第14話

 巡回が終わり、自室に戻って幸太郎はゆっくりしていると優輝が訪ねてきた。


 優輝はこれからセラの部屋で晩御飯を食べるので、幸太郎も一緒に食べようと誘い、コンビニ弁当よりも美味しいセラの晩御飯を食べられると思った幸太郎は即答でその誘いに乗って、優輝とともにセラの部屋に入った。


 キッチンではセラが晩御飯の支度をしており、サラダの用意をしていたセラは幸太郎が部屋に入ってきたことに気がついて笑顔で挨拶をした。


 幸太郎がリビングに入った途端、ティアは呆れたような視線で幸太郎を出迎えた。


 ティアの視線に何か嫌な予感がした幸太郎は、ティアが座っている椅子から少し離れた位置にあるソファに座った。しかし、逃さんと言わんばかりに幸太郎の隣にティアは腰掛けた。


「……今日の巡回中に制輝軍と一悶着あったようだな」


「まあ、いいじゃないか。アカデミーに戻ってきて早々学内電子掲示板で注目を浴びるなんて、幸先良好だよ。よくやったね、幸太郎君」


「優輝、お前は黙っていろ」


「わかったよ。でも、セラや幸太郎君は何も間違ったことはしていない、だろう?」


「……わかっている」


 開口一番、ティアはつい二時間ほど前に起きた制輝軍との騒動の話題を出した。


 またグチグチと小言がはじまるかと思った優輝は、幸太郎のためにフォローを入れようとするが、ティアの迫力に思わず口を閉じてしまった。


 しかし、優輝の言葉に毒気が幾分削がれたのか、ティアは一度小さく呆れたようにため息を漏らして、肩の力を抜いた。


「セラから詳しい話を聞いたが、今回の一件は制輝軍に問題がある……だが、覚えておけ」


 威圧するように睨んでくるティアに、幸太郎は思わず息を呑む。


「制輝軍は個より集団の戦法を得意とする。つまり、お互いがお互いを信頼しきって仲間意識が強い。中途半端に手を出せば多数から恨まれるということを忘れるな」


「中途半端にならないように気をつけます」


「……それでいい」


 深く考えていなさそうな幸太郎の返答に、ティアは呆れながらも一瞬だけ温かく微笑む。


「――しかし、幸太郎君はあの銀城さんに随分と気に入られたみたいだね」


「気に入られたんじゃない。ただ、新しい物好きなだけだ……すぐに飽きる」


 話が一段落して優輝は銀城美咲の名前を出すと、美咲に対して好印象を持っている幸太郎とは対照的に、ティアはあからさまに嫌そうな顔をした。


 美咲の名前を出した途端に変わったティアの雰囲気に、幸太郎は疑問が浮かぶ。


「ティアさん、美咲さんと知り合いなんですか?」


 何気ない幸太郎の質問に、ティアは答えに窮していた。


「銀城さんティアと同級生なんだ。それで友達――」

「――違う。ただの同級生だ」


 何も知らない幸太郎のために説明をする優輝を遮って、ティアは冷静な声でありながらもキッパリと強い口調で友達ではないと言った。


「制輝軍の人だと思っていたんですけど、美咲さんってアカデミーの人なんですか?」


「銀城さんはアカデミーにいながら制輝軍に協力――というか、雇われているんだ」


 制輝軍に雇われているという美咲の状況を理解できずに幸太郎は首を傾げる。そんな幸太郎の様子を見て、ティアは仕方がないと言わんばかりに小さくため息を漏らす。


「銀城美咲――不愉快なことだが奴の実力はアカデミーでもトップクラスだ」


 自分にも他人にも厳しいティアから認められるほどの実力を持っている銀城美咲に、幸太郎は「へぇー」と大きく口を開けて素直に感心していた。


「その実力の高さから、輝士団や輝動隊にスカウトされたが、銀城はそれらすべてを蹴り、囚人相手なら遠慮なく暴れられるという理由で特区とっくの看守を務めていた。多くの囚人同士の喧嘩を力で仲裁した手腕を買われて、看守長まで上り詰めた根っからの戦闘狂だ」


 特区――アカデミー都市の外れにある、人を傷つけた凶悪な輝石使いや輝石に関係した事件を引き起こした人間を投獄する施設。


 あんな明るい雰囲気の美人がそんな危なっかしい場所で看守を務めていたということを知って、幸太郎は思わずラテックスの際どい服を着た女王様の美咲を想像してしまった。


「銀城の周囲にはトラブルが多く、公共の場であるにもかかわらずふしだらなことも連呼する、檻の中にいてもおかしくない要注意人物……安易に近づくな」


「美咲さんのことよく知っていますね」


 何気ない幸太郎の発言に、しまっと言わんばかりにティアは一瞬だけ複雑な表情を浮かべて答えに窮してしまう。


「……そんなことはない」


「やっぱり美咲さんと友達なんですね」


「違うと言っている」


 勘違いしている幸太郎にティアは少しムッとして否定するが、人の話を聞いていない幸太郎は勘違いしたままだった。


 そんな幸太郎にティアは再度否定しようとするが、晩御飯のカレーが入った鍋を持ったセラがリビングに入ってきたので、取り敢えず今は晩御飯のことに集中して諦めることにして、ティアはテーブルへと向かった。


