エピローグ

 イーストエリアにあるファミレスで、幸太郎とリクトは向かい合うように座っていた。


 次期教皇最有力候補のリクトが安上がりで食事ができるファミレスにいるということに、ファミレス内にいる全員が驚いたように彼を見ていた。


 大勢の視線がリクトに集まるが、リクトはそんなことなど気にしていない様子で目の前にいる幸太郎に向けて満面の笑みを浮かべていた。


 幸太郎と再びアカデミーで食事をできて、リクトは心の底から喜んでいた。


「今日は僕の奢りですから、好きなものを頼んでくださいね」


「本当にいいの?」


 今日は自分の奢りだと笑みを浮かべて言ったリクトに、幸太郎は申し訳なさそうにしていたが、メニューはしっかり開いていた。


「あの事件で幸太郎さんには迷惑をかけてしまいましたから、その謝罪を込めて奢らせてください」


「気にしなくてもいいのに――ミックスグリルと、アラビアータスパゲティと、苺パフェと、マルゲリータピザ――あ、やっぱり、ミックスグリルじゃなくて和膳にしようかなぁ」


 自分を気遣うリクトに気にするなと言いながらも、しっかり自分の食べるものを決めている幸太郎。


 ある程度注文を決めた幸太郎は、リクトがアカデミーに戻ってきてからの出来事を思い返す。


 あの事件から――というか、リクト君がアカデミー都市に帰ってきて一週間経った。


 あの事件の次の日に、教皇庁の人たちは記者会見を開いて事件のすべてを公表した。

 リクト君が狙われていたこと、飛行機はそのせいで墜落しかけたこと、聖輝士の人が犯人だったこと、輝士の人たちが関わっていたこと――取り敢えず、たくさん公表した。


 最初の方は教皇庁の内部騒動に巻き込まれた人たちがたくさんいたので、文句がたくさん出た。

 でも、教皇庁が正直に公表したのと、リクト君の力がすごいと再認識されたのですぐにそれは治まった。


 それと、今回の事件活躍に鳳グループの人たちも協力したということで、周りの人たちからの信用がちょっとだけ回復した。――ほんのちょっとだけ。

 それでも、鳳さんがバカみたいに高笑いをして喜んでいた。あれはうるさかった。


 取り敢えず、事件から一週間経ってアカデミー都市は平穏だった。


「幸太郎さん……改めて、すみませんでした」


 事件の回想を終えると同時に、突然リクトは咳から立ち上がって幸太郎に深々と頭を下げて謝罪する。突然のリクトの行動に周囲は驚くと同時に、次期教皇最有力候補に謝罪させている幸太郎に注目が集まる。


「大丈夫、気にしてないから」


 注目が集まっていることなど気にしていない様子で幸太郎はリクトの頭を上げさせようとするが、リクトは中々頭を上げず、一分近く経ってようやく頭を上げた。


 そして、リクトは涙で潤んだ瞳を幸太郎に向けた。


 傍から見れば、次期教皇最有力候補に謝罪をさせた後に泣かそうとしている幸太郎に、野次馬根性丸出しの視線が一気に集まった。


「僕は友達の幸太郎さんの囮にしてしまった……それだけじゃなく、教皇庁のゴタゴタに巻き込んでしまった……ごめんなさい、幸太郎さん」


 心からの謝罪をするリクトに、幸太郎は柔らかい笑みを向けて、自分が思っていることを正直に口にする。


「僕は後悔してないよ」


「わかっています……でも、幸太郎さんなら絶対に助けてくれると思って僕は利用したんです」


 幸太郎が自分の囮になったことを後悔していないことは、リクトは百も承知だった。


 だからこそ、幸太郎なら何も文句を言わずに囮を引き受けるだろうと確信して、リクトは彼を利用してしまった。


 助かりたい、逃げ出したい――そう思っていた臆病な自分が起こした打算的な行動に、リクトは激しい罪悪感を覚えるとともに後悔をしていた。


「それなら、リクト君は後悔してるんだ」


「もちろんです……だから、幸太郎さんに何を言われても、何をされても僕は甘んじて受け入れます」


「僕を助けてくれたことも後悔してる?」


「それは違います! たとえ、周りが何と言おうともそれだけは後悔していません! 囮にしたのに都合が良いと思うかもしれませんが――それだけは後悔していません」


 助けに行ったことで状況をさらに混乱させたとしても、次期教皇としての間違った判断だとしても――幸太郎を助けに向かったことだけはリクトは後悔していなかった。


 自分を助けに向かったことを後悔していないと言い切ったリクトの力強い言葉に、幸太郎は嬉しそうな笑みを浮かべた。


「利用してもリクト君は僕を助けてくれた。だから、ありがとう、リクト君」


 自分の囮になってくれた幸太郎に感謝をするべきだとリクトは思っていたのに――自分よりも早くお礼を言った幸太郎に、リクトは泣き笑いの表情になった。


 そして、改めてリクトはこんなにも自分に優しくしてくれて、甘えさせてくれる幸太郎を利用してしまったことを後悔する。


 リクトは心に誓った。


 もう二度と幸太郎――他人を利用しないと。


「ありがとうございます、幸太郎さん……そして、ごめんなさい」


「だから気にしてないのに」


 感謝の言葉とともに再び謝罪の言葉を口に出すリクトに、幸太郎は戸惑ったように苦笑を浮かべた。


「……僕、もっと強くなります。力だけじゃなくて、心も強くなります。自分の臆病な心に負けないために!」


 幸太郎に向けてリクトは誓うように力強くそう言って、改めて気合を入れた。


 心身ともに鍛えて強くなるという目標を立てて、一人盛り上がっているリクト。


「えーっと、カツ和膳――じゃなくて、チキンステーキとアラビアータスパゲティと、生ハムのピザと、苺パフェ、それからドリンクバーをお願いします」


 一人熱くなっているリクトを放って腹を空かした幸太郎は店員を呼び出して、リクトの奢りだということで遠慮なく続々と注文していた。


 その翌日、幸太郎が後輩であり次期最有力候補のリクトを謝罪させた後に奢らせるという、半分当たって半分間違っている噂がアカデミー都市中に出回ってしまった。


 その結果、元々低かった幸太郎の評判がさらに低くなってしまった。




              ――つづく――

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