第17話

 教皇庁の最上階付近にある重要な物事を決めるために作られた大会議室で、鳳グループの要請で会議が開かれていた。


 会議には教皇庁の幹部である枢機卿たちや、栗毛の長い髪を三つ編みにした、神秘的な雰囲気を纏った年齢不詳の外見の美女である、教皇庁トップの教皇エレナ・フォルトゥスがいた。


 鳳グループ側は社長の大悟、克也や萌乃を含めた大勢の鳳グループの幹部、そして、騒動の中心にいた麗華がいて、彼らとともに大悟は現状を教えた。


 空木家、空木武尊、武尊の背後にいるアルトマン、北崎の協力者であるヤマダタロウ、御柴巴と七瀬幸太郎が連れ去られたこと――そのすべてを説明し終えると、枢機卿たちは揃って鳳グループの非難をはじめる。


「せっかく協力関係を築けたというのにこの体たらく。確固たる関係を築く前に鳳グループはしっかりとした準備をするべきだったのでないかね?」

「同感だ。それに、世間の信用を気にするあまり君たちは臆して判断を遅らせ、三人の人質を取られる事態になってしまった」

「その通り。もう少し我々に頼って大胆な真似をすればよかったのではないかね? 我々の信用を失わせないように気遣ってくれたのは結構だが」

「しかし、今回の騒動の責任はお前たち鳳グループにあることを忘れるな。まったく……天宮から続く因縁はまだ続いているようだな」


 耳が痛くなるほど的を射る枢機卿たちの非難に鳳グループ側は反論できず、非難を甘んじて受け入れることしかできなかった。


 以前の教皇庁なら教皇が制止するまで非難は続いていたが、枢機卿たちを一新して新しくなった教皇庁の新たな枢機卿たちは非難はすぐに終え、今後についての話し合いをはじめた。


「今回の騒動でもっとも懸念すべきことは天宮と空木が協力関係を築いているということだ。天宮家当主の娘を手に入れれば、空木家の人間は無窮の勾玉を得ようと考えるだろう」

「そうなればアカデミーに何らかの被害が出るのは必至。我々と鳳グループの協力関係が築いたばかりでまだ盤石な地盤が固められていない今、攻められれば多大な被害は出るだろう」

「そう考えれば協力するのは必然。それに、今回の件を共同で我々が解決すれば、一気に信頼関係を築き、地盤を固められる。こんな状況でこう言ってしまうのは失礼だが、我々にとっては非常にチャンスな状況だ」

「アカデミーのためだと思えば仕方がない。お前たちと協力することにしよう」


 枢機卿たちは今回の騒動を解決するために鳳グループに協力を惜しまない意を示した。


 もちろん、不平不満を抱いている枢機卿たちもいたが、自分たちの都合ではなくアカデミーのためという共通の意思を持っているからこそ協力を承諾した。


「ということですので、我々教皇庁は協力を惜しみません」


「感謝する」


 何だかんだ言いながらも鳳グループと協力するつもりの枢機卿たちの反応を見て、教皇庁トップであるエレナが淡々とそう告げると、鳳グループの代表として席から立ち上がった大悟は頭を深々と下げた。


「今回、ここまでの騒動になった責任は我々鳳グループにあるのは明白だ。だから、空木家の対処はこちらに任せてもらい、教皇庁には何かあった時にアカデミーを守ってもらいたい。空木や天宮がアカデミー都市に攻めてきた場合、教皇庁だけが頼りだ」


 淡々とした口調でそう懇願する大悟からは、有無を言わさぬ静かな威圧感を放っていたがそんな中にも教皇庁に対しての確かな信頼があり、それが伝わった教皇庁の面々は何も言わなかったが大悟の指示に従うつもりだった。


