第4話

 アカデミー高等部、3年C組――麗華と大和ともに登校したセラは自分のクラスに到着すると同時に、クラスメイト全員からのキラキラとした羨望の眼差しが一斉にセラに集う。


 大和と麗華から離れてセラは自分の席に座ると、すぐに友人たちが集まってくる。


 そんな友人たちに向け、セラは誰もが見惚れるような爽やかで美しい笑みを浮かべて「おはようございます」と元気よく挨拶する。


「おはよう、セラ! 昨日も大活躍だったんだって?」

「そうそう、ノースエリアの外れで外部から来たテロ組織の奴らを完膚なきまで一網打尽にしたそうじゃん」

「見てた人から聞いたけど悪い奴らを千切っては投げ、千切っては投げだったんでしょ?」

「俺が聞いたのは鬼のような強さで相手を叩きのめしたって聞いたぞ」

「私は聖母のような優しさと厳しさで相手を断罪したって聞いたわ」

「いいなぁ、私も見たかったなぁ、セラの雄姿……」


「私一人の力で解決できたわけではありませんよ。仲間の風紀委員もいたし、制輝軍の人たちや、大勢の人からのフォローもあったから解決できたんです」


 そう、麗華たちや、制輝軍――みんなの力があったから解決できたんだ。

 だから、決して私一人の力なんかじゃないんだ。


 昨日の一件について色々と脚色されている部分もあるが、それでも自分一人の力で解決できたわけではないことを告げるセラは、昨日の一件で協力してくれた面々を一瞥するセラ。


 そんなセラの本心からの言葉と、信頼と感謝が込められた視線を受けて、セラのように大勢の友人に囲まれることなく、大勢の友人に囲まれて昨日の一件を褒められているセラを激しい嫉妬を宿した目で睨みつけるように眺めていた麗華は当然と言わんばかりに頷いた。


 常日頃から軽薄で、何を考えているのかわからないが、昨日の一件では情報収集に徹してくれた、人気者のセラに嫉妬の炎を滾らせている麗華を煽るようにニヤニヤと笑っている大和。


 そして、昨日の一件では、風紀委員とともにアカデミー都市の治安を守る制輝軍せいきぐんに協力してくれた――セラと同じく大勢の友人に囲まれている、白く透き通った肌を映えさせる、美しい白髪の短めの髪を赤いリボンで結い上げた、ミステリアスな雰囲気を放つ無表情だが、美しい顔立ちの少女・白葉しろばノエルはセラの視線を受けて、無表情だが気まずそうに視線を外した。


 この場にいる麗華、大和、ノエルはもちろん、この場にいない大勢の味方に支えられたからこそ、被害を最小限に抑えられたとセラは確信していた。


「さすがはセラ。そういう謙虚なところ、俺は大好きだぜ」

「あ、お前! 何さりげない一言を言ってやがんだ! バレンタインデーが近いからって良いところ見せようとしてんじゃねぇよ!」

「ちょっと男子! 変なことで盛り上がらないでよ! セラが汚れるわ!」

「うるせぇ! 女子たちこそ、セラに対してさりげないタッチが多すぎるんだよ!」

「別にいいでしょ、同性なんだし♪ ねぇー、セラ、バレンタインデーの日、お互いのチョコを交換しようよ。友達同士なら何も問題ないもんねー♪」

「うーん、セラ、良い匂い。もしかして、登校する前にお風呂入ったでしょ♥」

「さりげなくセラのにおいを嗅いでるのはどうなんだよ!」

「そ、それは……そう! こ、コミュニケーションの一つよ!」

「お前らは犬か!」


 まったく、毎日飽きもしないで……

 でも――これを見ないと一日がはじまらないな。 


 目の前で繰り広げられる口論にセラは呆れながらも、平和な日常風景を目の当たりにして楽しそうに、安堵したように微笑んで口論を眺めていた。


「でも、セラの活躍を聞けるのは嬉しいけどちょっと心配……最近、事件が続いてるし」

「確かになぁ。が出回ってから、何件も事件が起きてるしな」

「今までは被害を最小限に抑えてくれるけど、それが続くかどうかわからないしね。それに、セラが怪我するかもしれないって考えると不安だわ」

「もちろんセラたちの力は信じているけど、やっぱり、ここまで続くと怖いわね」

「でも、あの噂が本当なら、当日はかなり危険なことになりそうだな」


 ……不安になるのは仕方がないか。

 あの噂――煌石が一般公開されるって噂が世間に出回ってから、明らかにアカデミー都市内で発生している事件が増えているんだ……


 クラスメイトたちの不安そうな表情を見て、セラの表情が険しくなる。彼らの言う通り、煌石が一般公開されるという噂が出回ってから明らかにアカデミー都市内で事件が多発していた。


 アカデミー外部からの組織、今のアカデミーに不満を抱く者――様々な人間が騒動を起こしては、鳳グループや教皇庁、セラたちアカデミー都市の治安維持部隊が解決していた。


 おかげで最近のセラは風紀委員の活動で忙しく、ゆっくりと休む暇がなかった。


「何を心配する必要がある! セラさんの力! そして、僕の力があれば何も問題ないのだ!」


「セラの力は信用してるけど、貴原はね……井の中の蛙?」

「いや、一応貴原も強いぞ? 一応な、一応」


 暗い雰囲気が漂うセラたちの周りに、麗華と同等の尊大な声が響き渡る。


 嫌味なほど整った顔立ちの少年――貴原康たかはら こうの登場にセラは露骨に嫌な顔をするが、貴原の一声のおかげで友人たちの雰囲気が若干明るくなったので、それだけは感謝していた。


