第35話
周囲にはセラとノエルの武輝がぶつかり合う激しい剣戟音が絶え間なく響き渡っていた。
ノエルは武輝である剣を自分に向けて振うセラを、左右の手に持った武輝である剣で落ち着いて対処しながら、感情を宿していない機械的で分析的な目を彼女に向けていた。
――セラ・ヴァイスハルト。
アカデミーの授業の一環で行われる訓練中、一度だけ交戦、そして勝利。
今回二度目の交戦――だが、今回も問題ない。
おおよその行動パターンは把握している。
勝率は六割から七割。
――問題ない。
流麗な動きだが、いっさいの無駄のない機械的な動きで、ノエルは武輝である左右の手に持った剣で激しいながらも淡々と、静々とセラを攻めていた。
一方の手に持った武輝をノエルは振うと、セラは容易に回避して即座に反撃を仕掛けようとするが、もう一方の手に持った武輝がそれを阻んだ。
それを何度も休むことなく繰り返され、セラは戦闘開始からずっと防戦一方になってしまっていた。
それでも、僅かな隙をついてノエルに攻撃を仕掛けようとするセラだが、冷静に攻撃を回避する彼女にいっさい掠ることなく届かない。
ノエルの淡々としながらも激しい連撃を見切りながら、セラは回避と防御をして、僅かな隙をついていた。
傍目から見れば二人は実力伯仲であったが――ノエルにはセラの動きを分析する冷静さと余裕があった。
行動パターンは以前とさほど変わらず――
しかし、前回と比べて多少の成長は見られるが、それはこちらも同様。
加えて、彼女の動きが普段以上に感情的になっている。
おそらく、先程までリクト・フォルトゥスたちと険悪になっていたことが原因だと思われる。
戦闘に置いて、もっとも重要なことは――心身ともに何ら問題のないこと。
彼女の最大の欠点は、『感情的』になること。
今の彼女は『感情的』であり、勝率は一気に七割から八割の間に。
――何も、問題ない。
冷静にセラを分析した結果、自身の勝率が高いことを悟ったノエルは、身体を思いきり捻りながら二本の武輝を同時に振うと見せかけて、回し蹴りを放つ。
ノエルの行動が突然変わったことに対応できなかったセラは、彼女の回し蹴りが直撃して体勢を崩して隙を生んでしまう。
その隙を決して見逃さず、ノエルは武輝である二本の剣をテンポよく振り下ろし、薙ぎ払う。
強烈なノエルの連撃が直撃したセラは、勢いよく後方に向かって吹き飛びながらも、ノエルに向けて武輝から光弾を放ちながら体勢を立て直して着地する。
セラが撃ち出して自身に迫る光弾の軌道を読んで、ノエルはいっさいの無駄のない最小限の動きで回避した。
着地して即座にセラはノエルに向かって疾走し、間合いに入ると同時に再び攻撃を開始する。
力強い一歩を踏み込んで間合いに入ると同時に、渾身の力を込めて鋭い突きを放つセラの一撃がノエルの頬を掠めた。
はじめてセラの攻撃が自分を掠めても、ノエルは無表情のままだった。
相変わらずの感情的な攻撃で、至極読みやすい。
しかし、先程と比べて明らかに攻撃が鋭くなり、身のこなしも上がっている。
――勝率、七割から六割に減少。
依然、何ら問題ない。
自分に対しての攻撃がさらに感情的になると同時に、鋭くなったと分析するノエル。
武輝である剣を逆手に持ち替えたセラは、体術を織り交ぜた連撃をノエルに仕掛ける。
勢いよく、そして、軽やかに身体を捻りながら武輝を薙ぎ払い、回し蹴りを放つセラ。
ノエルは淡々としながらも軽やかにステップを踏んで回避しながら、左右の手に持った武輝を振って反撃をする。
一方の手に持った武輝を薙ぎ払い、即座にもう一方の手に持った武輝を振り上げるノエルだが、セラは先程以上の、ノエルの想定を超える反応速度で回避。
矢継ぎ早にノエルはセラに反撃させないために、次々と攻撃を仕掛けようとするが――徐々にセラのスピードが上がり、今度はノエルが防戦一方になる番だった。
武輝を薙ぎ払い、振り下ろし、突き出し、時には拳を突き出し、足をしならせて蹴るセラの体術と剣術を織り交ぜた連撃はすべてノエルに受け止められ、避けられてしまっていたが、それでもすべての攻撃が彼女を掠めていた。
