第33話
――素晴らしい! 素晴らしい力だ!
まさか、ここまでの力に成長するとは!
まさに神の力! 素晴らしい!
吸い上げた煌石の力を存分に振るうアルトマン。
ティアストーン、無窮の勾玉から吸い上げて強化された賢者の石の力は、大気を、地面を揺らし、雨や雷を呼んで天候さえも操っていた。
すべてを操る全能感に酔いしれ、アルトマンは高らかに笑っていた。
天変地異さえも瞬時に操ることができるとは……
恐ろしくもあり、素晴らしい力だ!
だが、まだだ……私が見たい賢者の石の力はこれだけではない……
そうだろう?
しかし、快楽のように全身に伝う全能感をよそに、アルトマンの頭は至って冷静だった。
まだ見ぬ賢者の石の力をこの目で確認するため、アルトマンは実験をするように賢者の石の力を自在に操っていた。
そんなアルトマンに向けて大勢の輝石使いが飛びかかる。
だが、何もしなくともアルトマンを守る賢者の石の力が、彼らを追い払う。
飛びかかる大勢の輝石使いの元に突風が吹き荒れて、彼らの身体を大きく吹き飛ばして体勢を崩した。
そして、そんな彼らに間髪入れずに目が眩むほどの稲光とともに雷が落ちた。
遠距離から攻撃を仕掛けようとする輝石使いたちだが、そんな彼らの周囲だけに滝のような大雨を降らして視界を遮り、今度は雷ではなく拳大の雹が降り注いだ。
「な、何ですの、一体! 一体何が起きていますの!」
「落ち着いて、麗華! みなさん! 一度下がってください!」
突然の向上したアルトマンの力と、天変地異にパニックになる麗華や周囲にセラは警戒を促すが、彼女の警告を突風が打ち消す。
セラの警告が聞こえずに、パニックになりながらも構わず大勢の輝石使いたちが飛びかかるが、今度は何発もの落雷が地上に向かって降り注ぎ、彼らを薙ぎ倒した。
雨のように降り注ぐ大量の雷や拳大の雹は木々や大地を裂き、アルトマンを囲む大勢の輝石使いたちに襲いかかって彼らを一撃で戦闘不能にさせていた。
「ノエル! クロノ! とにかく今は七瀬を守って!」
降り注ぐ雷に逃げ回る幸太郎の姿を確認したアリスは、彼の近くにいたノエルとクロノに注意を促した瞬間、余計なことをするなと言わんばかりに彼女の元へ雷が落ちてくる。
咄嗟にアリスは大きく横に飛んで雷を回避しながら手にした武輝である大型の銃の引き金を引き、アルトマンに攻撃を仕掛ける。
アリスの放った光弾はアルトマンに吸収されるように彼の身体――主に胸の装置の中に取り込まれてしまうと、その瞬間再びアルトマンの力が増大する。
輝石の力を吸収して力にするとは――
なるほど、こういうこともできるというわけか……
だが、まだまだ、これだけじゃないはずだ。
賢者の石の力は、まだまだこんなものではない!
