第31話
セイウスがいる屋敷へとリクトは必死に走っていた。
さっきまでプリムを助けることで頭がいっぱいになっていたリクトだったが、今は土壇場で自分の味方をしてくれたティアのことを考えていた。
考え方が違っていたのにもかかわらず、どうしてティアが味方をしてくれた理由はわからなかったが、あの時のティアはどことなく雰囲気が違うことをリクトは察していた。
無表情で相変わらずクールな雰囲気を漂わせていたが、どことなく晴々としているような、吹っ切れたような、開き直ったような感じがしていた。
ティアさんがどうして僕の味方になってくれたのはわからない。
でも、何となくだけどわかる。
きっと、ティアさんは幸太郎さんと対峙している中で、何かが変わったんだ。
――いや、何かに気づいたんだ。
それなら、幸太郎さんだけじゃなくて、ティアさんのためにプリムさんを助けなくちゃ!
今は余計なことを考えず、ボロボロになっても戦ってくれた幸太郎や、考えが違っておきながらも自分のために道を開けたティアのために、リクトはプリムを助けるために先へと急いだ。
無我夢中にプリムの元へと走るリクトだったが――前方から肌を刺すような殺気にも似た冷たい威圧感を感じて、思わず立ち止まってしまった。
「やはり、銀城さんたちは失敗したようですね」
機械的な声とともにリクトの道を阻むかのように現れるのは、冷え切った空気を身に纏う白葉ノエルだった。
制輝軍を率いているだけではなく、アカデミートップクラスの実力を持つセラを一度下したことのある実力者が目の前に現れ、リクトは思わず尻込みしてしまう。
しかし、プリムのため、ボロボロになるまで戦ってくれた幸太郎や、最後の最後で自分の味方をしてくれたティアの想いのために退くことはできなかった。
「あなたと交戦するのは不本意ではありますが、これも任務ですのでご理解ください」
事務的で平坦な口調でそう告げると、ノエルはリクトや他の輝石使いたちのようにアクセサリー等に加工されていない、石ころのような輝石を武輝である双剣に変化させた。
左右の手に武輝を持つノエルから放たれる圧倒的な威圧感がリクトを襲い、気圧されてしまうが、リクトはいっさい退かずに力強い目で彼女を見据えた。
リクトも輝石を武輝に変化させて、ノエルに立ち向かおうとするリクトだが――そんなリクトの背後から、神妙な面持ちのセラが音もなく現れた。
「……セラさん、どうして……」
リクトの言葉に応えず、無言でセラはリクトの前に立ち輝石を武輝である剣に変化させてノエルと対峙する。
セラから自分に対しての敵意を感じ取ったノエルは、僅かな警戒心が込められた無機質な目でセラを睨むように見つめた。
「今回は利害が一致して我々の味方だと思っていましたが、勘違いだったようですね」
「ええ、お互いに勘違いしていたようです」
淡々としたノエルの嫌味に、自虐気味な笑みを浮かべるセラ。
「枢機卿に手を出せばどうなるか、セラさんとティアさんは十分に理解していたからこそ、七瀬さんたちと敵対したのではなかったのですか?」
「ええ、もちろんよくわかっています――ただ、私は勘違いしていました。私たちが心配するほど、幸太郎君は弱くはない。ティア、そして私はついさっきまでそのことに気づくことができなかった」
晴れ晴れとした表情でセラは迷いなくそう答えると、再び自虐気味に笑った。
「輝石使いでありながらも輝石を扱えない庇護されるべき存在の七瀬さんが『弱くない』とは理解できませんね。枢機卿に手を出せば、あなたが守ろうとしている七瀬さんに危機が迫るのは必至でしょう」
「そうなったとしても私たちが幸太郎君を守るし、幸太郎君だって自分の身を守るための力も持っています。……何も心配することはありません」
自分に言い聞かせるようにそう言ったセラの表情は、先程のティアと同様、妙に晴々としていて、吹っ切れていて、開き直ったような顔をしていた。
いっさいの迷いを抱いていないスッキリとした表情を浮かべているセラを、理解できないといった様子のノエルは冷めた目で見つめていた。
「深い傷を負ってまでも自分を守ってくれた幸太郎君を知っているリクト君、どんな無茶な状況でも切り抜けてきた幸太郎君を信じている麗華――二人は私たちと違って、幸太郎君の強さを十分に理解して、信じていたのに、幸太郎君を守るという使命に縛られた私たちはそれができなかった」
今までの幸太郎の姿を思い浮かべながら、セラは懺悔のような言葉を並べた。
「だけど――ティアと本気で、ボロボロになっても諦めずにぶつかった幸太郎君を見てようやく気づきました。幸太郎君は『強い』……私が抱いていた不安は、無用の心配だった」
……それが、ティアさんとセラさんが見つけた答えなんだ。
幸太郎さんを守ると決めた時、きっとセラさんたちには不安が生まれたんだ。
幸太郎さんを守れなかった時のことを考えて、不安で仕方がなかったんだ。
――でも、その不安はボロボロになってもティアさんに立ち向かおうとした幸太郎さんを見て、きっと晴れたんだ。
幸太郎さんが『強い』と改めて感じて、不安が腫れたんだ。
心身ともに幸太郎が強いとようやく気づいたからこそ、セラやティアが土壇場で自分の味方になったのをリクトは心から理解した。
セラの出した答えに感心しているリクトとは対照的に、ノエルは変わらず冷たい態度を取っていた。
「七瀬さんを信じた末に、今までの自分たちの決意を無駄にして、恥知らずにも土壇場で考えを変えた――個人的感情に支配され判断を誤るとは、愚かですね。実に、愚かです」
感情を宿していない口調でノエルは吐き捨てるように、セラが出した答えを否定した。
「確かに、最後の最後で考えを変える私たちは傍目から見れば情けないですし、恥ずべきことです……でも、どんなに情けなくても、恥でも、私は自分の出した答えのままに動きたい」
「開き直りも甚だしいですね。何を言っても言い訳にしか聞こえません」
容赦のないノエルの一言がセラの胸を深く抉りながらも、揺るがない。
「何を言われてもぐうの音が出ませんが――自分の出した答えを曲げるつもりはありません」
仲間とぶつかり合う覚悟を決めていたのにもかかわらず、土壇場になって180度自分の考えを転換させて、情けないと思うことも、恥ずかしいと思うこともなく、開き直って自分の出した答えのままに動くセラを、心底軽蔑したようにノエルは睨んだ。
自分を蔑視するノエルを、セラは真っ直ぐとした目で見つめ返した。
昂るセラとノエルの間に、お互いの闘志がぶつかり合って緊迫した空気になる。
「リクト君――先程まで敵対していた私が言うのはおこがましいと思うでしょうが、ここは私に任せてください……プリムちゃんをお願いします」
悩んだ末に、幸太郎とティアが本気でぶつかり合ったのを見た末にようやく出したセラの答えに、リクトは力強く頷いて従い、この場をセラに任せて先へ急いだ。
セラたちと自分たちの想いが一つになっていることを感じて、リクトは何物にも立ち向かう勇気をもらうと同時に、必ずプリムを助けるという決意を抱いた。
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