第一章 反撃の狼煙

第1話

 半年前――日課の畑仕事をしている時に彼らは現れた。


 一人は懐かしくも憎らしい、若返った兄弟子だった。


 もう一人は、何の特徴も力も感じられない平凡な少年だった。


 少年のことは知らないが、兄弟子のことはよく知っていた。


 扱える資格を持つ者に武輝と呼ばれる力を与える輝石きせき、輝石以上の神秘的な力を持つ煌石こうせき研究の第一人者であり、その研究の過程で若さを得て、世界中から輝石を扱える人間を集めたアカデミーで暗躍していたのだが――つい最近、自爆して生死不明となったからだ。


 自分を含めた大勢の人間、それ以上に自分の弟子たちを巻き込んだ男の登場に、怒りのままに輝石を武輝に変化させた。


 臨戦態勢を整え、警戒を高めている自分にアルトマンは不敵に微笑みながら「話がある」と、話し合いを求めてきた。


 信用できない、それ以上に何を考えているのかわからない油断のならない相手からの提案を呑む気はなく、警戒心だけが高まって膠着状態が続いていたのだが――


「絶対に損はさせませんから話を聞いてください、大丈夫です、何とかなりますから」


 兄弟子の言葉よりも信用を感じさせない、詐欺師の謳い文句のような、それ以上に脱力させるような少年の言葉が間に入った。


 敵意を感じさせない少年の呑気な言葉に、兄弟子は呆れながらも「頼む」と嫌々頭を下げた。


 嫌々ながらも兄弟子が頭を下げて懇願してきたことに、何かただことではない気配を感じてしまい、抱えている警戒心はそのままにして離れにある道場内へと案内した。


 そして、彼らは話をはじめる――

 ここに来るまでの経緯。

 誰もが知らない、忘れ去られた真実、記憶、真の敵。


 あまりに荒唐無稽な話に驚き、信じられず、信用できず、する気もなかったのだが――


「僕、あの人を倒したいです。だから、お願いします。協力してください」


 少年は自分を真っ直ぐと見つめてそう懇願した。


 知り合って間もないどんな性格なのかわからない、初対面の時に何も感じられない少年だったというのに、彼の言葉には不思議な信頼感と力強さがあった。


 惹きつけられる何かを感じる少年の言葉を信用したわけではないが、協力に応じた。


 多くの事件で暗躍して大勢を巻き込んで不幸にした兄弟子、そんな彼と一緒に行動している謎の少年――権謀術数渦巻く世界に辟易して隠居し、激動の世界に見て見ぬ振りを続けた卑怯者だが、目の前に現れた二人――特に、少年を放っておくことはできなかった。


 アルトマンを監視するという名目で協力に応じたが――


 彼らと接するにつれ、彼らの言っていた言葉が徐々に真実味を帯びてきた。


 自分、いや、大勢に共通している記憶が何か間違っていると思いはじめてしまった。


 何よりも、能天気、無邪気、無力、浅慮――しかし、自分よりも、誰よりも力強いものを持ち、昔の兄弟子とそっくりな男を絆した少年に惹かれてしまっていた。


 だが、絆されてしまっても心の底ではまだ彼らの言葉を信じたわけではなかった。


 しかし、半年後――


 少年の持つ力を目の当たりにして、彼らの言葉を信じざる負えなくなってしまう。




――――――




 世界中から大勢の輝石使いたちを集め、学業だけではなく、輝石の扱い方を教えているアカデミーを中心として、周囲には五つの区画に分かれている世界最大規模のアカデミー都市と呼ばれる学園都市が広がっていた。


 そんなアカデミー都市内にある、アミューズメント施設などが立ち並ぶイーストエリア。


 放課後、授業を終えて、思い思いの時間を過ごしている生徒たちで賑わっていたのだが。


「ふざけんな!」

「それはこっちの台詞だ! いい加減にしろよ!」


 白を基調としたアカデミー高等部のブレザータイプの制服を着た少年二人の怒声が、和気藹々としていたイーストエリア内に響き渡った。


 怒声を張り上げた二人の間には不穏な空気が漂い、道行く人の注目を集めていた。


「どうして俺を誘ってくれなかったんだよ!」

「仕方がねぇって言ってるだろ! お前、あの時用事があるって言ってたんだから!」

「言ってくれれば用事を後回しにできたんだよ! 実際、大した用事じゃなかったんだ」

「何度も同じこと聞いてるけど、少しは俺の気遣いも理解しろよな!」

「気遣いには感謝してるよ! でも、親友の俺にはちゃんと言うべきだったんじゃないのか!」

「だから悪かったって何度も言ってるだろうが! 第一、お前だって前に同じことしただろ!」

「あの時は学食の限定メニューの売れ残りがあるって報告するのを忘れただけ、今回の件とはベクトルがまったく違う! ……お前は、俺の魂を無視したんだ!」

「メイド喫茶ぐらい後で連れて行ってやるから!」


 一触即発の不穏な空気が漂っていた二人の口論で、周囲は止めるべきかと悩んで不安そうな視線を彼らに向けていたが、一人が『メイド喫茶』と口に出した途端、他愛のないというか、とことんくだらない口論だと判断し、場が一気に白けてしまった。


