第15話

 麗華の携帯を届けようと、幸太郎は走っていた。

 

 ボンヤリ歩いているとまた小言を言われそうなので、一応走っていた。

 

 一緒にいるかと思い、セラに連絡をすると、どうやら花火の一件を調べると言って、セントラルエリアで麗華と別れたばかりだと言った。


 麗華は二発目の花火が打ち上げられたと思われる、セントラルエリアの駅の近くにある公園に向かったということだった。


 そろそろ公園に到着する頃、急に人通りが激しくなってきていた。


 全員、花火が打ち上げられたとされる公園の様子を見に来た野次馬たちだった。


 えーっと、鳳さんはどこかな? 鳳さん、鳳さん……。


 野次馬をかき分けながら、幸太郎は麗華を探していると、再び花火が打ち上げられた。


 野次馬たちは一斉に、どこからかともなく打ち上げられた花火を見上げていた。


 しかし、幸太郎だけは麗華を探していた。


 あ、いた――ッ!


 ようやく麗華の姿を見つけたと思った瞬間、彼女の背後に車が停車して、車からスキンヘッドの大男が麗華に向かって飛びかかった。


 何発も上がっている花火に集中していた麗華は不意を突かれ、反撃する間もなくハンカチを口に覆われると、糸の切れた人形のように俯いて動かなくなった。


 ピクリとも動かない麗華を、スキンヘッドの大男は流れるような動作で、車の後部座席に詰め込み、すぐに車を発進させた。


「鳳さん! ……あの! 鳳さんが攫われたんだけど! あのー!  ……ダメだ」


 野次馬たちは麗華が連れ去られたことを、花火に集中しているせいで気づいていない。


 声を張り上げても、野次馬たちは気づく様子はない。


 何度も声を張り上げても、どうせ気づかないだろうと瞬時に判断した幸太郎は、すぐ近くにいる自転車から降りて花火を見上げていた男子生徒を見て、閃いた。


「ごめんなさい、自転車借ります!」


「え? あ、ちょ、ちょっと! 俺の自転車!」


「ごめんなさい! 後でちゃんと返すから!」


 花火を眺めているのに集中していた男子生徒は、幸太郎に自転車を奪われても、咄嗟に反応することができず、ただ彼が自転車をかっぱらうのを見ていることしかできなかった。


 今まで出したことのないほどの猛スピードで幸太郎は自転車を走らせて、麗華を連れ去った車を追う。


 どうして麗華が連れ去られたのか、自転車で車に追いつくことなんてできるのかという疑問が頭に浮かんだが、今は考えることよりも自転車をただ無心にこぐことに集中した。



―――――――――



 