 しかし、そんな父の言葉を聞いた麗華は一人だけ不安そうな顔を浮かべていた。


 そんな麗華の不安感を察したエレナは、試すような鋭い目で体面に座る大悟を見つめる。


「あなたの覚悟は十分に伝わりましたが……身を滅ぼすだけの覚悟ならば、承認しかねます」


「これからのアカデミーのことを考えればまだ我が身がかわいい。――私の覚悟は今回で天宮との因縁を断ち切るというものだ」


「……わかりました。それであるならば、協力しましょう」


 先代から続く天宮との因縁を断ち切る覚悟を抱く大悟に、満足そうに頷いたエレナは再び協力することを誓う。


 自分を犠牲にするつもりはない父の覚悟に、麗華は小さく安堵の息を漏らすとともに、私情に流されそうになってしまった自分の気を引き締めた。


「それでは、今後についての話を――」


 アカデミーのためという共通した目的のために、室内の空気が一体化しはじめる頃、克也は本題に入ろうとすると――


「失礼します! 空木武尊から連絡が入りました!」


 慌てて入ってきた教皇庁の人間がそう報告すると同時に、会議室の中央に置かれたホログラムディスプレイから映像が映し出される。


『どうもこんばんは! そして、はじめましての人ははじめまして。私が噂の空木武尊ですよ』


 豪勢などこかの部屋にいる、嫌味なほど整った顔で腹立たしいほど勝ち誇った笑みをドアップで映し出して挑発的な態度で挨拶するのは空木武尊だった。


「巴お姉様は無事ですの? ついでにあの平々凡々の落ちこぼれは何をしていますの!」


『相変わらず血気盛んだねぇ、麗華さん。大丈夫、二人とも村雨君と同じで重要な客人だから、丁重にもてなしているよ、丁重にね』


 父やエレナ、鳳グループや教皇庁幹部が集まっている場を忘れて、武尊の顔が目に映った瞬間にヒートアップした麗華は勢い良く席から立ち上がって、武尊を睨んだ。


 そんな麗華を煽り立てる笑みを浮かべて、思わせぶりな態度で巴と幸太郎が無事を教えた。


「教皇庁は私たち鳳グループと協力してあなたを打ち滅ぼすと決めましたわ!」


『それは中々恐ろしいね。内輪揉めで自滅しかけた鳳グループと、私欲に塗れた内輪同士で足を引っ張り合った結果自滅しかけた教皇庁が手を組んで我々を潰しにかかるなんて』


 教皇庁と鳳グループが手を組んでも特に気にしていないといった様子で、煽るように余裕な笑みを浮かべる武尊。そんな武尊の言動に室内の空気が麗華同様徐々にヒートアップする。


「フン! 何を言っても所詮は強がりですわね! お姉様たちを大人しく差し出せば、大勢の前で恥を晒すのだけは勘弁してあげますわよ!」


『HAHAHAHAHAHAHA! 勘違いしないでくれよ。私は争うつもりはなくて、ただ明日に迫る結婚式についての話をしたいだけだよ』


「フン! 見え透いた嘘ですわね! そう言っておきながらあなたはヤマダタロウという男を使ってガードロボットともにアカデミー都市内で大暴れして、従者である呉羽さんはティアお姉様を傷つけ、巴お姉様までも人質に取りましたわ」


『ヤマダ君の目的は私とは異なるからいっさい関知しないし、呉羽は私たちの行く手を阻もうとしたティアリナさんを退かせただけで正当防衛だし、御柴さんのお嬢様も炎上した車から助け出して治療を施して我々の屋敷に招いているだけだよ?』


「グヌヌヌッ! いい加減あなたの戯言にウンザリしていますわ! 喧嘩を売っているつもりならハッキリと言いなさい! あなたと違って正々堂々と真正面からぶつかってやりますわ!」


『HAHAHAHAHAHAHA! 鳳グループと教皇庁という色々あったけどそれでも巨大な組織相手に喧嘩を売るなんてとんでもない! 命知らずがやることだよ!』


 明らかな挑発に麗華だけではなく室内の空気が一気にヒートアップする。


 煽るに煽られて「ムキーッ!」と怒りの頂点に達する麗華を、克也が制した。


「……巴は無事なんだろうな」


『さすがはお父さん。色々と話すことがあるのにまずは娘のことを心配するなんてね。大丈夫、娘さんは無事だからさ』


 煽られて顔を真っ赤にしている麗華に代わって自分と話す克也を、武尊は煽るような笑みを浮かべて茶化す。しかし、克也は気にすることなく話を進める。


「お前らの目的はなんだ」


『もちろん、先代の目的である天宮と婚約をして我々空木の力を強くするためだよ』


「それだけのためにアルトマンと手を組んで、巴たちを人質にして、教皇庁と鳳グループにわかりきった挑発をして敵を作ってんのか?」


『アルトマンさんたちと手を組めばそのおこぼれをもらえると思って手を組んでいるだけだし、巴さんたちは別に人質に取っているわけじゃないし、挑発をしているわけじゃないよ? まあ、昔から私には無意識に煽ってしまう癖があってね。気に障ったなら申し訳ない。反省するよ』


