第13話
放課後、風紀委員本部に集まってすぐに幸太郎たち風紀委員は、二人一組になってアカデミー都市を巡回することになった。
腕に風紀委員の証である赤と黒のラインが入った腕章をつけている幸太郎とセラは、イーストエリアを巡回していた。
駅の周りは特に変わっていなかったが、駅の外れにある商業施設、レジャー施設やアミューズメント施設などは一年の間で大きく変わっており、変化した施設を幸太郎はキラキラと輝いている視線で眺めて巡回していた。
「進藤君から聞いたけど、あそこのプール凄い人気があるんだって」
「ウェストエリアの訓練施設にある設備を応用しているんですよ」
「セラさん今度プールに行こうよ」
「邪念を感じるのでお断りします」
「間違いじゃないけど……セラさんってムッツリエッチ?」
「こ、幸太郎君が露骨すぎるだけです!」
たわいのない話をしながら散歩気分で巡回をしている幸太郎を一喝するセラだが、幸太郎は相変わらず飽きたように呑気に欠伸をしていた。
「それにしても全然事件起きないね……平和なことは良いことなんだけど」
「強引な方法で事件解決をするために無用な争いを増やしていますが、実際は制輝軍のおかげで小さな事件は確実に減少しましたから」
「鳳さんに会えるのはまだ先かな」
アカデミーに過激な思想を広めた元凶でありながらも、制輝軍が来て悪いことばかりではないということを複雑な表情を浮かべるセラから聞いて、幸太郎は先行きが不安になった。
「そういえば、この間鳳さんに直接会って伝えたいことがあるとドレイクさんに言っていましたが、幸太郎君は何を伝えるつもりなんですか?」
麗華に会いたがっている幸太郎に、セラは何気なく質問した。
「アカデミーを退学になってすぐに鳳グループが転校先を用意してくれたから、そのお礼を言いたくて。活躍すればいいってドレイクさん言ってたけど、セどうすればいいと思う?」
「それなら、風紀委員が追っている近いうちに行われるらしい大量のアンプリファイアの拡散を止めれば、きっと鳳さんに会えます」
「何だか気合が入ってきた」
「鳳さんに会うために、私も協力します」
自分が受けた恩を本人に直接会ってお礼を言いたい律儀な幸太郎に感銘を受けたセラは、幸太郎を麗華に会わせるために協力を買って出る。協力してくれると言ってくれた心強いセラに、「ありがとう、セラさん」と幸太郎は心からの感謝の言葉を述べた。
しかし、麗華に会うための手段を教えてもらった幸太郎だが、二時間近く巡回しても一度も小さな事件が起きていないアカデミーの状況を思い出し、疑問が浮かぶ。
「小さな事件が起きない今のアカデミーでどうやって大量のアンプリファイアを拡散させるんだろう……そんなことをすれば、逆に目立つと思うけど」
「喧嘩や窃盗などの事件は減りましたが、ここ最近のアンプリファイアに関係する事件は増加しています。外部に情報を漏らさないためにアカデミー上層部は隠せる範囲であれば隠すため、目立たないだけですが……といっても、ネットの掲示板では話題になっていることが多いようです。ほとんどが根も葉もない噂話のようなものですが」
増え続けるアンプリファイアに関係する事件に、セラは苛立っている様子だった。
「定期的に大量のアンプリファイアが拡散され、拡散されたアンプリファイアを手に入れた、アンプリファイアの売人によって私たち生徒に売られます……ですが、売人を叩いてもアンプリファイアの出所は不明で、大元を断つことができないのが現状です」
アンプリファイアに踊らされている輝石使いが多数いる現状で、元凶に近づくどころか、それについての情報が何一つない現状に、歯痒さを覚えて自然とセラは拳をきつく握っていた。
「それじゃあ、鳳さんのためだけじゃなくて、みんなのために頑張らないと」
一人気合を入れている幸太郎を見て、頼りなさそうでありながらも、安心できる心強い何かを感じたセラは、「……そうですね」と呟いて、幸太郎に続いて心の中で気合を入れた。
