第5話
昼休み、アカデミーの学食はかなり豪勢でメニューも豊富であるために、昼食を食べるために学食に向かう生徒たちが多かった。
そんな人気のない教室内でセラと麗華は一緒に昼食を食べていた。
普段のセラは大勢の友人たちと一緒に中庭や学食で昼食を食べ、麗華は大和と一緒に学食にあるテラスで優雅に昼食を食べるが多いが、今日は珍しくセラと麗華は一緒に昼食を食べていた。
その理由は昼休みになると同時に一人の少女と見紛うほどの外見の少年に相談事があると言われたからだ。
癖のある栗色の髪の少女と見紛うほどの可憐な外見の、折れそうなほど華奢な体躯の少年――教皇庁トップである教皇の息子であり、母と同じく煌石を扱う力に長けている次期教皇最有力候補であるリクト・フォルトゥスは突然押しかけたことを申し訳なさそうにしていた。
「すみません、突然押しかけてわがままを言ってしまって」
「気にしないでくださいませ、リクト様。何やら急を要することのようでしたし、自教皇最有力候補であるリクト様の頼みを聞くのは当然ですわ」
「やっぱり、もっと目立たないようにした方がよかったんじゃ……」
「ああ、よろしいのですわ! そんなことまったく気になさらずとも!」
「で、でも、風紀委員本部で話をした方が――」
「大変申し訳ございませんが、治安維持活動が忙しいせいで風紀委員本部は片付けていないのですわ! 埃塗れのところにリクト様を招くのは失礼というわけですわ!」
「そ、そうですか……それなら、お言葉に甘えます」
……まったく、よく言うよ。
部屋の汚れは心の汚れって言って、よくサラサちゃんや私に掃除させるのに……
場所を変えようというリクトを麗華は暑苦しいほどの熱量でこの場に引き留めた。
麗華にとって有名人であるリクトと一緒にいることは、自身のステータスアップに繋がるために大歓迎であり、猫を被りながらも大いにリクトという存在を利用していた――それをセラは察して、呆れていた。
「俺、リクト様になら、いい……すべてを受け入れる覚悟はできる」
「同感だな……俺、リクト様に膝枕されていい子いい子されたい……」
「わかるわかる、父性っていうのが正しいんだろうけど、リクト様は母性が溢れてるからな……男母さん?」
「というか、鳳、完全に猫被ってるな。あれ、何か腹黒さを感じるんだけど」
「まあ……あれはあれでありか……気の強い人が従順になるのってグッとくるな」
リクト、セラ、麗華――アカデミー内でも有名人である三人を遠巻きから眺めてコソコソ話をしているクラスメイトを、彼らの話をしっかり聞いていた麗華は修羅のような形相で一睨みすると、彼らは蜘蛛の子を散らすように教室から出て行った。
すっかり人気がなくなった教室内で、「それで――」とセラは話を再開させる。
「リクト君、相談したいことがあるっていうのは――例の件ですね?」
セラが言った例の件――煌石一般公開の件だと察したリクトは、静かに頷いた。
「ここに来て一気に状況が変わりました」
「まあ、そうでしょうね。昼休みに入って大和がお父様に呼び出され、制輝軍本部で開かれる会議に出席するためにノエルさんも出て行ったのですから」
やっぱり、そうなるか……
リクトの言葉を受けて、ある程度予見していたセラと麗華は特に驚くことはなかったが、大きな騒動が起きそうな予感がして憂鬱そうに小さくため息を漏らした。
「噂が出回って以降、外部からの圧力も日に日に強まっていますし、最早一般公開は避けられず、このまま近日中に公開されるのが濃厚だと思います」
「決まってしまえば、お父様やエレナ様も動かざる負えなくなり、当日の警備に対してかなり慎重に考えるでしょう――それに、今のアカデミー上層部は優秀ですわ、何か策を練ることは確実でしょう。心配無用ですわ」
「ええ、もちろん、それはそうなのですが……」
連日事件が発生している中、煌石一般公開に踏み切ろうとしていることに対して不安を抱くリクトを見透かしたように麗華はフォローするが――リクトの不安はそれだけではなかった。
「まだ何か心配事がございますの?」
「心配事、というよりも違和感のようなものなのですが、煌石一般公開の件に関して、どうにも母さん――エレナ様がかなり積極的なんです」
「……長年教皇でいるエレナ様だからこそ、輝石や煌石の理解を一般に深めようとしているのではないでしょうか?」
「ですが、昨日開かれた会議で、ほとんどの人が一般公開に否定的な中エレナ様だけが肯定的で自ら警備案も立てたんです。今日状況が一気に変わったのも母さんの力添えという話もあります……何か妙だと思いませんか? 多くの組織にアカデミーが狙われ、秘密裏に進んでいた計画が外部に漏れているという現状で積極的になれるのが」
連日アカデミー都市内で騒動が発生しているというのに、煌石一般公開という秘密裏に進められていた計画が外部に漏れている状況で公開に踏み切れば、公開当日に何か騒動が起きるのが確実であり、慎重にならざる負えないというのにエレナの積極的な態度に、セラはもちろん、フォローをしていた麗華も口を閉ざして違和感を抱いていてしまう。
「それでもエレナさんはエレナさんです。大悟さんとともに様々な策を練ってアカデミーを変えたんです。積極的に警備案を考えているなら、何か考えがあるはずです」
「セラの言う通りですわ! それに、半年前に解決した事件からアカデミーは勢いよく成長しています。倒壊しかけていた鳳グループ本社と教皇庁本部の解体も終え、協力関係を築いた鳳グループと教皇庁も足並みが揃いはじめて統合への動きも活発化しています。前回は色々あって失敗しましたが、この半年で成長したアカデミーを外部にアピールする良い機会ですわ!」
違和感を抱きながらもエレナがどんなに優秀なのかをよく知っているからこそ、セラと麗華はエレナのフォローをするが、息子だからこそ母をよく知るリクトの表情は沈んだままだった。
「でも、一般公開の件は誰が考えても慎重になるべきです。にもかかわらず、一人積極的なエレナ様の姿は誰がどう見ても不自然です……ありえないとは思いますが、また、あの時のようなことが起きているんだったら――」
ファントム、か……
エレナさんなら何とかしてくれるとは思うけど、お母さんのエレナさんがおかしくなる姿を間近で見てきたからこそ、リクト君は不安なんだ……
だけど、もうファントムはいない。もう、いない――間違いないんだ。
リクトが言ったあの時――かつて、アカデミー都市内で暴れて死神と呼ばれて恐れられていた輝石使い、それ以上に、自分と幼馴染を長年苦しめ続けたファントムが教皇エレナの精神を乗っ取ったことを思い出すセラ。
あの事件は煌石・ティアストーンの力を扱えるリクト、アリシア、そして、アリシアの娘であり、リクトと同じく次期教皇最優良候補であるプリメイラ・ルーベリアが、エレナの精神に寄生するファントムの意識をティアストーンの力で消し去った――その瞬間を目の当たりにしていないが、その光景を見ていた幼馴染からファントムは完全に消滅したと聞いていたからこそ、セラはリクトの不安は杞憂であると思っていた。
「大丈夫ですよ、リクト君」
ファントムが消滅したと確信しているからこそ、セラはハッキリとそう告げた。
大丈夫――その言葉だけだというのに、リクトは不思議な安堵感を得てしまった。
「確かに今のエレナさんはいつもと違う調子かもしれませんが――リクト君の目から見て、エレナさんはどう映りますか? ファントムが乗り移っていた時のように見えますか?」
「……違いますね。あの時の母さんはもっと、鬼気迫っていたような感じがします」
「それに、ファントムに乗り移られているのならば、空いている時間に私や大和に料理を教えたりしませんわ。この間、エレナ様が作ったポテトグラタンは最高でしたわ!」
「リクト君の目にお母さんがどう映っているのかを考えれば、答えは明白ですよね?」
「……そうですよね」
……もう、大丈夫かな?
うん。きっと、もう大丈夫だ。
セラの問いに忙しい身でありながらも息子である自分のために家事をして、他人には見せない少し天然な母の姿を思い出し、花嫁修業に付き合ってくれるエレナの姿を教えてくれた麗華の言葉を聞いて、抱えていたリクトの不安と母への不信は影も形もなくなってしまった。
沈んだ表情から、明るい表情に戻ったリクトを見て、セラは安堵した。
「取り敢えず、もう少し情報を集めてみることにします――そして、もっと母さんを信じます」
「私も、お父様と話し合っている大和から情報を得たらすぐにリクト様に連絡しますわ」
お互いに情報提供することを約束した麗華とリクト。
「ありがとうございます。お二人のおかげで、今僕が何をするべきなのか、見えてきました!」
心からの感謝の言葉を述べるリクトに、「別に構いませんよ」とセラは相談に乗るのは当然で、感謝されなくとも別にいいと言わんばかりにそう告げるが――
「オーッホッホッホッホッホッ! 当然のことをしたまで! 気になさらずとも結構ですわ!」
……もう少し、本心を隠せばいいのに。
耳障りな高笑いを上げながら、恩着せがましく気にするなと言い放つ麗華に、彼女の腹黒い魂胆が見え見えないことにセラは呆れていた。
あからさまに大きな借りを作って大満足している麗華だが――
「本当にありがとうございます、麗華さん!」
良いことだけど、リクト君も人が良すぎる。
それだから、ボディガードの人に狙われたりするんだ……
麗華の魂胆など露も知らない様子で、彼女の気遣いに瞳を潤ませているリクト。
過去に何度か人に裏切られたというのに、相変わらず人を疑わない純真無垢なリクトにセラは呆れて深々とため息を漏らした。
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