第10話

 母さんと幸太郎さんも大丈夫かな……二人とも無理しないといいんだけど。

 大和さんが近くにいるから、それなりに大丈夫だとは思うんだけど……


 自身の検査を終え、エレナと大和と幸太郎がいる地下室につながる通路の前にいる憂鬱な顔をしているリクトは、近くにある椅子に座って深々とため息を漏らした。


 ティアストーンと無窮の勾玉の力が充満している地下室には、三人の邪魔をしないように三人以外の立ち入りは禁止されており、幸太郎たちのことを心配してもリクトは地下室へ行くことができず、ただ憂鬱なため息を何度も漏らして待つことしかできなかった。


「何をそんなに辛気臭い顔をしているのだ、リクトよ!」


 暗い雰囲気を身に纏うリクトを明るく照らすかのような溌溂とした声が響く。


 リクトは自身と同じ時期教皇最有力候補である声の主――長めの髪をツーサイドアップにした、背は小さいが身に纏う自信に満ちた空気で大きく見える、気の強そうな表情の可憐な少女、プリメイラ・ルーベリアに視線を向ける。


「どうも、プリムさん。もう検査は終わったんですね。大丈夫でしたか?」


「ああ、何も問題はなかったぞ! それよりも、何か心配事でもあるのか? それなら、この私が相談に乗ってやろうではないか!」


「大方、地下で実験を行っている教皇エレナたちのことが心配なんだろう」


 腕を組んで仁王立ちをしてない胸を張るプリムの横に立つ、不機嫌そうな表情を浮かべている病衣を身に纏っているクロノが小さく鼻を鳴らして、リクトの心配事を説明した。


 クロノの説明を聞いて、プリムは「なんだ、そんなことか!」と豪快に笑う。


「リクトよ! 何も心配はすることはない! 教皇であるエレナ様や、不服だがヤマトもいるのだ! 万が一ティアストーンの欠片やアンプリファイアの力が暴走しても問題はないだろう」


「そうですよね……ありがとうございます、プリムさん」


 アカデミー初等部に通う年下であるにもかかわらず、大人よりも大きな器を持つプリムの言葉に大きな安堵感があるので、リクトは抱いていた不安をある程度拭うことができた。


「それよりも、リクトよ! この私について何か気づいたことがあるのではないか?」


 そう言って、プリムは自慢げに平坦な胸を張る。


 プリムが何を言っているのかわからないリクトは、彼女の身体を見つめるが――何も気づくことはなく首を傾げていた。


 自分の身体を見て何も気づかないリクトを見て、痺れを切らしたプリムは「鈍感な奴め!」と苛立ちの声を上げる。


「身体測定で私は去年と比べて大きく成長したということだ!」


「そういえば確かにそうですね。去年と比べて背が伸びました」


「そうだろう、そうだろう! これで、母様たちのように大人のれでぃーに近づいたということだな」


「……何も変わっていないように見えるが?」


「それはクロノ! お前の目が節穴というわけだろう!」


 ……プリムさんには申し訳ないけど。

 正直、言われるまで気づかなかった。


 自身の成長を誇らしげに語るプリムに水を差すクロノ。


 一気に不機嫌になるプリムだが、自分の成長をリクトが感じ取ってくれたので、怒りで喚き散らすことはなかった。


 しかし、リクトは心の中でクロノの意見に同意をしており、プリムのために口に出さないようにした。


「失礼なクロノは放って、コータローのことを聞きたいのだ! コータローの力について何かわかったのか?」


「地下での実験が一時間以上行われていますが、まだ幸太郎さんの力が発現していません。それどころか、アンプリファイアとティアストーンの欠片の力を流しても、幸太郎さんの身体に何の変化が見られないとのことです」


「うーむ……コータローの力を目の当たりにした身としては、コータローには何か特別な力を持っていることは間違いないと思うのだが、変化がないのは妙だな」


 幸太郎の様子を別室で窺っているヴィクターと萌乃から得た情報をリクトは教えると、プリムは腕を組んで首を傾げた。


「教皇であるエレナ様、気に食わないが、煌石を操る面ではエレナ様に匹敵する力を持つヤマトが揃っているのに何も変化がないということは――コータローが真面目にやっていないのではないか? 間違いない! あ奴め! 私が直々に行って喝を入れようではないか!」