「――あ、でも、特に鳳さんが何かをしてくれたってわけじゃないから、下手にお礼を言ったら耳元であの高笑いを聞くことになるかも……やっぱりやめようかな」
受けた感銘を台無しにするようなことを平然と言い放つ幸太郎にセラは呆れた。
会話が一段落して再び巡回に集中しようとしていると、離れた位置で人だかりができていることにセラは気づき、幸太郎も遅れて気づいて小走りで人だかりに向かった。
人だかりに到着して、人ごみをかき分けて中心地へと向かうと、そこには傷だらけで膝をついている二人の男子生徒と、傷だらけの二人を冷たく見下ろしている制輝軍の証であるバッジをつけた二人の少年がいた。
制輝軍の二人は高等部男子専用の制服を着ており、幸太郎と同級生くらいの年頃の顔つきだが、放っている威圧感と鋭い眼光は大人にも負けないほどだった。
制輝軍たちは現れた風紀委員であるセラと幸太郎をあからさまに不愉快そうに見つめる。
「遅かったな、風紀委員。もう終わったぞ」
尊大で挑発的な口調で一人の制輝軍がセラに話しかけるが、セラは特に気にすることなく「ご苦労様です」と一言挨拶をして話を続ける。
「かなりの騒ぎになっているようですが、何があったのでしょうか」
「ただの喧嘩だ」
「……二人とも随分と傷だらけですが?」
「だから、ただの喧嘩だと言っているだろう? 何か問題でも――」
「嘘言ってんじゃねぇ!」
制輝軍の言葉を遮るようにして、傷だらけの男子生徒の一人が怒声を張り上げた。
怒声を張り上げた男子生徒を、威圧するような目で忌々しそうに一睨みして黙らせる制輝軍だが、もう一人の男子生徒が続けて怒声を張り上げる。
「俺たちはただ口論してただけだ! それなのに、こいつらが喧嘩だって判断して、こいつをボコボコにして、それを止めようとした俺まで――」
自分たちに起きた状況を怒声で捲し立てて説明する男子生徒だが、その説明を遮るように制輝軍の一人が男子生徒の顎を蹴り上げ、男子生徒は気絶した。
突然のことで止められなかったセラは、蹴った制輝軍を責めるような目で睨んだが、本人は罪悪感を覚えている様子はなく、蹴られて当然だと言うような表情をしていた。
「我々の任務を邪魔した彼も同じく罪人だ」
「彼はあなたたちを止めようとしただけです」
「それならば、力でそれを証明すればよかっただけのことだ。力に決して嘘はない」
「……相変わらず強引ですね」
「今までのお前たちが甘かっただけだ」
明らかにやり過ぎだとセラはもちろん、周囲の野次馬たちもそう思って制輝軍の二人に引き気味で非難するような視線を向けていたが、制輝軍たちは臆することはなかった。
「やり過ぎだとは思わないんですか?」
「これくらいは普通だ。むしろ、これをやり過ぎだと思う貴様は甘すぎる」
「これくらいしておけば、再犯はもちろん、これから犯罪に加担しようと思っている連中に対しての抑止力になる。むしろ、感謝してほしいくらいだ」
「……ふざけるな」
高慢な態度の二人の制輝軍に、セラは激しい怒りを露わにする。
激情をぶつけるセラに圧倒され、息を呑みながらも二人の制輝軍はセラを睨む。
お互い、一触即発の状態が続くが――
「大丈夫?」
蹴られて気絶している男子生徒を枝でツンツンと突きながら、幸太郎は声をかけていた。
幸太郎の呑気な声に我に返ったセラは、気絶している男子生徒は幸太郎に任せ、もう一人の男子生徒に駆け寄ろうとするが――二人の制輝軍がセラの行く手を阻む。
「こいつらは我々が連行する」
「二人は怪我をしています」
「我々に抵抗したからだ。邪魔をするならお前たちも連行するぞ」
セラたちも捕えようとする高慢な制輝軍たちの態度に、「ふざけんな!」「横暴よ!」「いい加減にしろ!」と、いよいよ野次馬たちから非難の声が上がる。
