第2話

「先程の騒動の被害状況ですが、制輝軍や教皇庁から派遣してもらった輝士たち、そして、生徒たち大勢の協力があって被害を最小限に抑えました。もちろん、怪我人もいません……どちらかといえば、風紀委員が破壊した公共物の被害が……」

「風紀委員が捕えたのはアカデミー都市外部から来た、輝石至上主義を掲げて、輝石を扱える資格がない者を見下す過激思想を持つ組織だそうです。長年我々教皇庁がマークしていた組織でしたが、今回の騒動でリーダー格が捕まったので組織も終わりでしょう。しかし、まだ油断はできません。彼らのような組織はまだごまんといます」

「今回の件でもう今月は五件――先月と合わせると十件以上。の噂が出回ってから、急激に騒動が増えています。やはり、例の件は危険なのでは?」


 アカデミー都市の中でも重要施設やアカデミーの校舎が立ち並ぶセントラルエリアの中にある、アカデミーに招いた賓客が使う高級ホテル内の広間に大勢の鳳グループ幹部、教皇庁幹部である教皇が集まり、数時間前に発生した騒動の経過を報告していた。


 一年前に長年反目し、思想も理想も異なっていた組織が協力することになり、アカデミーが大きく改革することになって、半年前までアカデミー内外は混乱の極みにいたが、一年経ってようやく落ち着いて、お互いの組織の足並みが揃いはじめていた。


 そんな彼らの情報伝達が的確に行き届いている報告を、感情を感じさせない表情で議長席に座る鳳グループのトップ――長い髪を後ろ手に撫でつけた年齢不詳な外見の男・鳳大悟おおとり だいごは聞きながら、隣にいる人物の様子を横目でチラリと見つめて確認していた。


 大悟の隣にいるのは長い栗色の髪を三つ編みにした、他者を静かに圧倒する神秘的な雰囲気を身に纏う美女――教皇庁トップである教皇エレナ・フォルトゥスだった。


 いつもと変わらず感情をまったく感じさせない無表情のエレナだが――長い付き合いの大悟だからこそ、今の彼女の様子が若干をおかしいことに気づいていた、


 会議中無表情ながらも眠気に襲われているエレナ、退屈な会議に耐え切れなくなって欠伸を堪えるエレナ、小腹が空いたので隠し持っていたお菓子を食べるエレナ――会議中教皇らしからぬ姿を見てきた大悟だが、今の彼女の姿はいつも以上に集中を切らしている、何か心配事がある、そのように見えていた。


「――確かに、今の状況でを行うのは危険だろう」


 大悟の秘書と鳳グループ幹部も務めている、大悟と同い年であるにもかかわらず二十台にも通じる若々しさの外見である、皴だらけよれよれのスーツを着た御柴克也みしば かつやの一言が、エレナについて考えていた大悟の思考を遮るとともに現実に引き戻した。


「……萌乃、克也、アリシア、お前たちが集めた情報を聞かせてくれ」


 大悟の言葉に、克也と二人の人物が立ち上がった。


 一人は隣にいる克也に密着している、艶のある長い黒髪をかわいいリボンでポニーテールに結った、白衣を着て、ニーソックスを履いた絶対領域を強調させるミニスカートを履いた美女――ではなく、美男子である、アカデミーの校医を務め、鳳グループ幹部の萌乃薫もえの かおる


 そんな萌乃の隣で気怠そうに立ち上がったのは、彼以上に際どいファッションの、艶めかしい脚を強調する大きくスリットが開いたスカートを履いた、ロングヘア―の妖艶な美女、元々は枢機卿だったが、色々と騒ぎを起こした結果枢機卿を辞めさせられて、鳳グループ幹部となって、教皇庁と鳳グループの橋渡し役を務めているアリシア・ルーベリアだった。


村雨むらさめ空木武尊うつぎ たけるの報告によれば、例の件に天宮家に関係する一部の人間が反応しているようだ。天宮たかみや家の正式な跡取りがいないと思い込んでいる奴らにとって、例の件は自分たちの存在感をアピールするまたとない機会と思っているんだろう」


「そんな彼らがアカデミー外部にいる輝石の存在が気に入らない組織や、輝石の力を軍事利用しようとしている過激な複数のテロ組織と結託するかもって、信頼できる私の情報提供者から報告がきたわ。今回みたいに一つの組織が騒動を起こすのなら余裕で対処できる思うけど、大勢来られたらちょーっと厄介ね」