「キッチンから聞いていたんですが、随分とティアと楽しそうに話していましたね」


「勘違いするな」


 カレーを皿に盛り付けながらのセラの一言を不機嫌そうにティアは否定した。


「そういえば、白葉さんは制輝軍の人なんですか?」


 思い立ったように何気なく幸太郎は質問をすると、カレーを盛り付けていたセラの手一瞬が止まり、幸太郎が美咲の名前を出した時のティアのように雰囲気を一変させた。


 ティアのように露骨に嫌そうな顔をしていないが、それでも白葉ノエルの名前を出した時のセラは対抗心と嫌悪感が合わさった複雑そうな顔をしていた。


「……白葉さんは制輝軍の方です」


 止まっていた手を動かして、盛り付けたカレーを幸太郎に差し出しながら質問に答えた。


「白葉さんが幸太郎君をアカデミーにまで送ったと聞きましたが、車中で詳しい自己紹介はしなかったんですか?」


 ティアのカレーを盛り付けながらのセラの質問に幸太郎は「全然」と答え、セラはティアにカレーを差し出しながら小さくため息を漏らして「……そうですか」と呆れていた。


「白葉ノエルさん――アカデミーに駐在している制輝軍を統率していて、実力は制輝軍の中でトップ、アカデミーの中でもトップクラスの実力を持っています」


 簡単にノエルのことを説明するセラの声はどこか不服そうだった。


「セラさん、白葉さんと仲悪い?」


「あ、え、えっと……そうかもしれません」


 思ったことを口にする幸太郎にお茶を濁そうとするセラだが、取り繕ったことを言っても無駄だろうと思ってすぐに諦めたセラは、小さくため息をついて大人しく認めた。


「何かあったの?」


「そ、それは、その――」

「前にセラと白葉さんが訓練中に実戦形式の訓練と称して喧嘩したことがあったんだけど、その時セラは白葉さんに負けて、それから二人の仲はあまり良くないんだ」


「ちょ、ちょっと! 優輝! それは違うっていつも言ってるじゃない!」


 軽い調子で不仲の理由を説明する優輝をセラは恨みがましく見つめた。


 そんなセラを尻目に、幸太郎はセラに勝利したノエルの実力を聞いて素直に感嘆の声を上げ、負けたことを根に持つ子供っぽい一面を見せるセラを微笑ましく思っていた。


「セラさん、子供っぽい」


「ち、違います! 考え方の相違です! 負けて悔しいわけではありませんから!」


「かわいい」


「か、からかわないでください!」


 子供っぽさを幸太郎に指摘されて慌てて否定するセラ。


「それにしても、美咲さんと白葉さんってすごい人なんですね」


 自他ともに厳しいティアが認めるほどの実力を持つ銀城美咲と、アカデミートップクラスの実力を持つセラに勝利した白葉ノエル、二人の実力に改めて感心する幸太郎。


 呑気に感心している幸太郎に、ティアは「感心するな、バカモノが」と厳しい言葉を浴びせる。


「風紀委員の進む道には白葉が率いる制輝軍、今や無法者の集団と化した学生連合が立ち塞がっている――白葉や銀城と戦うかもしれないということを忘れるな」


「ドンと任せてください」


 自分に喝を入れてくれているティアの厳しい言葉に、幸太郎はドンと来いと言わんばかりに頼りないほど華奢な胸を張る。


 頼りなさそうでありながらも心強さを感じる幸太郎に、ティアはフッと柔らかい笑みを浮かべたが、すぐに表情を厳しいものへと戻した。


「頼もしい限りだが――気持ちだけが先走っても無駄だ」


 そんなもの承知の上だと言ってカッコつけようとする幸太郎だったが――ここで嫌な予感が全身に走った。


「風紀委員の活動が本格的になった今、やはりお前は心身ともに鍛えなければならない……明日の朝からさっそく走り込みをするぞ、幸太郎」


「あの……遠慮したいんですけど」


「覚悟しておくんだな」


「……聞いてますか?」


 有無を言わさず勝手に話を進める、一人やる気に満ち溢れているありがた迷惑なティアに、幸太郎の言葉は耳に入っていなかった。




――――――――――




 夜――ノースエリアにある公園に、白葉ノエルと銀城美咲がいた。


 ベンチに座って青汁の缶ジュースを飲みながら、無表情のノエルはせっせと何かの支度をしている美咲を見ていた。


「アンプリファイアの件はどうなっていますか?」


「まだわかんなーい」


 美咲の適当な報告に、ノエルはまったく期待していない様子で「そうですか」と呟いた。


「風紀委員の動きが活発化しています」


「みんなやる気満々みたいだし、そーみたいだね」


 ノエルの言葉に他人事のように美咲は軽薄に笑った。


「大きな目的がある分、統率の取れていない今の学生連合と比べれば多少は厄介です」


「そーだね、学生連合みたいな威勢ばかりの連中と違って、みんな強いし」


「ですが、所詮は規模の小さい弱小組織で、変化の波に呑まれる運命。学生連合の次に消える存在で問題ないと私は見ています――あなたはどう見ます?」


