第9話

 朝からアカデミー都市内の様子は明らかにおかしかった。


 アカデミー都市内を巡回する制輝軍の数が多く、表情を強張らせた彼らはピリピリとした空気を身に纏っていたからだ。


 それに加えて、今日は輝石を扱うための訓練が行われるはずだったが、急遽訓練ではなく通常授業に変更され、卒業式の準備が遅れているという理由で授業は午前中で終了して、入学試験の問題を作るためという理由のために帰宅後生徒たちに外出禁止令を出した。


 アカデミーを入学するための試験は輝石使いであるか否かを判断するだけの簡単な試験のため、入学試験があるので帰宅後外出禁止令が出されるという今までにない事態に、生徒たちは明らかにアカデミーの様子がおかしいことを察知していた。


 だが、生徒たちの質問にアカデミーは答えることなく、授業が終わると同時に彼らとさっさと帰宅させ、外にいるのは巡回している制輝軍だけがいた。


 ピリピリとした空気の中、不気味なほどの静寂に包まれているアカデミー都市内だが――そん中、アカデミー高等部内にある空き教室を利用して設立された風紀委員本部には、風紀委員であるセラ、幸太郎、サラサが集まっていた。


「それでは、これからエレナ様誘拐事件についての会議を行いますわ!」


 会議の開始を宣言するのは風紀委員を設立した張本人で、鳳グループトップの娘である毛先が癖でロールしている金髪ロングヘアーの、腕を組んで仁王立ちしている少女・鳳麗華だった。


「理解していると思いますが、今回の事件を制輝軍とともに解決するようにと教皇庁から正式に依頼されましたわ! よって、わたくしたち風紀委員はこれから制輝軍とともに動くことになりますわ!」


「それにしても、アカデミーはこの現状をよく隠し通せたね」


 無駄に気合の入った麗華の宣言を聞いて、ソファに座っているセラはやれやれと言わんばかりに嘆息した。


 朝からアカデミー都市内の雰囲気が殺伐としているのは、教皇エレナと、次期教皇最有力候補であるプリムが誘拐されたためだった。


 しかし、生徒たちが混乱するという理由で公表しておらず、事件のことは教皇庁関係者、アカデミーの治安を維持する制輝軍や風紀委員に知らされていなかった。


 事件について、サラサは麗華のボディガード兼使用人を務める父であるドレイクから、そして、セラと幸太郎の二人は、朝に麗華と登校した際に簡単に教えてもらっていた。


「でも、僕たち学生だってバカじゃないんだ。様子がおかしいのは気づいているよ」


 教皇が誘拐されるというアカデミー設立以来の前代未聞の大事件が発生している現状を楽しんでいる笑みを含んでいる声の主――風紀委員の協力者で麗華の幼馴染である、アカデミー高等部男子専用の制服を着ている、サラサラとした黒髪の中性的な少年、ではなく少女である伊波大和いなみ やまとは、隣に座る幸太郎の膝を枕にしてソファの上に寝そべっていた。


「一か月前に枢機卿セイウス・オルレリアルが次期教皇最有力候補であるプリム様を誘拐した事件が発生したばかりだというのに、今回の事件。教皇の誘拐だけではなく、プリム様もまた誘拐されてしまった――教皇庁は周囲の信用を落とさないため、何としても今回の一件を隠し通したいのですわ。しかし、これほどまでの騒ぎ、上手く隠し通せるはずがありませんわ」


「それに加えて、一か月前にエレナさんが先代教皇の利益優先主義の枢機卿選出方法を否定して、枢機卿を一新すると宣言したんだ。後ろめたい気持ちがある枢機卿たちが少しでも自分の評価を上げるために必死になると思うから、今回教皇庁はかなり本気だよ。だって、風紀委員とはいえ、大悟さんの娘である麗華に教皇庁は直々に事件解決の命令を出したんだからね。間接的にだけど、鳳グループの力を借りる気満々ってところかな?」