 天宮家――かつては鳳に仕えながらも、先代鳳グループトップに裏切られたせいで恨みを抱く一族の関係者が動き出そうとしているという克也の情報と、そんな彼らに大勢の組織が協力するかもしれないという萌乃の情報に、大悟は無表情ながらも心の中で深々とため息を漏らす。


 父の不始末に決着をつけるため、天宮家やそれに連なる一族に対して大悟は謝罪と補償に尽力していたが、それでもいまだに大勢の人間に恨まれていることに、萎びてしまいそうになる心に喝を入れて、アリシアに視線を向けて、彼女の報告を待つ大悟。


「こっちもそっちと似たような状況ね。旧本部にいるクソババアからの情報によると、いまだに教皇庁の変化に納得していない、教皇庁内部にいる古臭い過激派が騒ぎを起こそうと画策しているみたいよ。それも、外部の組織と協力する可能性もあるそうよ」


「天宮家の関係者、教皇庁過激派、テロ組織――それらの組織が協力したら、萌乃薫の言う通り確かに厄介だ」

「しかし、アカデミーに対する憎悪以外、目的も何もかもが違う複数の組織がまとまって動くことなど可能なのだろうか? 意見を合わせるだけでも難しいというのに」

「何者かはわからぬが、彼らをまとめた者たちがいる、そう考えると自然かもしれないな……実に厄介だな。目的が違う組織を束ねるカリスマを持つ人物がいるとするならば」


 複数の組織の協力を手助けした優秀な人物がいるかもしれないという可能性に、アカデミー上層部の面々は不安そうな面持ちを浮かべていた。


 そんな彼らを見たアリシアは、「でも――」と更に周囲の不安を煽るために話をはじめる。


「一番厄介なのは、それじゃあないわよね?」


 アリシアの底意地が悪そうな鋭い目が、エレナと大悟に突き刺さる。大悟だけではなく、この場にいる全員彼女が何を言いたいのか理解しており、広間内の空気が張り詰める。


無窮むきゅうの勾玉とティアストーンの一般公開の件――かなり外部に広まっているみたいだけど、一部の人間しか知らないこの情報、どこの誰が流したのかしらね? その噂が出回ってから、随分アカデミーが賑やかになったわよね」


 半年前、セントラルエリアの中央に塔のようにそびえ立つ鳳グループ本社と教皇庁本部がとある事件で完膚なきまで破壊されたが、数週間前になって急ピッチで行われていた解体工事がようやく終了した。


 だが、その頃になってアカデミー内外には煌石こうせきと呼ばれる、輝石以上に不思議な力を持つ石が近々一般公開されるという話でもちきりになっていた――草案だけ決まっていただけの、一部の人間しか知らない極秘の情報だったのにもかかわらず、だ。


 そして、その噂が出回って以降、アカデミー都市内で今日発生したような、外部のテロ組織などが暴れる軽い騒動が多発していた。


 嫌味な笑みを浮かべるアリシアの言葉に室内の空気が更に張り詰めるが――


「外部に情報を漏らした裏切者がいる――アリシア、あなたは、いいえ、誰しもがそう思っているのでしょうが、私はそうは思えません」


「随分と悠長ね。まあ、口だけならどうとでも言えるけど」


「本心です」


 今まで黙っていたエレナが口を開いてそう断言すると、室内を支配していた緊張感が僅かに緩和され、それを肌で感じ取ったアリシアは面白くなさそうな表情を浮かべる。


「ここにいる人間は私や大悟が選んだ信頼できる優秀な人物であり、本気でアカデミーや世界の未来を思っています。そんな人間が情報を流してアカデミーに、何よりもアカデミー都市にいる大勢の人が傷つけるような騒動を起こすとは思えません――アリシア、あなたも含め」