「お、落ち着いてください。母さんたちの邪魔をしないようにって言われてますから!」


 実験に進展がないのは幸太郎の責任だと決めつけ、地下へ向かおうとするプリムを慌てて抱き止めて制止するリクト。リクトと密着したプリムは頬を赤らめて歩みを止めた。


 リクトに抱き止められて数瞬フリーズするプリムだったが、「オホン!」とわざとらしく尊大に咳払いをして、リクトから離れ、「く、クロノよ!」と強引に話題を変えるためにクロノに話しかけた。


「賢者の石について詳しいお前なら、何かコータローの力について理解できるのではないか?」


「消滅しかけていたノエルを救った七瀬の力は賢者の石と同質だと感じた。だが、近くにはティアストーン、アカデミー都市中には無窮の勾玉の力が充満していたあの時は状況が整っていた。元々アルトマンの持つ賢者の石はティアストーンと無窮の勾玉を暴走させた『祝福の日』で生まれたもの。その二つの力を七瀬が無理矢理集めてかけ合わせた結果、賢者の石、もしくはそれに似た力を偶発的に一瞬だけ発揮できたのではないか――これがオレとノエルの見解だ」


「なるほどなぁ! さすがはクロノとノエルだ!」


 クロノの淡々とした説明に、納得したように目を輝かせるプリム。


 だが、対照的にクロノの無表情は僅かに曇っているようでもあり、自分の見解に納得していないようにリクトには見えた。


 ……クロノ君とノエルさんの見解は正しいかもしれない。

 でも、納得はできない――それをクロノ君たちはわかっているはずだ。


「――ん? だが、クロノよ。コータローは今までまともに煌石を扱う鍛錬を受けなかったのであろう? それなのに、ティアストーンと無窮の勾玉の力を集めて無理矢理かけ合わせるなどという芸当はさすがに難しいのではないか? 正直、次期教皇最有力候補この私でも、コータローと同じ真似をしろと言われてもできる自信はない!」


「僕もプリムさんと同じ意見だし、僕だってティアストーンと無窮の勾玉の力を同時に二つ操ることはできないよ。そう考えると、あれは元々幸太郎さんの持っていた力だと考えられるんだけど、元々持っていた力にしては大きすぎる。突然扱えるようになったとしても、あんな大きな力を急に扱えるなんておかしい。何か力を扱えるきっかけががあると思うんだ――まあ、そのきっかけが何か僕もヴィクター先生もわからないみたいだけどね」


 自分と同じ疑問に辿り着いたプリムに同意するようにリクトは新たな疑問を口にすると、二人の疑問に「確かに」とクロノは頷く。


「それにしても、にわかには信じ難いな。あの、グズで役立たずで、空気の読めない能天気なコータローが大きな力を持っているとは」


「それをオマエが言うか」


「なんだと! この無礼なムッツリ男め!」


「ま、まあまあ――で、でも、ほら、プリムさんだって、幸太郎さんと一緒になって事件を解決したことがあるんですから、幸太郎さんの雄姿を見たことがあるでしょう?」


 ぼそりと呟いたクロノの言葉に激しく反応するプリム。一触即発の二人の空気に割って入ったリクトは、無理矢理話題を変えた。


「フン! 確かにコータローはウジウジ悩んだ結果、最後の最後で仲間になってくれたムッツリウジウジ男と違って、スッキリとした思い切りがいい男だったな。ウムッ! 確かにあの時だけはカッコよかったな、あの時だけは」


「ど、どんな時がカッコよかったんですか?」


 嫌味をたっぷり込めたプリムの言葉に、クロノは僅かに反応しながらもあからさまな挑発には乗らずにそっぽを向いた。


 不穏な空気を解消するため、それ以上に幸太郎に厳しいプリムが認める、幸太郎がカッコよかった瞬間の興味がわいたリクトは話を深く尋ねる。


「そうだな、あれは前――私が誘拐されて助かった時だった。あの後、病院に連れられた私の前に母様が現れたのだ」


 クロノへの怒りを忘れた様子で話をはじめるプリムの表情は、普段の強気なものとは違う、柔らかくて優しい少女のようなものになっていた。


「母様は自分の思い通りにならなかった私を叱りつけた。そして、殴りかかろうとしたが――そんな母様を止めたのがコータローだった。当時の母様を敵に回したらどうなるか、わかっていたのかわからなかったのかはわからぬが、私を助けるため奴は母様を敵に回したのだ」


