第6話
始業式が終わり、幸太郎は新しい担任に自分の輝石を手渡され、新しいクラスの二年C組に案内された。
教室に入ると同時に、セラの微笑みが幸太郎を出迎えた。
セラの他にも去年同じクラスだったクラスメイトが何人かいたが、彼女のようにフレンドリーに出迎えてくれることはなく、全員揃って幸太郎の顔を見て嫌な顔をして、揃ってひそひそと噂話をはじめて、明らかに歓迎はされていなかった。
「なあ、アイツって、あの輝石も扱えないアカデミー史上最悪の劣等生だろ?」
「やっぱそうだよ、入学式に遅刻してきた七瀬幸太郎。間違いないって」
「なんで戻ってきたの? 去年の期末テストで赤点出しまくって退学になったんでしょ?」
「いや、俺の聞いた話だと、風紀委員の立場を利用して外部に情報漏らしたかららしいぞ」
担任が行った簡単な幸太郎の自己紹介の最中、幸太郎の耳に聞こえてくる噂話。
根も葉もない噂話が出回って、悪い意味でさらに有名になっていることに、幸太郎は心の中でため息を漏らしながらも、すぐに仕方がないことだと思い、さらにはアカデミーに戻れたことの喜びに満ちているので気にならなかった。
すぐに自己紹介が終わり、担任が二学期のことについて話しはじめる。
一時間ほどの話の後、今日の学校は終わった。
帰り支度をしながら、今日の昼食をどうしようか考えている幸太郎。
今日のお昼はどうしようかな……
あのお店に行こうかな? それとも、また新しいお店を探そうかな。
……あ、その前に風紀委員本部に行かないと。
昼食のことしか考えていなかった幸太郎だが、朝セラに言われたことを思い出して、さっそく教室を出て風紀委員本部に向かおうとする、が――
幸太郎の進行方向を阻むかのように、複数の男子生徒の取り巻きを連れた、整った顔立ちで癖のある黒髪の長身の少年が現れた。
整った顔立ちをして爽やかな雰囲気を纏い、フレンドリーな笑みを浮かべている少年だが、ハッキリとした幸太郎への侮蔑が現れていた。
見慣れぬ少年が自分の前に現れて、幸太郎は不思議そうに彼を見つめていた。
「まさか、アカデミー創立以来の劣等生である君が戻ってくるなんて思いもしなかったよ」
丁寧だが嘲るように吐き捨てた少年の言葉を幸太郎は特に気にすることなく、クラスメイトの少年に「はじめまして」と挨拶をした。
初対面の同級生に丁寧に挨拶をする幸太郎に、少年は一瞬だけ整った顔に苛立ちと嫌悪感を表に出して、すぐに消した。
「ご丁寧にどうも。僕は
貴原と名乗った少年はニッコリとした笑みを浮かべて挨拶を返すが、その目は笑っておらず、ただただ幸太郎を見下すように見ているだけだった。
「それにしても、アカデミーの汚点たる君がここに戻ってくる――いや、戻れるなんて、上の連中は何を考えているんだかわからないな」
「僕もそう思う」
「同じ気持ちで嬉しいよ。君のような輝石をまともに扱うことができない輝石使いとしては致命的な欠陥を抱え、一度は退学になったというのに、恥知らずにもわざわざ戻ってきたことが不思議に思えるよ」
「ぐうの音も出ない」
明らかな嫌味と嘲りが込められている貴原の言葉だが、自分でも思っていることなので幸太郎は何も反論することができずにただ苦笑を浮かべることしかできなかった。
「しかし、運悪く君は面倒な時期に戻ってきた。君のような実力のない輝石使いは今のアカデミーに不要な、排除すべき存在だ。昔よりもさらに――気の毒に」
嘲笑を浮かべての貴原の言葉だが、「そうなんだ」の一言で何を言っても特に気にしていない様子の幸太郎の反応に、貴原は忌々しそうに彼を睨んだ。
「……まったく、わからないな。君のような輝石使いとしての実力がまったくなく、ただの弱い人間である君をセラさんが気にかけることが」
忌々しげに幸太郎を睨む貴原の目には、どす黒い嫉妬の炎が滾っていた。
そんな貴原の気持ちを何となく察した幸太郎は貴原の瞳をジッと見つめた。
こちらを無遠慮に見つめる幸太郎に、貴原は自分の魂胆に乗ったと勘違いしているのか、薄らと気分良さそうな笑みを浮かべた。