 感情なく淡々と放たれるエレナの言葉だが、その言葉は彼女の言う通りこの場にいる全員への信頼に満ち溢れていた。


 それを感じたからこそ、疑心暗鬼に陥って張り詰めていた室内の空気が引き締まった――アリシアは相変わらず面白くなさそうな表情を浮かべていたが。


 僅かな言葉と、態度だけでこの場にいる全員をまとめあげ、場の空気を支配したエレナに大悟は感心しつつも、いまだに集中を切らしている様子の彼女を不安げに見つめていた。


「この場にいる全員を信用しているからこそ、私は煌石の一般公開に踏み切りたいと思います」


 続けて放たれたエレナの言葉に、大悟を含めた全員に動揺が走る。


「アンタ何言ってんの? 一般公開の噂が出回った先月から事件続きだって説明されたでしょ? それだけじゃなくて複数の危険な組織が協力関係を築こうとしているのに、後悔に踏み切るなんて、ぶっ飛んで火炎に入る夏のバカ虫よ」


「珍しくアンタに同感――ねえ、エレナちゃん? もうちょっと考えてみない? 今まで公開したことがない煌石の一般公開に踏み切れば、当然外部から大勢の人が来るわ。そんな中で今日以上の騒ぎが起きたら大変よ」


 アリシアとはそんなに仲が良くないが、萌乃は彼女の言葉に同意を示した。


 二人以外にもこの場にいる全員は同じ意見だった。


 アカデミーに激しい敵意を持つ複数の組織が協力しようとする中、煌石一般公開に踏み切ればどうなるのかは誰もが予想できるからだ。


 そんな二人と、周囲の視線を受けても「……ええ、わかっています」と、エレナは平然とした様子で頷く。


 言われなくとも自分の提案がどんな結果を招くのか、エレナはよく理解していることを、隣で彼女の様子を窺っている大悟にはよく理解していたからこそ、「理由を聞こう」とエレナに公開に踏み切ろうとする真意を尋ねた。


「公開に踏み切れば大勢の観光客とともに敵が現れることは必至、危険でしょう。ですが、これはとも言えます。そして――御柴克也、あなたなら噂が出回って以降世間が我々アカデミーにどんな圧力を加えてきているのか、よくわかっているでしょう?」


 この中で一番の苦労人であり、不平不満を言いつつも何だかんだ言って働き者である克也に、エレナは最近の彼の忙しさを見透かしたような視線を向ける。


 すべてお見通しのエレナに、克也は疲れたように深々とため息を漏らして説明をはじめる。


「確かに、教皇の言う通りだ。一般公開の噂が出回って以降連日マスコミはかなりこっちを煽ってやがる。マスコミだけじゃなくて、外部企業も同じだ。鳳グループと教皇庁傘下の企業にも何度も一般公開の件について尋ねられた、嫌になるほどな。それに、国の連中も興味を示していやがる――だから、結局近い内に周りの圧力に圧されて開くことになっちまうだろうな」


「つまり、我々はもう後には退けない状況になってしまったということです」


「別に今すぐ開かなくてもいいんだ。もう少し落ち着いてからでもいいだろう」


「ええ、十分に理解しています。しかし、メリットの方が大きい。今回の件が上手く片付けることができれば今後更にアカデミーは躍進するでしょうし、もし何かあれば公開に圧力を加えた相手側に借りを作れます。それに、私も具体的な警備案を考えておきましたので」


「だが、それでも――」


「煌石一般公開の件に関して、どんな圧力があろうとも今の段階で踏み切ろうとするのは、あなたも含めて全員が否定的だということは十分に承知していますが、取り敢えず、話を聞いてみてからでも遅くはないでしょう?」


 危険を承知で一般公開に踏み切ろうとするエレナに、この場にいる全員の気持ちを克也が代弁して彼女を制止させようとするが、彼女は自分の提案を取り下げるつもりはなく、淡々と自分が考えた警備案について説明をはじめた。


 多少話を強引に進めたエレナだったが、疑心暗鬼に陥った状況をまとめあげ、場の空気を支配したからこそ、彼女の説明を遮る者はいなかった。


 エレナの警備案は煌石を扱える資格を持つ人間にしかできないことであり、二つの煌石の力を利用したもので、エレナの言うことが実現できるのなら煌石展示会場をかなり強固に警備できた。


 しかし、今まで公開されたことのない煌石を一目見ようと、当日は世界中から輝石を扱える力を持たない一般人が大勢来ることが予想され、事件が続き、多くの組織が動き出そうとしている今の状況で開けば彼らを危険に巻き込みかねないので、エレナの案の支持は少なかった。