 教皇庁の隠蔽体質に呆れ返っている麗華と、今まで好き勝手に自分の権力を利用していた枢機卿たちが必死になる様を想像して楽しそうな笑みを浮かべている大和。


「麗華、今回鳳グループは今回の事件にどう関わるの?」


「事件が鳳グループの耳に届くと同時に、鳳グループも事件に対応するための会議を開き、教皇庁にいつでも協力するという胸を伝えましたが、恩を作りたくないのか、いまだに教皇庁側から明確な答えは返ってきていませんわ。しかし、大和が言っていましたが、我々風紀委員を頼るということは、間接的にですが鳳グループの力を頼るということにつながりますわ。教皇庁の掌で踊るのは不満ですが、将来教皇庁との堅い協力関係を目指している鳳グループは、私たちのバックアップをすると決めましたわ」


「鳳グループが後ろ盾になるのは心強いな」


「ですが、教皇庁の象徴である教皇を誘拐されたことに加え、自己保身に必死な枢機卿が大勢いる状況で教皇庁はかなり本気で、それも強引に事件を解決しますわ。私たちが何か問題を起こせば、確実に教皇庁は難癖をつけてきますし、最悪の場合私たちに責任の一端を擦り付けられる恐れがありますわ。後ろ盾があっても調子に乗ることはオススメしませんわ」


「それなら、麗華が一番気をつけないとね」


「ぬぁんですってぇ!」


 事件について真剣に話し合うセラと自分の間に余計な一言を言って割って入った大和と、力強く頷いて大和の言葉に同意する幸太郎に麗華は話を中断して激怒する。


 余計な一言を言って話を中断させた大和と幸太郎に、セラと、彼女の隣に座っているサラサは呆れたように小さくため息を漏らした。


「幸太郎、少しは真面目に考えなさい! それと大和! 何ですの、その弛んでいる無様な様子は! 前代未聞の事件が発生しているというのにあなた方は緊張感を持つべきですわ!」


「仕方がないじゃないか。昨日夜遅くまで事件の対策会議をしていたんだから」


「疲れているのは私も同じですわ! しかし、アカデミーのために弱音は言ってられませんわ! だから、あなたも少しはシャンとしなさい、大和!」


 眠そうに大きく口を開いて欠伸をする大和を非難する麗華。


 昨日夜遅くまで事件について鳳グループ本社の会議室で話し合っていたため麗華と大和は若干寝不足気味だった。大和と違って麗華は眠気を表に出すことはなかったが、彼女の目の下には薄らと隈ができていた。


「僕たちみたいなピチピチヤングガールには、夜更かしはお肌に毒なんだよねー」


「でも、大和君のお肌、きれい」


「ありがとう、幸太郎君。何なら、触ってみてもいいよ」


「それじゃあ、お言葉に甘えて――……大和君、プニプニして気持ちいい」


「僕も、幸太郎君の膝枕とても心地良いよ」


 至福の表情で自分の膝を枕にしている大和の頬を人差し指でツンツンと突いて触れる幸太郎。


 教皇が誘拐されている状況で呑気に仲睦ましくする二人に、麗華はさらにヒートアップする。


 自分と幸太郎を見て苛立つ麗華を見て、大和は嬉々とした表情を浮かべる、


「麗華も眠そうだし、代わってあげようか?」


「結構ですわ! 話を進めますわよ!」


 挑発的な笑みを浮かべる大和に苛立ちながらも、相手にするのは時間の無駄だと判断した麗華は話を進める。


「ヴィクターさんの件について話しますわよ!」


 事件の容疑者であるヴィクターの話題を麗華が持ち出すと、締まりのなかった幸太郎の表情がほんの僅かに引き締まり、「麗華さん」と麗華に話しかけた。


「博士は犯人じゃないよ。アリスちゃんも何か理由があってプリムちゃんを連れ去ったんだよ」


 疑われているヴィクターと、追われているアリスを擁護する幸太郎。


 朝の登校中にエレナを誘拐した犯人にヴィィクターが浮上しているということを聞いてから、幸太郎はずっとヴィクターが犯人ではなく、プリムを誘拐して追われる身となったアリスも。何か理由があってプリムを連れ出したと信じていた。


「朝から言い続けていますが、根拠はありますの? ヴィクターさんが疑われるに足る証拠が揃っていますし、アリスさんまでもプリム様を誘拐してしまい、親子共々完全に疑われてしまっていますわ。そんな状況をあなたは覆せますの?」


「無理かも」


「話になりませんわね」


 ヴィクターとアリスが疑われている状況を覆せないと、幸太郎は降参と言わんばかりの苦笑を浮かべて正直に答えるが、まだヴィクターとアリスを信用していた。


 根拠がないのにヴィクターたちを信用している幸太郎を呆れる麗華。


「根拠がなくとも幸太郎君の言う通り、私もヴィクター先生が犯人じゃないと思う。彼が犯人なら、証拠を残さないで上手く教皇を誘拐するよ。アリスちゃんはお父さんの無実を証明するためにプリムちゃんを連れ去ったんじゃないかな。麗華だってそう思うよね?」


「そ、それは、確かにそうですが……」


 幸太郎のフォローをするセラに、麗華は反論できない。


 確かに、セラの言う通りヴィクターならば証拠をいっさい残さずに完全犯罪をやってのけるだが――今回の事件ではヴィクターを指し示す証拠があり過ぎて、自他ともに認める天才のヴィクターでは考えられないほどおざなりだと麗華は感じていた。


 今まで黙っていたサラサは、「……お、お嬢様」とサラサはおずおずと言った様子でセラに続く。


「ヴィクター先生は、今日、私たちを呼び出しました。これから事件を起こそうとする人が、事件を起こした次の日に呼び出すのは考えづらい、です」


 確たる証拠は何一つないが、セラとサラサの言う通りヴィクターが犯人であるという確率が低いことは麗華でさえも理解していた。


 何も考えていなさそうな幸太郎を筆頭に、根拠がないのにヴィクターを信用するセラとサラサを見て、麗華はやれやれと言わんばかりに深々とため息を漏らす。


「それなら、ここは二手に分かれようじゃないか。事件のために制輝軍と協力をする係と、ヴィクターさんを追う係にね。都合良く行方不明になってるヴィクターさんを追えば、もしかしたら事件が大きく進展するかもしれないよ」


 自分が考えていたことを先に大和に言われて苦々しく思いながらも、「わかりましたわ」と麗華は幼馴染の提案を許可した。


「政治的な駆け引きが必要になると思うので、インテリジェンス&フィジカルでビューティーな私と、小狡い大和、私には及びませんが、聡明さと美しさを持つセラさんが制輝軍とともに動きますわ。ヴィクターさんを追うのは幸太郎とサラサに任せますわ。――言っても無駄だと思いますが、無理はしないで何かわかったら逐一私たちに連絡をすること! それと、今回の件は無用な混乱を避けるために他言無用であること! わかりましたわね!」


 厳しく忠告する麗華に、サラサは力強く頷き、ピクニックにでも向かうかのような能天気な気分の幸太郎は「はーい」と間延びした返事をした。


 サラサは安心できるが、平気で無茶をする幸太郎に不安しか覚えない麗華とセラ。しかし、一応は彼を信じているため、不安を覚えながらも任せることにした。


「サラサちゃんだけじゃなくて、幸太郎君の心配もするなんて麗華は優しいなぁ」


「別に幸太郎を心配しているわけではありませんわ! この愚か者が勝手な真似をして教皇庁の機嫌を損ねることが不安なだけですわ!」


 冷やかすような大和の言葉に、麗華は「フン!」と不機嫌そうに鼻を鳴らしてそう答えると、余計なことをするなと釘を刺すようにギロリと幸太郎を一度睨みつけた。


 幸太郎に厳しく忠告するようでありながらも、どこか言い訳がましい麗華の言葉を聞いて、ニヤニヤとした笑みを浮かべて「素直じゃないなぁ」と大和は呟いた。







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