第15話

 秘密研究所内にある、僅かな照明でしか照らされていない薄暗い実験場は小規模な体育館ほどの広さを持っていた。


 そんな薄暗い実験場内にいるセラと沙菜は、お互いある程度の間合いを保って向かい合っていた。


 お互い向かい合ったまま言葉を交わすことはなく、二人の間の空気は張り詰め、すぐにでも張り詰めていた空気が破裂しそうな雰囲気だった。


 本来ならばリクトも加勢するつもりだったが、リクトの立場と足手まといになることを考えたヴィクターに制止させられ、ヴィクターは幸太郎とリクトを連れて実験場の隣にある別室に移動した。


 ヴィクターたちがいる部屋には、隣にある実験場の見ることができるマジックミラーがあり、三人はセラと沙菜の様子をマジックミラー越しで見守っていた。


 沈黙状態が続いていたセラと沙菜だったが、ここでようやくセラが口を開いた。


「水月先輩、あなたはなぜ私の前に現れたのでしょうか」


「……決まっています」


 セラの質問に一瞬答えに窮した沙菜は、チェーンにつながれた自身の輝石を、武輝である自身の身長大の杖へと変化させ、憎悪にも似た激しい怒りを宿した視線をセラに向ける。


 沙菜の瞳は激情を宿していたが、どこか理性的な光が見え隠れしているようにセラには感じた。だが、それを指摘することはせず、ただ辛そうな表情を一瞬だけ浮かべてセラは沙菜を見つめ返し、決して彼女から目を離さなかった。


「今の事態をさらに混乱させるあなたを捕えるためです」


「今はまだ捕まるわけにはいかないんです……責任は後で必ず取ります」


「こちらに従わないのなら容赦はしません」


 戦いが避けられないことを察したセラは、一瞬の逡巡の後にチェーンにつながれた自身の輝石を武輝である剣に変化させて沙菜を見つめる。


 沙菜を見つめるセラはハッキリとした迷いがあったが、それ以上に何か強い覚悟を決めていた。


 迷いを抱きながらもセラは武輝を構えると、沙菜はフワリと宙に浮いた。


「……あなたとはいずれこうなると想像していました」


 沙菜の一言にセラは何も答えず、ただ鋭い視線を彼女に向けて武輝を構える。


 何も答えなかったが、セラは沙菜と同じことを思っていた。


 二か月前、煌王祭の時にはじめて沙菜と会った時から――優輝と久しぶりに会った時から、いずれ、沙菜とはこうして戦うことになると思っていたからだ。


「この事態を解決するため――そして、優輝さんのため! 私は全力であなたを止める!」


 声高々に宣言するとともに、体育館内に無数の光球が突然浮かび上がった。


 狭い体育館内を十分に埋め尽くし、逃げ場がないほどの光球にセラは囲まれる。


「あなたが私の邪魔をするというのならば、ここで私はあなたを倒します――」


 自分に言い聞かせるようにそう呟き、手に持った剣を逆手に持ち替えたセラ。


 両足に力を入れ、宙に浮かんでいる沙菜に向けて跳躍しようとした瞬間――


 セラを囲んでいた光球が一斉に爆発し、その衝撃で地下全体が大きく揺れる。


 爆発の瞬間に跳躍したセラだが爆発の衝撃で体勢が崩れる。


 空中で体勢を崩すセラに、間髪入れずに沙菜は攻撃を仕掛けた。


 杖が一瞬だけ光ると同時に、矢のような形をした光弾がセラに向かって数発発射された。


 空中で体勢を崩すセラに容赦なく襲いかかる光弾――だが、空中で身を翻したセラは体勢を立て直し、身を捻って光弾を回避し、身を捻ると同時に逆手に持って振った武輝で撃ち落とす。