「頭を使うのはウサギちゃんの仕事だからアタシは知ーらない――でもさ――……」


 意見を求められるが、美咲は心底面倒そうな表情ですぐに考えることを放棄したが――


 美咲は自分の作業の手を止めて、ベンチに座るノエルに視線を向ける。


 普段の美咲の目には軽薄で好色な妖しい光を宿しているが、今の彼女は肉食動物を彷彿させる獰猛で凶悪なものになり、纏っている雰囲気が一変した。


 常人でならば今の美咲の雰囲気に気圧されるが、ノエルは特に動じることなく、感情を宿していないうつろな目で美咲を見つめ返した。


「大親友のティアや巴が裏で仲良くコソコソ一緒に動いてるみたいなんだよね……幸太郎ちゃんを中心にしてさ。それが、個人的に気になってるかな?」


「確かに、彼は去年に起きた事件で小さいながらも活躍していました。しかし、それは周囲の協力があってこそ。単体としてはまったく脅威ではありません」


「中々厳しい評価だねぇ。それでも、幸太郎ちゃんの動向は気にした方がいいかもよん?」


「……理由は?」


 セラやティアのような実力者ではなく、幸太郎のような輝石の力をまともに扱えない今のアカデミーにとって価値のない弱者を気にかける美咲に、ノエルは若干の興味を抱いた。


「幸太郎ちゃんの話はからよく聞いてたんだ……その子、アカデミーで一番強いのは幸太郎ちゃんだって教えてくれたよ」


「正常な思考を持っている人物とは思えません」


 キッパリと言い放ったノエルに、美咲は心底楽しそうに豪快に笑って「そうだよねー」と、同意を示した。


「無謀にもアカデミーを引っ掻き回したんだから、まあ、まともな頭はしてないだろうね。でも、その子中々面白くて、妙に話が合ったというか相性抜群? ……まあ、無駄かもしれないけど、幸太郎ちゃんはそれなりに警戒した方がいいんじゃない?」


「わかりました……一応警戒はしましょう」


 無意味と思いつつも、取り敢えずは美咲に従って幸太郎にも警戒をすることに決めたノエルに、いつもの軽薄な雰囲気に戻った美咲はニンマリとした笑みを浮かべた。


 満足そうにニンマリと笑っている美咲は、おもむろにノエルの頭を優しく撫でた。


「よしよし、ウサギちゃんはおねーさんの言うこと聞いてくれて偉い偉い」


「……気安く触らないでください。それと、ウサギちゃんはやめてください」


 自分の頭を撫でる美咲の手を不愉快そうにノエルは払いのけ、無言のまま機嫌が悪そうにじっとりとした目で美咲を睨む。無言で拒絶するノエルに、美咲は面白くなさそうに子供っぽく頬を膨らませ、自分の作業に戻った。


 公園の隅で地べたに膝をついてせっせと作業をしている美咲にノエルは「……銀城さん」と、話しかけた瞬間――ボウッという着火音とともに、美咲の手元から炎が上がった。


 炎が上がると、闇に隠れていた周囲が明るくなる。


 美咲たちがいる場所は公園だが、彼女たちの周囲にはテントや飯盒、干し肉、洗濯物、など、生活感に満ち溢れたものが多数あり、それらすべては美咲の私物だった。


「相変わらず野宿ですか?」


「うん。今日はここをキャンプ地としちゃう」


「……公共の場ですが」


「気にしない気にしない!」


 公共の場であるにもかかわらずテントを張り、薪をくべて原始的な発火法で火を起こし、野宿する気満々な美咲に、無表情だがノエルは呆れてものも言えない様子だった。


「大自然に包まれて眠るのはンギモチイィイイよ。だから、ウサギちゃんも一緒に寝ちゃう? 寝ちゃおっか。テントの中狭いけどギューッとくっついたら一緒に眠れるよ」


 にんまりと下心溢れる顔で、手をワキワキと動かす不審者のような美咲に、ノエルは「遠慮します」と冷たく即答して突き放した。


「それでは失礼します」


「あれ? もうイッちゃうの? これから晩御飯だから一緒に食べようよ」


「結構です」


「ツレないなぁ! それじゃあ男の子は萎えちゃうぞ☆」


「別に構いません」


 所々美咲が下ネタをブッコんでも、まったく動じることなくノエルは淡々とスルーした。


 かわいい反応を期待していた美咲は諦めたようにため息を漏らした。


「ホント、ウサギちゃんは期待通りのことをしないなぁ」


「失礼します」


「もう、ノリが悪いんだから!」


 不服そうな美咲を放って、ノエルはこの場から立ち去った。


 振り返ることなく離れる、他人をまったく寄せ付けない態度のノエルの背中を眺めながら、美咲は小さく嘆息する。


 ノエルの背中が見えなくなると、美咲は鼻歌を囀りながらボロボロのリュックサックの中に入っているデコボコに凹んでいる使い古された鍋とレトルト食品を取り出して、晩御飯の支度をはじめた。


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