさらに煽るようにいたずらっぽく笑った
すべてを理解している大和を草壁は忌々しく睨んだ。
「麗華か御使い――どっちが勝っても負けても草壁さんは最終的には僕たちを裏切って、全部の罪を擦り付けるつもりだったんだよね?」
すべてを見透かされて不機嫌そうな草壁を大和はさらに煽るような笑みを浮かべる。
「僕たちに罪を擦り付けた後は今回の騒動の責任を天宮家のことをずっと黙っていた大悟さんやその娘である麗華、御使いに利用されながらも事件を混乱させる原因を作った克也さんと萌乃さん、そして、事件の対応が悪かったとして、この前の事件で大悟さんが選んだ上層部の人たちに擦り付けた後――みーんないなくなったら、自分に都合の良い人たちを集めて自分が鳳グループのトップになろうとしていたんだよね?」
軽薄そうな口調ながらも、大和は吐き捨てるように草壁の魂胆を説明した。
「天宮の人間として草壁さんが鳳に復讐するなんて、最初からどうでもよかったんだよね」
「お、お待ちなさい、大和……今、なんて言いましたの?」
「草壁さんが天宮の人間だって言ったんだよ、麗華」
軽い調子で幼馴染が言い放った事実に、口を大きく開いて驚いている情けない顔を浮かべる麗華。そんな彼女を見て大和は愉快そうに笑いながら説明した。
「それを知った克也さんと巴さんは、人質を取られて草壁さんに利用されちゃったんだ……まあ、人質はちゃんと助け出したから安心してね」
軽薄な笑みを浮かべて人質を助けたと言っている大和を、巴と克也は不信を隠さずに睨んでいた。そんな二人の様子を見て、大和は苦笑を浮かべていた。
自分のすべてを知っていた大和をずっと忌々しく睨んでいた草壁だったが、脱力したように再び狂気に満ちた笑い声を上げる。
「野心を持って何が悪い! この私には鳳からすべてを奪う権利も資格も持っている!」
悪びれる様子もなく、高らかに草壁はそう言い放った。
そして、草壁は克也に守られている大悟を見下すように睨んだ。
「お前のやり方は甘い。その甘さが必ず鳳グループ、アカデミーにとって毒になる。お前のやり方ではこの先必ず待ち受ける脅威に対応できない! だから、この私がお前に代わって鳳グループのトップに立ち、アカデミーを率いてやるんだ」
「他人を平然と利用して切り捨てるあなたに、人の上に立つ資格はありませんわ!」
「父親に似て青臭い愚か者だ」
父を否定されて食ってかかってくる麗華を見て、草壁は鼻で笑った。
「大悟、お前は昔から気づいていたんだろう? 私が天宮の人間であるということに」
挑発的な草壁の言葉に、克也は自身の背後にいる大悟に「そうなのか?」と確認をすると、大悟は淡々とした様子で「……ああ」と頷いた。
自分たちが必死になって草壁の正体を掴んだ挙句に、人質を取られて利用されてしまったことに申し訳なさを感じていた克也だったが、大悟が頷いた瞬間、申し訳ないと思っていた自分がバカバカしくなった。
そんな克也の気持ちを察したように、草壁は気分良さそうに笑っていた。
「お前が私の正体を黙っていたせいで、お前は多くの人間を鳳と天宮の因縁に巻き込んだ――こうなったのはすべてお前の責任だ!」
すべての責任を大悟に押しつけて糾弾する草壁に、大悟は「そうだな」と潔く認めた。
「鳳が不幸にした人間に、何をされようが甘んじて受け入れるつもりだった。気の済むまで復讐をすればいい思っていた。だから、草壁が天宮の人間であると知っても何も言わずに、復讐を甘んじて受け入れるつもりだった」
「それが甘いというのだ。その甘さで、お前はすべての判断を遅らせてしまい、取り返しのつかなくなるところまで来てしまった」
「そうだな……お前の言う通り、甘かったようだ――」
無表情の大悟は一瞬だけ口元を緩めて自嘲的な笑みを浮かべ、大悟は一旦言葉を切って深々と嘆息すると――静かな威圧感を宿した鋭い目を草壁に向ける。その目に、思わず草壁は気圧されてしまっていた。
「――かつて、鳳家の女中を務めていた天宮家の少女がいた。ある日、少女はある人物と一夜の過ちを犯してしまい、子供を身ごもってしまった」
大悟は淡々とした声で説明をはじめた。
その説明を聞いて草壁は自身の復讐心を忘れるほど目を見開いて驚いていた。
「しかし、父親は子供の存在を認知しなかった。すでに婚約者が決まっていたからだ。父親は多額の手切れ金を少女に渡して、少女は鳳家から去ったが――身ごもった子を産んですぐに子供を施設に送った。後々になって判明したことだが、少女は手切れ金目的で、計算づくで一夜の過ちを犯したとのことだ。その後、少女は不慮の交通事故でこの世を去ってしまった。残された子供は自分を捨てた天宮と鳳――いや、すべての人間を恨みながら成長して――」
