第6話
多くの訓練所が立ち並ぶウェストエリア。
その中でも、輝士団専用の訓練施設に幸太郎とティアの二人はいた。
結局、ティアは幸太郎に協力を仰ぎ、一緒に行動することになった。
輝士団専用の訓練施設は地下二階、地上五階のウェストエリア内にある訓練施設の中でもかなり大規模なものであり、施設の中にはトレーニングルーム、医務室、そして、広い面積を誇る屋内訓練場が一階と地下二階にあった。
普段なら多くの輝士団たちが、強くなるためにこの訓練施設に出向いているが、ほとんどの輝士団は事件の捜査に駆り出されており、施設内の人気はまったくなかった。
人気がまったくない施設内に、二人の人物が訓練場内にいた。
幸太郎とティアは一階の訓練場を見下ろす形で一望できる、ガラス張りの大きな窓がある二階の見学スペースで、訓練所内で向かい合っている二人の人物を眺めていた。
訓練所内にいる人物の一人は、坊主頭の大道共慈。
そして、もう一人は、少女と見紛うほどの顔立ちをしているが、れっきとした男性であり、癖があって柔らかそうな栗毛色の髪の少年であり、教皇庁トップである教皇の息子、そして、次期教皇最有力候補でもある、リクト・フォルトゥスだった。
がっしりとした大道の体格とは対照的に、リクトは華奢な体躯をしており、身長も大道は二メートル近くあるが、リクトの身長は彼に比べてかなり低かった。
圧倒的体格差がある相手を目の前にして恐れることなくジッと見据え、リクトはブレスレットにつけられた自身の輝石を、武輝である、自身の身体を覆えるほどの大きな面積を持つ盾に変化させた。
リクトが輝石を武輝に変化させると、大道は腕についてる数珠を外すと同時に、一つの数珠の珠が強く発光し、光が治まると輝石が大道の武輝である、自身の身長と同じくらいのリーチを持つ錫杖へと変化させ、思いきり地面をついて錫杖を突き鳴らした。
お互いの輝石を武輝に変化させた二人は睨み合う。
離れた位置にいるティアと幸太郎でも、二人の間にある緊張感が伝わっていた。
お互い睨み合ったまま膠着状態が続いていたが、その状況を大きく一歩を踏み込んだリクトが打ち破った。
一気に大道に間合いを詰めるリクトは、片手で持った盾で大道を殴りつけた。
最小限の動きでリクトの攻撃を大道は回避すると同時に、カウンターで教皇の息子の顔面を思いきり殴り、リクトは数歩後退する。
輝石の力で身体中にバリアを貼っているため、大道の攻撃自体にそんなにダメージはなかったが、牽制には成功しており、リクトは今の一撃で警戒心が高まって初撃のような大胆な動きはできなくなっていた。
リクトの心中を見透かした大道は、錫杖の頭部についている大きな輪型に通った小さな六つの輪が、ぼんやりとした光を放つ。
すると、それに呼応して大道の周囲に蛍のような六つの小さな光がぼんやりと浮かび上がり、その光が不規則な動きで、それも目に追えないほどの速度でリクトに襲いかかる。
常人では目視できない速度で襲いかかる光弾だが、一つ一つの動きを見切っている様子のリクトは自身に襲いかかる光弾を武輝である盾で防いでいた。
「……終わったな」
必死に大道の攻撃を防いでいるリクトを見て、ティアは冷たくそう呟いた。
呟き終えると同時に、リクトの死角から襲いかかった光弾が命中して吹き飛んだ。
死角からの攻撃に対応することができずに直撃したリクトは、かなりのダメージを負っている様子だったが、それでもフラフラと立ち上がった。
そんなリクトに間髪入れずに大道は攻撃を仕掛ける。
再び自身の周囲に六つの蛍のような光を浮かび上がらせ、一気にリクトと間合いを詰め、錫杖を大きく薙ぎ払った。
大道の攻撃をリクトが防ぐと同時に、周囲に浮かんでいた小さな光が大道の攻撃に合わせて一発飛んで、不規則な動きとともにリクトの死角に襲いかかり、大道の直接攻撃を防いでいたため避ける間もなく、再び光弾がリクトに命中した。
――その後の展開は一方的な展開だった。