徐々に自分の動きを捕えているセラを、ノエルは感情の宿していない目でジッと見つめていた。
戦闘能力が徐々に、確実に上昇。
相手は想定以上に成長していた模様。
勝率、五割から四割の間に減少――
警告。
徐々にだが、確実に自分が押されはじめている状況をノエルは冷静に分析する。
自分の想定以上の成長性と動きを見せるセラに、冷静に分析する声が遠ざかったようにノエルは聞こえた。
遠ざかる心の声に気を取られていたノエルの隙をついて、武輝を振り上げながら軽く、素早く跳躍したセラは、落下する勢いを加えてノエルに向けて光を纏った武輝を振り下ろした。
一本の剣でセラの攻撃を受け止めると同時に、もう一本の剣を薙ぎ払ってセラを攻撃するノエル。
だが、ノエルの攻撃をセラは身体を捻って回避すると同時に、回し蹴りを放つ。
セラの回し蹴りがついにノエルの中段に直撃するが、ノエルは怯むことなく勢いよく一本の武輝を突き出してカウンターをする。
ノエルの反撃を受けて吹き飛ぶセラだが、空中で体勢を立て直して華麗に着地する。
はじめてまともに攻撃を与えたことでセラの表情がノエルの目には僅かに自慢げに見えた。気のせいかもしれないが。
輝石の力を薄い膜のように張っている輝石使いに体術は脅威にはならず、牽制程度にしか役に立たない。
よって、武輝による攻撃を数回受けた相手の方がダメージは蓄積されている。
戦闘に何ら支障はない。
しかし――勝率は変わらず。
警告。
再び状況と相手を冷静に分析する声が遠のいたように聞こえるノエル。
想定以上のセラの動きを見ていたら、身体の内側が熱を持ったような気がした。
それと同時に身体に無駄な力が入り、武輝を持つ指先が僅かに震え、落ち着いたリズムを刻んでいた呼吸が僅かに荒くなり、今まで気にしていなかったのに喉がからからに乾いていることに気づき、心拍数が僅かに上がる。
今までに経験したことのない自分の身体の異変に戸惑いつつも、冷静に分析するノエル。
――異常発生。
何らかの作用により――精神的な問題が発生している?
おそらく、相手が想定以上の力を発揮したことが理由と思われる。
おそらく――私は――私は――?
精神的な問題が発生したと思われる自分を修復するため、冷静に自分のことを考えるノエルだが、自分のことを考えても何も浮かばなかった。
精神的な問題が発生しているのは事実だが、その精神的な問題の理由や、原因と解決方法をノエルは見つけることができなかった。
……今は余計なことを考えず、任務に集中することを最優先とさせる。
任務――リクト・フォルトゥスを止め、セラ・ヴァイスハルトを制圧する。
――以上。
無駄なことは考えず、任務に集中することに決めたノエル。
すると、身体から湧いて出てきた熱が治まり、身体の異変も治まった。
光を纏った武輝を逆手に持ってこちらに向かって疾走するセラの対応に集中するノエル。
大きく身体を回転させると同時に武輝を薙ぎ払い、その勢いのまま回し蹴りを放つセラ。
再び攻撃の速度も鋭さも増したセラの攻撃だが、任務を遂行することに集中しているノエルは容易に回避して、今度は掠ることもしなかった。
回避されると同時にセラは拳を突き出すが、ノエルは無駄のない最小限の動きで回避。即座にセラは武輝を振り下ろしてくるが、それも容易に回避。
目にも止まらぬ速さの連撃を仕掛けるセラだが、ことごとくノエルに避けられてしまっていた。
再び攻撃が掠りもしなくなるノエルに、苦い表情を一瞬だけ浮かべるセラだが、それでも攻撃を続けた。さらに、セラの攻撃の鋭さや速度が上がる。
戦闘能力を向上させるセラだが、そんな彼女の僅かな隙をついてノエルは反撃を仕掛けた。
大振りだが素早いセラの一撃に見えた僅かな隙を的確について、無駄のない動きで彼女の脇腹めがけてノエルは武輝を振う。
直撃して怯んだところを、もう一方の手に持った武輝の柄で鳩尾を殴り、さらに脳天めがけて武輝を振り下ろした。