 危険を顧みずに母を敵に回して幸太郎が自分を助けてくれたことを語るプリムの表情に僅かだが、確かな――リクトと接している時のような熱が生まれていた。


「グズで役立たずの男だと思っていたが、あの時の怒りに満ちていたコータローはカッコよくもあり、怖くもあったな。認めるのは癪だがな」


 ……そんなことがあったんだ。

 あの時のアリシアさんに立ち向かうなんて、なんて無茶をするんだ。

 ――でも、幸太郎さんはやっぱりすごい。

 ……怒った幸太郎さん、ちょっと見てみたいな。

 きっと、カッコいいだろうな。

 

 ついこの間までは教皇庁の幹部である枢機卿の立場で、教皇と同じカリスマ性で辣腕を振るっていたプリムの母――アリシア・ルーベリアを敵に回せば、必ず彼女に倍返しの仕返しをされた。


 被害者が大勢いたので、当時反目しあっていた鳳グループはもちろん、周りの枢機卿たちも彼女を利用しようとは考えなかった。


 そんなアリシアに敢然と立ち向かったという幸太郎をリクトは改めて尊敬するとともに、普段から呑気な態度の幸太郎が怒ったという姿を想像して、リクトの頬は僅かに紅潮する。


「バカなヤツだ。あの時のアリシアを敵に回せば、後々厄介になることは目に見えて明らかだ」


「でも、今のクロノ君なら、幸太郎さんの行動を理解できるんじゃないかな?」


「……人に甘える軟弱者の考えを理解するつもりはない」


 分不相応にも強大な敵を敵に回した幸太郎を愚かだと評価するクロノに、リクトは少し期待感の込めた目で彼を見つめながら問いかけると、そんなリクトの目から逃れるように、クロノは不機嫌そうな表情を浮かべてそっぽを向いた。


 もしかしてクロノ君……さっきからかったことをまだ怒ってるのかな?


 さっきからクロノが不機嫌な態度の理由を何となく理解できたリクトは小さく嘆息する。


「もっと自分の気持ちに素直になりなよ、クロノ君」


「リクトの言う通りだ! せっかくお前はアルトマンの呪縛から解き放たれて自由になったというのに、自分の気持ちに素直にならなかったら何の意味がないぞ」


 リクトとプリムの助言に、クロノは戸惑った表情を浮かべて沈黙する。


 ついこの間まで、アルトマンの命令に従うだけの人形のような存在だったイミテーションのクロノにとって、芽生えたばかりの感情を理解し、素直に向き合うのが難しかった。


 だから、クロノは二人の助言に困惑し、沈黙することしかできなかった。


 そんなクロノを心の内を、もうクロノとプリムは見透かしていた。


「お前は自分が考えを何も考えず素直に口に出し、行動すればいいだけだ。さっき、私に対して言った無礼な言葉のように! 多少の摩擦は起きるが――ま、まあ、私は寛容な心を持っているのだ! 別にさっきの言葉は気にしてはおらん! そ、その……お前とは友達だからな」


「……ありがとう、プリム」


 ……少しは素直になれるのかな、クロノ君。


 尊大な態度で取り繕いながらも、最終的には堪えきれずに気恥ずかしそうにクロノのことを友達だと言い放つプリムに、クロノは心から思った言葉を送った。


 自分が言いたかったことをすべてプリムに言われて、何も言えなくなってしまったが、最後にクロノが自分の気持ちを素直に言葉に出したことで、リクトは安堵し、これからクロノが本当の意味での『人間』になれることに大きな期待を抱いた。


「そうだ! 素直になるための一歩として、幸太郎さんの真似をすればいいと思うよ」


「……それはない」


「悪いな、リクトよ。それは私もないと思うぞ」


 リクトの提案に、クロノもプリムも正直な感想を述べて否定した。

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