 沙菜の攻撃を無力化させると同時に空を蹴って一気に沙菜に飛びかかる。


 咄嗟に武輝に意識を集中させて強固なバリアを張る沙菜。


 鋭い気合とともに勢いよくセラは全身を回転させて、勢いをつけた武輝による攻撃が沙菜の張ったバリアに激突する。


 一瞬の抵抗があったが、セラの鋭い攻撃に耐え切れず沙菜のバリアは砕け散り、砕けたバリアの破片は光の粒子となって周囲に散った。


 バリアの砕け散った衝撃で沙菜は吹き飛ぶが、踏ん張って壁に激突するのは防いだ。


 吹き飛んだ衝撃が消えた瞬間、すぐさま沙菜は攻撃に転ずる。


 杖から撃ち出した光弾を沙菜は乱射させ、そのすべてがセラに襲いかかる。


 次が次へと、四方八方から襲いかかる光弾すべてにセラは対応し、すべてを撃ち落とす。


 セラは光弾を撃ち落としながら空を蹴って光弾を回避し、一旦着地する。


 着地しても襲いかかる光弾にセラは後方に身を翻し、撃ち落としながら回避して着地――その一連の行動を何度も繰り返す。


 一つ一つの光弾の動きをすべて見切りながら、回避、撃ち落とすセラだが――


 迫る光弾を回避しようとした瞬間、すぐ背後が壁であることに気づいた。


 壁際に追い込まれ、それが沙菜の狙いだったということに気づきながらも、迫る光弾を武輝で撃ち落とした。


「……もう逃げられません」


 冷え切った沙菜の声が響くと同時に、宙に浮かんでいる沙菜の杖が燦然と輝きはじめる。


 光り輝く杖の先端をセラに向けた瞬間、武輝に変化した輝石のエネルギーを極限まで絞り出し、搾り出したエネルギーは極太のレーザー状になってセラに放出された。


 自身に迫る沙菜の強大な攻撃に、壁際に追い込まれたセラの表情は冷静そのものだった。


 逆手に持っていた武輝を順手に持ち替え、強く握り締める。


 すると、セラの武輝である剣の刀身が、沙菜の武輝以上に燦然と光りはじめる。


 自身に迫る沙菜の攻撃に向けてセラは思いきり一歩を踏み込み、同時に武輝を振う。


 極太のレーザー状になった輝石のエネルギーがセラの振るった武輝によって両断され、霧散する。


「……気が済みましたか?」


 激しく動きながらもまったく息切れしていないセラはそう呟いて、宙に浮かんで軽く息切れしている沙菜に鋭い視線を向けると、沙菜は悔しそうに表情を歪ませる。


 セラは再び武輝を逆手に持ち替え、一身をかがめると同時に沙菜に向けて跳躍する。


 沙菜の目の前に来た瞬間、セラは身体を回転させると同時に武輝である剣を沙菜の脳天めがけて振う。


 自身の反応では対応できないセラのスピードに、沙菜は呆然と自分に迫るセラの攻撃を見ていることしかできなかった。


 そして、セラの武輝は宙に浮かんでいる沙菜を地上へと落とした。


 輝石の力を使っているので大事には至らないが、それでも強烈なセラの攻撃に加えて、激しく身体を床に叩きつけられ、沙菜は苦悶の表情を浮かべて呻き声を上げる。


 武輝である杖を支えにしてヨロヨロと立ち上がろうとする沙菜だが、ダメージが深刻なのかすぐに倒れてしまう。それでもまた沙菜は立ち上がろうとする。


 そんな沙菜を見て、セラは辛そうな表情を浮かべる。


「もういい――もうやめましょう……これ以上は無駄です」


「……そんなこと、できるわけがない」


 武輝である杖を支えにしてようやく沙菜は立ち上がり、セラとの圧倒的な実力差を見せつけられ、満身創痍でありながらも決して折れていない力強い目でセラを睨んだ。


「優輝さんはきっと、この状況を良くしてくれる……優輝さんの考えに間違いはないんです……だから、あの方の障害になるあなたを私は絶対に止める……」


「……彼のことを信じているんですね」


 セラの言葉には何も答えなかったが、当然だというような視線をセラに向け、沙菜は再び武輝を構える。


「優輝さんは私の才能を見出して、落ちこぼれと周囲に蔑まされていた私を信じてくれた……その時から私は決めたんです――優輝さんのために強くなるって、優輝さんのためなら何でもするって……ずっと信じてついて行くって!」


