うん。ついてる

第11話

　無駄のない静かな動きで一歩を踏み込むと同時に、武輝である自身の身長の倍はある槍を突き出す呉羽。

　長いリーチの一撃をギリギリで回避しつつ、ティアは一気に呉羽の懐に接近する。

　接近と同時に身体を大きく回転させて武輝である大剣を薙ぎ払うティア。

　機械のような淡々とした動作で飛び跳ねて回避すると同時に、呉羽は武輝を振り下ろす。

　素早い呉羽のカウンターに攻撃中で避けられなかったティアだが、彼女の動きにすぐさま反応して攻撃の手を止めて防御に転ずる。

　甲高い金属音が響くとともに、衝撃波が周囲の木々や建物を揺らす。

　互いの武輝同士がぶつかり合った衝撃が全身に伝わりながらも、体勢を崩しそうになるのを堪え、一歩を踏み込んで武輝を突き出しながらまだ宙にいる呉羽に飛びかかるティア。

　防御から一気に攻撃に転じたティアの一撃を空中で体を捻って回避、同時に武輝を薙ぎ払う呉羽。

　再び回避と同時に素早いカウンターを仕掛けた呉羽に、宙にいるティアは即座に攻撃から防御に転じた。

　甲高い金属音が再び響き、武輝同士がぶつかり合った衝撃波で呉羽とティアの身体が後方に向けて吹き飛ばされた。

　両者吹き飛ばされながらも空中で身体を翻して、華麗に着地する。

　ある程度間合いが開いた状態になり、お互いに一歩も踏み込まないまま膠着状態が続く。

　――強い。

　さすがはティアリナ・フリューゲル……噂に違わない強さだ。

　世界中で噂されているほどの強さを誇るティアの実力を実際に思い知っている呉羽は無表情ながらも僅かに焦りを抱いていた。

　普通の輝石使いならダメージを与えているはずの自慢の一撃を回避し、その上で反撃に転ずるティアの冷静な判断力と、自身の判断通りに身体を動かしている身体能力の高さに呉羽は驚くと同時に、心技体のすべてを鍛え上げている彼女に賞賛を送りたかった。

