第27話

 ファントムを囲むようにして立っている、セラ、ティア、麗華、大和の四人は、武輝を構えたまま膠着状態が続いていた。


 嵐の前の静けさがこの場を支配していたが、それは四人同時に大きく一歩を踏み込むとともにファントムに襲いかかってあっという間に崩れた。


 四人それぞれ自身の武輝の間合いに同時に入り、同時に攻撃を仕掛ける。


 ファントムはティアと大和の攻撃を避け、麗華とセラの攻撃を受け止めた。


 四人同時攻撃に対処した瞬間、ファントムは一気に反撃に転ずる。


 武輝である刀を大きく薙ぎ払うように振い、ファントムは四人を一旦引き離すが、すぐに大きく一歩を踏み込んだセラと大和が挟み撃ちをするように飛びかかってきた。


 武輝を振り下ろしたセラの攻撃を自身の武輝で受け止めると同時に、武輝である手裏剣の一本は投げ、もう一本の手裏剣で斬りかかってきた大和をファントムは蹴り飛ばした。


 セラに追撃を仕掛けるが、ティアの武輝から放たれた光の衝撃波によってその行動は中断させられた。


「行きますわよ、ティアさん! 必殺『ビューティフル・ハリケーン』!」


 衝撃波を飛ばして間髪入れずに、大きく武輝を振りかぶって攻撃を仕掛けるティアと、大きく一歩を踏み込んで目にもとまらぬ速さの連続突きを麗華が仕掛ける。


 目にもとまらぬ速さで放たれる麗華の連続突きと、大振りだが素早く力強いティアの攻撃だが、ファントムはそれらすべてを武輝で捌き、回避した。


 禍々しい赤黒い光を武輝の刀身に纏わせると同時に、力任せに振りかぶり、それによって発生した赤黒い光の衝撃波をティアと麗華に飛ばして二人は吹き飛んだ。


 間髪入れずに再び、武輝を逆手に持ったセラがファントムに襲いかかり、剣術と体術を織り交ぜてファントムに連撃を仕掛けた。


 その動きに対応してファントムも体術と剣術を使ってセラの攻撃を対処して、大振りの回し蹴りを放ったセラの足を掴み、片足立ちになった彼女の足を払ってバランスを崩し、そのまま追撃を仕掛けるが麗華の武輝に受け止められて阻止される。


 背後から光を纏わせた武輝から放った光弾を大和は飛ばすが、それらすべてをファントムは撃ち落とすと同時に飛びかかってきたティアに向けて無数の光の刃を飛ばした。


 ティアは空中で身を捻って、光の刃を回避すると同時に武輝である大剣を振り下ろす。


 ティアの攻撃を受け止め、力任せに押して彼女を引き離すと同時に、飛びかかってきた麗華とセラの同時攻撃がファントムにはじめてまともに直撃し、彼は数歩後退したよろけた。


