第32話

 昨日の騒動から一日後の夕方――昨夜から行っていた一通りの事後処理を終えたセラは、一旦情報を整理したいという麗華の頼みで、高等部校舎内にある風紀委員本部へと向かっていた。


 風紀委員本部の扉を数回ノックして「失礼します」と一声かけてから部屋に入ると――ソファに座る麗華と、テーブルを挟んで彼女の対面に座ってお菓子を食べている大和、窓際に立って夕日を浴びているノエルが本部にいた。


 軽薄な笑みを浮かべている大和以外、麗華とノエルの表情は険しく、室内の空気も若干張り詰めていたのを見て、遅刻してしまったと思って「ご、ごめん、麗華」と慌ててセラは謝った。


「もしかして、遅刻しちゃったかな」


「いいえ、時間通りですわ――ただ、私を含めて少々早めに来てしまっただけですわ」


「そういうこと。麗華なんて一時間近く前からここで待っていたみたいだよ? よっぽど後ろめたいことがあるのかなーって」


「うぅ――しゃ、シャラップ!」


 いつもと比べて元気がなさそうだな、麗華……

 ……大丈夫かな。


 大和の余計な一言に怒りの声を上げる麗華だが、気まずそうで若干覇気がなく、そんな彼女をセラは心配していた。


 大和の隣にセラが座ると同時に、「さっそくですが――」と麗華は話をはじめる。


「セラ、一体どうなっていますの? 伝説の聖輝士であり、優輝さんのお父様であり、あなたの師である久住宗仁さんがアルトマンと協力しているというのは!」


「……ごめん、何もわからないんだ」


 厳しい現実を容赦なく突きつける麗華に、動揺する自分を必死に抑えるセラ。


 一日経って少し落ち着いたとはいえ、まだ師匠がアルトマンとともに昨日の騒動を引き起こしたことが信じられなかった。


「それよりも、あなたたちが対峙したのは本当に久住宗仁さんですの? 結局彼の顔はカメラの映像に映し出されず、誰にも見ていないのですわ……別人という可能性はありますの? もしくは、ノエルさんやクロノさんのようなイミテーションである可能性は?」


「残念だけどそれはないと思う……顔は見れなかったけど、あの気雰囲気、それに何よりあの自由自在に輝石の力を変化させる戦い方――あれは間違いなく師匠だよ」


「制輝軍本部で行っている優輝さんの取調べでも、優輝さんは同じことを言っていましたが……どうにも信じ難いですわ。あの伝説の聖輝士が今回の騒動に関わっているなんて」


「……私だって信じたくないよ」


「……すみません、セラ。少し、興奮し過ぎましたわ」


 厳しい現実を突きつけられて辛そうな表情を浮かべるセラを見て、昂る自分を落ち着かせる麗華は、話を替える。


「プリムさんが仰っていたのですが、宗仁さんに敵意が感じられなかったそうですわ」


「ええ、それは私やティアも感じていました……不自然なほどに」


 息子の優輝と激突しているのを目撃したセラは、激しく戦いながらも宗仁は息子に敵意を向けていないことを感じており、その後に師匠と話した時も敵意を感じなかった。


 何か明確な目的を抱いて行動している――それだけは感じていた。


 それを感じたからこそ、セラは師匠がアルトマンと協力して騒動を起こしたことを知っても動揺を最小限に抑えられて、淡い期待を抱き、まだ師匠を信じられる自分がいた。


 だからこそ、前に進むためにセラは窓際に立つノエルに視線を向けた。


「師匠は何か明確な目的を持って動いていると思うんですが、わかりません――ノエルさん、アルトマンの目的について、何か思い当たることはありませんか?」


「わかりません――賢者の石が教皇庁の作ったおとぎ話であると知ってから、彼の目的はなくなったはずです。それなのに今回の騒動……セラさんの言う通り、明確な目的があって動いているようですが、何もわかりません。それ以上に半年前の事件では目的を見失って暴走したというのに、半年後になってアルトマンが急に明確な目的を抱いたというのも違和感があります」


