第30話

 想定以上に随分と早い、それに大胆な到着だ。

 それに、惜しみなく賢者の石の力を使って大勢の人間を無力化させるとはな……


 次から次へと自分たちを囲んでいた大勢の人間が倒れていく中、一人自分たちに近づく人影――自身を生み出した父であると同時に、倒すべき相手であるアルトマン・リートレイドの姿を見て、ヘルメスは興奮を隠し切れないといった様子で見つめていた。


 そして、改めて幸太郎とは違って賢者の石の力を完全に使いこなし、自分の存在――真実に近づこうとする者たちの意識を刈り取る様子を見て、改めてヘルメスは彼が持つ賢者の石が持つ力の強大さを思い知っていた。


「しっかりしてください、宗仁さん」


「……すまない……こんな時に……」


 半年前と比べてある程度の力を扱えているようだ。

 賢者の石が近くにいるおかげで宗仁も意識を保っている。

 しかし、もう限界だ。宗仁は使えないだろう。

 まあ、ここまでよくやってくれた。

 一応は感謝しておこう。


 周りで倒れているセラたちとは違い、アルトマンと同じ力を持つ幸太郎が近くにいるおかげである程度は意識を保っているが、膝をつき、幸太郎の呼びかけにもやっとの様子で応じる宗仁の様子を見て、ヘルメスは彼を戦力として素早く判断した。


「これが賢者の石の力――すごいな……素晴らしい! こいつは素晴らしいな!」


 まともにこの場に立っているのは賢者の石の力を持つ七瀬幸太郎。

 そして、その賢者の石の力を僅かに注入されて生み出されたイミテーションである私とファントムだが、まともに戦えるのは私とファントムのみ――

 普通の人間相手なら戦力的には申し分ない――

 しかし、相手は賢者の石を持っている。

 こちらの準備が完全に――いや、大胆な登場で策はすべて無駄にされた。

 状況は最悪だ……


 あらゆるものを支配する賢者の石の力を目の当たりにして興奮して、全身から暴力的な力と、獣のような獰猛な気配を放出しているファントムを心強く思いながらも、ヘルメスには一抹の不安があった。


 単純な力だけではアルトマンに――賢者の石には絶対に敵わないとヘルメスは半年前に身を以って思い知っていたからだ。


 そのために半年前からアルトマン打倒のために策を練っていたのだが、それらをすべて無駄にされてしまい、ヘルメスは不安とともに焦燥感が生まれていた。


「まったく……厄介な真似をしてくれたものだ……」


「随分と派手に登場したなぁ――オヤジ!」


 絶対的な力をひけらかして登場した父・アルトマンに、手にしている武輝である大鎌の刀身に赤黒い光を纏わせると、勢いよく振るって斬撃を纏った衝撃波を発射して出迎えた。


 手厚いファントムの歓迎が迫るが、アルトマンは避ける素振りはもちろん、防御することも、持っているはずの輝石も武輝に変化させようともしなかった。


 ただただ何もせずに熱烈な息子――娘の歓迎を真正面から受け入れるアルトマン。


 しかし、目の前まで迫っていた熱い歓迎は軌道が急にずれて、アルトマンを掠めた。


 これも賢者の石の力だった――ありとあらゆるものを支配する力は自分に攻撃が当たるという絶対的な運命でさえも捻じ曲げることができた。


「随分と熱烈な歓迎をしてくれて感謝するよ」


「なるほど、そいつが賢者の石の力か」


「わかってくれたかな? 愚かな息子――いや、娘か」


「ああ、よくわかったぜ――だが! まだまだ教えてくれよ! クソオヤジ!」


 無駄だろうが、ファントムはかつてアルトマンに傷をつけた。

 本人は偶然だと言っていたが――観察させてもらおう。


 嬉々とした笑みを浮かべて、今度は直接攻撃で攻めるファントム。


 外見は少女だが、獰猛な肉食獣を思わせるかのような凶暴な動きでヘルメスとの間合いを一気に詰めるファントム。


 最初に創造主であるアルトマンに牙をむいて、致命傷を与えたファントムだからこそ、考えなしに勝手に興奮してアルトマンに飛びかかるファントムをヘルメスは止めようとはしなかった。