 間髪入れずに着地したティアは光を纏わせた武輝を床に向けて振り下ろし、地を這う衝撃波をよろけたファントムへと放った。


 赤い閃光を残して瞬間移動してティアの攻撃を回避したファントムだが、どこからかともなく飛んできた光を纏った大和の武輝が直撃した。


 大和の攻撃もまともに直撃して片膝をつくファントムに、光を纏わせた武輝を持ったセラとティアは飛びかかる。


 すぐにファントムは立ち上がって赤黒い光を武輝に纏わせた。


 気合とともに放たれるセラとティアの同時攻撃だが、ファントムは赤黒い光を纏わせた武輝でそれを受け止めると同時に、光の刃を飛ばして、直撃した二人は吹き飛んだ。


 二人の身体が地面に激突する瞬間、禍々しく赤黒く光る武輝を床に向けて思いきり突き刺すと、ファントムを中心として赤黒い衝撃波が広がった。


 吹き飛んで避ける間もなかったセラとティア、飛びかかって攻撃を仕掛けようとした麗華と大和もまともに衝撃波を食らってしまった。


 強烈な威力のファントムの一撃をまともに食らい、四人は揃って膝をついてしまった。


 四人揃っても圧倒するファントムの力に、四人は若干の焦燥を覚えていた。


「ティアさんやセラさんがいればどうにかなると思っていたんだけど……きついね」


「泣き言なんて情けないですわね……私はまだまだ、全然、まったくの余裕ですわ!」


「それじゃあ、後は麗華に任せてもいい?」


「うっ……と、とにかく、まだまだ諦めるつもりはありませんわ!」


 思っていた展開とは異なっている状況に困り果てた様子の大和は軽く息が上がっており、強がっている麗華もまた大和と同様に息が上がっていた。


 セラとティアも二人と同様で怒りの炎を宿した目でファントムを見据えながらも軽く息が上がっていた。


 しかし、ファントムは余裕そうに笑みを浮かべてまったく息を乱していなかった。


「この強さ……やはり、どこかおかしい……四年前とは比べ物にならない。四年間という短期間では、いや、人では到達することができない領域の強さを持っている」


「ここに来る前、ファントムは四年間ずっと優輝の力を奪っていたと言っていた」


 セラの口から放たれた事実にティアはもちろん、麗華も大和も驚くが、今は詳しく聞く余裕はなかった。


「久住優輝? そんなのは関係ない……俺はお前たちへの復讐のことをこの四年間ずっと心の片隅に宿していた。四年間、一時も忘れることなく、お前たちへの復讐をすることを考えていた……いつか必ず、だが、今はその時期ではないと、必死に自分を抑えながらも、俺は暗い炎を宿し続けていたんだ……」


 ティアとセラ、二人に復讐するための執念を燃やし続けた四年間を語るファントムの表情は憎悪に溢れ、そして、ようやく復讐を遂げられるという喜びに満ちていた。


「この四年間ずっと、お前たちへの復讐を忘れることはなかった――今の俺の力は四年間、ずっとため込んでいた復讐心が力へと変わった結果だ! 久住優輝の力じゃない!」


 久住優輝ではなく、自分の力でここまで強くなったと高らかに宣言するファントムの表情はセラたちへの執念や復讐等のどす黒い感情以上に、狂気に満ちていた。


「さあ、さあ、さあ! もっと俺を楽しませてくれ! 俺の中にまだ眠っている久住優輝という存在を忘れさせてくれるくらい、もっと俺を楽しませてくれ! もっと、お前たちの中に俺という存在を刻み込んでくれ! もっと、もっと、もっとだ!」


 狂気に満ちた哄笑を上げながら、ファントムの身体に赤黒い光が纏いはじめる。


 攻撃が来ると判断した四人は、咄嗟に飛び退こうとするが動くことができなかった。


 いつのまにか、全身に赤黒い茨のような光が纏わりついていたからだ。


「な、何ですの、これ! 動けませんわ!」


「ここまでの力を持ってるなんて、ホント、想定外。どうしようか、麗華」


「呑気にそんなことを聞いている場合ではありませんわ! とにかく、脱出を!」


「お、麗華……今の君の茨が絡みついている姿、扇情的で中々いいね」


「ば、バカ! へ、変態! こんな時に何を考えていますの?」


「僕が縛ってるわけじゃないから、変態はあっちだよ」


「うぅ……セラさんとティアさんに凄まじい執着を見せているから、薄々気づいていましたが、ここまで変態とは……ひ、ひどいことをしても、心までは屈しませんわ!」


「あ、そうそう、人間極限状態に陥ると種を残そうとするそうだ」


 緊張感がない夫婦漫才のような会話を繰り広げながら、身体に纏わりつく光の茨を解こうと身をよじり、そんな二人の会話を呆れた様子でセラとティアは眺めていた。


「身に纏っている輝石の力の出力を上げて、拘束を解け!」


 ティアの言葉に従い、セラたちはバリアとして全身に薄い膜のように張っている輝石の力の出力を上げて、光の茨による拘束を解こうとするが、抵抗しようとすると光の茨はきつく四人の全身を絞めつけた。