 ……確かに、そうだ。

 目的を見失ったからこそ、半年前の騒動は大勢とともに自滅する覚悟で引き起こしたんだ。

 それなのに、急に明確な目的を持って現れるなんておかしい……

 ……いや、それ以上に――何かが、変だ……何かがおかしい気がする。


 半年前の騒動に違和感を抱いているというノエルの言葉に、セラも違和感を抱きはじめる。


 ――いや、抱きはじめたのではなく、元々胸の奥に存在していた正体が掴めない違和感が刺激された。


 だが、考えても正体が掴めない違和感を気にするのは後にして、アルトマンの目的を考える。


「アルトマンが仕組んだ多くの騒動を解決して、邪魔をしてきた私たちアカデミーへの復讐、というのは考えられますか?」


「それならば手っ取り早く昨日の騒動でフェイクではなく、本物の爆薬を使えばいいだけです」


「真綿で首を締めるようにじっくりと復讐の機会を探っているというわけでは?」


「何という嫌な男! やはり、昨日の騒動で捕えておくべきでしたわ!」


「その可能性もありますが――」


「……それはないんじゃないかな」


 ノエルとセラの会話の間に入ってくる大和だが、顔を真っ赤にしてアルトマンへの怒りを爆発させている面白い麗華の顔は視界に入っておらず、彼女にしては珍しく真剣な、それでいて、何かを考えこんでいる様子だった。


「じっくり復讐するなら、昨日の段階で表立って動いて正体を明かすのはおかしいよ。悪目立ちし過ぎちゃって逆に動き辛くなる。爆発騒動だけなら、花火が上がっただけで誤魔化せたのに、プリムちゃん誘拐の騒動で昨日の騒動は一気に世界中で注目集める結果になったんだから」


「単に失敗しただけではありませんの? まさしく策士策に溺れる! いい気味ですわね! オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


「そんな麗華みたいな真似はしないよ」


「伊波さんに同意です。アルトマンはかなり慎重な性格です――あなたと違って」


「うん、私も麗華みたいに浅慮じゃないと思う」


「ぬぁんですってぇ!」


 アルトマンの失敗を想像して気分良さそうに笑う麗華に、大和たちから厳しいツッコみが入り、怒る麗華――そんな麗華をいつものように更に煽ることなく、憂鬱そうな表情を浮かべた大和は淡々と話を続ける。


「色々と急場凌ぎ感はあったけどノエルさんやセラさんの言う通り、アルトマンは慎重だ。一見失敗したように思えることでも、後々になれば、意味のある行動になってくる――だから、あえて生死不明と判断されて動きやすくなっていたのにもかかわらず、自分の正体を明かしたことにもきっと意味があるはずなんだ」


「フフーン? なるほど、でしたらその意味とは何ですの? ここまで思わせぶりな態度でまさかわからないと言うつもりですの?」


「……いやぁ、痛いところをついてくるなぁ、麗華は。降参降参、まだわからないよ」


「フン! 期待を煽っておいてその答えとは、だらしがありませんわね!」


「あの時アルトマンを捕まえることができたら一件落着だったんだけどなぁ」


「うっ……しゃ、シャラップ!」


 大和君? ……本当にそうなのだろうか……


 真剣な表情から一変して、いつものような軽薄な笑みを浮かべておどけた態度を取る大和。


 意味深な態度を取りながらも結局はわからないと言い放つ大和を、いい気味だと嘲笑っていた麗華だが、大和の一言で一気に分が悪くなる。


 そんな大和の様子を見て、セラは彼女が何かを隠しているように思えて、それについて尋ねようとしたが――不意に、大和はセラに視線を向けてキュートにウィンクをした。


 今は何も聞かないでくれ――そう言っているようなアイコンタクトに、セラは不承不承といった様子で彼女に任せることにした。


「それにしても、七瀬幸太郎君だっけ? 彼一体何者なんだろうね」


 七瀬幸太郎――本当に何者なんだろう……

 そして、何だろう……この気持ち。

 彼の名前を聞く度に、胸や頭が締めつけられるような感覚に襲われる。

 ……それに、どうしてこんなにも――……


 話題をそらすように大和がアルトマンの協力者の一人である少年――二つの煌石を操った結果、何かの力を生み出し、それを取り込んだかもしれないと言われている七瀬幸太郎について話題を出した途端、室内の空気が一気に張り詰め、麗華たちの表情が曇る。