大道の攻撃とともに死角から飛んで来る光弾に対応できずに、何発もリクトに命中した。
もちろん、リクトは光弾の動きに対応しようとしたが、一瞬でも光弾に気が向くと、容赦なく大道の武輝による一撃が襲いかかった。
武輝と光弾の同時攻撃にリクトは対応できず、大道の圧倒的な力量差によって確実に追い詰められている。
一瞬の集中の後、大道は武輝に変化した輝石から力を絞り出した。
武輝に変化した輝石から絞り出した力は光となって武輝に纏う。
そして、光を纏う武輝をリクトに向けて振り下ろす。
リクトは盾で大道の一撃を防御するが、強烈な一撃に耐え切れずにリクトの身体は吹き飛び、武輝である盾を手放してしまい、宙に舞う。
すぐに宙に舞っている武輝が元の輝石へと戻ってしまった。
悔しそうな顔をしたリクトはすぐに立ち上がろうとするが、蓄積されたダメージで中々立ち上がることができなかった。
そんなリクトに厳しくも優しい顔をした大道は手を差し伸べて、立ち上がらせた。
二人の戦いはこれで終わった。
「……すごかった」
食い入るように二人の戦いを見ていた幸太郎は、興奮冷めやらぬ様子でそう呟いた。
「しかし、訓練にしては随分と……」
二人の戦い――訓練を見ていたティアは怪訝な顔をしてそう呟いた。
ティアの言った通り、大道とリクトは戦闘の訓練をしていた。
大道に簡単に会えるかもしれないと言った幸太郎は、大道に訓練を受けているリクトに連絡すると、タイミングよくこれから大道と訓練すると言って、訓練する場所を教えた。
そして、幸太郎はティアとともに、リクトと大道が訓練を行う訓練施設に向かい、二人の戦闘訓練を眺めていた。
訓練が終わったらリクトは大道を連れてくると言っていたが、そんなことを忘れている様子で、幸太郎は二人の実戦に近い激しい訓練を見てかなり興奮していた。
「リクト君、前よりもかなり強くなってたけど、そんなリクト君を簡単に倒すなんて大道さんってすごく強いんですね」
「あれくらいは当然だ。教皇の息子もかなり力をつけているようだが未熟だ。動きに隙が多く、不測の事態に対応できていない。大道共慈――中々の強さを持っているようだが奴にもかなりの隙があった……私なら大道以上のことができる」
「……ティアさんって負けず嫌い?」
「わ、私は事実を言ったまでだ!」
腕を組んで二人の訓練の感想を述べ、最後に自分ならもっとすごいことができると豪語したティアを見て、幸太郎は素直な感想を述べた。
その素直な感想に、ティアはいつものクールな態度を少し崩して思いきり否定した。
「そんなことよりも……勝手に行動してもいいのか? セラたちに何か言われたと思うが」
「やっぱり、セラさんは僕のことをティアさんに何か言っていましたか?」
「……その様子だと、どうやら何か言われたようだな」
痛いところを突かれて幸太郎は苦笑を浮かべて言葉を詰まらせる。
そんな反応を見て、ティアは呆れたように深々とため息をついた。
「まったく……セラに知られたら私も怒られそうだ」
「黙っていてごめんなさい……犯人を追ってるわけじゃないから、大丈夫かなって思ってたんですけど、やっぱりダメかな?」
「この事件の当初――いや、この前の事件でお前が負傷した時からセラはお前のことを案じていた。お前の気持ちも理解できるが、少しはセラ、そして鳳のお嬢様の気持ちも察してやれ。お前は自分が思っている以上に、お前はセラたちから大事に思われているぞ」
冷たい口調だが、優しく諭すようなティアの言葉に、幸太郎は自分を心配するセラと麗華の顔、そして、犯人に襲われて傷だらけで意識不明の状態の刈谷を思い浮かべて、自分の行動を顧みた。
やっぱり、後でセラさんと鳳さんに怒られるかな……どうしようかな……
自分の行動を顧みた結果、セラと麗華に怒られる自分を想像し、幸太郎は自分の行動に迷いと後悔が生じてしまい、これからのことを考えていた。
「幸太郎さん、お待たせしました!」