「下手に攻撃をするな! 奴の養分にされてしまうぞ!」
「じゃあどうしろってんだよ! クソ! このままじゃやばいぞ!」
輝石の力さえも取り込んで力にするアルトマンを見て、迂闊に攻撃するなと注意を促すヘルメスに、降り注ぐ雷を避けながら喚き散らすファントム。
あっという間にセラたち以外の味方たちは雷や雹の直撃を受けて戦闘不能に陥り、追い詰められてしまっていた。
天変地異さえも引き起こし、攻撃さえも吸収して力にするアルトマンに、不用意に近づくことも攻撃することもできず、セラたちはただただ逃げ回ることしかできない。
「七瀬さん、ここに」
「こい、七瀬」
「ダイブ!」
情けなく逃げ回っている幸太郎に声をかけるノエルとクロノ。
雷音が轟く中、何とか二人の声が耳に届いた幸太郎は落ちてくる雷に逃げながら、二人に向かってダイブし、クロノは幸太郎を優しく受け止めた。
「クロノ君、いいにおいがする」
「言っている場合か。雷が来るぞ」
呑気に自身の胸に擦り寄って甘えてくる幸太郎に喝を入れるクロノだが、もう雷は目前にまで迫っていた。
咄嗟にノエルが落ちてくる雷から二人を庇うが――雷を手にした武輝である双剣で両断しようと瞬間、三人を守るようにして周囲に現れた障壁が雷を弾いた。
ノエルたち三人だけではなく、セラたちも降り注ぐ雷から突然張られた障壁で守られた。
「私とリクト様が障壁を張りますから安心してください」
「とにかく、アルトマンさんから離れることを優先してください!」
ティアストーンに向かっていた者たちが戻ってきたか……思いのほか早かったな。
やはり、さすがは次期教皇最有力候補、煌石の異変を敏感に感じたようだ。
ということは、無窮の勾玉に向かった者たちも現れるということ――
さあ、さあ、早く来たまえ……
セラたちを守る障壁を張ったのは、ティアストーンの元へ向かっていたはずのリクトと沙菜であり、二人に続いて優輝、宗仁、ジェリコ、プリムも現れた。
セラたちにとっての強力な援軍であるリクトたちが現れたのを見て、アルトマンは余裕な笑みを浮かべ、大和たちの到着を待った。
リクトたちが来たということは、大和たちも煌石の異変を察した確信したからだ。
アカデミーを、幸太郎を守る強力な味方が全員揃ってからこそ、賢者の石の力を本気で扱えることができると思ったアルトマンは期待していた。
アルトマンはそれまでの肩慣らしのために、賢者の石の力を更に振るう。
「グヌヌ……三度退くことになるとは……」
「言ってる場合じゃないよ。一度体勢を立て直さないと、このままじゃ全滅だよ!」
「せっかく用意した決着の場を離れるのは、面白くないだろう? ――さあ、賢者の石の力を見せてくれ。せっかく君たちが集まってくれたのだから、もっとよく見せてくれ。君たちならもっと力を引き出せるはずだ」
再びアルトマンの前から退いてしまうことに心底悔しがっている麗華を諫めて無理矢理離れようとするセラ。
沙菜とリクトが張ってくれる障壁を頼りにして、リクトの忠告通りにセラたちは一旦この場から離れることを優先させるが、アルトマンは許さない。
突然大地が激しく揺れると同時に、アルトマンの周囲を囲むようにして地面が大きく隆起してセラたちの逃げ道を塞いだ。
「沙菜さん! 父さん! 破壊します!」
周囲に光の刃を生み出した優輝の言葉を合図に、沙菜は武輝から光弾を、宗仁は無数の光の槍を回転させながら発射し、隆起した地面を穿って粉々に破壊して逃げ道を作る。
「――マズい、来るぞ!」
粉々に破壊した地面の破片に何かの力の気配を感じた宗仁がこの場にいる全員に忠告すると同時に、意志を持つかのような動きでセラたちに襲いかかり、彼女たちの行く手を阻んだ。
雷に続いて飛礫が降り注ぎ、セラたちはリクトが張った障壁に守られながらも、何発もの雷と飛礫を受けた障壁にヒビが入っていた。
その都度リクトと沙菜が障壁を張り直しているが、それでも天変地異を味方にして苛烈な攻撃を仕掛けるアルトマンの攻撃には焼け石に水であり、セラたちはできるだけ動き回って降り注ぐ雷と飛礫を回避し続けていた。
