第9話
沙菜の案内で、風紀委員たちは大道が入院している病院へと向かった。
大道が入院している病院は、セントラルエリアにある大病院で、幸太郎が昨日刈谷の見舞いに向かった病院と同じだった。
そのことを幸太郎はセラと麗華に言ったが、二人は何も反応しなかった。
病院に向かう途中、何度か二人に話しかけたが何も反応しなかったので、さすがの鈍感な幸太郎でも、言いつけを守らずに勝手に行動してしまった結果、二人をかなり怒らせてしまったことを感じた。
気まずい空気が流れる中、一時間もかからない道程だったが、幸太郎、そして、関係のない沙菜でさえもセラと麗華かから感じる静かな怒りのせいで、目的地に到着するまでの道程がかなり長く感じられた。
大道が待っている病室に到着すると、ベッドの上で全身に包帯を巻いて、顔や口元に痣がある大道がゆっくりと上体を起こして、優しい笑みを浮かべて幸太郎を出迎えた。
幸太郎の背後にいる仏頂面の麗華、そして、冷たい顔をしているセラがいるのを見て、一瞬驚いた表情をするが、すぐに二人が現れた理由を理解して得心したように頷いた。
三人が病室内に入ると、沙菜は入口の扉付近に立ち、幸太郎は小走りで大道のベッドに駆け寄った。
「突然呼び出してすまない」
「そんなことよりも、大道さんは大丈夫ですか?」
開口一番に突然呼び出したことに謝罪する大道だが、幸太郎はそんなことよりも全身に包帯を巻いている大道が心配だった。
「しばらくはまともに動くことはできないが、何も問題はない――それよりも七瀬君、君は自分のことを心配した方がいい」
自分の心配をしてくれている幸太郎に優しい笑みを浮かべる大道だが、すぐにその表情は厳しいものへと変化し、緊張感が場を支配した。
「君の仲間である風紀委員も連れてきたくれたのは好都合だ……私は大道共慈。よろしく頼む、鳳麗華さん、セラ・ヴァイスハルトさん」
「ご丁寧にどうも。輝士団に所属しながらも、輝動隊の隊員の評価が高いあなたの評判はよく聞いていますわ」
幸太郎の後ろにいる麗華とセラに向かって、大道は丁寧に頭を下げると、麗華もそれに続いて丁寧に頭を下げた。
緊張感が場を支配していたが、二人の挨拶に場の雰囲気が少しだけ柔らかくなった。
しかし、セラだけは冷たい顔のまま、愛想笑いの一つも大道に向けることはなく、冷たい顔のまま自己紹介をした大道に向かって軽く会釈をした。
普段なら初対面の相手に丁寧に挨拶をするが、今のセラは明らかに機嫌が悪かった。
「さっそく、話をはじめよう……この写真を見てくれ。沙菜、君も見てくれ」
そう言って、大道は沙菜も呼んで写真を見せた。
写真には三人の人物が映っていた。
普段オールバックにしている髪を降ろして幼い感じがするが、相変わらずのファッションセンスでピースサインをしている刈谷、そして、今とあまり変わらない容姿で穏やかな表情の大道、そして、楽しそうな笑みを浮かべている見知らぬ人物が写っていた。
その人物は刈谷と大道の間に立っていて、身長は二人よりも少し低く、身体つきは細く、顔つきは整っているがあまり印象に残らない顔立ちをしている少年だった。
「これは数年前、観光旅行に行った時に撮った写真だ。この男を見てくれ」
そう言って、大道は刈谷と大道の間に立つ少年を指差す。
「フム……目鼻立ちは整っていますが……すぐに顔立ちが忘れるほど地味ですわね」
正直な意見をさらりと述べる麗華に、大道は思わずクスリと笑ってしまった。
「その男の名前は
あっさりと衝撃発言をする大道に全員が驚いていた。淡々と嵯峨隼士の名前を出した大道だが、その表情は無表情だが溢れ出しそうな感情を必死に堪えているようだった。
驚愕している幸太郎たちをよそに、大道は話を続ける。
「四年前まで嵯峨はアカデミーにいた。輝士団や輝動隊に入っていなかったが、高い実力を持っている。武輝は四年前の死神と同じく大鎌とされているが、嵯峨の武輝は穂先に鎌のような大きな刃がついている槍だ」
「それと、大道さんと刈谷さんの友達ですか?」
幸太郎のその一言に、一瞬言葉を詰まらせる大道だが、すぐに「そうだ」と許しを請うような口調で認めた。
事件の犯人と友人であることを知り、輝士団に所属している大道の同僚である沙菜は、激情を宿した目で睨み、大道に詰め寄った。