 ファントムの周囲には無数の光の刃が浮かび上がっていた。


「痛みとして、俺の存在を刻み付けろ!」


 ファントムがそう叫ぶと同時に、動けない四人に向けて無数の光の刃を発射した。


「動けない私たちに向かって、何たる暴挙! 卑怯極まりないですわ!」


「鳳さん、四対一の時点で卑怯なのは私たちの方だと……」


「シャーラップ! 勝てば官軍なのですわ!」


 動けない自身に問答無用に襲いかかる光の刃に、卑怯だと叫ぶ麗華に焦りながらも冷静にセラはツッコみ、麗華は堂々と開き直った。


 四人の目前へと迫る光の刃――しかし、光の刃は四人に届くことはなく、突如として浮かび上がった光球に阻まれ、すべてを撃ち落とされた。


 ファントムの攻撃を撃ち落とした人物――武輝である杖を携え、セラとの戦いで敗北して満身創痍の水月沙菜はセラたちを庇うように、ファントムと向かい合うように立った。


「……水月先輩」


 この場に沙菜が登場して、自分たちを守ってくれたことにセラは驚きながらも申し訳なさそうな、それでいて、悲しそうに彼女のことを見つめていた。


 セラの視線の先にいる沙菜は四年間姿を見てきて、一度も見たことがない表情をしている久住優輝――ファントムを様々な感情が入り混じった瞳でジッと見つめていた。


「四年間……四年間ずっと、あなたのことを信じていました」


「ああ、よく知ってるよ。だが、今回の騒動の途中、大道と同じくお前も俺に対して疑念を抱いていただろう?」


「そ、それでも! それでも、私はあなたを信じようと……」


 自分を信じ続けたと言った沙菜に、ファントムは嫌らしい笑みを浮かべていた。


「ここに来る時、外の状況を見ました――教えてください……あなたは本当に私たちをずっと騙していたんですか? ……落ちこぼれだった私を救ってくれたのは、あなただったんですか?」


 まだ現実を直視していない沙菜に、ファントムは呆れ果て、うんざりしたようなため息を漏らし、心底侮蔑している視線を沙菜に向けて嘲笑を浮かべた。


「教皇庁内で『水月』の一族は発言力が高く、懐柔すれば役立つと考えたまでだ。落ちこぼれのお前の才能を見出し、強くすれば、『水月』に借りを作れば、教皇庁内での評価が上がって、信頼される……お前はそれだけのために利用しただけだ」


「……そ、そんな……」


「それ以外にも利用価値はあった……俺が仕組んだ騒動をさらに混乱させる存在として、存分に利用させてもらったよ。それ以外に、お前の利用価値は皆無だ。憧れ以上の気持ちがあったようだが、無意味だ。俺はお前を道具としては見ていない――いや、そうか……道具として見ていれば、他の使い道があったのかもしれないな」


 下衆な笑みを浮かべて、残酷な真実をファントムの口から告げられ、残酷な現実に心折れた沙菜は力なく膝をつき、力なく武輝を手放してしまい、武輝が輝石に戻った。


「癪に障るが、久住優輝は本当に便利だ。アイツを完璧に演じれば、勝手に人が集まり、自ずと信頼を得られた。滑稽だったよ、水月沙菜……お前のように久住優輝を演じているとも知らずに、利用されるために俺に近寄ってくる道具がたくさん来ることにな」


 輝士団本部エントランス内にファントムの気持ちが良さそうな哄笑が響き渡る。


 自分を救ってくれてからずっと憧れていた人物の行動はすべて打算で、自分のことを心底侮蔑していることに、膝をついて項垂れたまま聞いていることしかできなかった。


「水月先輩……水月先輩! 私を見てください、水月先輩!」


 セラの呼びかけに、一拍子遅れて沙菜は顔を上げて、信じていた人間に裏切られ、涙が溢れている光を失った瞳でセラを見つめた。


 拘束されてずっと抵抗を続けていたセラの身体を光の茨はきつく、服が裂けるほど絞めつけられていたが、セラは力強い目で沙菜を見つめて依然と抵抗を続けていた。


「水月先輩――あなたの四年間ずっと見ていた優輝の正体はファントムです。どんなに残酷な真実であっても、それだけは変わらない事実、現実です!」


 改めて思い知らされる残酷な現実に、沙菜の頬に大粒の涙が伝う。


「でも、あなたを救ったファントムが演じていた優輝は、私が……私とティアがよく知る久住優輝です! ファントムはあなたを裏切っても、ファントムが演じていた優輝は裏切らない――ファントムではなく、あなたが信じた久住優輝という人間を信じてください!」