 かつてアルトマンに傷をつけたファントムがどうやって攻めるのか、どのように賢者の石の力が働くのか、ヘルメスは活路を見出すために観察することにした。


「ヘルメスがお前を蘇らせた理由は想像できる」


「それなら、また地獄に送ってやるぜ!」


「確かに私はあの時、君の不意打ちを受けて生死の境を彷徨ったが――あれは賢者の石の導きだったのだよ」


 目前に迫るファントムに、先程の熱烈歓迎の時と同じくアルトマンは輝石を武輝に変化させることも、避けることも、防御することも、逃げることもせず、ただただ襲いかかってくるファントムと目を合わせて会話をしていた。


 武輝を持たないアルトマンに向け、ファントムは思い切り身体を捻って勢いをつけた武輝を振るう。


 命を刈り取る死神の一撃――だが、その一撃はアルトマンの鼻先で空を切った。


「執念とは恐ろしいものだとお前を見てつくづく思うよ――まさか三度も復活するとはな」


「まだまだオレという存在を世界に刻んでねぇからな!」


「それにしても、最初に消滅した時の記憶、最初に消滅する前に保険としてティアストーン内に意識を潜ませていた頃の記憶を共有しているとは中々面白い。一度目に消滅したお前と、二度目に消滅したお前は同一人物であって、別人だったというのに」


 幸太郎の持つ賢者の石の力によって蘇ったことにより、優輝に成り代わっていた時と、エレナの意識に憑りついていた時の記憶が混ざり合っているファントムを興味深そうに眺めるアルトマン。


 その間にもファントムは嵐のような勢いで攻撃を続けるが、アルトマンにはいっさい掠りもしない。


「ああ、そういえば、賢者の石の導きであってもお前には感謝をしているよ――お前のおかげで命を落としたと思われていた私は長い間姿を隠し、ヘルメスを存分に駒として利用することができたのだからな。そして、私は更なる力を得た」


「オレも感謝してるよ! お前が暴れてくれたおかげでこうして蘇ったんだからな!」


「蘇ったとことというよりも、唯一無二の自分の姿を得て嬉しいのだろう?」


「この姿になったのは不本意だがな!」


 振り上げた武輝を自分の望みを聞かずに勝手に少女の姿にした幸太郎への怒りを込めて、一気に振り下ろしたファントム渾身の一撃だが――これもアルトマンには当たらない。


 自分の攻撃がすべて無力化されていることに、ファントムは忌々し気に小さく舌打ちをして一旦アルトマンから距離を取った。


「当たらねぇなら、動かなくするまでだ!」


 全身に赤黒い光を纏わせたファントムは小さな拳をアスファルトに叩きつけ、砕く。


 砕かれたアスファルトからファントムが身に纏っていた赤黒い光が地を這い、意志を持つかのような動きでアルトマンに向かい、ヘドロのような質感の赤黒い光が彼の両足に絡みついて拘束した。


 ファントムは可憐でありながらも凶悪な笑みを浮かべ、動けなくなった相手に飛びかかって攻撃を仕掛ける――が、これも当たらなかった。


 何度も何度も拘束されて動けないアルトマンに攻撃を仕掛けるが、すべて当たらない。


 徐々に苛立ちを募らせるファントムは勢いよく武輝を振るって周りの被害を考えない特大の衝撃波を放つ――が、これもアルトマンに直撃する寸前に上空へと軌道が変わって外れた。


 何度も何度も武輝を振るって衝撃波を放つが、すべてアルトマンに直撃する寸前に軌道を変えて無力化させられていた。


「満足したかな? 今の私には何をしても無駄だと」


 息つく間もなく最大級の攻撃を続けて息を切らしているファントムを嘲笑うアルトマン。


「確かに、お前への攻撃は無駄なようだが――こいつはどうだ!」


 攻撃がまったく当たらないことへの苛立ちを発散させるように、力任せに赤黒い光を纏った武輝をアスファルトに叩きつけた。


 叩きつけられた瞬間、地を這う赤黒い衝撃波が複数アルトマンへと向かった。


 そのままアルトマンを衝撃波の周囲を囲み、一斉に襲いかかる。


 だが、アルトマンに直撃する寸前――衝撃波が軌道を変えようとする寸前、衝撃波爆発した。


 爆発した衝撃と、その衝撃で砕け散ったアスファルトの破片がアルトマンを襲う。


 アルトマンへの直接的攻撃が無駄だとよく理解したからこそ、爆発によって生じた衝撃や飛散物によってダメージを与えようとファントムは考えた。


 そのために何度も遠距離から衝撃波を放って、衝撃波がいつ軌道を変えるのか計算していた。


 だが――そんなファントムの小細工などアルトマンの、賢者の石の前では無意味に終わった。


「中々面白い趣向だが、賢者の石は私に降りかかる不幸をすべて取り除いてくれるのだ」


「――おい、ヘルメス! 見てないでお前も手伝え!」


「そうだな、是非ともそうしてくれ。手間が省けるからな」


 ……さすがのファントムも一人では無理か。

 しかし……何も打つ手は何もない。

 宗仁は――もう気絶しているか。

 期待は七瀬幸太郎の持つ賢者の石――いや、当てにはならないか……

 だが、今はそれに賭けるしかない。


 心底不承不承といった様子で、ファントムは観察しているだけのヘルメスに協力を求めた。


 想定以上に早いアルトマンの登場に計画が修正不能なほど崩れ、頼りの宗仁も賢者の石の影響で倒れ、何も打つ手がない現状だが、ヘルメスは輝石を武輝である禍々しい形状の剣に変化させ、倒れた宗仁の介抱をしている幸太郎に視線を向ける。


「宗仁の様子は?」


「完全に気を失っちゃっています」


「目覚めさせることは可能か?」


「さっきから頑張ってるんですけど、無理そうです」


「それならば、もう宗仁を目覚めさせなくてもいい――奴に集中しろ」


「大丈夫ですか?」


「七瀬幸太郎――心許ないが、今は君だけが頼りだ。手筈通りにしろ」


「ドンと任せてください」


 こんな時でも呑気とはな……まったく、実に愚かだ。

 ……こんな奴を頼りにするとは、実に愚かだ。


 ヘルメスの言葉に頼りないくらい薄い胸を張る、一気に追い詰められた状況になっても相変わらず呑気でいられる幸太郎の姿に呆れながらも――ヘルメスは僅かに安堵感してしまった。


 一瞬自分の中さに甘さが生まれてしまったことを不覚に思いながら、ヘルメスはファントムの隣に立ち、アルトマンと対峙する。


「二人になったところで何も変わらないだろう」


「そうだろうな……」


「それでも、私に立ち向かうか――それとも何か勝算があるのか? 何か一縷の望みにかけているのかな?」


「そんなところだ」


「ほう……私から生み出されたイミテーションであるゆえに、私と同じく慎重なお前が分の悪い賭けをするとは……変わったな、ヘルメス。いや、変わったのはお前だけではない。人嫌いの宗仁も、そして、不安定なファントムにも変化を感じる――これもまた賢者の石の力か……」


 一縷の望み――幸太郎の持つ賢者の石の力が、自身の持つ賢者の石の力を打ち消すことに賭けているヘルメスから変化を感じ取り、アルトマンは興味深そうに見つめていた。


 自分が変わったというアルトマンに、ヘルメスは不快感を露にしながらも、僅かに喜びの感情が見え隠れしているのを本人は気づいていなかった。


「私が変わった? くだらないな……ここまで来た以上お前からは逃げられないし、お前も逃がすつもりはないだろう? お前にとって賢者の石の影響を受けない我々は邪魔者だからな。だから、こうなった以上お前と戦うだけだ。それに、私もお前を目の前にして逃げるつもりはない」


「理解してくれてよかったよ――さあ、来なさい。息子たちよ」


 自分の考えを理解し、静かに闘志を漲らせるヘルメスを見て、満足そうに微笑むアルトマンは両手を広げて自分が作った息子たちを迎え入れる準備を整えた。


 いまだに武輝を持っていないのにもかかわらず、アルトマンから放たれる圧倒的なほどそこが知れない、しかし、目に見えない正体不明の威圧感がヘルメスたちを襲った。


 その威圧感に一瞬気圧されるヘルメスたちだが、そんな自分に喝を入れるように二人同時に父へ飛びかかった。


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