幸太郎の思考を中断させる、幸太郎の名を明るく呼ぶ声が響いた。
その声に幸太郎は反応すると、声の主であるリクト・フォルトゥスが弾けるような笑顔を浮かべながら、こちらに向かって小走りで駆け寄ってきていることに気がついた。
抱きつくような勢いのリクトに、幸太郎は手を広げて出迎えると、抱きつきはしなかったが彼は幸太郎の間近にまで駆け寄り、嬉しそうな瞳で幸太郎の顔を見上げた。
少女のような外見のリクトにかわいらしく見上げられて、幸太郎は同性にもかかわらず、思わず胸が少しときめき、リクトの柔らかい栗毛の髪を優しく撫でた。
愛でるように撫でられ、リクトは気持ちの良さそうな声を上げた。
「突然連絡して変なお願いを言ってごめんね、リクト君」
「ちょうど、共慈さんとの訓練が予定にあったので気にしないでください。それに、ここ一週間は事件のせいで、外に出歩くことを制限されて幸太郎さんと会う機会がなかったので、こうして会えることができてとっても嬉しいです!」
照れたような笑みを浮かべるリクトの表情は、少女のような顔がさらに強調されている。
「そう言ってもらえると嬉しい。それにしても、リクト君すごく強くなってるね」
「そ、そうですか? あ……ありがとうございます。でも、まだまだ僕は未熟です。共慈さんに手も足も出せなかったんですから」
「そんなことないよ。リクト君すごく頑張ってたよ。よしよし、よく頑張ったね」
自分を褒めてくれて、自身の頭を撫でる幸太郎にリクトは潤んだ瞳を向け、「んっ……んっ……」と、撫でられて途切れ途切れの気持ちの良さそうな声を上げた。
「それにしても、リクト君、汗まみれだね」
「す、すみません……幸太郎さんとすぐに会いたくてシャワーを浴びずに来てしまって……も、もしかして、汗臭いですか?」
「そんなことないよ。リクト君、すごく良いにおいがする」
幸太郎とリクト、傍目から見れば二人の背景に大輪に咲いた花が見えるほどイチャついているように見える――が、ティアはそんな二人など眼中に入っておらず、離れた位置でこちらの様子を窺っている大道をジッと見つめていた。
ティアの視線に気づいた大道は、ゆっくりとした歩調でティアに近づいた。
「リクトから私と話したい相手がいると聞いていたが――……七瀬君は想像はできたが、君が一緒とは思わなかったよ、輝動隊№2のティアリナ・フリューゲルさん」
フレンドリーな口調だが大道は露骨な警戒心をティアにぶつけており、そんなティアは油断と隙を見せようとしない大道を睨むようにして見つめていた。
和気藹々としていた幸太郎とリクトは、ティアと大道の間に感じる不穏な空気に、思わず息を呑んでしまう。
しばし、お互いに睨んだまま話が進まなかったが、やがてティアはゆっくりと口を開いて沈黙を打ち破る。
「改めて見てみたが……やはり、お前と刈谷の接点がまったく見えない」
「立場上、接する機会は少ないが、一応刈谷とは友人だ」
「それならば話が早い。単刀直入に聞こう――お前は何を知っている」
刈谷を友人であると認めた大道に、ティアは無駄な質問はせずに、一気に本題に入った。
本題に入った瞬間、大道から肌を刺すような威圧感にも似た空気を放ちはじめる。
怒っているわけではなく、まるで、自分に干渉してくる人間を拒絶するようだった。
「……なぜ、そんなことを尋ねる?」
「襲われた刈谷はいっさいの抵抗をした様子はなかった。四年前の死神の再来と呼ばれている通り犯人の実力が高いという理由も挙げられるが、あの刈谷が一矢報いないというのはどうも不自然だ。それならば、義理堅い刈谷の性格を考慮して、何か刈谷と深い関係にある相手が犯人ではないかという仮説を思い至った――刈谷と友人のお前なら何かを知っていると思い、七瀬に頼んでお前に会いに来た」
「明らかにその判断に至った確証が足りていない、突飛な考えだと思うのだが? ……君の気のせいではないかな?」
輝動隊であるティアが、わざわざ無理をして輝士団である自分に会いに来た理由を聞いて、大道は大きく鼻を鳴らした。