 自分が信じた久住優輝を信じろというセラの言葉に、沙菜は何か吹っ切れたような表情を浮かべると同時に光を失っていた目に力が戻り、涙が止まった。


 対照的に、セラの言葉にファントムは忌々しげに眉をひそめた。


「あなたは……あなたなんか優輝さんじゃない……」


「そうだ、俺は久住優輝じゃない――俺は、お前が四年間信じ続けたファントムだ」


 いまだに現実観ていない一言を言った沙菜に、ファントムは嘲笑を浮かべた。


 四年間信じ続けた人間から改めて現実を突きつけられ、心にジワリとした痛みが広がる沙菜だが、セラの言葉を思い出し、力強い光の宿した目でファントムを睨み続ける。


「私が信じ続けたのはあなたなんかじゃない! 私が信じたのは優輝さんだけだ!」


「どいつもこいつも――優輝、優輝優輝、久住優輝――俺はファントムだ!」


 忌々しげに久住優輝の名前を叫びながら、無数の光の刃は発射すると同時にファントムは沙菜に向かって飛びかかった。


 こちらに向かってくる光の刃とファントムに、武輝である杖に光を纏わせた沙菜は迎え撃とうとする。


 四人相手にしても敵わなかったファントムを一人で相手にしようとする沙菜に、一人では無理だというように「水月先輩!」と、セラは叫び声を上げるが、沙菜は退く気はなく、一度セラに対して申し訳なさそうな、それでいて優しい笑みを浮かべると、沙菜はファントムに視線を移して、睨みつけた。


 自分に襲いかかる光の刃を光弾で撃ち落とし、襲いかかってくるファントムにも光弾を飛ばすが、自分に襲いかかるすべての光弾を武輝である刀で切り払った。


 あっという間に間合いを詰めたファントムは、沙菜に向けて武輝を振り下ろそうとする――だが、ふいに飛んできた三日月形の光の刃によってそれが阻止された。


「俺たちとの決着はまだついてねぇだろ、死神さんよ」


 入口から怒声が響き渡ると同時に刈谷祥はファントムに向けて疾走した。


「――刈谷か! 負け犬が今更何の用だ!」


 一度倒しておきながらも諦めずに立ち向かう刈谷に、ファントムは忌々しげに声を荒げて迎え撃つ。


 体術を織り交ぜながら、逆手に持った武輝であるナイフによる連撃を仕掛ける刈谷だが、彼の連撃をファントムは紙一重で回避し続け、反撃を仕掛けた。


 しかし、反撃をしようとするファントムを刈谷の後に遅れて登場した大道が遮った。


 刈谷に続いて大道が懲りもしないで登場したことに、ファントムは苛立つ。


「大道か……貴様ら、揃いも揃って負け犬が何の用だ!」


「刈谷! 考えもなしに突っ込むなと言ったはずだ!」


 登場するや否や、ファントムに攻撃をしながら刈谷に向けて大道は声を荒げる。


「こいつはなぁ、嵯峨のバカをバカの道に引き込んだ大バカ野郎だ! 俺たちにとっても、因縁があるんだよ! 一発まともにぶん殴らねぇと気が済まないんだよ!」


 大道の忠告も聞かず、刈谷は掠りもしない連撃をファントムに続ける。そんな刈谷に呆れて同意しながらも、大道は刈谷のサポートをしながら沙菜に視線を向ける。


「沙菜! 彼女たちの拘束を解くんだ!」


「そうですわ! 水月さん、私たちの拘束を解くのですわ!」


 大道の指示と麗華の言葉に、二人が突然登場したことに呆然としていた沙菜は一拍子遅れて力強く頷き、セラを拘束していた光の茨に向けて光を纏った武輝を振り下ろした。


 それだけでセラの拘束していた光の茨は簡単に消滅した。


 セラの拘束が解かれると、麗華は邪悪な表情を浮かべて、「オーッホッホッホッホッホッホ!」と、うるさいくらいの高笑いをする。


「七人で囲んでボコボコですわ! オーッホッホッホッホッホッホッ!」


「これじゃあ、誰が悪人なのかわからないね」


 邪悪そうに高笑いを続ける麗華を見て呆れたように大和は呟いた。


「さあ、水月さん、セラさん、さっさと私たちの拘束を――ちょ、ちょっと! セラさん!」


 拘束が解かれてすぐにセラはファントムに向けて飛びかかった。


 次に拘束が解かれたティアもセラの後に続いた。


 セラとティアが飛びかかると同時に、ファントムが放った赤黒い衝撃波に直撃した刈谷と大道が吹き飛び、床に激突した。二人は強烈な一撃に気絶しそうになりながらも、ファントムに向けて飛びかかったセラとティアに向けて、後は頼むというように視線を向ける。