的確に隙と急所を突いてきたノエルの連撃に、真っ直ぐと膝から崩れ落ちて項垂れるセラ。
勝利確定。
しかし、まだ相手の戦意は失っていない。
よって、追い討ちをかけることを推奨。
膝立ちになって項垂れているセラだが、彼女の手にはまだ武輝が握られており、分析的なノエルの目には彼女の全身から戦意が溢れているように見えた。
最後のトドメを刺すため、無表情のノエルは二つある武輝の内、一つの武輝に光を纏わせた。
光を纏わせた武輝を膝立ちのセラに向けて振り下ろした――
その瞬間、項垂れていたセラは顔を上げて、戦意を漲らせた力強い光を宿す目でノエルを睨み、武輝を持っていないが光を纏わせた手でノエルの一撃を受け止めた。
武輝を持っていないのにもかかわらず、光を纏わせた手でセラがノエルの一撃を受け止めた瞬間、周囲にまるで武輝同士がぶつかり合ったかのように鋭く、甲高い金属音が鳴り響いた。
――非常事態発生。
いくら輝石の力で強化されたとはいえ、武輝を持たない手で自身の攻撃を受け止めたセラに、意表を突かれたノエル。
余計なことを考えないと決めたノエルの頭の中で、危機を告げる声が何度も響いた。
一瞬遅れて頭の声に反応したノエルは、もう一方の手に持った武輝をセラに振り下ろすが――それよりも早く、セラは光を纏わせた自身の武輝をノエルの鳩尾めがけて渾身の力を込めて突き出した。
強烈な一撃に勢いよく吹き飛んだノエルは、受け身も取らずに地面に叩きつけられた。
――損傷、重大。
戦闘に多大な影響あり。
これ以上の戦闘は続行不可能。
――戦闘続行を所望する。
これ以上の戦闘は続行不可能。
――任務を最優先に。
これ以上は任務に多大な支障を及ぼす危険性があり。
うるさい!
エラー、エラー、エラー、エラー。
戦闘続行は不可能と判断する。
起死回生のセラの強烈な一撃を受けて、大きなダメージを負った無表情のノエルは仰向けに倒れたまま動けなかった。
動こうとしても動けず、戦闘続行は不可能だと告げる頭の中の声を無理矢理黙らせて、大きなダメージが残る身体で無理をして起き上がろうとするが、動けない自分に無表情ながらもノエルは苛立っていた。
しかし、すぐに頭の中の声に従い、生まれた苛立ちは消え去り、諦めた。
「……優輝や大和君のように上手くできませんね」
倒れたままのノエルを一瞥すると、軽く息を乱しているセラはノエルの攻撃を受け止めた、武輝を持っていない手を見つめながら疲労感を滲ませた声でそう呟いて、深々と嘆息した。
「すぐにリクト君の元へと駆けつけたいけど、まだ無理か……」
ノエルとの戦闘中に受けたダメージが今頃のなって効いているのか、悔しそうな表情を浮かべたセラの手に持っていた武輝が一瞬の光とともに輝石に戻ると同時に、膝をついてしまった。
……私が負けた?
あの、セラ・ヴァイスハルトに……
一度は勝利したのに。
セラ・ヴァイスハルトには勝たなくてはならないのに、私が負けた?
――理解不能、ありえない。
こんなの認めない!
でも……私は負けた。
仰向けに倒れながら、ノエルは自分がセラに敗北したという事実を感じていた。
任務を果たすことが何よりも優先事項であり、セラとの勝敗の結果はどうでもよかったのに、セラに敗北してしまったことでノエルの胸の中で正体不明の何かがざわついていた。
今まで感じたことのない胸のざわつきに、無表情ながらも戸惑うノエル。
セラに敗北したという事実に、頭が靄がかかったようにボンヤリとして、胸が苦しくなり、身体に余計な力が入ってしまっていた。
――異常発生、精神的な問題あり。
……私は負けてしまった。
警告、こちらに近づいてくる気配あり。
……私は期待を裏切ってしまった。
警告、精神的な問題発生。
私は――
こちらに近づいてくる二つの足音がノエルの耳に届いた。
しかし、困惑の極みにいる今のノエルにはその足音に反応することができなかった。
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