自身を小馬鹿にするような大道の言葉に、ティアは表情を崩すことはなかった。
「……訓練を見て、確証は得た」
「そうか……さすがはアカデミー内でも屈指の実力を持つ者だ」
すべてを見透かしたようなティアのその言葉に、観念したように大道は宙を仰いだ。
「誰にでも理解できる……あれは相手を訓練させるよりも、お前自身が訓練していた。まるで、訓練の中で自分が忘れていた勘を取り戻す、そんな戦い方だった」
「そこまで理解しているのなら、認めるしかないか……不遜な態度を取って申し訳ない」
深々と頭を下げて今までの失礼な態度の謝罪を述べた大道に、少々毒気を削がれながらも、ティアは話を続ける。
「それで、お前は――いや、お前と刈谷は何を知っている」
ティアの質問に、大道は自嘲的な笑みを一瞬だけ浮かべた。
「理解していると思うが、死神の再来と騒がれている今回の事件の犯人は、四年前の死神と同一人物ではない」
「犯人について確実な心当たりがあるようだな」
「今回の事件、すべての責任は私と刈谷にある。刈谷が戦闘不能である以上、私は過去との決着をつけなければならないのだ」
「どうやら、お前と刈谷は想像以上にこの事件に深く関わっているようだな」
ティアの質問には何も答えず、大道は自分に言い聞かせるようにそう言って背中を向けて、この場から立ち去ろうとする。
大道の背中からは、いっさいの質問を受け付けない静かな威圧感を放っていた。
これ以上何を聞いても無駄だろうと感じたティアは引き止めることなく、黙って立ち去る大道を見送った。
「大道さんに詳しく話を聞かなくてもいいんですか?」
幸太郎の質問に頷くティア。確実に事件に深く関わっているだろう大道から情報を得られずとも、ティアは特に気にしている様子はなかった。
「大道からは並々ならない強い覚悟を感じた――これ以上の詮索は無駄だ。大道から情報を得られないのならば、輝動隊の力を使って調べるだけだ。……これから私は輝動隊本部に戻る。七瀬、お前はもう寮に戻れ。そこまで送ろう」
「……そうですよね、わかりました」
刈谷と大道が握っている事件の真相に気になっている幸太郎だったが、これ以上は事件に深く首を突っ込んでしまうと判断して、今日は取り敢えずここまでにした。
取り敢えず、明日になったら今日わかったことをセラさんと鳳さんに知らせよう。
……怒られるかもしれないけど。
今は取り敢えず退いて、今日調べたこと一旦頭の中で整理してからセラと麗華に相談することに決めた幸太郎は、素直に引き下がった。
「それなら、これから迎えの車が来るので、お二人を送れますが……どうしますか?」
「車が来るの? それじゃあ、リクト君の車に乗る」
「車の方が確かに安全だ。そうするといい」
帰ろうとしているティアと幸太郎の間に、おずおずとした様子でリクトが入ってきた。
車で楽に帰れると聞いて、幸太郎の目は輝き、即答でその提案を了承し、ティアも幸太郎の判断に異存はなかった。
「あ、あの……ティアリナさんもよろしければ、輝動隊本部まで送りますが……」
「ティアでいい。ありがたい申し出だが遠慮しよう。私は輝動隊、そして、お前は教皇の息子――私は構わないが、お前の立場から考えればよくない。私は一人で大丈夫だ」
そう言って、ティアはすぐに幸太郎たちに背を向けて、立ち去ろうとする。
ティアの言葉を受けてリクトは反論できず、ただ彼女を申し訳なさそうな顔で黙って見送ることしかできなかった。
一方、幸太郎は立ち去るティアの背中に向けて「ティアさん!」と大きな声を上げて呼び止めた。
「今日はありがとうございました」
「……礼を言うのはこちらだ」
振り返らずに、ティアはそう言い残して立ち去った。
ティアが立ち去ってしばらくした後、リクトの迎えの車が来た。
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