 刈谷と大道の想いにセラとティアは力強く頷いてファントムに飛びかかる。


「やはり、動けない獲物より、動いている獲物を狩った方が楽しいか――……さあ、来い、来い、来い! お前たちのすべてをぶつけて、俺という存在の証明をくれ!」


 狂笑を浮かべながら、ファントムはこちらに一直線に向かってくるセラとティアに向けて、無数の光の刃を一斉に発射した。


 光の刃は沙菜が放った光球によってすべて撃ち落とされるが、それでも尽きることなくファントムは次々と光の刃を生み出して発射し続けていた。


 それでも沙菜はセラとティアの行く手を阻む光の刃を撃ち落とし続ける。


 拘束が解かれた大和も武輝である手裏剣を投げて、沙菜とともにセラとティアに迫る光の刃を撃ち落とし続けた。


 だが、軌道を変えて飛んできた光の刃に沙菜と大和は直撃してしまい、床に突っ伏すように倒れてしまう。


 光の刃を発射し続けながら、ファントムは薄らとした笑みを浮かべると同時に、赤黒い光を武輝である刀の刀身に纏わせ、薙ぎ払うように大きく振うと、刀身に纏った赤黒い光が、刈谷と大道を襲ったものとは段違いな大きさの巨大な衝撃波となって放たれた。


「させませんわ! 必殺! 『エレガント・ストライク』――って、無理でしたわぁあああああああ! セラさん、ティアさん! 後は任せましたわぁあああああああああ!」


 拘束が解かれた麗華は自分の出番だと言わんばかりに派手に登場して、赤黒い衝撃波に向けて渾身の突きを放つが、すぐに押し負けてしまい、吹き飛ばされる。


 麗華は情けなく吹き飛びながらもセラとティアに後は任せた。


 麗華を吹き飛ばした赤黒い衝撃波は、彼女のおかげで若干勢いが弱まっていたが、それでも衝撃波には依然としてファントムの強い力が宿っていた。


「――セラ」


 赤黒い衝撃波を目の前にして、囁くようにティアはセラに話しかけた。


「四年前と同様――すべての決着を……四年前から続く因縁をお前が断ち切れ!」


 力強く頷いてくれたセラに満足そうに小さく微笑んだティアは、大きく身体を捻らすと同時に、光を纏わせた武輝である大剣を薙ぎ払うように振って赤い衝撃波にぶつけた。


 激しい爆音とともにぶつかり合う両者の攻撃――


 ファントムの攻撃の衝撃に耐え切れずにティアは吹き飛んでしまうが、赤黒い巨大な衝撃波はティアの攻撃に相殺されてしまった。


 衝撃波が消えると同時に、セラはファントムに向けて高く跳躍して、眩いまでの光を纏う武輝である剣を振り上げる。


 これで――これで、決着をつける!

 四年前のことも、四年間のことも、全部――!