 計画の第二段階を終えたドレイクだが、まだ安心できない。


 拉致した時に、野次馬の全員が花火に集中していたのが幸いだった――これも、北崎の計画の一部らしいが。


 本来ならば猛スピードで目的地へと向かいたい気持ちだったが、ここは冷静ならなければ、続々と花火が打ち上げれた公園に集まってくる野次馬たちに不審に思われるからだ。


 制限速度を守りながら、ゆっくりと、確実にドレイクは先に進む。


「ふぅ……野次馬が思ったよりも多かったのが少し不安だったけど、運良く成功したね」


「安心している暇はない、早く手錠をかけろ」


 拉致に成功して興奮している北崎に、運転をしながらポケットの中にあるプラスチックでできた結束バンドのような手錠を投げ渡した。


 手錠を渡されて、北崎は即効性の睡眠導入剤を染み込ませたハンカチを押し当てられて眠っている麗華の腕と親指、そして足に手錠をかけて拘束する。


 眠っている麗華に手錠をかけて、北崎は一仕事終えたようなサッパリした表情をする。


「よし、終わったよ。しかし、いい感じに計画が進んでいるねぇ」


「……輝動隊と輝士団の対応はできているんだろうな」


「大丈夫、その点も抜かりはないよ。治安維持部隊は僕たちなんかに目もくれない

さ」


 妙な自信に不安を覚えるドレイクだったが、今のところ彼の言う通りにして成功しているので、反論することができなかった。


 ドレイクはふいにバックミラーに映る、安らかに目を閉じている麗華を見る。


 何も知らずに巻き込んでしまった麗華を見て、ついに自分が北崎の計画に乗ったことを改めて思い知り、同時に罪悪感が芽生える。


 今は何も考えるな……運良くこのまま進めば、きっと成功する……


 ドレイクは心の中で自分にそう言い聞かせ、罪悪感を無理矢理消した。


 今は何も考えたくないので、ドレイクは追手がいないか車のサイドミラーを見た。


「あれは……」


 サイドミラーに映る、猛スピードで自転車を走らせてくる一人の少年の姿に、ドレイクは一瞬動揺するが、すぐに平静を取り戻す。


 サイドミラーに映る少年は、風紀委員のメンバーの中でももっとも危険度が低く、脅威ではない人物だからだ。


 サイドミラーを見て一瞬動揺したドレイクの姿を怪訝に思い、北崎もサイドミラーを見た。すると、北崎は口を三日月形にさせて心底愉快そうな笑みを浮かべていた。


「セラ・ヴァイスハルトでなければ問題ないよ。無視しても大丈夫、計画に支障はない」


「了解した――……だが、念のためにスピードを上げるぞ」


 少しスピードを上げただけで、すぐに少年との距離は離れた。


「今の少年は風紀委員のメンバーだったな」


「一応ね。まあ、武輝も出せない落ちこぼれだから、風紀委員の広告塔以外では役立たずで、厄介払いされていたようだよ。だから、計画に何ら支障はないよ」


 自転車にもかかわらず、必死でこちらを追ってきている少年を北崎は完全に舐め切っていて、相手にしていなかった。


 北崎の意見には同意だったが、自転車で必死に食らいつこうとしている少年の必死な姿に、ドレイクは根性だけは認めることにした。


「さあ、今は彼よりも計画の第三段階に移行することが重要だね。どうせ、あの少年は輝動隊か、そろそろ来ると思われるガードロボットに鎮圧されて終わりさ」


「……了解した」


 北崎の言う通り、ドレイクはサイドミラーに映る少年よりも、計画の第三段階に移行することに集中をはじめた。



―――――――――――




 幸太郎は息切れしながらも、自転車を走らせていた。


 途中までは若干スピードが遅かったので、追いつけることができるかと思ったが、すぐにスピードを上がってあっという間に離されてしまった。


 それでも必死に追っていたが、結局見失ってしまう。


 だが、幸太郎は適当に自転車を走らせれば、もしかしたら車と鉢合わせするかもしれないと思い、車を探していた。


 しかし、それももう限界だった。


 体力の限界を軽くオーバーしながらも、自転車を走らせていた幸太郎は、ついに自転車から降りて、乱れた息を整えていた。


 息を整えようとするが、酸欠状態で上手く呼吸ができず、吐き気を催していた。


「おいおい、大丈夫か? 随分と無理してたみたいじゃない」


 聞き覚えのある声が、酸欠で意識が飛びそうな幸太郎の背中を優しく摩ってくれた。


 だいぶ呼吸が落ち着いてきた幸太郎は、背中を摩ってくれた人にお礼を言おうと、振り返ると、そこには輝動隊である刈谷祥がいて、幸太郎と目が合うとニッとフレンドリーに笑った。


「ありがとうございます、刈谷さん。おかげでだいぶ楽になりました」


「ああ、別に気にすんな。ところで、随分必死だったようだけど、どうした?」


「ちょっと待っててください、その前にセラさんに連絡しないと!」


 今は刈谷と説明することよりも、セラに麗華が連れ去られたことを連絡しなければと思い、携帯を取り出そうとする幸太郎だったが、その手が止まってしまう。


 携帯を忘れたのを思い出したとか、気持ちの悪さがピークに達して吐きそうになったとかではない――

 突然、刈谷は自身のベルトに埋め込まれた輝石を外して、輝石を武輝であるナイフに変化させたからだ。


 武輝であるナイフの切先を幸太郎の鼻先に突き立てる。ナイフを持っていない方の手には、輝動隊の標準武装であるスタンロッドが握られていた。


 いつも軽薄そうな笑みを浮かべている刈谷だが、今の彼は無表情で冷たい顔をしていた。


「突然どうしたんですか? 刈谷さん」


「今日は輝動隊として、お前を捕まえに来たんだ」


 一瞬耳を疑う幸太郎だったが、刈谷の言葉を合図に、周囲を清掃中だった複数台のガードロボットが幸太郎の周囲を取り囲んだ。


「僕、何もして――あ、自転車を無理矢理借りたか……でも、それ以外何もしてません」


 それ以外、輝動隊に捕まる理由がない幸太郎だが、刈谷は首を横に振って「そうじゃねぇ」と否定した。


「お前、いや、正確にはお前ら風紀委員を捕まえなきゃならねぇ」


「風紀委員が? ……確かに、グレーゾーンなことはやっていると思うけど……でも――」


 言い訳しようとする幸太郎の頬に、刈谷の持つナイフの冷たい刃が押し当てられる。


「取り敢えず、神妙にお縄を頂戴してもらうぞ」


 幸太郎の言い分を聞くことなく、冷たく刈谷はそう言い放った。




――――――――――




 一体、これはどうなっているんだ?