 フワリと宙に浮かび上がる沙菜。


 私だって、同じだった……

 裏切られても、私は……それでも、私は――私は……――


 昔の自分を見ているかのような沙菜の言葉の一つ一つがセラに突き刺さり、無傷にも関わらずセラの表情は辛そうでそれ以上に悲しそうで、沙菜よりもダメージを負っているようだった。


「私は優輝さんを信じ続ける! だから負けられないんです!」


 宙に浮かんだ沙菜は、自らを奮い立たせるような叫び声にも似た声を上げ、セラに向けて光弾を発射する。


 沙菜が発射した光弾はセラに直撃して、セラは受け身も取らずに床に叩きつけられた。


 沙菜が発射した光弾は強い力を持っているものだったが、それでもセラには容易に避けられ、武輝で撃ち落とすことができるものだった。


 だが、セラは避けることができなかった――いや、避けることを考えていなかった。


 水月先輩は昔の私だ……ただ、無心にティアと優輝を信じ続けていた自分だ。

 あの二人のために強くなって、あの二人のためなら何だってできたあの頃の自分だ――……


 沙菜の攻撃が直撃して、大の字に倒れたままのセラは頭の中で四年前の自分と、今自分と対峙している沙菜の姿を重ね合わせていた。


 そして、昔の自分と重ね合わせているからこそ、今の沙菜の気持ちが痛いほど理解できるセラは立ち上がることができなかった。


「……セラさん、あなたは一体何がしたいんですか?」


 倒れたまま立ち上がる気配がないセラに向けて沙菜は質問する。


 沙菜の表情は戦いで負った怪我の痛みに堪えて辛そうであり、セラに対して苛立ち、そして、迷いのようなものがあった――しかし、それ以上に力強い意志を宿していた。


 ……水月先輩はきっと冷静だ。

 だから自分の感情を否定する、矛盾した思いを抱いてるのを理解しながらも苦しんでいる。

 それでも、必死に水月先輩は信じようとしている……あの時の私と同じで。

 ……水月先輩は私が忘れていた強い気持ちを持っている。

 私が負けてしまうほどの強い気持ちを、今の水月先輩は持っている……


 心の中で沙菜に対して敗北感を覚え、自分の敗北を認めたセラは、大切なものを忘れていた自分に自己嫌悪に陥りながらも、妙に晴々とした表情を浮かべて起き上がった。


「水月先輩、私の負けです……」


 泣き出しそうな顔を浮かべて敗北を認めながらも、セラは武輝を持つ手に力を込める。


「でも……それでも、私は立ち止まれない……立ち止まれないんです!」


「私も退くつもりは――自分の気持ちから逃げるつもりはありません……私は……私はどんなことがあっても優輝さんを信じるだけです!」


 お互いの気持ちを叫び、宙に浮いた沙菜とセラは武輝を構える。


 二人の間に沈黙が流れるが、それは一瞬だった。


 セラの足下が発光すると同時に、彼女の周囲を囲むように光球が現れる。


 咄嗟にセラは側転して回避すると、光球は瞬時に爆発する。


 瞬間、上空から雨のように光弾が降ってくる。


 最小限の動きで、今度は壁際に追い込まれないようにセラは回避を続ける。


 だが、回避した光弾が急に軌道を変えてセラの死角から襲いかかってくる。


 不意を突かれたセラは光弾に直撃しながらも、すぐに態勢を立て直す。


 しかし、体勢を立て直した瞬間再び自分を囲むように光球が現れた。


 避ける間もなく周囲の光球は爆発し、その衝撃によって上に吹き飛ばされるセラ。


 爆発の衝撃が全身に伝わり、苦悶の表情を浮かべ、呻き声を上げそうになるセラだが、それを堪え、空中で体勢を立て直し、空を蹴って一気に沙菜との間合いを詰める。


 痛い――……でも、本当に痛いのは水月先輩だ――

 もういい……もうこんな戦いはもう嫌だ……

 もう――終わらせる!


