第一章 煌王祭のはじまり

第1話

「動くなよ! 大人しくしねぇと、こいつの首を掻っ切るからな!」


「クッ……人質を取るとは卑怯だぞ!」


「こんな状況で卑怯もクソもねぇよ! いいからさっさと俺から離れろ! でないと、本気でこいつの首を掻っ切っちまうぞ!」


 下校する生徒が多い放課後のセントラルエリアの駅前広場では騒然とした状況になっており、一人の男の野太い怒声が響き渡っていた。


 怒声を張り上げている主は、人質である少年の背後に回って、その少年の細い首に武輝ぶきであるナイフを押し当てている屈強な外見の男の輝石きせき使いである。


 そんな男と相対するのは、風紀委員の一人であるショートヘアーの女子生徒、セラ・ヴァイスハルト――端正で凛とした顔立ちを怒りと悔しさで滲ませていた。


「セラさん、ごめん。油断した」


「七瀬君、今は自分の心配をしてください」


「でも、ドラマみたいでドキドキする」


「ず、随分余裕みたいですね」


 平凡な顔の人質の少年――風紀委員の一人・七瀬幸太郎ななせ こうたろうはナイフを首に押し当てられながらも、怯えている様子はなく、この後の展開に呑気に期待に胸を膨らませていた。


 幸太郎の緊張感のない様子にセラは呆れていた。


 この状況になったのはつい五分前に遡る――


 最近多発している自動販売機荒らしを捕まえるため、一週間前から事件の捜査していた幸太郎たち風紀委員は、捜査線上に浮かんだ容疑者と接触した。


 しかし、接触した瞬間、容疑者である男は逃げ出してしまった。


 接触したのはアリバイを聞くだけで、まだ犯人だという確証が揃っていないにもかかわらず、逃げ出したことで男が犯人であるという線が濃厚になった。


 自分の首を自分で絞めている男を風紀委員たちは追い詰めるが――幸太郎が油断して人質になり、今に至る。


「あの、僕を人質にしても多分意味ないと――」


「うるせぇ、黙ってろ!」


「そろそろ来る人は多分セラさんみたいに――」


 黙れと言われてもまだ喋る幸太郎の首に、男はナイフを強く押し当てる。


 首の薄皮が切れて自身の首から一筋の血が流れると、さすがの幸太郎も黙った。


「こうなりゃヤケクソだ! お前を利用して、アカデミー都市から逃げて――」

「オーッホッホッホッホッホッホッ! 甘いですわねぇ! 甘いですわ! 大甘ですわ!」


 最後まで逃げ切ることを決意する男だが、そんな男の決意を嘲るような高笑いが響き渡り、男の決意を甘いと一刀両断にする。


 ……衝撃に備えよう……


 バカみたいな高笑いを聞いて、幸太郎は衝撃に備える準備をして覚悟を決める。


「時代錯誤も甚だしいアホみたいな笑い声をしやがって! 一体誰だ!」


「ぬぁんですってぇ! 偶然にも人質を取れただけで、逃げられると思い込んでいる見通しの甘い男が、調子に乗るのもいい加減にしなさい!」


 耳につく笑い声に、男は苛立ちを怒声とともにぶちまける。


 そんな男に向かって、30mほど先から金髪ロングヘアーで、一部の髪がクセでロールしている抜群のスタイルを誇る少女が走っていた。


「鳳さん! 七瀬君が人質に――」


「甘いですわセラさん! こんな状況で迷うことはありませんわ!」


 セラの制止も聞かず風紀委員最後の一人――鳳麗華おおとり れいかは犯人に向かって一直線に走る。


「お、おい! 人質が見えねぇのか! それ以上近寄るとどうなるか……」


「鳳さん、後でちゃんと謝るから無茶はしないで、一応僕人質だから」


「甘いですわ! あなたのような役立たずに気遣い無用! ――どおりゃあッ!」


 これ見よがしに人質である幸太郎の首にナイフを押しつける犯人だが、麗華の走る速度は止まることなく、むしろ上がっていた。


 5mほど近づいた瞬間、麗華は男に向けて跳躍し、空中で一回転して勢いをつけてからの飛び蹴りを男に向かって放ち、麗華の靴底が男の顔面にめり込んだ。


 ……黒のレースのちょっと背伸びをしている感じ――グッと来た!


 男は押さえつけていた幸太郎とともに、吹き飛び、気絶していた。


 幸太郎は飛び蹴りした際にチラリと見えた麗華の下着に目を奪われながらも衝撃に備えており、それに加えて男の身体がクッションになったので運良く無傷で無事だった。


「失敗しましたわね! 七瀬さんに人質としての価値は皆無! 今度からはもっと価値ある人間を人質に選ぶことですわ! まあ、もう聞こえてはいませんでしょうけど」


 強烈な蹴りを食らって気絶した男に向かって麗華は吐き捨てるようにそう言った。


 特に怪我もない様子で立ち上がった幸太郎に、心配そうな表情のセラは駆け寄ってきた。


「七瀬君、大丈夫ですか? どこか怪我はしていませんか?」


「セラさん、心配無用ですわ! そんな役立たず放っておきなさい!」


「心配してくれてありがとうセラさん。それと、助けてくれてありがとう鳳さん」


 二人にお礼を言う幸太郎。そんな彼にセラは安堵したように笑みを見せ、麗華は機嫌が悪そうに鼻を鳴らしていた。


 風紀委員が事件を解決したことに、野次馬たちは拍手喝采を送る。


「オーッホッホッホッホッホッホッ! 皆様、風紀委員をこれからもご贔屓に! セラさん、その無様に倒れている彼を拘束するのですわ!」


 野次馬たちに拍手喝采を受けて気持ちの良さそうに高笑いをする麗華の指示に従い、セラは倒れている自動販売機荒らしの男の手首に結束バンドのような手錠をかけ、拘束する。


「皆様! わたくしたちは風紀委員、この腕章が目印ですわ! 何かあれば何でもご相談を! 懇切丁寧に相談に乗りますわ! オーッホッホッホッホッホ!」


 腕に巻いている、赤と黒のラインが入った腕章をこれ見よがしに見せつける麗華。


 最近風紀委員のために支給された、風紀委員である証の腕章だった。


 気持ちよく営業スマイルを浮かべている麗華と、ブイサインをしてアピールする幸太郎だが、野次馬たちの注目のほとんどはセラに向けられ、セラは戸惑っていた。


「キャー、素敵です、セラ様! 私、女だけどセラさんになら何だって……」

「セラさん……今日も一段と輝いているぜ……」


「れ、麗華様……あ、あの気の強そうな瞳をこちらに向けて、罵って……」


 異性同性問わずのセラの熱狂的なファンの声援、そして、麗華の一部のマニアックなファンの声援が駅前広場にこだましていた……幸太郎のことは見えていないようだった。


「なんですの……なんですの、この差は……」


「鳳さん営業スマイルが崩れてる。スマイルスマイル」


 セラとの差に嫉妬の叫びを上げようとする麗華だが、幸太郎に指摘されて張り付いたような営業スマイルを自身のマニアックなファンに向けた。


 マニアックなファンはそれだけで愉悦に浸っていた。


 半月ほど前に設立された風紀委員は順調に、そして確実に実績を上げていた。



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