 この混沌とした状況に、セラはそう叫びたかったが、今はそんなことを言ってパニックになっている暇はなかったので、心の中でそう叫ぶことにした。


 何発も上がっている花火だが、セラがウェストエリアに到着する頃には、花火がひっきりなしに打ち上げられ、ベンチや街灯などの公共物が爆発していた。


 突然上がった花火と、突然の爆発騒ぎ、明らかにエスカレートしている事態に、みんなパニックになっていた。


「みなさん、落ち着いてください! 焦らず、身を低くしてください!」


 安全な場所を探そうと、パニックになって逃げ惑う生徒たちを、セラは誘導していた。


 すぐにでも爆発の原因を探りたかったが、輝動隊や輝士団が出てこないので、風紀委員としてセラは通行人を誘導することを優先していた。


 しかし、パニックになっている生徒たちにセラの声が届くわけがなく、むなしくセラの声が響いているだけで、誰も聞こうとはしなかった。


 それでも諦めることなく注意を促し続けていると、ようやく輝動隊が現れた。


 これで少しは楽になる――そう思っていたセラだったが……


「風紀委員の一人、セラ・ヴァイスハルトだな! この騒ぎの関係者の一人として、お前を捕えに来た。輝石を捨て、大人しく膝をつけ」


 輝動隊のその言葉に、セラの周囲から人が離れ、怯えるような目でセラを見ていた。


 武輝を持って殺気立つ十人以上の輝動隊にあっという間に囲まれてしまう。


 身に覚えのない事実に、納得ができないセラは、囲まれても膝をつくことはしなかった。


「何を言っているんですか! 私はそんなことをした覚えはありません」


「お前が関与していたかどうかは拘束した後に調べ上げる」


「ふざけないでください! 証拠はあるんですか?」


 セラの言葉に、輝動隊は自信ありげに不敵な笑みを浮かべた。


「鳳麗華が関与したという証拠がある! 映像も指紋も残っている。現在鳳麗華の行方は不明だが、我々は必ず捕まえる」


 一瞬セラは耳を疑ったが、そんなことを信じられるわけがなかった。


「鳳さんがそんなことをする人だと本気であなたたちは思っているのですか!?」


「動機もある。鳳麗華は風紀委員を設立するため、自作自演の事件を引き起こしたと思われる。証拠もあり、動機もある……今のところ疑う余地はない」


 麗華が犯人でないと疑っていない輝動隊たちに、彼らが本気であることをセラは悟る。


 しかし、いくら麗華は風紀委員を設立しようと考えていて、他の治安維持部隊の邪魔だとしても、彼にも麗華は輝動隊を設立した鳳グループで、学園長の娘。


 セラ個人としても、出会ってまだ一週間くらいしか経っていないが、麗華のことは計算高くとも誇り高い人物だと思っており、こんな騒ぎを起こすとは信じられない。


 そんな彼女を擁護することなく、捕えようとする輝動隊にセラは納得できない。


「鳳さんは鳳グループの、それも学園長の娘、それでも疑っているのですか?」


「我々に直接指示を出したのは、その学園長だ」


 輝動隊の言葉に、軽いショックを受けるとともにセラは怒りを覚える。


 輝動隊が動いている理由がわかったが、それ以上の疑問がセラは浮かんだ。


「学園長自らが……? 親なのにどうして娘を信じようとしないのですか!」


「それは我々が関知することではない」


 輝動隊の一人は冷たくそう言い放った後、薄らと笑みを浮かべる。


「しかし――邪魔な風紀委員を潰せる大義名分ができたのは、我々には嬉しい限りだ」


「なるほど……もとより、彼女を信じる気のないあなた方と話しても時間の無駄でしたね」


 下衆な笑みを浮かべる輝動隊に、セラはこれ以上話すのは無駄だと判断する。


 麗華が犯人でないと疑問を持ったとしても、誰一人味方になろうとしない状況に、セラは激しい怒りの炎を燃やすとともに、自分だけでも彼女を信じるという強い決意を抱く。


 セラはポケットの中からチェーンに繋がれた自身の輝石を出した。


 輝石を取り出した瞬間、雰囲気を一変させたセラに、輝動隊たちの間に緊張が走る。


「それならば――私は一人でも彼女を信じます……そこをどいてもらう」


「武輝を出すつもりか? そのつもりならば、我々も容赦はしない」


「それはこっちの台詞だ」


 セラは忠告も聞かず、光とともに輝石を武輝である剣に変化させる。


 口調を一変させて、戦闘態勢に入ったセラに、輝動隊たちも武輝を構える。


「これから私は友達を探す。お前たちが邪魔をするのなら容赦はしない」


 数十人の輝動隊に囲まれているにもかかわらず、セラは堂々と啖呵を切った。


 数では圧倒的に有利だというのに、輝動隊たちはセラの圧倒的な威圧感に尻込みする。


 しかし、治安維持部隊の一つ、輝動隊であるという誇りを持っているため、隊員たちは一人も逃げることなく、自分に喝を入れるように雄叫びのような気合を上げながら、一人の隊員が武輝である斧を振り上げてセラに立ち向かった。


 それを皮切りに、一人、また一人とセラに飛びかかる。


 一斉攻撃にセラは狼狽えることなく、目に鋭い光を宿らせ、輝動隊に立ち向かう。


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