 わざとらしく申し訳なさそうにそう言って仰々しく深々と頭を下げる武尊だが、室内の空気はクールダウンするどころか、ますますヒートアップしていた。


『いやぁ、落ち着きのある人と話していると話がスムーズに進むね。この勢いのまま本題に入るんだけど――明日の結婚式に是非鳳グループと教皇庁のトップを招待したいんだ。もちろん、最小限のボディガードのみでね。今後のためにお互いのことを知っておいた方がいいと思ってるから、是非来てもらいたいんだけどなぁ。特に大悟さんが来てくれれば加耶も喜ぶだろうし』


 煽るようでありながらも意味深な笑みを浮かべた武尊は、自身の結婚式に大悟とエレナを招待する。


 フレンドリーに結婚式に誘っているが、何か罠を張り巡らせているのは明白だった。


 しかし、相手に人質がいる以上無碍に断ることはできなかった。


 ヒートアップしていた室内の空気が一気に静まると、鳳グループ幹部の視線は大悟に集まり、枢機卿たちの視線はエレナに集まり、自分たちのトップである二人の判断を待った。


 エレナと大悟は無表情で無言のまま、ただジッと余裕な笑みを浮かべる武尊を見つめていた。


 一分ほどの沈黙の後、会議室内に訪れている沈黙を見ていた武尊は突然ケラケラと心底愉快そうに、煽るように笑いはじめ、『ああ、失敬』と笑いを堪えながら謝罪を口にした。


『常に冷静で私情に流されない判断力を持つ強大な組織のトップのお二人が沈黙してしまうとは、中々見れない面白い光景で思わず笑ってしまいましたよ! HAHAHAHAHAHAHAHA! ――さあ、どうします? 式の準備があるのでそろそろお暇したいので、さっさと決断していただきたいのですが?』


 人質がいるからエレナと大悟は自分の言葉に従わざる負えないことをわかっているからこそ、勝ち誇った笑みを浮かべて回答を待っていた。


 そんな武尊の笑みを見て我慢できなくなった麗華は机を思い切り殴りつけた。


「罠とわかっているのにお父様もエレナ様もあなたの戯れに付き合うほど愚かではありませんわ! 今すぐそちらに向かってあなたを直々にぶっ潰してやりますわ!」


『それができないからお二人は迷っているんだよ、お嬢様? こちらには彼らが――』


『教皇庁の会議室が映ってますね』


『な、七瀬君! 邪魔だから大人していなさい!』


『御柴さん、克也さんがいます。それに、麗華さんが顔を真っ赤にして怒ってます』


 麗華と武尊が睨み合っていると――武尊の方から、呑気な声がやり取りが張り詰めた緊張感が纏っている会議室に届いた。


 その瞬間、会議室の空気が一気に弛緩する。


 そして、武尊に煽られて怒りで顔を真っ赤にしていた麗華は、自分の状況を理解しない呑気な様子の幸太郎の声を聞いて呆れ果てていたが、僅かながらも安堵感を得ている様子だった。