「もうやめろ! お前がすべてを理解しているということはわかった!」
大悟の説明を悲鳴にも似た草壁の怒声が遮ったが、構わず大悟は続ける。
「その子供の父親の名前は鳳将嗣――お前と私は腹違いの兄弟だ」
淡々とした様子で自分と草壁との関係を口に出した。
大悟の告げた真実が、広い空間にむなしく響き渡った。
麗華はもちろん、草壁が天宮の人間であることに気づいた克也と巴も、そして、大和も知らなかったのか、大悟が放った真実に全員驚きのあまり無言で目を見開いていた。
「兄であるお前に何をされようが、別に構わなかった。いつか、必ず気持ちが晴れるだろうと考えていた――甘いと言われようが、人の上に立つ者として失格と判断されようが別に構わなかった」
むなしそうな表情を浮かべて兄である草壁に大悟は語りかけていたが――すぐに、険しい表情を浮かべた大悟は心底失望したように草壁を睨んだ。
「大勢の人間を巻き込んだのは許されないが、復讐という大義名分があったからこそある程度の理解はできた――しかし、最終的にお前はくだらない野心に流されて、本来の目的を見失ってしまった」
多くの人間を自身の復讐に巻き込んだ挙句に、鳳グループのトップになろうとした草壁を大悟は失望して、軽蔑していた。
「お前は自分を利用して捨てた天宮家の人間である母を憎み、自分の存在を認めなかった鳳家の人間である父を憎み、すべてを憎んで復讐をはじめた」
「……鳳の人間として、鳳将嗣の息子としてのうのうと育ったお前に何がわかる!」
「中途半端と言って私を軽蔑していたが、一番中途半端なのは――」
「――だ、黙れ! 私は何十年もお前たちに復讐するために生きてきたんだ! 復讐を遂げるために努力もしてきた! そんな私が中途半端なわけがない!」
自分のすべてを理解しているような大悟の言葉を遮った草壁は、激情のままにネクタイピンについた輝石を取り出して、握り締める。
固く握られた拳からは輝石から放たれた強い光が溢れ出していた。
輝石を武輝に変化させながら、草壁は雄叫びのような声を上げて大悟に飛びかかる。
怒り、憎しみ、殺意、嫉妬、悲しみ――様々な感情が入り混じった表情を浮かべて、雄叫びを上げる草壁の姿は醜悪であり、憐れだった。
そんな草壁を大悟は真っ直ぐと見据えて、すべてを受け入れる覚悟はあったが――
大悟の前にいる克也はそれを許さない。
武輝である銃の引き金を躊躇いなく引いて、銃口から草壁に向けて光弾が発射された。
漆黒の感情に支配され、高速で接近する光弾を避けられなかった草壁は直撃する。
吹き飛んだ草壁は受け身も取らずに地面に激突して、うつ伏せに倒れて気絶していた。
「復讐と野心を混同した時点で、お前の覚悟は中途半端になっていたんだ」
気絶している草壁を見下ろしながら、呟くような声で大悟はそう告げた、
鳳と天宮に見捨てられた悲しい存在である草壁雅臣の野望は潰えた。
スッキリしない、物悲しい雰囲気が周囲を支配していたが――それを打ち破るように、大和が一度大きく手を叩いた。
「まだ安心するのは早いよ、みんな――まだ、終わってないから」
軽薄な笑みを浮かべながらそう言った大和の全身が殺気立つ。
さっきまでの雰囲気を一変させた大和に、克也は反射的に武輝を向けた。
「……お前は味方なのか? それとも、敵なのか?」
「さっきまでは味方だったけど、今は敵かな? ごめんね、ややこしくて」
困惑している様子の克也に、大和はいたずらっぽく微笑んで自分の立場を説明した。
いつもと比べて若干元気がなさそうな大和の笑みを、巴は心配そうに見つめていた。
「天宮加耶さんのために、君はまだ戦うの?」
「そうなんだ、巴さん。……まだ、姫は納得していない」
ため息交じりにそう言って、心配そうに見つめる巴から逃れるように大和は麗華に縋るような視線を向けた。
「麗華、約束の時だ。決着をつけよう」
「……あなたがそのつもりなら、望むところですわ」
「ありがとう、麗華」
躊躇いながらもすべての決着をつけることを了承してくれた麗華に、大和は心からの感謝の言葉を述べて、天宮加耶がいて無窮の勾玉もある場所へと向かった。
迷いのない足取りで、麗華は大和の後を追った。
そんな二人の後を追おうとする大悟だったが――苦悶の表情を浮かべた大悟は呻き声を上げ、半月前の事件で撃たれた胸を押さえて膝をついた。
そんな大悟に仕方がないといった様子で克也は駆け寄った。
「巴、二人を任せた」
「……わかったわ」
父の言葉に巴は素直に従って、麗華と大和の後を追った。
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