「どうしてそれを早く優輝さ――団長に言わなかったんですか!」
「……すまない」
「謝って済む問題ですか! この事実を最初から公表すれば事態はここまで広まらず、事件も早期解決して、共慈さんだって襲われることはなかったんですよ!」
「本当にすまない……」
怒りを露わにする沙菜だが、言い訳もしないでただ本当に申し訳なさそうに謝る大道を見て、徐々に激昂している頭が冷静になってきていた。
昂っている自身の気を落ち着かせるように、一旦沙菜は深呼吸をした。
「団長には今の事実を報告しましたか?」
「ああ、君たちが来る前に優輝君には報告した。彼は今、嵯峨のことを報告しに教皇庁本部へと向かった」
大道の返答を聞いて、まだ言いたいことがたくさんある様子の沙菜だが、ひとまずは納得して落ち着いたようだった。
「大道さん、今回の事件の犯人が嵯峨という男、あなたたちの友人であることは理解できましたわ……嵯峨さんは四年前の死神と同じ行動をして何が目的ですの?」
麗華の質問に、大道は昨日自分の友人に襲われたことを思い出し、一瞬だけ辛そうな顔になったが、すぐにその感情を消して無表情で答える。
「嵯峨は昨日私と相対した時、輝石を集めて強くなるのが目的と言っていた。輝石を集めて本当に強くなるのかはわからんが、奴はそう思い込んでいる。なぜそう思い込んでいるのも理解に苦しむが、奴は四年前に――……」
「嵯峨さんは四年前に死神に襲われましたね?」
「その通りだ……四年前、嵯峨は死神に襲われた。襲われた後、突然入院していた病院から抜け出し、私たちの前から――いや、アカデミーから姿を消したのだ……もしかしたら、何か死神に吹きこまれたのかもしれん」」
今まで冷たい顔をしてずっと黙っていたセラの質問に、大道は肯定して嵯峨が姿を消した経緯を説明する。
説明の最中、セラの顔はますます冷たいものに、そして、険しいものへと変化していた。
「強くなる――それとは別に、嵯峨はもう一つ目的がある」
そう言って大道は幸太郎に視線を向けた。突然視線を向けられて、幸太郎は首を傾げた。
「嵯峨のもう一つの目的は――七瀬君、君だ」
「僕狙われてるの? ……そうなんだ」
一週間の間で何人もの輝石使いを襲っているという犯人が自分を狙っていると聞いて、パニックに陥ることなく、呑気に「そうなんだ」の一言で終わらせて、自分が陥っている状況を明らかに理解していない幸太郎。
セラたちは意外な人物が狙われているという事実を知って驚くよりも、呑気な態度で驚いている幸太郎に脱力して呆れていた。
大道は呆れながらも話を続ける。
「嵯峨は人並み外れた旺盛な好奇心の持ち主。自身の好奇心を満たすためなら、どんなことでもする……その旺盛な好奇心は今、自分に似ているという君に向けられている」
「どうして嵯峨さんは僕のことを知っているんですか?」
「どうやら、刈谷の奴が君に似ているということを話したようだ。君の顔はまだ知られていないが、名前は知っている――奴は君に興味を抱いている」
嵯峨が幸太郎の名前まで知っているということを告げると、大道は幸太郎の両肩を掴んで、心配そうな目で見つめる。その目は幸太郎を心配していたが、同時に嵯峨を心配しているような目だと、見つめられている幸太郎は確かに感じ取った。
「今の嵯峨は自分を満たすためになんでもする……七瀬君、気をつけるんだ」
必死の形相で幸太郎の身を案じている大道に、幸太郎は戸惑いながらも頷く。
「昨日、嵯峨に襲われた際、嵯峨にも痛手を負わせたが、嵯峨は自分が怪我を負っていても関係ない。自分の目的のためならどんな怪我をしても途中で諦めることなく動き続ける……その行動に迷いはもちろん、相手を攻撃するのに躊躇いもない」
大道は深々と疲れたようにため息をついて、起こしていた上体をベッドに沈めた。
自分の言いたいことをすべて言い終えて気が抜けているのか、大道は今にも意識を失いそうになっていた。しかし、意識を失う寸前、力強い目で幸太郎たち風紀委員を見つめた。
「数日すれば動けるようになるが……その間嵯峨のことを頼む……」
懇願するように、自分と刈谷の意志を託すかのように麗華たちに力強い言葉でそう言うと、すべての力を使い果たしたのか、大道は気を失った。
病室内に沈黙が包まれる。