 突然の事態にペースを崩されながらも武尊はその声を聞こえなくさせるように、何度もわざとらしく『ウォッホン!』と咳払いをするが、その声は止まらない。


『あの……呉羽さん、今日の晩御飯って何が出るんですか?』


『しーっ! 七瀬君黙って。晩御飯のことはいいから。会議の邪魔になってしまうわ』


『もしかして今の声向こうに届いていましたか? 武尊さん、ごめんなさい!』


『だから黙って。私たちは人質なんだから大人しくしないと』


『そうなんですか?』


『そうに決まってるでしょう! 輝石も武器も携帯も奪われたのに君は今まで何を考えていたの!』


『そう言われてみれば……でも、武尊さんが僕たちを『お客様』って呼んでいましたし、部屋にお菓子もあったので……』


『人質って言ってしまえば、色々と角が立つからそう言っていただけよ』


『そうだったんですか? ……こんな状況めったにないので何だかドキドキします』


『余裕があるならいいけど、状況が理解できたのならもう少し気を引き締めなさい』


『どうやって逃げましょうか』


『……そういう話は二人だけになった時にしなさい』


 中々終わらない会話に、『ちょっと失礼』と一旦会話を中断した武尊は映像からいなくなった。


『あー、ごめんね、少し黙っていてくれないかな』


『武尊さん、僕人質なんですか?』


『いや、そのことを今から説明して君たちの姿を映し出して、アカデミーを焦らせると同時に、私に従わせようとしたんだけど……』


『そうだったんですか……ごめんなさい』


 少し棘のある言葉で映像外にいる巴と幸太郎を注意するが、変わらず呑気なままの幸太郎に映像外から武尊の深々としたため息が響いてきた。


『呉羽、悪いけど二人を彼のいる別室に運んでくれないかな』


『了解』


 映像外にいる呉羽との短い会話をした後、何か幸太郎と巴が話していたが、二人の声は遠のいて良く聞こえず、扉が開閉音の後に静かになった室内で『オホン!』とわざとらしい咳払いが響くと、再び武尊の姿が画面内に現れた。


 響いてきた幸太郎の呑気な声で会議室内の空気は弛緩し、今まで余裕な笑みを浮かべていた武尊もすっかりペースを乱されてしまっていた。


 不測の事態に動揺している武尊の姿を見て、麗華は気分良さそうな笑みを浮かべた。


「フン! あのアンポンタンパンピーの世話をずっとしていただけるのなら、あなたに預けたままでもいいのかもしれませんわね」


『HAHAHAHAHAHA! 冗談きついなぁ! ……丁重に遠慮しておくよ』


 麗華の言葉を冗談と理解していながらも武尊は本気で嫌がっており、『さて――』と話を替えるために強引に話を進める。


『さて、邪魔が入ったけど――答えは決まったかな?』


 気を取り直したように、再び勝利を確信した余裕な笑みを浮かべる武尊は再びエレナと大悟に回答を迫る。


「元より断るつもりはない」


「鳳グループに教皇庁が協力すると決めた以上、私もあなたの魂胆に乗りましょう」


『HAHAHAHAHAHAHA! いい返事が聞けて良かったですよ。それじゃあ、式は明日の午後からなので、それに間に合わせるように空木家の屋敷にまで来てくださいね。来てくれたらそちらにお返ししますから。明日を楽しみにしていますよ? それでは、さようなら!』


 想像通りの答えを聞けて満足そうに笑いながら、幸太郎にペースを乱されてしまった武尊は嫌味を言うことなく伝えたいことだけ伝えて早々と通話を切り、映像が途切れた。


 連絡が切れた瞬間、「エレナ様、私は反対ですわ!」と誰よりも早く麗華はエレナに訴えた。


「明らかに空木武尊は何らかの罠を仕込んでいますわ! 鳳グループの問題であるというのに、エレナ様が付き合うことはありませんわ! もちろん、お父様も!」


 自分の父よりも、教皇庁トップであるエレナの身を心配する麗華に、枢機卿たちはもちろん鳳グループ幹部からも同意の声が上がる。


 しかし、意思は変わることはない様子で「お気遣いありがとうございます」と自分を守ろうとしてくれている麗華たちに感謝の言葉をエレナは述べた。


「空木武尊をはじめて見て改めて思いました。鳳グループはもちろん、教皇庁にも、そしてアカデミーに害をなす存在であり、静観している場合ではないと


「しかし、エレナ様! あなたに何かあればご子息であるリクト様が悲しみますわ!」


「リクトが私の立場なら同じ決断を下すでしょう。なので我々は――いいえ、私は協力を惜しみません」


 教皇庁のトップとしてではなく、エレナ・フォルトゥス個人として武尊を放ってはおけないと判断したエレナは、鳳グループとともに武尊に立ち向かう強固な意志を表明する。


 麗華を含めてまだ納得していない者が教皇庁はもちろん鳳グループにも大勢いたが、アカデミーを思うエレナの意思を感じ取ると同時に、武尊や巴たちを放っておけないという気持ちもあり、不承不承ながらも彼女の判断に従うことにしていた。


「……協力、感謝する」


 エレナの協力に深々と頭を下げて大悟は感謝の言葉を述べた。

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