第34話

 突然現れた黒衣の輝石使いと、刈谷たちが激しく交戦している中、無言で睨み合ったまま対峙しているティアとグランの間には不気味なほどの静けさに包まれていた。


「本気なのか、ティア」


 セイウスの元へと向かったリクトを追おうとする自分を阻むティアに、いまだ状況を掴めずに動揺しながらもグランは、動揺を無理矢理抑えたせいで低くくぐもってしまった声でそう尋ねて沈黙を打ち破った。


「……正直、まだ迷いがある」


 グランの言葉に数瞬の間を置いて反応したティアは正直にそう答えた。ティアの言う通り、今の彼女には戸惑いとともに確かな迷いを抱いているようにグランには見えた。


「ならなぜ俺の邪魔をする! お前の行動で、友人たちはもちろん、お前の両親にも迷惑がかかってしまうんだ! 身勝手な行動で再びお前は自分の立場を悪くして、今度は確実にアカデミーから永久追放されてしまうかもしれないんだ。自分の立場をもう少し考えるんだ!」


「……言われなくともわかっている」


 わかっている……わかっているんだ、そんなこと。


 言われなくともすべてを理解しているからこそ、厳しいグランの一言一言が、グランと対峙することを選んだ自分の判断に迷いを抱いているティアの胸に深く突き刺さった。


 土壇場で考えを一転させた自分自身を恥じ、グランへの罪悪感に苛まれるティアだが――少女のような弱々しい目で傷だらけで麗華たちに介抱されている幸太郎を一瞥すると、それらがすべて軽くなった気がした。


「私が本当に正しいことをしているのかはわからないし、自分の判断を信用できなくなってしまった……だが、アイツは信じることができる」


「彼が、お前の考えを変えたのか」


 一瞥したティアの視線の先にいる幸太郎を見てグランは尋ねると、ティアは首を横に振る。


「変えたのではなく、思い知らされたんだ」


 ……きっと、幸太郎はプリムを助けることだけが目的じゃなかったんだろう。

 私とセラの中にある不安を悟ったからこそ、私たちの不安を晴らすために立ち向かった。

 あの能天気な男がそこまで考えていたかどうかはわからないが、そのおかげで私も、そしてセラも不安が晴れ、勘違いしていたことを思い知らされた。


 ボロボロになっても自分に挑み続ける幸太郎の姿を頭に過らせたティアは、ずっと勘違いしていた自分を思い出して自嘲を一瞬浮かべてそう答えた。


「決して揺るがない意思を持ちながらも、輝石の力をまともに扱えないアカデミー設立以来の落ちこぼれのアイツを私はずっと庇護されるべき存在だと思っていた」


 どんな状況でも諦めずに困難に立ち向かい、決して自分の意思を曲げない幸太郎の芯の強さだけを認めていたティアだったが――


「だが、それは単なる私の思い上がりだった――アイツは心身ともに強い」


 どんなに実力差のある相手と対峙しても、決して逃げることなく立ち向かい、相手の力に屈しない幸太郎のことを思い浮かべながら、ティアは彼のことを強いと言い切った。


 どんな障害があっても自分の意志を貫こうとする心の強さを認めながらも、幸太郎の『強さ』は認めていなかったティアだが、ぶつかり合って、はじめて彼の『強さ』を心から理解できた。


 自他ともに厳しいティアが「強い」と認めたことにグランは意外と思いつつも、ティアと幸太郎の戦いを見ていたグランもその判断を内心では認めていた。


 勝敗は力で決まるものではないと理解しているからこそ、グランも幸太郎が強いと認めていたが――今の話に幸太郎の強さは関係ないとグランは思っていた。


 しかし――グランの問題はそんなことではない。


「今はそんな話をしているんじゃない。どうしてお前は私の邪魔をしているのかという話をしているんだ。彼もお前の友人ならば、彼も多くの人間から狙われることになるんだぞ」


「私はアイツの強さを信じている。それに何があっても私はアイツを守るだけだ」


「……それだけの理由でお前は自分の立場を悪くさせるというのか」


「立場に縛られるつもりはない……お前のようにな」


 耳が痛いティアの言葉に、グランは反論できない。


 そして、自分が説得している間に、自身の判断にティアの抱いていた迷いと戸惑いが徐々に晴れているようにグランには見えた。


「本当に……迷いはないのか?」


「ああ――迷いはない」


 自分に言い聞かせるように、迷いのない口調でそう言い放つティア。


 その言葉と同時にティアが迷いを完全に消したことを察したグランは、深々と嘆息して説得することを諦めた。


「……そうか、お前の両親には後で謝っておかなければならないな」


「……すまない」


「もういい……もう、何も言うな」


 抑えていた戦意を蘇らせると同時に滾らせ、張り詰めた緊張感とともに威圧感を放つグラン。


「それならば、ティアリナ・フリューゲル。教皇庁の命を受けた者として、邪魔をするお前を排除しよう」


 これから戦うティアに、何よりも自分に宣言するようにそう言うと、グランは軽く地面を蹴って跳躍すると、天高くまで上昇した。


 武輝であるランスの鋭い穂先をティアに向け、そのまま宙を思いきり蹴って彼女の頭上に向かって急降下する。


 地上の獲物を急降下して狙う猛禽類のような動きで放たれるグランの鋭い刺突を、ティアは逆手に持った武輝である大剣を盾代わりにして防いだ。


 武輝同士がぶつかり合い、甲高い金属音とともに突風に似た衝撃波が周囲に放たれた。


 重いグランの一撃を片手で持っただけの武輝で防いだティアは、武輝を持った手に僅かに力を入れてグランを引き離し、そのまま流れるような足運びで身体を捻りながら武輝を振う。