 この場にいる全員の想いを受け取り、今自分が持つ力を込めた小細工なしのこの一撃ですべてを決めるつもりだった。


「これは――四年前と同じ状況だ! 待っていた……待っていたぞ、この時を!」


 全員の想いを受け取ったセラに、四年前に自分を戦闘不能にさせた状況と、その時のセラの姿を思い出したファントムは歓喜の雄叫びを上げる。


 ――ファントムもまた、すべてに決着をつけるつもりだった。


 禍々しい赤黒い光を放つファントムと、神々しいまでに眩い光を放つセラの武輝がぶつかり合い、激しい金属音が周囲に響き渡ると同時に、二人の身体は交錯する。


 様々な想いが込められた一撃に耐え切れなかった、一つの武輝が宙に舞い、入口の扉付近の床に深々と突き刺さった。


 突き刺さったのは――ファントムの、優輝の武輝である刀だった。


 刀は一瞬の発光の後にチェーンにつながれた優輝の輝石に変化し、それと同時にファントムは片膝をついた。


 この場にいる全員の想いを宿したセラの武輝はファントムの武輝を弾く同時に、彼を戦闘不能にさせる強烈な一撃を与えていた。


「これですべて終わりだ、ファントム」


 激しく息を乱しながら、すべての終わりを告げるセラを見たファントムの表情は、セラの一撃によるダメージでしかめていたが、それ以上にどす黒い感情に埋め尽くされていた。


「結局、力も含めてお前がすべてを得たものは……優輝を演じ続け、優輝の力を利用していて得たものだ……過去の亡霊であるお前が得たものは何一つない。強い力を持っても、こうしてお前が、四年前と同じ状況で私たちの想いに負けたのが何よりの証拠だ」


 四年間の自分を否定するセラの言葉に、ファントムの心の中がセラたちに対しての憎悪の闇で覆いつくされてしまう。


 すると、ファントムの視界でセラが久住優輝の姿に写った。


 何年にも渡って決して自分に屈することなく抵抗を続け、自分を犠牲にしても友を守る強固な意志を見せつけ、畏怖すると同時に憎しみを抱いていた相手に。


「邪魔だ……お前はやっぱり、邪魔なんだよ、久住優輝……」


 誰にも聞こえないような小さな声で、優輝に対しての怨嗟の言葉を吐くファントム。


「お前が存在しているだけで、俺という存在は完璧にはならない!」


 怒りの叫び声を上げるファントムだが、慟哭しているようでもあった。


 渦巻く激情、憎悪、殺意――すべてのどす黒い感情に反応するかのように、ファントムの身体に赤黒い光が纏い、髪が真っ赤に染まった。


 ファントムの全身を包む赤黒い光は一瞬で大きくなり、赤黒い光は両手に集まると黒を基調として刺々しい形をしたファントムの武輝である大鎌へと変化した。


 ファントムの様子が急変したことに驚愕したセラは咄嗟に飛び退こうとする――しかし、ファントムは彼女の胸倉を掴んで逃がさず、そのまま大きなダメージを負っているとは思えないほどの強い力で彼女を床に叩きつけた。


 満身創痍に加えて、自分の持つすべての力を振り絞った一撃をファントムにぶつけたため、疲労しきっているセラには抵抗することができなかった。


「消えろ! 消えろ、消えろ! 俺の中から消えろ! 久住優輝!」


 床に叩きつけたセラに向けて、間髪入れずに大鎌を振り下ろそうとするファントム。


 突然のファントムの変化に驚き、そして、満身創痍だったためティアたちは反応が遅れてしまい、駆けつけようとする頃にはセラの目前にファントムの凶刃が迫っていた。


「セラ――セラ!」


 悲痛な叫び声にも似た、セラの名を呼ぶティアの叫び声が響くと同時に――


「ファントム……」


 喉から振り絞ったか細く弱々しい声でファントムの名前を呼ぶ声が響いた。


 聞こえるか聞こえないかの小さな声だが、自分の名を呼ぶその声を聞いたファントムの顔が驚愕に染まり、声のする方へ視線を向けるとさらに表情が驚愕に染まった――それはこの場にいる全員が同じだった。


 この場にいる全員の視線は入口の前に立つ人物たち――不安そうな面持ちのリクト、今の状況を愉快そうに見つめているヴィクター、険しい表情でファントムを睨んでいるドレイク、眠そうに小さく欠伸をしている幸太郎、そして、幸太郎に支えられて立っている、白髪交じりの頭をした青年に向けられていた。


 この場にいる全員は幸太郎の肩に支えられている人物――白髪交じりの頭のファントムと寸分違わぬ顔をしている青年に注目していた。


「……なぜだ……なぜ貴様が――久住優輝! なぜ貴様が!」


 自分が精神的に壊したはずの人物――久住優輝が立ち上がり、普通に喋っているのを見て、ファントムは驚愕の叫び声を上げた。


 驚愕に染まったファントムの表情に、優輝は弱々しいながらも不敵な笑みを浮かべた。

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