 全員七瀬幸太郎という少年の名前が嫌に頭に、胸の奥に響き渡っているからだ。


「彼、間違いなく秘めた力では僕やエレナさんの上かもね。でも、煌石をコントロールする力はダメみたいだ。煌石から生み出された力をコントロールできていなかったし、かなり慌てているみたいだったからね」


「だから、プリムちゃんを誘拐して、利用しようとしたんですよね」


「みんなはそう思っているみたいだけどね……うーん、何とも言えないな、今のところ」


「何か気になることでもあるんですか?」


「……ちょっとね」


 セラの質問に曖昧な返事で答えた大和は機嫌が悪そうに、それ以上に気まずそうな様子の麗華を一瞥して小さくため息を漏らした。


 明らかに何かを抱えている様子の大和だが、そんな彼女の態度よりもセラには気になることがあった――


「その……七瀬幸太郎君について、どんな人なのか聞かせてもらえませんか?」


「特徴のない外見で、THE・普通だね。でも、中々面白い人だったな。ねえ、麗華」


「フン! 緊張感の欠片のない男でしたわ! まあ、それなりに度胸はあるようでしたが」


「特筆すべき過去は何にもなくて、経歴も真っ白で、アルトマンと関わるような縁も、今まで煌石を操る力を持っていたなんていう経歴もないから不自然に思われているみたいだよ。年に世界中で数回行ってる輝石使いかどうかの適性を調べる検査でも、輝石使いじゃないって判断が下されていたみたいだしね」


「……そうですか」


「……彼のこと、気になる?」


「ええ、ちょっと……」


「僕もなんだよね。何だか、不思議な雰囲気でさ……ちょっと彼に興味が沸いているよ。それになんだろうね、見知らぬ人のハズなのに彼の名前は何だか懐かしい響きがあるんだ」


 確かに――……でも、それだけじゃない……


 大和の意見にセラは心の中で同意を示すが、気になっているのそれだけではなかった。


 ――セラの頭の中に、昨日師匠が話した数少ない言葉の数々が浮かぶ。


「師匠が言っていたんです……『あの男ではなく、少年を信じた』と」


「人嫌いの伝説の聖輝士にそう言われるなんて、彼、中々の人たらしだね」


「それに、こうも言っていたんです……私やティアや優輝が良く知っていると」


「それなら、七瀬幸太郎君はセラさんの知り合いってこと?」


「いいえ、そんな名前の人には今まで会ったことがありません……大和君と同じように懐かしい響きは感じられますが」


「セラさんもか……ノエルさんもそう思う?」


 ……ノエルさんも……それなら――


 不意の大和の問いかけに、ノエルは黙って頷いた。


 七瀬幸太郎への違和感は自分や大和だけではなく、ノエルも同じであることを知ったセラは七瀬幸太郎の話題が出てから仏頂面を浮かべている麗華に視線を向ける。


「麗華もそう思ってるんじゃないかな?」


「別にあんな平々凡々凡骨凡庸のアホ男なんて何とも思いませんわ」


「でも、気になったからこそあの時君は彼を呼び止めたんだろう? で、逃がした」


「しゃ、シャラップ! 逃がしたつもりはありませんわ!」


「……はいはい、そういうことにしておくよ」


 やっぱり、麗華も同じなんだ……

 一体、これはどういうことなんだろう。

 私たちは七瀬幸太郎――彼にどこかで会ったことがあるんだろうか……

 七瀬幸太郎――一体何者なんだろう……会ってみたいな……


 素直ではない上に、わかりやすい麗華の反応にため息を漏らす大和。


 この場にいる全員が七瀬幸太郎に対して懐かしさを感じていることに、セラは違和感を抱く。


 そして、今すぐに会って話してみたい衝動に駆られた。


 聞き覚えがない名前なのに妙に頭と心に残るその人物を。


 そして、人嫌いの師匠を動かしたその人物を――


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