その声に、いっさいの迷いなく制輝軍の二人は輝石を武輝である銃に変化させ、男子生徒に話しかけている幸太郎、そして非難をする野次馬たちに向ける。
「我々に対して文句があるなら、お前たちも同罪だ」
「この場にいる全員、大人しく我々に捕まってもらう」
制輝軍の脅しに臆した野次馬たちの囂々だった非難が一気に止むが、セラの激情は限界まで高まっていた。
幸太郎に銃を向けている制輝軍に向けて、一瞬で輝石を武輝である剣に変化させたセラは、目に映らぬ速さで飛びかかる――
セラの動きについてこれなかった制輝軍たちは、セラの姿が消えたことも輝石を武輝に変化させたことも気づいていなかった。
セラの姿に気づいた時にはすでに遅く――幸太郎に銃を向けていた制輝軍の眼前まで肉迫していたセラは、そのまま武輝を薙ぎ払うように振る。
突然眼前に武輝を持ち、その武輝が自分の脇腹を狙っていることに気づいた制輝軍の表情は、驚愕と恐怖に染まる。
――だが、セラの激情の刃は自身の頬を掠めた一発の光弾によって止められた。
「……大人しくしてください」
そして、背後から聞こえる感情が込められていない声に、一気に平静を取り戻したセラは武輝を輝石に戻して、後ろを振り返った。
セラは振り返ると、自分をジッと見つめている白髪の少女・白葉ノエルが立っていた。
ノエルの登場にセラは一瞬だけ眉をひそめ、幸太郎は呑気に「どうも」と挨拶をした。
制輝軍の二人は圧倒的なセラの実力の一端を垣間見たことと、ノエルの登場に、今まで余裕だった態度を一変させて、顔を青白くさせて余裕を失っていた。
そんな二人の制輝軍に向けて、ノエルは何の感情を抱いていないうつろな目で見つめた。
「今回は少々羽目を外し過ぎたようですね」
ノエルの言葉に制輝軍の二人は揃って「すみません」と頭を下げた。
二人が頭を下げたことをノエルは確認すると、今度はセラに視線を移す。
「彼らも反省しているようですし、この場はあなたたち風紀委員に預けます……それで納得していただけませんか?」
「……納得しない場合は?」
挑発的なセラに、ノエルは小さくやれやれと言わんばかりにため息を漏らし――
「そんなに欲求不満なら、アタシが相手になるよ? セ~ラちゃ~ん☆」
明らかに作っている下手糞な女性の猫撫で声に、セラは露骨に嫌な顔をして、二人の制輝軍は完全に余裕を失って恐怖さえも抱いていた。
聞き慣れない声のする方に幸太郎は視線を向けると、そこには長身の女性が立っていた。
その女性は大人びていながらもどこか子供のような無邪気さを併せ持っている美女であり、手入れのされていないボサボサのロングヘアーと、出るところはしっかり出ているスタイルの上に洗いざらしの薄いシャツを着ており、その上にまだ残暑厳しいというのに皺だらけのロングコートを着て、健康的で扇情的なおみ足がすらっと伸びているショートパンツをはいていた。
その女性はゆったりとした歩調でセラの背後に回り、くびれた細い腰に手を回して後ろから優しくセラを抱きしめ、唐突に抱きしめられたセラは素っ頓狂な声を上げる。
「アタシも最近欲求不満なんだよねぇ……セラちゃん、相手にしてよぉ」
「す、すみませんが、遠慮します……
銀城と呼ばれた女性はセラの返答に子供っぽく頬を膨らませる。
「それじゃあおねーさんのこのたまりにたまった欲求はどうすればいーの?」
「え、えっと、そ、それは銀城さんが解消するべきでは?」
「それならどうやって解消するの? ねぇ、ねぇ、おねーさんに教えてちょーだい☆」
「そ、それは、その……んっ!」
いたずらっぽく妖艶に、好色そうに笑いながら、銀城はセラの下腹部をトントンと優しく人差し指と中指で突くと、セラはどこか熱っぽいため息にも似た悩ましげな声を漏らす。
どこか扇情的な雰囲気な二人に幸太郎は目をぎらつかせた。
「お遊びはそれくらいにしてください、銀城さん。セラさんが抵抗しないようなので仕事に戻ります」