絶え間なく繰り出される攻撃を、幸太郎を抱えながら回避し続けているが、それでも何度も避けきれない攻撃を受けてクロノの周囲に張られた障壁がボロボロになって今にも砕けそうだった。
「障壁が壊れそうだ――ノエル、一旦幸太郎を頼む」
「任せてください」
「く、クロノ君! ちょ、ちょっと! ――ノエルさん、柔らかい」
「ノエルさん、柔らかい」
「……七瀬さん、あまり身体を押しつけないでください。集中できません」
細いクロノの片手で軽々と投げ飛ばされ、素っ頓狂な声を上げながらもノエルに受け止められ、彼女の柔らかい感触を呑気にも堪能していた。
「このまま一方的では面白味がない――さあ、幸太郎君。君が持つ賢者の石の輝きも見せたまえ。そうでなければ、君のお友達が大変なことになるぞ?」
そう言ってアルトマンは嫌味な笑みを浮かべると、意志を持つかのように降り注いで動き回っていた飛礫が徐々に一つになりはじめる。
一つになった飛礫は徐々に形を成していき、やがて大きな口を開けた龍になった。
細かい飛礫が口を開けた龍の石像になる瞬間を目の当たりにした幸太郎は呑気に大口を開けて「おー」と感心していたが、龍の口はノエルと幸太郎に向けて迫っていた、
幸太郎を抱えて逃げようとするノエルだが、降り注ぐ雷が邪魔をして逃げられない――
「それじゃあ、おねーさんに任せなさい!」
「美咲さんに続きますわ! 行きますわよ、セラ、クロノさん!」
だが、そんなノエルの前に嬉々とした表情を浮かべた美咲が現れ、大きく振り上げた武輝である大斧を勢いよく振り下ろすと、石造りの龍を両断した。
間髪入れずにセラ、クロノ、麗華が飛びかかり、石造りの龍を細切れにした。
そして、最後にリクトが溢れ出んばかりの輝石の力で生み出した光の巨人から放たれる剛腕の一振りで粉々に砕いた。
「鳳さん、取り敢えず七瀬さんをお願いします」
「な、なぜこの私が!」
「先程からちょろちょろ動き回っているのでちょうどいいかと」
「ぬぁんですってぇ!」
「とにかく、お願いします」
「だから、ちょっとノエルさん、も、もう少し優しく――麗華さん、ノエルさんよりも柔らかい……さすが……」
「しゃ、シャラップ! 変なところを触ったら承知しませんわよ!」
先程から優雅さを忘れて逃げまどっている麗華に幸太郎を投げ渡すノエル。
心底不承不承といった様子でありながらも、しっかりと麗華は幸太郎を受け止めていた。
「ヌヌヌ……あまり調子に乗るなよ、アルトマン!」
「プリム様、下手に手を出すべきでは――」
「いいや! ジェリコよ! ここは私に任せてもらおう! リクトよ、お前は周りを守ることに集中するのだ! ここは私が食い止めよう!」
ジェリコの制止を振り切り、やられっぱなしで我慢ができなくなったプリムは前に出て、アルトマンの胸の装置に埋め込まれたティアストーンの欠片の力を抑えるために動く。
プリムの全身がティアストーンと同じ青白い光に包まれると同時に、アルトマンの身体も淡く青白い光に包まれはじめるが、まったく気にしている様子はなく、天変地異の勢いも衰えることはなかった。
「人一人の力でどうなるものではありませんよ? プリムお嬢様?」
「それなら、二人の力ならどうなるかな?」
「ヤマトか! 良いところに来てくれた! 心強いぞ!」
プリム一人の力では無意味だと嘲笑うアルトマンの前に、無窮の勾玉から放たれる光と同じ緑白色の光に身を包んだ、無窮の勾玉の元へと向かっていたはずの大和が現れた。
登場すると同時に賢者の石に抵抗してくる大和に、アルトマンは歓迎の笑みを浮かべて期待していた。
「それはどうもって言いたいところだけど――カッコよく登場したけど無駄かな?」
「無駄ではないぞ! 必ず奴には効果があるはずだ! 諦めずに続けるのだ」
「はいはい。それじゃあ、もうちょっと頑張ってみようかな?」
教皇ではないが、次期教皇最有力候補。
教皇と同等の力を持つ御子――
二人の強大な力を受けても賢者の石に、装置に何も影響はない……
装置の改良は上手く行っているようだ。