 それでもエレナは引き下がらないので、結局結論は明日に引き伸ばされることになった。


 自分の判断がどんなに危険であるのかを十分に承知しながらも押し通そうとする、らしくないエレナの姿を、大悟は怪訝そうに見つめていた。




―――――――――――




 夜遅くまで続いた会議が終わると同時にエレナに話があると言われて、ホテル内にあるラウンジに呼び出された大悟は一対一で向かい合うように座っていた。


「すみません、突然呼び出して」


「別に構わない。何か頼むか?」


「強めのお酒をお願いします」


「この後仕事はあるのか?」


「警備案についてもっと考えなければならないので、この後の仕事はキャンセルします」


「それなら、あまり強めの酒は禁物だ」


「気遣い、感謝します」


 教皇としての仕事を全うするために普段酒は滅多に飲まないエレナが、この後の仕事をキャンセルして、酒を頼む姿を珍しいと思いつつも、それを口に出すことなくラウンジのスタッフに声をかけてエレナの酒と、自分が飲むミネラルウォーターを注文する大悟。


 しばらくして注文された酒とミネラルウォーターがテーブルに置かれると、エレナは優雅で豪快に酒を一気に煽って深々とため息を漏らした。


「少々、強引でした」


 ため息交じりに放たれたエレナの言葉に、自分が呼び出された理由を理解するとともに、自分自身の強引さをよく理解している彼女に僅かに安堵する大悟。


「別に構わない。何か理由があるのだろう?」


「すべてはアカデミー、世界、何よりも未来のため、それだけです」


 危険を承知で、否定的な意見が多い中煌石の一般公開を推し進める理由を淀みなく答えるエレナだが、僅かに彼女が逡巡しているように見え、口にした理由も取ってつけたようなものにしか聞こえなかったからこそ、大悟は探るような目を彼女に向けて抱いた疑問を口にする。


「それ以外にも何か理由はあるのか?」


「……何もありません」


「そうは見えない。いくらメリットがあり、お前が考える警備案が完璧だとしても、今のお前の様子が続くのなら、私は一般公開の件に賛同するつもりはない」


「ええ、私もあなたと同じ立場ならそう考えます」


「……大丈夫なのか?」


「だと思います」


 危険を承知で一般公開を強引に推し進めようとする――そんな自分自身の行動はまったく理解していない様子のエレナに、かつて彼女がとある人物に精神を乗っ取られ、操られていた事件が頭に過った大悟は一抹の不安を覚える。


 だが、自分を真っ直ぐと見つめる、戸惑いを宿しながらも、それをかき消すほどの力強い光を宿した彼女の瞳を見て、大悟の中の不安が一瞬で消え去った。


「単刀直入言います――大悟、今の私に信用がないのは十分に承知ですが、一般公開の件、賛同してもらえないでしょうか? あなたの力添えがあれば公開に踏み切れます」


 この場に大悟を呼び出した理由を包み隠すことなく、エレナはハッキリと告げた。


 力強い瞳で見つめてくるエレナを、大悟は厳しい目で睨むように見つめ返した。


「確かにお前の言う通りメリットはある。しかし、得られるメリットに対して負うリスクが大きすぎるからこそ、一般公開にほとんどの人間が納得しなかった」


「十分に承知しています」


「ならば、なぜそこまで頑なになる、何がお前を突き動かしている――取ってつけた理由ではなく、お前の本心を聞かせてくれ」


 返答次第では協力を断るつもりである大悟を十分に理解しているからこそ、下手な返答はできないと思っているエレナだが――


「……アカデミー、世界、未来のため、その気持ちに嘘偽りはありません」


「先程と同じだ。取ってつけたようにしか聞こえんな」


「ですが、本心です」


 今はこの言葉しか口に出すことができなかった。


 しかし、その言葉に嘘偽りも隠し事も何もなく、本心からの言葉だった。


 それを理解しているからこそ、大悟は何も言えなくなってしまっていた。


 しばらくの沈黙の後、大悟は小さく、それでいて深々とため息を漏らす――


 強大な組織を束ねる組織の長として私情に流されるなと常日頃から言い聞かせている大悟だが――エレナの嘘偽りのない言葉を受けて、彼女を信じてみたいという欲求に駆られてしまう。


 それが悪手かもしれないと思っても。

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