「ウサギちゃんもしてあげよーか? 結構気持ちーぞ?」
呆れているような声音で制止するノエルに、銀城は誘惑するような眼差しで見つめる。
銀城に『ウサギちゃん』と呼ばれたノエルは、無表情の顔に若干の不快感を露わにした。
「遠慮します……それと、ウサギちゃんはやめてくださいと何度も言っています」
「かわいーのに」
「これ以上の会話は時間の無駄です。仕事に戻ります」
「つれないなー、ウサギちゃんは……それじゃあね、セラちゃん」
問題を起こした二人の制輝軍を連れて、銀城との会話を切り上げてこの場を去ろうとするノエルに、不満そうに口を尖らせて銀城はセラを解放した。
解放されたセラは顔を紅潮させて息が荒かった。
ノエルの後に続こうとする銀城だが、ようやく幸太郎の存在に気づいて、彼に向けて下手糞なウィンクをした。
「もしかして君は……七瀬幸太郎ちゃんでしょー☆ 君のことは何度も話を聞いたから知ってるよー。随分面白い人なんだってね」
自分の存在に気づいてくれた銀城に、幸太郎は「はじめまして」と丁寧に頭を下げた。
「うんうん、ちゃんと挨拶のできる子は好きだぞー、おねーさん。おねーさんの名前は
「それじゃあ、ミサちゃんさん」
「『さん』はいらないよ、『さん』は」
「それじゃあミサさん?」
「誰だかわからなくなるから、やっぱりそれはパスで」
「じゃあ美咲さんでいいですか?」
「オッケー。それじゃあよろしくね、幸太郎ちゃん」
フレンドリーな笑みを浮かべて手を差し出してくる美咲に、幸太郎は何の迷いもなく手を差し出して握手をした。握手をしながら美咲は品定めをするように、頭のてっぺんからつま先まで舐めるような目で幸太郎を見つめる。
幸太郎を見つめる美咲の瞳はいたずら好きの子供のように無邪気でありながらも、隠し切れない狂気が孕んでいることに幸太郎は気づいておらず、全体的に軽い雰囲気を持っている彼女のことを話しやすい、ちょっとエッチなお姉さんだと幸太郎は感じていた。
「それよりも、さっきのセラちゃんを見てた君の目、まさに野獣の眼光だったよ?」
「ばれました?」
「そりゃそうだよ~、欲求不満なおねーさんにはビンッビンッ感じちゃった。今からセラちゃんを襲っちゃいそうな、感じがしたよ~?」
ニヤニヤと冷やかすような笑みを浮かべる美咲の言葉に、幸太郎は照れ笑いを浮かべる。
「セラさんもよかったけど、美咲さんもよかったです」
「お、言ってくれるねぇ……おねーさん、本気にしちゃうよ?」
「本当ですか?」
「本気も本気、本当だよ? そういう描写ありになっちゃうよ?」
「はじめてなのでお手柔らかにお願いします」
「……君って噂以上に読めないなぁ」
自分の言葉に顔を真っ赤にして慌て、呆れることも、鼻息荒くして乗ってくることもしないで自然体のままの幸太郎に、何かを感じ取った美咲は興味深そうに幸太郎を見つめた。
そして、美咲は楽しそうな笑みを浮かべると、幸太郎の鼻先を人差し指で軽く小突いた。
「会えてよかったよ、幸太郎ちゃん。それじゃあね~☆」
言いたいことを好きなだけ言って、手をブンブンと振ってノエルの後を追って走り去る美咲に向けて、幸太郎も手を振った。
美咲の姿が見えなくなって幸太郎はセラに視線を移すと、冷めたの目でセラが自分を睨むように見つめてすぐに目を離したことに気がついた。
「……幸太郎君って本当にえっちですね」
「ばれちゃった?」
心底軽蔑して吐き捨てるようなセラの言葉に、漢として否定できない幸太郎は、苦笑を浮かべることしかできなかった。
この後一時間、幸太郎とセラの二人は巡回をしていたが、幸太郎が話しかけてもセラは冷え切った目で一睨みして無言のままだった。
巡回を切り上げて寮に戻ったところでようやく機嫌を直したセラは、別れの挨拶をしてお互いの部屋に戻った。
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