第一章 仲間のために

第1話

 夕日が沈みかけて薄暗く、人気のない建物に数十人の人間が集まっていた。


 性別を問わず、ほとんどが十台後半から二十代前半という歳で若く、まだ幼い顔つきの人間もいたが、全員が強い使命感に溢れて凛々しかった。


 彼らの表情は怒りを宿しながらも憂いを帯びており、それ以上に確固たる信念を持って全身から溢れんばかりの熱意を漲らせていた。


 この場にいる全員、視線の先にいる人物の言葉を待っていた。


 期待に満ちた彼らの視線の先にいるのは、爽やかで整った顔立ちをしながらもこの場にいる誰よりも強い信念を宿し、固い表情の短髪の青年・村雨宗太むらさめ そうただった。


 しかし、心の中で村雨は躊躇していた。


 本当にいいのだろうか……俺は彼らを巻き込もうとしている。

 こんな俺を信じて、彼らは――


「村雨、みんな君の言葉を待っている。迷うな、そして忘れるな。ここに集まってくれた全員は君の味方だ。僕も含めて」


「ああ……わかっている。ありがとう、戌井いぬい


 躊躇う自分に喝を入れるように厳しく、それでいて気遣いも感じられる言葉に、村雨の心の中は少しだけ軽くなったような気がした。


 村雨は固くなっていた表情を僅かに緩くさせ、自分をフォローしてくれた人物――長身痩躯の眼鏡をかけた少年・戌井勇吾いぬい ゆうごに感謝の言葉を述べた。


 そんな村雨を戌井は冷たさを感じる切れ長の目で一瞥すると、小さく嘆息する。


「まったく……そんな君がそんな情けなくてどうするんだ」


「ああ、そうだな……そうだったな。すまない」


「僕たちは君を信じている。なら、君を信じる僕たちを信じて、迷いを消すんだ。中途半端な気持ちを抱いている今の君は、君を信じて集まった僕たちを侮辱しているも同然だ」


 戌井の言葉の一つ一つが、ついさっきまで躊躇していた村雨の心に染み渡る。


 容赦のない言葉を言い放つ戌井勇吾――彼は、村雨が強く信頼する数少ない人物だった。


 策略によって潰された『学生連合がくせいれんごう』の参謀的役割を持っており、村雨の右腕だった。


 名ばかりとなったばかりの学生連合に入ってきた人物だが、勝手に学生連合の名を騙って暴れたいだけの連中とは違い、戌井は村雨に直接接触して学生連合に入りたいと言った。


 はじめは学生連合の名を借りたいだけの人間と思われていた。


 しかし、精力的に学生連合の活動に協力して見込みのある人間を仲間に引き入れ、暴れるだけの連中を厳しく取り締まって組織を自浄させ、熱くなりがちな村雨のブレーキとフォローを務め、厳しくもあるが、さりげない優しさと気遣いをする戌井はすぐに周囲からの信頼を得た。


 理想ばかりを追いかける村雨とは違って、戌井は現実主義者だった。


 そのため、理想ばかりを追いかける村雨と、間違っていることはハッキリと間違っていると指摘する戌井は激しく口論して対立したことが多々あったが、彼がいなければ学生連合はもっとまとまりがなくなって、周囲に迷惑をかけていただろうと村雨は思っていた。


「いいか、村雨。君は自分の信念を、そして、君の信念を信じる僕たちを信じていればいい、それだけだ。僕は――いや、僕たちは何があっても君について来る」


 村雨を鼓舞する戌井の言葉に、周囲の人間は同意の声を上げる。


 戌井の言葉に、村雨はいよいよ覚悟を決める。


 ……すまない。


 巻き込んでしまった仲間たちへの謝罪を心の中でして、村雨は迷いを討ち払った。




――――――――――




 豪勢な調度品が並べられた部屋の主――金髪ロングヘアーの髪の一部が癖でロールしている、せっかくの美しい顔を仏頂面にした少女・鳳麗華おおとり れいかは、フカフカのクッションを抱き締めながら黒光りする本革のソファに座っていた。


 全身から不機嫌なオーラを身に纏っている麗華だが、その表情は苛立ちと焦燥感に満ち溢れて余裕がなく、追い詰められているようだった。


「麗華、そんなかわいげのない顔をしていたら、せっかくの美人がもったいないよ?」


 煽るようなおどけた声が室内に響き渡ると、麗華は無言で忌々しそうに声の主である幼馴染を一瞥した。


 無言の圧力をぶつけてくる麗華と、テーブルを挟んで対面に座っている声の主――艶のある黒髪を弄っている、華奢な体躯で声も容姿も中性的な美少年・伊波大和いなみ やまとは嫌味っぽく一度笑うと、ふいに立ち上がって麗華の隣に座り、そっと彼女のおとがいに優しく触れ、情熱的な目で見つめた。


「ほら……麗華。いつもの気丈な態度を見せてよ。こんなの、君らしくないよ?」


「……気安くわたくしに触れないでいただけます?」


「そうだよ、それそれ。やっぱり君はそうでなくちゃ」


 自身に触れる大和の手を叩き落とし、麗華は激しい怒気を含んだツリ目で大和を睨んだ。


 いつもの調子が戻ってきた麗華の態度に、大和は気分が良さそうに微笑んだ。


「随分機嫌が悪いみたいだけど、大悟さんとはまだ喧嘩中なのかな?」


「あ、あなたには関係ありませんわ!」


 父・鳳大悟おおとり だいごの名前を大和が出すと、麗華はヒステリックな怒声を張り上げる。


 わかりやすい反応に大和はクスクスと嫌らしく笑う。


「まあ、無理もないよね。明らかに何かを隠しているのに大悟さんは君に何も教えないんだから。いや、君の性格だから大悟さんを追求しただろう。でも、大悟さんは君を拒絶したんじゃないかな?」


 すべてを見透かして挑発的な笑みを浮かべている大和に、わざわざすべてを知っている相手に言葉は不要だと思った麗華は何も言わなかった。


「納得できないよね? 今までお父さんのために頑張ってきたのにもかかわらず、真実も何も言わないで拒絶されたのは――君は今、裏切られたと感じて、不信を抱いている」


 薄ら笑いを浮かべた大和の言葉に、一月前に父に拒絶された時の言葉が麗華の頭に過る。


『お前のことは信頼していない』


 冷たく父から発せられた言葉が麗華の心の奥深くまで沈殿していた。


 思い出す度に麗華は心に痛みが走り、目の奥が熱くなってしまう。


 敬愛する父のためなら何だってしたのに、麗華は自分が父との間に築いてきた信頼関係は幻想であり、それがバラバラに砕け散ってしまっていた感じていた。


 しかし、それでも麗華は――


「何があっても私はお父様のことを信じていますわ」


 微かに震えた声で麗華は大和にハッキリとそう宣言する。


 父との信頼関係が幻想であったとしても、それでも麗華は父のことを信用したかった。


 裏切られていると感じても、麗華は父のことを信用したかった。


 だからこそ、麗華は大和に精一杯の反抗をした。


 自分が傷つきながらも父のことを信じている麗華を大和はジッと見つめる。


 常に軽薄な笑みを浮かべている大和だが、今の大和の表情には笑みがなく、何の感情がなく、クッションに顔を埋める幼馴染のことを何も言わずに見下ろしていた。


 しばらく、二人の間に沈黙が流れるが――大和の諦めたようなため息が沈黙を打ち破る。


「ホント、君って強情だなぁ。蛇のようにしつこい女性とはまさに君のことだ」


「ぬぁんですってぇ!」


「おっと、蛇じゃなくて鬼だったかな?」


 大和の言葉にクッションに顔を埋めていた麗華は、鬼のような形相を浮かべた顔を上げて反応した。いつもの幼馴染の反応に大和は心底楽しそうに笑う。


「大丈夫だよ、麗華……真実は近いうちに大悟さんの口から明らかになるから」


 意味深なことを呟いた大和に、一気に平静を取り戻した麗華は鋭い眼光を飛ばす。


 スイッチの切り替えが早い麗華に、大和はクスリと一度笑うと笑みを消す。そして、冷たくもあり、寂しそうな表情を浮かべて幼馴染をジッと見つめた。


「『姫』が動くよ。姫はすべての責任を果たすつもりでいる」


 躊躇いがちに発せられた大和の言葉に、麗華はむなしそうな表情を浮かべて「そうですか」と、頷いた。


「それがあの子――加耶かやの意思ですの?」


「それが彼女の責任だし、使命だから」


 自分たちがよく知る人物の名前を麗華は出すと、自嘲的な笑みを浮かべて大和は頷く。


「私はあの子も御使いを止めますわ――絶対に」


 自分に言い聞かせるように、麗華は力強くそう口に出した。


 覚悟を決めている麗華のその言葉を聞いて、大和は安堵したような表情を浮かべる。


「でも、彼女たちは確固たる信念を持っているんだ。簡単には止められないよ?」


「それでも、あの子を止めるのが私とあの子の『約束』ですわ」


「……僕は、あの子と一緒にいるって『約束』したから」


 互いに交わした約束を口にすると、麗華と大和、二人の表情は寂しそうでありながらも、一歩も退けない信念を抱いていた。


 しばらく真剣な表情になっていた大和だが、一度小さく脱力するようにため息を漏らして脱力させると、普段通りの軽薄な笑みを浮かべてソファから立ち上がった。


「それじゃあ、最後のゲームをはじめよう」


「……上等ですわ!」


 高らかとゲーム開始の宣言をする大和に、麗華は暗い表情を浮かべながらも気合を入れた。そんな幼馴染の様子を満足そうに一瞥すると、大和は部屋から出て行った。


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