　しかし、それでも呉羽はティアの動きについてこれる自信があった。

　噂以上の実力を持つティアだが、短時間ながらもぶつかり合って呉羽は自分とティアの実力の差はそんなに開いていないという自負があった。

　だが、油断は禁物だった。

　勝敗は僅かな隙で、そして、一瞬で決まる――呉羽は確実にそう思っていた。

　それはティアも同様に考えていた。

　呉羽と対峙していているティアは、彼女と間合いを取ったまま動けない。

　迂闊に動けばその隙を確実に呉羽がついてくると思っていたからだ。

　両者間合いを取ったまま膠着状態が続いたが――ここで呉羽が跳躍する。

　――仕掛ける！

　武輝である長い槍の穂先に光を纏わせ、一気に勝負を仕掛ける呉羽の思惑に気づいたティアは武輝である対剣の刀身に光を纏わせる。

　光が纏った刀身から光の刃が伸び、呉羽の武輝と同じくらいのリーチに変化する。

　リーチが伸びた武輝を勢いよく振り上げて、一気に振り下ろすティア。

　呉羽と同様、ティアも一気に決着をつけるつもりの一撃を放った。

　真っ向勝負だと？

　――だが、この攻撃なら避けられる。

　回避か防御をしないで真っ向勝負を挑んできたティアを意外に思いながらも、空中にいる呉羽は強引に身を捻って紙一重で回避。

　同時に身を捻った勢いのまま武輝を薙ぎ払う呉羽。

　回避されながらも、即座にティアは武輝を突き出して再び攻撃を仕掛けた。

　――これが狙いか！

　これがティアの狙いだった。

　一撃目は避けられる前提で仕掛けた攻撃であり、本命は二撃目だった、

　呉羽が回避し、攻撃を仕掛ける間までの僅かな隙をティアはつくつもりだった。

　呉羽の攻撃が届くよりも先に、ティアの攻撃が呉羽に直撃――

　しなかった。

「こ、これは……」

　自身の身体に呉羽の武輝である槍の柄が絡みついて、自身の動きが封じられていることに気づくティア。

　呉羽の武輝である長い槍は普通の槍ではなかった。

　鎖で繋がれた長柄が伸縮し、鞭のようにしなる仕込み槍だった。

「正々堂々戦うあなた相手に何も言わずに使いたくはなかったが――勝負を決めさせてもらう」

　勝利のために卑怯な真似を使ってしまったことを心の中で謝罪をしつつ、着地と同時に背負い投げをする要領でティアを拘束した武輝を勢いよく振り下ろした。

　固いアスファルトの地面がひび割れるほど強く叩きつけられるティア。

　強烈な一撃を叩きこまれても、それでもまだティアが拘束を解こうとして戦意を喪失していないことに気づき、何度も何度も彼女を地面に叩きつける呉羽。

　やがて、ティアの手にしていた武輝は一瞬の光とともに輝石に戻り、気を失ったのか動かなくなった。

　さすがはティアリナ・フリューゲル……薄氷の勝利だった。

　先へ急ごう。

　ティアに勝利をおさめられたのは偶然であり、もしも自分に奥の手がなければ敗北していたと呉羽は確信しており、だからこそ呉羽は深々と安堵の息を漏らした。

　そして、武尊の後を追うためにこの場を後にした。

―――――――

「呉羽さんの前にティアさんが現れたけど……呉羽さん大丈夫かなぁ」

「呉羽を心配してくれるなんて、ハニーは優しいなぁ」

「それはそうだよ。ティアさんは手加減なんてできない脳味噌筋肉タイプだから」

「まあ、でも大丈夫だよ、呉羽ならね。それにしても、輝動隊№２のティアリナ・フリューゲルさんと、呉羽――中々の好カードだね」

「ティアさんクラスの輝石使いなんてそんなにいないいのに、呉羽さんってそんなに強いの？」

「私の周りにいる輝石使いの中で呉羽は最強だよ。空木家には当主を守るために昔から主従関係を結んでいる忍者のような一族がいるんだけど、呉羽はその中でもとびぬけた才能を持っていて、子供の頃から戦闘マシーンとして育てられてきたんだ。アカデミーが設立する前に教皇庁に認められた聖輝士が行っていた次世代の輝石使いを生み出すための実践形式の旧育成プログラムで鍛えたティアリナさんでも、呉羽を倒すのは難しいだろうね」

　相変わらず車内でイチャイチャしている武尊と大和。

　呉羽と対峙する麗華の前にティアが現れたことを車内から見ていた大和は、呉羽の安否を気にするが、呉羽の力に多大な信用を寄せている武尊はまったく心配していなかった。

　最強のボディガードであり、幼馴染である呉羽の強さの秘密について語る武尊は、自分のことではないというのに得意気であり、誇らしげだった。

「呉羽さんのこと、信頼しているんだね」

「……まあね。呉羽との付き合いは子供の頃からだから」

「あ、今呉羽さんとの過去を思い出して遠い目をしてた……妬けちゃうなぁ」

　頬を膨らませて呉羽と自分との関係を誤解して嫉妬している大和を見て、豪快に笑う武尊。

「ＨＡＨＡＨＡＨＡＨＡＨＡＨＡ！　それはすまない！　でも、安心してくれ！　呉羽とは長い付き合いの信頼できる幼馴染ではあるが、主従関係の域は超えていない。そんな呉羽に嫉妬心を抱いているかわいいハニーが一番だ！」