 大振りだが素早いティアの一撃に、グランは天高く跳躍して回避。


 残像を残すほどの速さで宙を舞い、ティアを翻弄するグランだが――ティアの目には今グランがどこにいるのがしっかり見えていた。


 しかし、空中にいるグランをティアは下手に手を出そうとはしない。


 グランと付き合いが長く、彼の戦い方を知っているティアは、空中は彼のテリトリーであり、下手に空中戦を挑み、地上から遠距離攻撃をして余計な隙を作ったら一気に攻められると知っていたからだ。


 ティアの目を誤魔化せないことを悟ったグランは、一旦残像を残しながら動くのを中断して、光を纏わせた武輝から拡散する光の帯を発射した。


 雨のよう一気に天から降り注ぐ光を、武輝で防ぎ、落ち着き払った最小限の動きで避けるティア。


 降り注ぐ光の雨と同時にグランも急降下して激突する勢いでティアに突撃する。


 光の雨を回避することに集中しながらも、グランの動きもしっかり把握していたティアは再び片手で持った大剣で防ぐが、今度の一撃は重すぎて受け止めた際の衝撃に耐え切れずに吹き飛んでしまった。


 武輝に変化した輝石の力で、グランは宙に一本の光の槍を形成させると、吹き飛んでいるティアに追撃するために投げ放った。


 螺旋を描きながら迫る光の槍に、吹き飛ばされながらも体勢を立て直したティアは身体を捻って回避するが、突然光の槍は軌道を変えて、武輝を持っている手の肩に直撃した。


 無表情ながらも肩に鋭い痛みが走って、武輝を手放そうとしてしまうティアだが、それを堪えて何事もないように華麗に着地した。


 ティアが着地すると同時に、再びグランは天高く跳躍する。


 今度はすぐに急降下してティアに飛びかかってきた。


 難なく防ぎながらも重い攻撃の衝撃で僅かに体勢を崩してしまうティア。


 グランは防がれると同時に宙に浮いたまま身体を反転させ、空を蹴って再びティアに武輝を思いきり振って鋭い刺突を放った。


 体勢を崩しているせいでグランの攻撃を防ぐことも避けることもできなかったティアは、彼の攻撃が直撃してしまって後方へ向けて思いきり吹き飛んだ。


 受け身を取ってすぐに着地するティアだが、休む間もなく滑空する鷹のような動きでグランが飛びかかってくる。


 一度手首で武輝を回転させて勢いをつけて、グランは思いきり武輝を振り上げる。


 咄嗟にティアは武輝で防いだ瞬間、一気呵成の気合とともにグランは力任せに武輝を振って、強引にティアの身体を天高く打ち上げた。


 自分のテリトリーである上空にティアを誘い込むと同時に、武輝を突き出しながら宙にいるティアに向かってグランは飛びあがった。


 武輝を突き出しながら突撃してくるグランだが、ティアは身体を捻って彼の攻撃を回避。


 回避されると同時にグランは空を蹴って方向転換して、間髪入れずにティアに飛びかかった。


 今度も回避するティアだが、間髪入れずの攻撃に今度は攻撃が掠ってしまった。


 再び、空を蹴って方向転換してティアに攻撃を仕掛ける、また回避されて同じことを何度も、何度もグランは繰り返した。


 回避されるたびに、同じことを繰り返すグランの攻撃の鋭さと速度が増す。


 グランのテリトリーである空中に招かれてしまったティアは、彼の手厚い歓迎を受け続けた。


 空中という足場も逃げ場もない状況で、グランの攻撃に驚異的な身体能力でティアは回避を続けて直撃だけは免れていたが、彼の攻撃は掠り続けてティアは確実にダメージを負っていた。


 勢いよくグランは武輝を突き出すと、相変わらずティアに回避されて掠めただけだったが――掠めながらもグランには確かな手応えを感じた


 グランの攻撃が深く掠ってしまい、宙にいるティアの体勢が一瞬崩れそうになるが、堪える。


 涼しげな表情で痛みを堪えるティアだが、痛みに堪えたせいで僅かに体勢を崩してしまった彼女の姿が目に入ったグランは、確かな勝機を見出した。


 その隙を見逃さずに、グランはトドメを刺すつもりで武輝を突き出す――が、それよりも早くティアはグランの太い首を掴み、地上に向けて思いきり投げ捨てた。


 上空から投げ落とされて全身を強く打ちつけ、全身に薄い膜のようにバリアを張っていても凄まじい衝撃が全身に襲いかかり、苦悶の表情を浮かべるグラン。


「演技だったということか……小賢しい奴め」


 ダメージを負った振りをしてあえて隙を見せたティアを忌々しく思いながら、ヨロヨロと立ち上がろうとするグランの目に、全身に輝石の光を纏わせ、上空から武輝である大剣を振り上げて急降下してくるティアの姿が映った。


 急降下した勢いをつけて振り上げた武輝を思いきり振り下ろすティアの攻撃を、咄嗟に大きく横に飛んだグランは回避したが、ティアは逃がさない。


 着地と同時にティアは地面を力強く蹴って自身の攻撃を避けたグランを追う。


 武輝を大きく振り上げ、そのままティアは躊躇いなくグランに向けて振り下ろす。


 投げ捨てられた痛みが身体に残る中、痛みを堪えて冷静になったグランは落ち着き払ったステップを踏んで容易に回避。


 回避された瞬間、ティアは身体を回転させると同時に自身の足を鞭のようにしならせてグランの足を思いきり払った。


 足を払われて後ろのめりに体勢を崩すグランに、身体を回転させて足払いをした勢いを利用して武輝をティアは大きく薙ぎ払った。


 体勢を崩しながらも咄嗟にグランは後方に向かって身を翻して回避――しようとした瞬間、武輝を持っていない手でグランの足を掴んだティアは、片手の力だけで彼を軽々と思いきり地面に叩きつけた。


 勢いよくグランが地面に叩きつけられた衝撃で固いアスファルトの地面が砕け、苦悶の表情を浮かべるグランだが、呻き声一つ漏らさずにすぐに立ち上がった。


 立ち上がろうとするグランに向けて、間髪入れずにティアは両手で持った光を纏う武輝を振り上げた。


 トドメを刺すつもりのティアの一撃に、咄嗟に反応して武輝で受け止めるグランだが、攻撃の衝撃に耐え切れずに上空へと吹き飛ぶ。


「焦ったな、ティア! 一気に決めさせてもらう!」


 自分のテリトリーへと逃げ込んだグランは、これまでの短い戦いの間でティアにはいっさいの小細工が通用しないことを悟り、一気に決着をつけるつもりで全身に輝石の光を纏わせた。


 自身の武輝であるランスを地上にいるティアへと突き出し、武輝を軸としてきりもみ回転しながら一気に急降下する。


 地上に降り注ぐ流星のように、光の尾を引いてティアに突撃するグラン。


「焦ったのではない。誘い込んだだけだ――そして、後は叩き落とすだけだ」


 そう呟くと同時に、ティアの武輝である大剣の刀身に光が纏った。


 光を纏わせた武輝を天に掲げると、刀身に纏った光が天に向かって徐々に伸び、光が刀身の形になり、ティアの武輝のリーチが伸びた。


 天を貫くほど伸びた刀身の武輝を掲げているティアは、上空から自身に向けて渾身の一撃を放とうとするグランに向けて勢いよく振り下ろした。


 甲高い金属音のようでありながらも、爆音のような凄まじい激突音が周囲に轟き、烈風のような衝撃波が周囲に走った。


 一瞬の抵抗があったが、ティアの力に負けたグランは地面に叩きつけられた。


 叩きつけられて傷だらけのグランの手から武輝が転げ落ち、数瞬の後に光とともに武輝が輝石に戻った。


「……俺の負けか」


 最後のティアの一撃が直撃して、身体が動かないグランは自嘲を浮かべて敗北を認めたが、その顔は妙に晴々としていた。


「いいや、私の負けだ」


 淡々とそう告げて、ティアは武輝を輝石に戻した。


「恥知らずにも土壇場で私は考えを変えた。最後まで自分を貫いたお前に負けたんだ」


「買いかぶり過ぎだ」


 敗北を認めて自分を褒めるティアに、自嘲を浮かべたグランは首を横に振った。


「結局、俺は自分の心に従えずに聖輝士という立場に縛られ、教皇庁の命令に縛られていただけだ」


「お前は責任をすべて背負い過ぎなんだと言ったはずだ……だが、縛られていてもお前は自分を貫いた、それだけは確かだ」


「お前にそう言われると、だいぶ気分が良いな」


 固い表情で自重を浮かべていたグランだったが、ティアの言葉でだいぶ救われたような気がして柔らかい笑みを浮かべた。


「まったく……今回の件は間違いなく大事になる。お前の両親に何て説明すればいいんだ」


「問題ない。元々利益優先主義の枢機卿に嫌気が差して教皇庁から距離を置いたんだ。それに、お前を鍛え上げた私の両親を舐めるな」


「……そうだったな」


 今回の件で恩があるティアの両親を巻き込んでしまうことに不安を感じていたグランだが、ティアの言葉で当たり前のことを思い出してグランは脱力したように笑った。


「後は自分の心に従い、立場何て忘れてお前の好きにしろ……それが今の――何も縛られていない俺の気持ちだ」


「……そうさせてもらおう」


 自分の本心を話すグランに、一瞬柔らかい笑みを浮かべたティアは迷いなく頷いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る