第16話

「まったく――どうして僕が君と一緒に風紀委員本部に行かなくちゃならないんだ」


「貴原君って風紀委員じゃなかったんだ」


「僕は学生連合に所属しているんだ! 君のような落ちこぼれと一緒にいて、風紀委員に学生連合の内部情報を伝えていることがバレてしまったら、学生連合としての僕の立場がなくなってしまう!」


「でも、セラさんと会えて嬉しい?」


「それはもちろん――って、今はそんな話をしてはいない!」


 ブツブツと文句を言いながらも、すっかり貴原は幸太郎のペースに呑まれていた。


 訓練が終わった放課後――セラは貴原と一緒に風紀委員本部へと向かうようにと言って、一足早く慌てた様子で風紀委員本部に向かった。


 セラの頼みで不承不承ながら貴原は幸太郎とともに風紀委員本部へと向かっていた。


 なるべく貴原は幸太郎とは離れて歩いていたが、徐々に幸太郎が近寄ってくるので、貴原は苛立たしく思っていた。


 幸太郎と二人きりは嫌なので早歩きで貴原は風紀委員本部に向かい、あっという間に本部前に到着する。幸太郎も遅れて到着した。


 セラと会うので身なりと髪型を整え、口内に口臭スプレーを吹きかけ、唇にリップスティックを塗って、万全を期した貴原。そんな貴原に向けて、幸太郎は完璧だというようにサムズアップをすると、貴原は当然だというように得意気に胸を張った。


 そして、貴原は優雅な手つきで本部の扉をノックして、扉を開いた瞬間――


 本部内の張り詰めた空気が貴原に襲いかかると同時に、本部内にいる一人の人物を驚いたように見つめていた。


 情けなく口を開けて驚いている貴原の視線の先には、厳しい表情の巴とセラと向かい合うようにして座っている、張り詰めた空気を放っている短髪の青年だった。


「む、村雨むらさめさん……どうしてあなたがここに……」


 貴原の視線の先にいる村雨と呼ばれた短髪の青年は凛々しく、整った顔立ちをしているが、口を真一文字に閉じて険しく、固い表情をしていた。


 見慣れぬ人物に幸太郎は軽く会釈をして、「はじめまして」と挨拶をした。


 村雨と呼ばれた青年は幸太郎に気づいて、纏っている空気を柔らかいものにして、真一文字に閉じていた口を綻ばせて、優しげな表情を浮かべた。


「君が七瀬幸太郎君か。はじめまして、俺は村雨宗太むらさめ そうた。そこにいる貴原君と同じく学生連合に所属している者だ」


 短髪の青年――村雨宗太が幸太郎に自己紹介すると同時に、隅で立っていたサラサは幸太郎と貴原のために紅茶をカップに注いで、テーブルの上に置いた。


 幸太郎は空いているソファに座ると、呆然としていた貴原も幸太郎の後に続いてソファに座った。


 怯えて気まずそうな貴原は村雨の様子を横目でチラチラ見て窺っていた。そんな貴原の視線に村雨は気づいている様子で、真っ直ぐと貴原を見つめた。


「貴原君は何か俺に言いたいことでもあるのか?」


「あ、あの……む、村雨さんがどうしてここにいるんですか?」


 自分を真っ直ぐと見つめる村雨に、恐る恐る貴原は尋ねると、村雨はやれやれと言わんばかりに小さくため息を漏らす。


「そんなに怯えなくとも、君が学生連合にいる過激な思想を持つ人たちの情報を、風紀委員に流しているということは巴さんから聞いている」


「あ、え、えっと、その……」


 すべてを知っている村雨に、貴原は顔面を蒼白させる。怯えきっている貴原を安堵させるように、村雨は優しく、力強い笑みを浮かべる。


「安心してくれ、君の周囲にいる人間には黙っていると約束しよう。俺だって、君に似たようなことをしているんだからな」


「む、村雨さんが僕と同じ――ま、まさか村雨さんも風紀委員に情報提供を?」


「ああ。まあ、風紀委員というよりも、巴さんに情報を提供しているんだ。何か事件が起きて巴さんに協力を求められれば、俺は自分の立場で得た情報を巴さんに提供しているんだ。だから、お互いに秘密にしておこう」