 クラスメイトたちから不信の目と、セラが浮かべている露骨に嫌な顔を無視して、優雅な動きでセラに接近する貴原。


「セラさん、何かあればこの僕をいつでも頼ってください――あなたのナイトであるこの僕がいつでも、どこでも、何度でも、あなたを守ると誓いましょう!」


「それはどうも」


 ありがた迷惑な貴原の言葉に心の底からの愛想笑いを浮かべるセラ。誰が見ても明らかなビジネススマイルだというのに、笑みを向けられて貴原は絶頂の極みにいた。


「それよりもセラさん、ここまで事件が続くとただの噂にしか過ぎず、アカデミー側もマスコミの取材に対して否定し続けてきた煌石一般公開の件が現実味を帯びてきましたが、その件に関して何か聞いていないのでしょうか?」


「確かにここまで噂になっているなら、風紀委員のセラなら何か知ってるんじゃない?」

「なあ、なあ、内緒で教えてくれって」


 絶頂の極みにいるにもかかわらず核心をつく疑問をぶつけてくる貴原と、クラスメイトたちからの追及に、セラは「え、えっと、それは、その……」と答えに窮してしまう。


 煌石一般公開の件に関して、一部の治安維持部隊たちはその計画の草案が決まった半年前から知っており、秘密裏に進んでいる計画だったので誰にも言うことができないのだが――不意に放たれた貴原の言葉のせいで、セラならば何か知っているかもしれないと周囲が期待してしまう。


 下手なことを言ってしまえば不安にさせてしまうと思い、セラは助けを求めるようにチラリと麗華に視線を送ると、余計なことを言うなと言わんばかりに麗華は人差し指を口に当ててセラをじっとりと睨み返した。


 何も言うな、か――まだ正式に決まっていないんだろう。

 でも、ここまで噂になっていたら、もう――


「ご、ごめんなさい。まだ詳しいことは何も聞いていないんです」


「セラが知らないんじゃ、しょうがねぇよな。な?」

「そ、そうね。うん。これ以上は何も聞かないことにするわ」


 麗華の指示通りここはお茶を濁すことを優先させるセラだが、ここまで噂になってしまった以上、もう煌石一般公開は避けられないと確信していた。


 取り敢えずはセラの言葉で納得――というか、わかりやすいセラの態度を見て気を遣ってこれ以上何も追及しない友人たちだが、空気の読まない貴原の熱気は留まることを知らない。


「煌石一般公開が決まった際は是非ともこの僕の力を頼りにしてください! このあなたのナイトである僕ならばきっと力になることを誓いましょう! そして、愛を伝えるバレンタインだーを我々で守ろうではありませんか!」


「はいはい、貴原。いい加減にしろって、お前。空気読まねぇなぁ」

「そういうところだぞ、貴原。お前がセラに近づけねぇのは」

「悪いな、セラ。こいつは俺たちが責任もって対応するから。ほら、行くぞ、貴原」


「いつもいつもすみません。本当にありがとうございます」


 熱暴走しかけている貴原を諫めて取り押さえる、彼の数少ない三人の友人たちに最大級の笑みを向けるセラ。そんなセラの笑みに見惚れるとともに、気合が入った三人はセラから貴原を隔離することに全力を注ぐ。


「な、何をする貴様ら! せっかくのセラさんとの一時を邪魔するとは! ええい、放せ! 放すのだ! ええい、雑魚どもの分際で!」


 愛するセラの元から離れたくないがために激しく抵抗する貴原だが、雑魚だと見下している三人に全力で取り押さえられて無意味に終わる。


「ねえ、セラ。もう一つの噂があって、優輝ゆうきさんのことなんだけど」

「あ、そうそう俺も聞いてるぜ。水月先輩と同棲してるって話だろ?」

「先輩が暮らしている寮って、新しい寮の建設工事がはじまってる現場の近くだから、それもあって同棲しているんじゃないかって話だぜ」

「まあ、体の良い言い訳にはなるわな……――いやぁ、あの二人がそんな関係になるなんて、思いもしなかったよな」

「俺、結構水月先輩のこと気になってたんだよなぁ。でも、優輝さんなら、文句は言えねぇな!」

「ここに来て一気に進展って感じかしら? あの二人の微妙な距離感が私としてはたまらないのよね」


 ……あの二人の噂、かなり広まってるな……

 優輝から詳しい話は聞いていないけど、今後が楽しみだな。


 貴原がいなくなり、セラの幼馴染である久住優輝くすみ ゆうきについての噂話で和気藹々とするセラの周囲だが、そんな空気に水を差すように始業を告げるチャイムが鳴り響き――


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 諸君! ごきげんよう! 随分と賑やかなようだが聖バレンタインが近いからかな? これこそまさしく青春! 実に素晴らしい! 産めよ増やせよ地に満ちよ、だ!」


 校舎内に響き渡るような狂気に満ちた笑い声とともに教室内に現れるや否や、教卓の上に飛び乗って謎のポーズを決める、このクラスの担任である、白髪交じりのボサボサ頭の薄汚れた白衣を着た男――ヴィクター・オズワルドだった。


 半年前に生死の境を彷徨ったとは思えないほど、ヴィクターの全身から生気が満ちており、黒縁眼鏡の奥にある瞳は狂気と活気に満ちていた。


 自他ともに認めるマッドサイエンティストで、気に入った生徒がいれば問答無用にモルモットにするヴィクターの登場に、即座にクラスメイトたちは談笑を切り上げて自分の席に戻った。


「これから出欠を取るぞ! 諸君、腹の底から引きずり出した声で返事をしてくれたまえ!」


 その言葉とともに、アカデミーの一日がはじまった――

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