「何か気になることでも言ってしまったかな? 失礼なことを言ってしまったのなら、謝罪をするが、どうかな?」
文句があるなら殴ってくれと言わんばかりの貴原の挑発。
不穏な空気が貴原を中心にして放たれているが、クラスメイトたちは気づいても見て見ぬ振りをしており、中には薄ら笑みを浮かべて眺めているクラスメイトもいた。
だが、幸太郎はあからさまな挑発に乗るわけでもなく、ただ、淡々とした口調で思ったことを口にするだけだった。
「貴原君って、セラさんのこと好きなの?」
淡々とした口調で思ったことをストレートにそのまま口にする幸太郎。
帰り支度をして騒がしい教室内だが、幸太郎の淡々とした言葉は数秒ほど教室内を静寂にさせ、数秒後ひそひそと貴原への噂話が教室内を駆け巡った。
「確かに、前からセラさんにちょっかい出してたけど、まさか……」
「確かに貴原君ってイケメンだけど……正直、ねぇ……」
「セラと釣り合うかって言われたらなぁ」
ひそひそと噂話をするクラスメイトたちを貴原は鋭い目で睨むと、噂話は途端に止んだ。
噂話がなくなると同時に、今度は幸太郎を睨む貴原だが――周囲を黙らせるほど鋭い眼光を一身に受けても、幸太郎は自分の失言に気づいていない様子だった。
「ゴミめ……」
呟くような声で貴原は幸太郎に向けてそう吐き捨てると、教室内にいるクラスメイトたちが息を呑むほどの殺気を放つ。
首にかけたペンダントについた自身の輝石を貴原は握り締めると、輝石が発光する。
貴原は、そのまま輝石を――
「何をしているんですか?」
激情のまま動こうとした貴原を制止させるには十分なほどの威圧感がある、冷え切った声が響くと同時に、幸太郎と貴原の間に声の主であるセラが現れる。
セラは幸太郎の前に庇うようにして立つと、貴原を静かな怒りを宿した目で睨んだ。
鋭い視線でセラに睨まれ、貴原は一気に平静を取り戻し、目の前にいるセラに向けて余裕と自身に溢れたキザっぽい笑みを浮かべた。
「どうも、セラさん。一月見ない間に、随分と美しくなったようだ」
「……今、何をしようとしたんですか?」
明らかなお世辞セラは流して、鋭い目で貴原を睨む。
「転校生にアカデミーのことについて説明していただけですよ――まあ、半年間アカデミーにいた彼には必要なかったかもしれませんがね」
人の良さそうな顔で爽やかな笑みを浮かべている貴原に、セラは心底軽蔑しているような視線を送っているが、当の本人はまったく気にしていない。
「今のあなたの表情は恐ろしいが――それ以上に美しい……」
自分を睨むセラに、貴原は表情をウットリとさせて、セラの頬に触れようとするが――無言でセラは近づいてくる貴原の手を思いきり叩き落とした。
セラに叩き落とされて僅かに赤く腫れる手を摩り、貴原は肩をすくめて仰々しくため息を漏らした。そんな貴原を無視してセラは幸太郎の手を優しく、そして、きつく握った。
「行きましょう、幸太郎君」
貴原を睨みつけたままセラはそう言うと、幸太郎の手を握って教室から出ようとする。
「まったく……相変わらずあなたの行動は理解不能ですよ」
教室から出ようとするセラの背中に向けて貴原は話しかけると、セラは立ち止まった。立ち止まったが、セラは振り向こうとはしなかった。
「あなたほどの輝石使いならば相応しい立場や権利があるということを、なぜ理解しない」
「理解する気も、興味もありません」
「まったく、あなたは本当に強情な方だ……」
素っ気なく答えたセラに、貴原は仰々しくやれやれと言わんばかりのため息を漏らした。
「まあいいでしょう……だが、お忘れなく。あなたには相応の権利と立場があるということを。そして、あなたのしていることは無意味であるということを――それでは、また明日会えるのを楽しみにしていますよ」
嫌味な笑みを浮かべて丁寧に頭を下げる貴原だが、そんな彼を無視してセラは幸太郎の手を引っ張って教室を出た。
セラに引っ張られて教室を出た幸太郎を、貴原は嫉妬と憎悪の暗い炎を滾らせた目で睨んでいた。
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