大道の言葉を受けて、幸太郎は自身の傍にいる麗華とセラを見つめた。
麗華は暗い顔をしているが幸太郎と目が合うと忌々しげに鼻を鳴らしてソッポを向いた。
一方のセラは冷え切った目を幸太郎に向け、幸太郎と目が合うとすぐに目を離した。
二人の反応を見て、幸太郎は犯人に狙われるよりも、二人に怒られる方が怖いと感じた。
―――――――――
「イタタタタ……ショウと違って相変わらずキョウさんは容赦ない……」
黒いレインコートを着た男――嵯峨隼士は、アカデミー都市内のどこかにある公衆トイレの個室内で身体の節々に伝わる、筋肉痛にも似た痛みに悶えていた。
嵯峨は腕時計を見て時間を確認する――午後一時になったばかりだった。
「僕がアカデミーにいた頃と同じローテーションなら、清掃ロボットはまだ来ないと思うから、大丈夫……多分」
そう呟いて、嵯峨はレインコートを脱いだ。
嵯峨の顔は整っているが、あまり印象に残らない顔立ちをしていた。
「あの人の真似をするにはまずは服装からと思ってたけど、さすがにこの時期にこの服じゃ暑いな……まあいいか、こんなにたくさん集まってるし。大量大量」
スーパーのビニール袋の中に無造作に入っている大量の輝石を見て、嵯峨は嬉々とした表情を浮かべた。
強くなる――自身の目的のために輝石を集めている嵯峨だったが、ビニール袋の中に入っている輝石を眺めながらも、頭の中には一人の人物の名前が過っていた。
ボーっとした面持ちで嵯峨は一昨日のことを思い出した。
攻撃を仕掛けることなく、防御に徹する刈谷。
どうして抵抗しないのかという疑問を持たずに、嵯峨は刈谷に攻撃を続けた。
ただ強くなる――その目的のために刈谷は容赦なく攻撃を続けていた。
刈谷は嵯峨の攻撃を防御しながら、『四年間何してた』、『死神の真似事をして何が目的だ』と、ずっと問いかけた。
嵯峨はその一つ一つを適当に答えながら、刈谷に攻撃を続けた。
容赦の欠片のない嵯峨の攻撃に、いよいよ刈谷の防御が崩れる。
崩れた瞬間、一気に嵯峨は猛攻を刈谷に仕掛ける。
あっという間にボロボロになり、倒れる刈谷。
やっと気絶したと思った嵯峨は、刈谷から輝石を取り上げようとした。
その瞬間、刈谷はのっそりと相当痛めつけたのにも関わらず起き上がった。
ボロボロの状態にもかかわらず、刈谷は精一杯の力を込めてニッと口角を吊り上げて、意地の悪い笑みを浮かべた。
『お前の目的はもう聞かねぇよ……俺の意識がある間にいいこと教えてやるよ……ナナセコウタロウ……最近知り合った奴なんだけどな、そいつがお前にそっくりなんだよ……』
『詳しく教えてよ』
『……自分で探しな』
自分と似ている人物・ナナセコウタロウに興味が出た嵯峨は、自分が襲った相手にフレンドリーな口調で尋ねる。
そんな嵯峨を見て、刈谷は思い通りだと言わんばかりの笑みを浮かべ、中指を突き立ててナナセコウタロウに関して何も言うことなく力尽きて気絶した。
――一昨日の回想を終えた嵯峨は、自分に似ているというナナセコウタロウの名を何度も頭の中で反芻していた。
ナナセコウタロウ――……
ナナセコウタロウ君か……どんな顔をしてるんだろう。
僕と一体どんなところが似ているんだろう……
でも、ショウの言っていることは昔から半分以上当てにならないからな……
もしかして、僕の気をそらすための罠? ――いや、でも……
唸り声を上げながらナナセコウタロウのことを考えている時、嵯峨の頭の中には強くなるという目的を完全に忘れていた。
「うーん……あれ?」
そのことに気づき、嵯峨は頭を振って当初の目的を思い出す。
しかし、それでもナナセコウタロウという人物の名前が頭から離れなかった。
「どうしても気になる……仕方がない。輝石を集めるついでにショウが言ってた通り、自分で探してみるか。うん、そうしよう。そうした方が良さそうだ」
自分を納得させるようにそう言って、嵯峨は決意を固める。
「あー、何だかそう決めたらやる気が出てきた。それに、ちょっと眠くなってきた。ゆっくり昼寝できる場所でも探そう」
そして、呑気に大きく欠伸をして昼寝をするための場所を求めに、軽い足取りで公衆トイレから出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます