第14話

 キッチンから漂う香ばしいにおいと、油が激しく弾ける音とともに一気に食欲を刺激する生姜の香り――それに混じって、焦げ臭い食欲が減退させるにおいも放たれていた。


「お、鳳さん! 焦げてます、それ、焦げてますから、火を弱めて裏返しに!」


「わ、わかっていますわ! あ、焦らせないでください!」


 キッチンから聞こえる慌てて注意するセラと、焦燥しきっている麗華の声。


 賑やかな雰囲気の二人だが、リビングに残った幸太郎とリクトも賑やかな雰囲気だった。


「それじゃあ、リクト君ってファミレス行ったことある?」


「ファミリーレストランですか……いいえ、ありません」


「なら、この事件が終わったら連れて行ってあげるよ」


 セラと麗華が料理をはじめてから三十分近く、リクトは幸太郎に質問攻めされていた。


 最初は教皇庁のことや、教皇の仕事、次期教皇候補は何をするのかという教皇庁についての話が多かったが、徐々に幸太郎はリクトの個人的なことまで突っ込んだ質問をした。


 人が良いリクトは戸惑いながらも、幸太郎の質問に答えられるものはできるだけ丁寧に答え、説明が必要なものはできるだけわかりやすく説明した。


「次期教皇候補ってことは、リクト君は煌石を使えるの?」


「ええ、一応……これを見てください」


 突然話が自分のことから教皇庁に戻って、戸惑いを覚えながらもリクトは首から下げているペンダントについたほのかに青白く光る石を見せた。


 きれいだな……すごく、きれいに光ってる……


 何かその石から惹かれるものを感じ取った幸太郎は、不思議とその石に視線が向いてしまい、ジッと見つめてしまうが、頭を振ってリクトの話を聞くことに集中する


「これは煌石・ティアストーンの欠片です。教皇や、次期教皇候補はこれを常に身につけなければならないのです。煌石はまだ不明慮な点が多く、輝石とは異なり、急に煌石を扱うことができなくなるという事態が発生することがあります。そうなってしまったら教皇は任を解かれ、次期教皇候補者たちも候補から外されます。だから、それを確かめるために常にこの煌石の欠片を持っていなくてはならないのです。煌石を扱える資質があるのならば、手に持った時にこの欠片は青く輝きます」


 何だか不思議だな……博士なら何か知っているかな?


 青白く淡く光る煌石の欠片を見つめながら、幸太郎は現在出張中でアカデミー都市にいないヴィクターを頭の中に思い浮かべた。


「ティアストーンを保有し、輝石を生み出せる教皇庁は太古の昔から輝石使いを保有して、大きな組織になりました。そして、輝石を崇めている教皇庁や信者たちはティアストーンを制御して、好きな時に輝石を生み出すことのできる教皇を神格化しているのです」


 ……確かに、そんな力があれば、輝石使いの人たちはエレナさんを尊敬するのかな……


 丁寧なリクトの説明を聞いて、エレナを邪な目で見てしまい、麗華とセラに咎められたことを思い出した――邪な目で見たことについては、幸太郎は別に後悔はしていないが。


「リクト君のお母さんのエレナさんは、周囲の人の輝石を反応させる力を持っていたけど、あれは何なの? あの力はリクト君も使えるの?」


 周囲の輝石を反応させたエレナのことを思い出した幸太郎は、興味津々といった様子でリクトに尋ねると、リクトは少し陰りのある表情を見せた。


「あの力は輝石を生み出す母のような存在であるティアストーンを制御する力を持っているからこそ使える力です。反応させるだけであって、それ以外何もできませんが……一応僕も反応させることができますが、エレナ様のように大勢が持つ輝石を反応させることはできません」


「それじゃあ、エレナさんってすごい力を持ってるんだ」


「はい! 母さ――エレナ様はすごいんです!」


 心からの幸太郎の一言に、リクトも激しく同意した。


「エレナ様は子供の頃から煌石を扱える素質を持ち、僕くらいの若さでティアストーンを制御できる力を身につけました――その後、先代教皇の力の喪失を機にエレナ様は教皇の座につき、歴代最高の力を持つ教皇と呼ばれていて、多くの人から尊敬されているんです!」


「リクト君はお母さんのこと好きなんだ」


「はい! ――って、そ、その……好きというのは、教皇としてで、そ、その……」


 自身の母親の偉大さを嬉々として語るリクトを見ての幸太郎の素直な感想に、上手く言葉を返せないリクトは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 そんな彼を見て、幸太郎は微笑ましく思い、思わず同性なのにかわいいと思ってしまう。


「男の子はみんな最初にお母さんに恋をするから」


「だ、だから、そういうわけでは……」


「それにしても、リクト君もすごいよ。その煌石を扱える力を持っているんだから。いつから使えるようになったの?」


 必死に自分がマザコンではないと否定するリクトを無視して、幸太郎は話を進める。


 心からすごいと言った幸太郎だったが、リクトは浮かない顔をした。


「僕なんて……確かに、生まれた時から煌石を扱えることがわかって、周囲から次期教皇最有力候補だなんて称賛されていますが、まだティアストーンの制御が上手くできず、エレナ様のように周囲の輝石を反応させるほどの力を持っていません……だから、エレナ様に比べればまだまだです……だから、僕なんか教皇に相応しくありません。過去に外された候補者たちの方が僕なんかよりも、きっと教皇に相応しかったはずです」


「そうなんだ。それじゃあ、リクト君は教皇に向いてないかもしれないね」


 暗い表情で自分は教皇に相応しくないと言ったリクトに、幸太郎はフォローすることなく、悪気がない様子でキッパリとそう言い放った。


 思わぬ一言に、リクトは思いきり面を食らった様子で、人を気遣うことなくストレートな意見を平然とした様子で述べた幸太郎を不思議そうに見つめていた。


「リクト君ってお母さんみたいに神聖で神秘的なものを感じられないし、頼りなさそうで、情けなさそうだし、本当に向いていないかもしれない」


「そ、そうですか……」


 自分でもわかっていることで、ハッキリ言ってもらえて少し嬉しくて、スッキリした気持ちになったリクトだが、それでもなぜか複雑な表情を浮かべていた。


 煌石についての話が一段落し、一瞬沈黙になる二人の間。


 さらに幸太郎は質問しようとしたが――

「お、終わりましたわ!」


 キッチンから響いてきた麗華の疲れたようなため息交じりの一言に、質問するよりも食欲を満たすことに切り替え、幸太郎はキッチンに視線を向けた。


 セラと麗華――二人はまるで、誰かと激しい戦いを繰り広げたかのような疲労感が漂っていた。二人は自分たちがそれぞれ作った料理をお盆に乗せて、リビングまで運んでテーブルの上に配膳する。


 セラの作った料理は生姜焼き、焼き魚、キュウリの漬物という和食なメニューだった。


 麗華の作った料理は焦げた肉の塊、焦げ目がビッシリついたチキンライスと思わせるものの上に、これまた焦げた卵のようなものが乗ったオムライスのような何かだった。


 明らかな失敗作を作った麗華は不機嫌そうな顔を浮かべ、悔し涙さえも浮かべていた。


「何か文句でも――」

「いただきます!」

「あ、い、いただきます……」


 麗華が文句を言うよりも早く、幸太郎は麗華の失敗作を真っ先に食べる。リクトも彼の後に続いて、恐る恐る麗華の作った失敗作から手をつける。常に自信に満ち溢れている麗華にしては珍しく、不安と緊張の面持ちで自身の手料理を口に運ぶ二人を見つめていた。