 村雨の言葉に、貴原は村雨が巴に協力していることに驚くよりも先に、自分の体面を保つことができるので心の底から安堵していた。


「俺がここに来た理由は――今の学生連合を束ねる者の責任を果たすため、風紀委員に協力するためだ」


 自分の状況を説明する村雨に、一人幸太郎は驚いていた。


 学生連合は事実上解散状態になりながらも、学生連合の名前だけ借りて暴れたい人間ばかりが集まっていると聞いていたので、束ねている人がいるとは思わなかったからだ。


「村雨さんは名ばかりとなった学生連合内でも、大義を見失っていない、かつての学生連合の意思を継いでいる人たちを束ねて、学生連合の暴走を抑えている方です」


 驚いている幸太郎のために、セラは簡単に村雨のことを紹介した。


 しかし、セラの紹介に村雨は納得していない様子で首を横に振った。


「セラ君、君の言っていることは間違っているよ。名ばかりとなった学生連合を束ねているが、俺は完全に学生連合を抑えることはできていないんだからね」


 謙遜しているわけではなく、本気で村雨はそう思っているようで、自分を情けなく思いながら自虐気味な弱々しい笑みを浮かべていた。


 自分の自己紹介が一段落すると、村雨は再び厳しい表情になって、張り詰めた空気を身に纏い、向かい合うようにして座っている巴に視線を向けた。


「それで、巴さん――改めてお願いします。学生連合側の誠意を周囲に見せるため、風紀委員に協力させてもらえないでしょうか」


 そう言って、村雨は深々と頭を下げた。


「囚人の脱獄に学生連合が手を貸したとされています。このままでは、アカデミーの現状を憂う、立派な志を持つ数少ない学生連合のメンバーも巻き添えを食らってしまう。俺を慕ってくれている人たちをどうしても守りたいんです」


「宗太君に協力してもらえれば心強いわ」


 険しい表情をしながらも巴は、自分を慕う人のために頭を下げる村雨が協力してくれることに心から心強いと感じていた。


「――でも、私が君に代わって学生連合の指揮を執ることはできない」


 固い意志を持つ巴の答えに、村雨は納得していない様子だった。


「なぜです! 巴さんが学生連合の指揮を執れば、失った学生連合の活気が戻るのに」


「学生連合は潰れました。今更学生連合を立て直しても、無用な混乱を招くだけよ」


「ですが――日に日に実力主義の思想が強まり、行き場を失くして凶行に走る輝石使いたちが増え続けています! 風紀委員も活性化をはじめたのですから、風紀委員と協力して学生連合も前のような活気を取り戻すべきでは?」


「今のアカデミーで不用意なことをすれば、新たな争いの火種になる……私たちは身をもってそれを学んだはずよ」


 厳しくもあるが、優しく窘めるような巴の言葉で自分が学んだことを思い出し、何も反論できなくなる村雨だが――まだ諦めていない様子だった。


「しかし――名ばかりとなった学生連合に、あなたが戻ってきてくれれば、ただ暴れたいだけで学生連合の名を語っている有象無象の連中を一掃できて、今の混乱を少しだけ治めることができるんです」


 村雨が言った、かつて巴が学生連合を設立して率いていたという新事実に、幸太郎は驚きのあまり素っ頓狂な声を上げるが、誰も気にすることなく巴は話を続ける。


「確かにその通りね。でも、私には麗華との約束があるし、戻れない場所にいた自分を救ってくれた恩もある――それに、鳳グループとの約束で学生連合に手出しができなくなった私に代わって、これから落ちぶれる一途を辿る学生連合の暴走を、近いうち必ず消滅するその時まで抑えてもらうことを君に頼んだ。決して、学生連合を再興する手筈を整えろと頼んだ覚えはないわ」


 かつて自分が率いていた学生連合を再興するつもりはいっさいない巴に、村雨は若干肩を落としていたが、これ以上何を言っても巴の意思は変わらないと判断した。


 諦めたようにため息を漏らした村雨に向けて、巴は纏っていた張り詰めた空気を柔らかいものへと一変させて、彼に向けて優しく微笑んだ。


「学生連合のためではなく、君や、君の周囲にいる私の意思を継いでくれる人のためになら、私は協力を惜しまないわ」


 立場は変わっても自分たちの仲間でいてくれる巴のその言葉に、村雨は心の底から安堵しているようだった。


 そして、風紀委員と村雨が率いる学生連合が事件解決のために協力することになった。


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