第32話

 同時に飛びかかり、一気に間合いを詰めると同時に武輝を持たずにただ悠然と立っているアルトマンに攻撃を仕掛けるセラと麗華。


 両手で持った武輝である剣を一気にセラは振り下ろし、麗華は武輝であるレイピアを勢いよく突き出した。


 しかし、目に見えない賢者の石の守護によって、二人の攻撃はアルトマンには届かず、二人の攻撃はむなしく空を切った。


 攻撃が無力化――どうやら、まだ大和君たちは煌石を起動させていないのか?

 だが、ある意味これはチャンスだ。

 私たちに集中させれば、賢者の石の異変を敏感に察知されずに済むかもしれない。


 賢者の石によって攻撃が無力化させられたのを確認するセラだが、自分たちの計画に気づいて対応される前でよかった思うことにした。


 麗華もセラと同じ考えで、二人は無力化されているのにも構わずに攻撃を続ける――煌石の元へと向かったリクトと大和が、賢者の石の守護を打ち消す絶好の機会を生み出してくれるのを待つために。


 味方たちを信頼して無意味な攻撃を続けるセラたちを嘲笑うようにアルトマンは眺めていた。


「面白いことやってんじゃねぇか! オレも混ぜろよ!」


 嬉々とした声とともに現れるファントムは、セラと麗華がアルトマンに接近して攻撃を仕掛け続けているというのにもかかわらず、力任せに武輝である大鎌を振るって赤黒い光を纏った巨大な衝撃波を放った。


「お、お待ちなさい! ファントム! まだ私たちが――」


 敵味方構わずに必殺の一撃をお見舞いしてくるファントムに怒りの声を上げる麗華を、セラは無理矢理引っ張って避難させる。


 ファントムが放った衝撃波は避ける素振りを見せない一直線にアルトマンに向かうが、衝撃波は彼に直撃する寸前に軌道を変えて空へと向かい、轟音を立てて霧散した。


「ファントム! あなたの目は節穴ですの? もう少し注意しなさい!」


「お前らがノロノロしてるのが悪いんだよ」


「ああ、なるほど。ノロノロしていた私たちが避けられるほどの一撃でしたから、アルトマンに無効化されましたのね」


「それなら、今すぐお前に身を以って思い知らせてやろうか? あぁ?」


「二人とも落ち着いてよ! 今は目の前に敵に集中しないと!」


 状況を忘れて口論をはじめる二人の間に強引に割って入るセラ。


 麗華とファントムはお互い忌々しそうに睨み合いながらも、セラの言うことはもっともなので、今はアルトマンに集中することにした。


「こんな時でも喧嘩をするとは、随分と仲が良いことだ」


「そんなわけあるかぁ!」


「そんなわけありませんわ!」


 ファントムと麗華の口論を見て愉快そうに微笑みながら感想を述べるアルトマンに、麗華とファントムは即座に否定しながらアルトマンに飛びかかって攻撃を仕掛ける。


 無駄に派手な、しかし、隙のない動きで麗華は連続突きを仕掛け、ファントムはアルトマンへの憎悪のままに武輝を振るって攻撃を仕掛ける。


 一見すると麗華とファントムは感情に身を任せたままお互い自分本位に攻撃を仕掛けているが、アルトマンという共通の敵を相手にして、一応はお互いの隙を補って連携攻撃を仕掛けていた――もちろん、アルトマンを守る賢者の石によってすべてを無力化させられてしまっているが。


 その間セラは二人の邪魔にならないように、移動しながら刀身に光を纏わせた武輝から光弾を発射していたが、それらすべても無力化させられてしまう。


 一方の幸太郎は、誰も見ている余裕がないというのにただただ自分が考えたカッコいいショックガンの構え方を披露しながら、ショックガンを放つタイミングを見計らっているのだが、それが中々掴めずに何も役に立っていなかった。