「本当かなぁ？」

「本当だとも！　嘘ついたらハリセンボン飲んでいいよ」

「冗談だよ。ごめんね？　どうやら僕は結構独占欲が強くて面倒な女の子みたいだ」

「ＨＡＨＡＨＡＨＡＨＡＨＡＨＡＨＡ！　それは僕も同じだ。お互い様だよ！」

「なんだか僕たちって本当に気が合うみたいだね？」

「そうみたいだね！　そう思ったらますますハニーがかわいくなってきたよ！」

　再びはじまるイチャイチャに、社内の雰囲気が甘ったるいものに変化する。

　ウットリとした表情で大和は隣にいる婚約者に寄り添い、婚約者の身体を熱っぽい眼差しで見つめながら、「ねぇ、武尊君」と甘ったるい声で呼んだ。

「さっき追いかけてきた麗華を止めた時、君の身体が無窮の勾玉のような力を放っていた光を発したのを見たんだけど……あれって一体何なのかな？」

　つい先程、猪のように鼻息荒く自分たちの乗るリムジンを追いかけてくる恋のお邪魔虫こと鳳麗華の足を止めた時、婚約者の身体が緑白色の淡い光に包まれたのを大和は目撃していた。

　その時の婚約者から、まるで輝石の力を増減させる力を持つ煌石・無窮の勾玉のような力を放っているように大和は感じていた。

「ああ、あれは無窮の勾玉の欠片――アカデミーが『アンプリファイア』と呼んでいる力だよ」

「ダーリンはアンプリファイアを持っているの？　そんな力は感じられなかったんだけど」

「持っているというより、宿していると言った方が正しいかな？」

　武尊の言っている意味がわからない大和はかわいらしく小首を傾げた。

　そんな婚約者のかわいらしい姿に見惚れつつも、武尊は説明を続ける。

「私はハニーと同じく無窮の勾玉を扱うことができる『御子』の資質を持っているが、ハニーに比べれば弱い力だ。それを補強するために、昔からアンプリファイアの影響を受け続けるという生活を強いられてね。そのせいで、身体の中にアンプリファイアの力が残留してしまったんだ。そのおかげでその力を自在に引き出せることができるようになったんだ。まあ、私自身がアンプリファイアになったと言っても過言じゃないだろうね。だから、さっきのように対象者を指定してアンプリファイアの力で輝石の力を封じることも可能だし、範囲は狭いけど大勢の輝石使いたちを無力化することも可能なんだ」

「身体にアンプリファイアの力を宿すなんてすごいけど……いくら御子でも、アンプリファイアの力が身体の中にずっと残留しているのは危険なんじゃないの？」

　アンプリファイアの力は普通の輝石使いでも自由に扱うことができるが、それでも使った後の身体に及ぼすアフターリスクは強かった。

　今でもアンプリファイアを使ったせいで苦しんでいる輝石使いを知っている大和はそんな危険な力を身体に宿す武尊を心配そうに見つめるが、武尊は「大丈夫大丈夫」と力強い笑みを浮かべて見せた。

　――しかし、その婚約者の力強い笑みはどこか弱々しく、それでいて陰があるように大和の目には見えた。

「……やっぱり、君と私はどこか似ているのかもしれないな」

　自身を心配する婚約者の瞳を見て、力のない笑みを浮かべてそう呟く武尊。

　その呟きが耳に届いていた大和は、その言葉の意味を尋ねようとするが――

　ここで、そんな大和の行動を邪魔するかのように武尊の携帯が震える。

　たけるは「ちょっとごめんね？」と一言謝ってから、携帯に出た。

　一言二言の短い会話の後――

「イーストエリアまで戻ってくれないかな？　多分、行けば場所はすぐにわかると思うから」

　武尊は運転手にそう命じると、アカデミー都市を出るまでもうすぐだというのに車はＵターンしてアカデミー都市に戻った。

「突然どうしたのかな？　イーストエリアで何か忘れ物でもしたの？」

「まあ、ちょっとね……協力者が少しピンチのようなんだ」

「それって誰なのかな？」

「ちょっとした協力者だよ。……それなりに信用できるね」

　突然の事態の状況を尋ねる大和に、協力者のために戻るという武尊。

　その協力者について深く尋ねる大和だが、武尊は誤魔化すようでありながらも、どこか意味深な笑みを浮かべてその質問を軽く流した。