 この戦いを終わらせることを固く決意したセラは、沙菜に対して抱いている自分の気持ちを武輝に込めると、手にした武輝が燦然と輝きはじめる。


 強烈な一撃が来ることを察知した沙菜だが、バリアを張ることはしなかった。


 すべてはセラを止めるために防御を捨て、攻撃することだけを考える。


 一気に肉迫するセラに、沙菜は細長いレーザー状の光を乱射する。


 一撃一撃の攻撃力は微弱だが貫通力に特化し、輝石の力で全身の表面にバリアを張っている輝石使いでも、バリアを貫通してダメージを与えることが可能だった。


 しかし、バリアを貫通しても一撃の威力が少なく、ダメージも微々たるものだったが、何度も食らえば話は別で、確実に相手の体力を削ぐ光弾だった。


 沙菜が放った光弾の威力と特性にすぐに察知したセラだが、回避することも防ぐこともなくただ真っ直ぐと沙菜に向かう。


 セラもまた沙菜と同様防御と回避を捨てて、攻撃することだけを考えていた。


 沙菜が放った光弾が腕に当たり、針に刺されるような痛みが走るがセラは気にしない。


 全身に光弾が当たって痛みで声を上げそうになっても、服に光弾が掠めて切れても、気にすることなく真っ直ぐと沙菜に向かう。


 痛みに堪えながら、沙菜が自身の攻撃の間合いに入った瞬間、セラは光を纏った武輝を袈裟懸けに思いきり振り下ろす。


 短い悲鳴とともに沙菜のかけていた眼鏡が砕け散り、受け身も取らずに地面に落下した。


 セラの強い想いが込められた強烈な一撃をまともに受けても沙菜はまだ戦意を失っていないが、立ち上がることはもちろん、動くこともできない様子だった。


 そんな状態になっても武輝を手放すことなく必死に立ち上がろうとする沙菜に、セラは辛く、むなしい気持ちでいっぱいになっていた。


「……今でもわかっています」


 沙菜にしか聞こえないような声で、セラは呟くようにそう言った。


「優輝は友達のためなら自分の力を惜しみなく使い、友達でなくとも放っておけない人が目の前にいれば理由なく手を差し伸べる……水月先輩を救ったように」


 沙菜はまだ戦意を失っていないにもかかわらずセラは武輝を輝石に戻して、昔の優輝の姿を思い浮かべるとともに、彼との思い出を回想して穏やかな表情を浮かべた。


 セラの言葉を聞いて、倒れたままの沙菜の表情は一瞬だけ優しげな笑みを浮かべるが、すぐに戦意を失っていない鋭い視線をセラに向けた。


「それなら……どうして……」


「水月先輩も理解しているはずです……そんな人物がおかしいことに」


「私はただ、優輝さんを信じるだけです……」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、ボロボロの状態でいながらも戦意を失っていなかった沙菜はようやく気絶し、最後まで握られていた武輝が輝石に戻った。


 倒れている沙菜を見つめながら、セラは自分の感情が抑えるのが限界になっていた。


 おもむろにセラは手の中にあるチェーンにつながれた自身の輝石を見つめた。


 手の中の輝石は弱々しく曇った光を一瞬だけ放った。


 私は……私は何のためにここまで……

 水月先輩はあれだけ彼のことを信じているのに、私は……


 沙菜と自分の圧倒的な意志の差に敗北感と、それ以上に自分に対しての怒りと不甲斐なさに胸がいっぱいになって、セラは手の中にある輝石を握り締めた。


 戦いが終わった実験場内でセラは立ち尽くしたまま動くことはなかった。


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