 リクトは焦げた肉の塊を口に含んだ瞬間、焦げの苦さと、砂利のような食感に顔をしかめながらも、文句を言うことなく、明らかに我慢をしながらゆっくりと食べていた。


 対照的に、幸太郎はリクトのように顔をしかめることも、ゆっくりとしたペースで食べていることもなく、バクバクと音が出るくらい勢いよく食べていた。


 いの一番に文句を言うと思っていた幸太郎の清々しいまでの食べっぷりに、不安げな麗華の表情に多少の余裕と、自信が生まれていた。


 あっという間に焦げた肉の塊の、オムライスのような何かを完食する幸太郎。そして、リクトは何とか肉の塊を完食するが、それが限界のようでそれ以上は手をつけなかった。


「ど、どうでしたの……?」


「あ、あの……す、少し焦げたみたいですが、食べられました……」


「そ、そうですか! ま、まあ、当然ですわね! それで? あなたはどうでしたの? ふ、普段はまともなものを食べていないあなたの庶民的な舌でも、意見は欲しいですわ!」


 美味しいとは一言も言っていないリクトの感想だが、麗華は能天気に素直に喜んでいた。


 そして、リクトの感想を聞くと、すぐに麗華は幸太郎に感想を求める。あっという間に完食した幸太郎に対し、麗華は尊大な態度ながらも、かなり彼の返答に期待をしていた。


「マズイ」

「なっ……!」


 いつも通りの、淡々とした調子で素直に感想を短い言葉で述べた幸太郎に、麗華の自信は脆くも崩れ去り、絶句し、魂が抜けたような放心状態になる。


「それじゃあ、次はセラさんの手料理をいただきます!」

「い、いただきます」


「ど、どうぞ……」


 そんな麗華を無視して、二人はセラの手料理を食べはじめる。セラは緊張した面持ちで彼らが食べる姿を見守っているが、麗華よりかは余裕があった。


 見た目が産業廃棄物の麗華とは違うセラの手料理は、二人の食欲を刺激しているようで、二人の食べ盛りの男子たちは一気に食べていた。


 華奢で頼りない容姿のリクトだが、食欲旺盛なようで速いペースで食べていた。一方の幸太郎は麗華の時と変化がない調子で食べていた。


 あっという間に二人はセラの作った手料理を完食する。


「ど、どうでしたか?」


「美味しかったです! 分厚いお肉に絡ませた生姜焼きのタレが肉全体に染みわたっていて、焼き魚も程よい焼き加減でとても身が柔らかく、このお漬物もちょうどいい塩加減でした……もしかして、このお漬物は手作りですか?」


「は、はい……昔からお漬物をよく作っていたので……あ、ありがとうございます」


 興奮した面持ちでベタ褒めするリクトに、セラははにかむような微笑みを浮かべていた。


「……な、七瀬君はどうでしたか?」


 セラは幸太郎に意見を求めると――

に美味しかった、に。どれもこれもに美味しい! セラさんに料理上手だね。ここまでに美味しい料理を作れるのは、に考えてすごいよ」


『普通』という単語をこれでもかと連呼する幸太郎に、セラは眉をひそめた。


 放心状態から戻った麗華はセラと目配せする。麗華は幸太郎を親指で指差し、首を掻っ切るジェスチャーをした。セラは異論がないようですぐに頷いた。


「鳳さんはマズイし、セラさんはに美味しかった……? 二人ともどうしたの?」


 セラと麗華は、目に殺気にも似た危ない光を宿した目で、何も言わずに幸太郎を睨む。


 そんな二人から何か冷たいものとともに、ついさっき自分が襲われた以上の恐怖を感じ取ったリクトは、小さな悲鳴を上げる。


 黙ったままこちらを睨んでくる二人に、最初は首を傾げていた幸太郎だったが、徐々に二人が怒っていることを感じ取った。


「……ごめんなさい」


 一応謝ってみるが、もう遅かった。


 二人の容赦のない制裁を幸太郎は受けることになってしまった。



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