前と同じようにアルトマンの胸の装置に埋め込まれたアンプリファイアの力を制御して、賢者の石の力を弱めようとしたのだが、手応えがまったく感じられなかった。
しかし、それでもプリムは諦めずに強大な力に立ち向かい、そんな年下の姿を見た大和は億劫そうでありながらも、少しだけ気合を入れて彼女に協力した。
次期教皇最優良候補と御子の力を受けても、以前のように賢者の石の力を抑えられることなく、フルに扱えていることを感じてアルトマンは前回の反省を生かして改良した胸の装置が上手く動いていることに満足気に微笑んだ。
「待っていたよ、天宮加耶――君たちが揃ってくれるのをね」
「こっちとしてはこんな状況になってるって知ってれば、消耗している人いるし、僕も疲れているから一時退却するつもりでいたんだけどね――それと、今の僕は伊波大和だから」
「いくら名前を偽ったところで、御子である力は隠し通せない――プリム嬢と君の力が私の中で気持ちよく駆け回っているよ――ほら、この通り力も安定して出せるようになった」
大和とプリムの力が自身の中で駆け回り、ティアストーンの欠片とアンプリファイアの力を限界までに引き出して強化された賢者の石の力を阻害しようとするが、構わずにアルトマンは今までで一番大きな雷を大和たちに向けて落とした。
稲光に遅れて雷鳴が轟くが、雷は大和に遅れて現れたティアと巴の武輝によって両断され、打ち消された。
「あなたたちは相手の力を削ぐことに集中しなさい。ティア、サラサさん、大和たちを支援するわよ」
「了解した」
「わ、わかりました」
何度も雷が降り注ぐ中、緊張しているサラサとは対照的に、ティアと巴は至って冷静でいたのだが――そんな彼女たちとは対照的に、ボロボロの刈谷たちは雷から逃げるのに精一杯だった。
「あ、姐さん、俺たちは取り敢えず休憩してていいか? 俺たち、この状況じゃあかなり役に立たなそうだし」
「バカを言っている暇があったら自分の身と、全員の身を守ることに集中しろ! 我々も沙菜たちに続いて、彼らの身を守るんだ」
「わかってるけどよ、つーか嵯峨はどこいったんだよ! あの野郎、外に出たらどこかに行きやがって」
「嵯峨には嵯峨の仕事があるんだ。アカデミー上層部の護衛に回ったんだろう」
「貴原の奴はどこ行ったんだよ! まさか、アイツ土壇場で逃げたのか? ……いや、一応根性はある奴だ」
「根性はあるが、打算はもっとある」
「自分の売り込みに必死なんだな。あの野郎、終わったらオシオキしてやる!」
大勢の輝石使いたちを相手に満身創痍の刈谷、大道。不平不満を並べて逃げ腰の刈谷だが、大道の喝に渋々気合を入れてセラたちを守ることに集中した。
幸太郎の仲間たちが大集合の様子を見て、アルトマンは満足気に笑った。
「これで全員集合――待っていたよ! 賢者の石に導かれし者たちよ! ――さあ、幸太郎君! 君の力を見せてもらおう!」
さあ、今の私は君をも軽く凌駕する力を持っている。
この危機的状況、君なら――君の持つ賢者の石ならどう切り抜ける?
さあ、さあ、それを今すぐ見せてくれ!
その言葉とともにアルトマンを中心として周囲の空気がガラリと変わった。
天変地異が止み、降りしきっていた雨も急に止んだ。
同時にセラたちの視界が歪み、意識がぼんやりとしはじめる。
アルトマンは半年前にセラたちから、世界中の人間から幸太郎に関する記憶を消去・改竄した時と同じ力を解き放った。
アルトマンにとって幸太郎の最大の武器は賢者の石で集めた仲間たちの力であり、それを恐れたからこそ幸太郎を孤立無援の状況にさせるつもりなのだが、それ以上に自分が解き放った力に幸太郎がどう対抗するのかを見たかった。
アルトマンは勝ち誇ったように、それ以上に期待の眼差しで麗華に抱えられている幸太郎を見つめた。
相変わらず呑気な表情を浮かべて、呆然と立っているセラたちを見つめる幸太郎。
世界は再び変わった――アルトマンはそう確信した。
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