「グヌヌヌ……すべての攻撃を無力化させるとは、実に忌々しいですわ!」


「そいつは同感だ! それで、どうなってるんだよ作戦は! 上手く行ってんのか!」


「後は大和たちを信じるだけですわ」


「だったら早くしろっての!」


 大丈夫、大和君やリクト君は必ず目的地に辿り着く。

 だけど問題はいつになるかだ。

 このままの勢いで長時間戦い続ければ、消耗するだけ。

 ただでさえ、大勢の輝石使いたちと戦った後だっていうのに……


 賢者の石に攻撃が無力化され続け、苛立ちを募らせる麗華とファントム。


 現状では元気良く戦っているが、このままの勢いで戦い続ければいずれは体力の限界が訪れるとセラは思っていた。


「――お待たせしました」


 この声――良いところに……


 どこからかともなく淡々と放たれた声と、こちらに向かって駆けつける大勢の気配に、セラは自分たちの負担が僅かに減ったことを知って安堵の息を小さく漏らした。


 その声とともに登場するのは、ノエル、クロノ、ヘルメス、そして、大勢の輝石使いたちを率いて登場したアリスだった。


「待っていたぞ、アルトマン……お前との決着の日を!」


「少しは冷静になったらどうだ……まったく……」


 仇敵アルトマンの姿を見るや否やすぐに飛びかかるヘルメスにクロノは呆れながらも、彼のフォローに回る。


「私たちができるだけ援護するから、みんなは好きに戦って」


 アリスは大勢の味方たちとともにセラたちの邪魔にならないように遠距離から光弾を発射し続けた。


 大勢の味方が集まって一人相手に集中攻撃を仕掛けるセラたちだが、多勢に無勢の状況など賢者の石に守られているアルトマンの前では無意味だった。


 接近戦を仕掛けるセラたちの攻撃も、遠距離から放たれるアリスたちの攻撃もすべて。


「ほう……ショックガンの形状が随分と変わっているようだが……」


 自分に攻撃をしているセラたちなど眼中にないアルトマンは幸太郎と話をはじめた。


「博士に改造してもらったんです」


「ちょっとバカ! とっておきのこと忘れていないでしょうね」


「ほう、何かそのショックガンには特別な機能があるということか……さすがは我が弟子・ヴィクター。もしもの時の対策は練っていたようだな」


 呑気の答える幸太郎と、自分の手の内を明かしそうになる彼に呆れた様子で耳打ちをするアリスの様子を見て、ヴィクターは彼が持つショックガンに何らかの仕掛けが施されていることを悟った。


「だが、特別な機能だとしても所詮は機械。賢者の石には届かないだろう。それに、私もそれなりに対策は練っているのだ。だから、君たちが煌石を目指していることも百も承知だ――ああ、ほら、君たちのお友達が煌石に辿り着いたようだ……この力はティアストーンかな? 無窮の勾玉から供給される力の量が依然変わらないということは、おそらく、伊波大和は気づいたということか。さすがは教皇と同等の力を持つ御子だ」


 ――気づかれていた……

 でも、アルトマンの言う通りリクト君たちが辿り着いたなら、チャンスはある。

 リクト君たちなら何とかしてくれるはずだ!


 自分たちの計画が見破られていたことに、セラだけではなく、この場にいる全員に動揺が走るが、リクトたちを信じて構わずに攻撃を続ける。


「煌石の力を使って、私の胸に装着された賢者の石の力を安定させるための装置に使われている、ティアストーンの欠片とアンプリファイアの力を弱めようと思っていただろうが無駄だ――同じ手は通用しないし、二度も同じ手を食らうつもりはない」


 二度も同じ手で自分を追い込もうとした短絡的なセラたちを嘲るアルトマンは、着ていたシャツをはだけて賢者の石が埋め込まれた胸の装置を見せた。


 白い光を放つ輝石、青白い光を放つティアストーンの欠片、緑白色の光を放つアンプリファイアの欠片、赤い光を放つ賢者の石――胸の装置に埋め込まれた四つの石は強い光を放っていた。


 そして、その光に呼応するかのようにアルトマンから放たれる圧倒的な力の気配が強くなってきていた。


「確かに二つの煌石の力を使えば、賢者の石の力をある程度は抑え込むことができるだろうが、そんなことは誰もが思いつくことだろうし、賢者の石という強大な力を抑え込むには、賢者の石と同等の力を持つ煌石に頼るのが一番だろう。まあ、大方、私の装置を目の当たりにしたヘルメスが考えたことだろう?」


「ある程度お前に計画が読まれているのだろうということは想像できた……事実、お前は煌石を恐れて、煌石周辺の警備を固めた」


 ある程度アルトマンに計画が読まれていることを予測しながらも、ヘルメスは何かを見落としている――そんな気がしてならなかった。


 冷静に努めながらも、計画の歯車が狂いはじめた場所を必死で探しているヘルメスをせせら笑うようにアルトマンは見つめていた。その間もアルトマンから放たれる力は徐々に上がり、思わずセラたちが攻撃の手を一時中断させるほどの圧倒的な力が放たれていた。


「もちろん、煌石の力を恐れているのは確かだ。胸の装置に負荷がかかれば弱体化するのは事実だ。だが、賢者の石はすべてを操ることができるのだ。それは煌石の力も例外ではない――だから私は――」


 そう言って、来客者を歓迎するようにアルトマンは手を広げると、アスファルトの床から――いや、アカデミーの地下から緑白色の光と青白い光が伸びて行き、アルトマンの身体を包み、爆発的にアルトマンから放たれる力が向上した。


 二つの煌石から放たれる光と似た光を全身に受け入れたアルトマンを見て、ヘルメスはようやく自分の歯車がどこで狂っていたのかに気づいた。


「最初から……最初から私は間違っていたというのか……」


「そう、君は最初から気づいていたはずだったのだよ――この胸の装置のを」


 自分の計画が最初から狂いはじめていたことに気づいて愕然とするヘルメスを心底嘲笑するように、アルトマンの力は絶え間なく増長し続けていた。


「私の罠に自ら進んで突き進んでくれた君たちには感謝をするよ――いや、これも賢者の石の導きというわけなのかな? まあいい、さあ、来たまえ……そして、更に向上した賢者の石の力を私に見せてくれたまえ!」


 全身に迸る賢者の石の力に歓喜しながら、アルトマンはたまりにたまった力を一気に爆発させると、爆風のような衝撃波がセラたちに襲いかかる。


 その力に大勢が吹き飛ばされるが、セラたちは武輝を支えにして何とか堪える。幸太郎は近くにいるアリスのおかげで何とか吹き飛ばされずに済んだ。


 自分たちの計画を利用してアルトマンの力が更に向上し、元々悪かった状況が更に悪くなるが――アルトマンに立ち向かうことを決めていたセラたちの表情に迷いはなかった。


 確かに力は向上した。

 計画もすべて台無しになった。

 打つ手はもう何もないかもしれない。

 ――……だけど、それがどうした。


 挫け相違なる気持ちを強引に奮い立たせ、セラは武輝を握る手を強くして、自身の後方にいる幸太郎を一瞥する。


 誰もまともに見ていないというのにショックガンをカッコよく構える呑気な幸太郎に、セラは呆れながらも楽しそうに一度微笑み、アルトマンに向き直る。


 幸太郎が自分を、自分たちを信じてくれると言ったからこそ、セラは強大な敵を前にしても諦めずに立ち向かうつもりでいた。


 そんなセラに続くように、麗華も、ノエルも、クロノも、アリスも、ファントムも、ヘルメスも、他の味方も全員アルトマンに立ち向かうつもりでいた。


「良い面構えだ――さあ、さあ、さあ! 賢者の石の力を見せてくれ!」


 自分に立ち向かうつもりのセラたちを忌々しそうに、それ以上に嬉しそうに眺めながら、アルトマンは無謀にも自分に、賢者の石に立ち向かうつもりの彼女たちを歓迎した。




――――――――




「フム……これは少々マズい展開かもしれないな」


 降りしきる雨に身体が濡れているにもかかわらず、アルトマンとセラたちとの戦いを遠巻きで眺めているヴィクターは、冷静に分析した結果を、自身の背後で無表情ながらもハラハラした様子でアルトマンとの戦いを眺めている大悟とエレナに告げた。


「ええ……どうやら、アルトマンは地下にある煌石の力を吸い上げているようです」


「我が師は我々の計画を容易に見抜いていたのだろう。煌石周辺の警備を固めて戦力分散を図ったのも、煌石の力を恐れていると思わせるためのブラフ! ハーッハッハッハッハッハッハッ! まったく! ここに来て打つ手がなくなるとは最悪だ!」


 ヴィクターの分析に、エレナは淡々とした様子で頷いた。


「だが、どういうことだ? 賢者の石を安定させている二つの煌石の欠片は一つでもバランスを崩してしまえば、賢者の石の出力を弱められる。過剰な力を得ればその分負荷がかかってバランスが崩れてしまうはずだ」


「賢者の石はすべてを操ることができるということは、煌石も同様なのだろう。煌石がある地下から力を吸い上げて自分の力にしたのだ――おそらく、吸い上げた力は賢者の石を経由して、負荷のない安全な力に変換され、胸の装置に埋め込まれたティアストーンの欠片とアンプリファイアの力の出力を安定して上げると同時に、賢者の石の力も高めているのだろう」


「賢者の石と同じく人知を超えた力を持つ煌石の力さえも自在に操り、煌石から直に力を吸い上げるとは想定外だった――いや、よく考えれば至極当然か。七瀬幸太郎自身、賢者の石の力を宿していたおかげで煌石を扱える資格を持っていたんだからな」


 すべてを操る賢者の石の力が、強大な力を持つ煌石さえも操り、吸い上げる様子を目の当たりにした大悟は自分たちの考えが甘かったことを悟った。


「私がアルトマンの前に立ち、前に伊波大和が賢者の石の力を一時的に弱めた時と同じように、胸の装置に埋め込まれた煌石の欠片の力をコントロールするというのはどうでしょう」


「いいアイデアだが、意味がないだろうな。賢者の石の力だけではない。我が師が胸に装着している装置は兵輝の雛型ということは理解しているだろう?」


「兵輝は輝石の力を増幅させるアンプリファイアの力で、輝石の力をコントロールして、一般人にも輝石を使用可能にさせ、輝石使いに更なる力を少ないリスクで与える装置……つまり、二つの煌石の欠片を利用して、兵輝のように賢者の石の力を高めているということ、ですね」


 アルトマンの胸の装置を兵輝の雛型であると説明するヴィクターに、無表情ながらも絶望的な状況がエレナの頭の中で駆け回っていた。


「その通りだ。おそらく、前回の騒動で痛い目にあった我が師は胸の装置を改良して、吸い上げた煌石の力を賢者の石に負荷を与えないよう、吸い上げた力を上手く、そして、フル活用するためにコントロールしているのだろう。前回のように無理矢理胸の装置の力をコントロールしようとしても、二つの煌石の力を吸い上げている賢者の石の力で無力化させられてしまうのがオチだ。君たちトップにできることは、未来の行く末をここで見守ることしかできないのだ。それができないのであれば、君たちは邪魔になるだけだ」


 ヴィクターの言葉が重くのしかかるアカデミーのトップであるエレナと大悟。


 こうして眺めることしかできない状況で、自分たちが無力であることを痛感させられるが、それでも二人は、もちろん、ヴィクターも諦めずに現状を打破する方法を考えていた。


「胸の装置をどうにかすれば賢者の石の力を弱められることができるのでしょうが、それに至るまでの過程で最大の壁となるのは賢者の石の守護」


「だが、我が師の胸の装置は、煌石の力をかなり吸い上げてしまっている。たとえ、煌石の力の供給を強引にでも止めてしまっても、ため込んでしまった力は元には戻らない。それに、賢者の石がある限り無理矢理にでも煌石から力を吸い上げ続けるだろう――つまり、結局のところ、賢者の石がある限り我々に勝ち目がないということだ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! もう笑うしかないな!」


「同感ですね」


「それに加えて抜け目のない我が師のことだ! まだ何か隠し玉を持っていることに違いない! ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 賢者の石だけではなく、兵輝の雛型とされているアルトマンの胸に埋め込まれた賢者の石の力を安定させる装置で、吸い上げた煌石の力と賢者の石の力を安定させ、極限までに高まらせているアルトマンの状況に、いよいよ打つ手がなくなり、勝ち目がまったく見えない状況になってしまい、ヴィクターは自棄気味に笑うことしかできなかった。


 しかし、そんな状況でもヴィクターはもちろん、感情を映し出していない大悟たちの瞳にはまだ力強い光が宿っていた。


「ティアストーンと無窮の勾玉によって更に力を上げた賢者の石の守護を破る方法は?」


「残念ながら、賢者の石という人知を超えた力を持たないただの人間である我々には、真正面から人知を超えた力を打ち破る技術は存在しないだろうが――人知を超えた力には同じく、人知を超えた力をぶつけるだけ……後は、モルモット君次第というわけだ」


「不安だな」


「同感だ」


 状況を何とか打破しようとヴィクターに意見を求める大悟だが、アルトマンと同じく賢者の石の力を持っている幸太郎以外、現状を打破する手段は何もなかった。


 不安しかない大悟たちだが、それでも瞳にはいまだに力強い光が宿っていた。


 その理由はもちろん、強大な力を持つ敵相手に敢然と立ち向かい続けている麗華たちを信じているからこそだった。


「さあ、モルモット君よ――


 そう言って、ヴィクターは意味深で力強い笑みを浮かべた。


「我々に見せてくれたまえ……君や、君の仲間たちが勝ち取る未来を」


 懇願するようにそう呟き、ヴィクターは大悟たちと未来をかけた戦いを眺めていた。

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