「あの時は年に一度のスペシャルデーだったんだ! それをお前……お前は!」

「また来年行けばいいだろうが!」

「今年で『クルミちゃん』はメイド卒業なんだよ! それを知っていただろうが!」

「お前の推しなのは知ってたけど、あの人数年前から卒業するって周囲に言いふらして、結局卒業しないで三十路になった人だから、大丈夫だって。まだまだ逞しく元気でやるって」

「嘘じゃなかったらどうすんだよ!」

「なら、もっと若くて瑞々しい、大学部に通う青原先輩こと、『アオにゃん』の友達を紹介させてもらえ!」

「それってクルミちゃんがババアってことか! そうなんだな! クルミちゃんはなぁ、包容力が堪らないんだよ! 中途半端な年上とは違うんだよ!」

「それじゃあ、アオにゃんが乳臭いガキってことか? ――上等だ!」

「そっちがそのつもりなら、こっちも上等だ!」


 売り言葉に買い言葉で徐々にヒートアップしてくる二人はついに、懐から輝石を取り出した。


 アカデミーの規則として、輝石使い同士の私闘は禁じられているのだが、頭に血が上っている二人には関係なかった。


 さすがにくだらない口論で白けていた周囲だったが、二人が輝石を取り出したので、見ていられなくなって二人を止めようとするのだが――


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」


 突如として響き渡る高笑いに、口論をしていた二人の、そんな彼らを止めようとしていた周囲の視線が集まる。


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ! この場はわたくしが取り成しましょう!」


 高笑いとともに現れるのは、美しい金糸の髪の一部が癖でロールした、笑い声がなければ文句なしで美しい少女――豊満過ぎる胸を強調するように大きく開いた胸元、引き締まったお腹の部分が開いており、スカートの丈が短く、染み一つない艶めかしい長い足が大きく露になっている深紅のセクシーなドレスを身に纏った、鳳麗華おおとり れいかだった。


 リビドーを刺激する過激な衣装で登場した、アカデミーを教皇庁とともに運営する鳳グループのトップの娘であり、アカデミー都市の治安を守る風紀委員に所属している麗華に、大勢の視線が集まった。


 はしたなく大股開きで、ポーズを決める麗華だが、スカートの丈が短いせいで乙女の花園が見えるか見えないかのギリギリのラインになってしまっており、主に男子から感嘆の声が上がる。


「れ、麗華、はしたないよ。ほら、足を閉じないと」


「フフン! 見たければ見ても構いませんわ! 私の美しさに酔いしれなさい!」


「そう言うこと言ってるんじゃなくて! あ、ああ、ほら。胸がずり落ちてるよ」


 見えそうで見えない姿を晒して周囲の視線を集めている麗華の盾となって現れたのは、彼女と同じく風紀委員の一人である、美しく、凛々しい顔立ちのショートヘアーの少女――凛とした雰囲気に似合う燕尾服を着ているセラ・ヴァイスハルトだった。


 輝石使いとして高い実力を持ち、誰に対しても分け隔てなく接する優しい性格で老若男女問わずに人気がある執事服を着たセラの登場に、男女の感嘆の声が上がる。


「というか、サラサはどこにいますの! サラサ! 恥ずかしがらずに出てきなさい!」


「うぅ……わ、わかり、まし、た」


「気配を消してしまっては意味がありませんわ! もっと堂々としなさい!」


 麗華に叱られて、気配も音もなく彼女の背後から鈴の音のようなかわいらしい声とともに現れたのは、スカートの丈が短い改造メイド服を着た褐色肌の、目つきが鋭い赤茶色の髪をセミロングに伸ばした少女、サラサ・デュールだった。


 堂々としろと麗華に言われても、人見知りが激しい恥ずかしがり屋のサラサにとって、メイド服を着て露出するだけで持っている勇気の大半を使っているため、緊張と恥ずかしさで強張らせたせいで、元々鋭く、怖い顔立ちが、更に怖くなってしまっていた。


「というかセラ! 何ですの、その恰好は!」


「し、執事服だけど……」


「セラお姉ちゃん、何だかズルい……」


「ず、ズルいって何ですか、サラサちゃん! 私は用意されたものを着ただけですから! と、というか、この服を着ただけでも恥ずかしいのですから勘弁してください……」


 じっとりとした目を露出の少ない服を着ているセラに向けてズルいと言い放ったサラサに、反論するが、すぐに頬を紅潮させて恥ずかしそうにしていた。


 麗華やサラサと違って露出が少ない執事服だが、セラにとってはいつもと違う服を着て目立つこと自体が恥ずかしかった。


「サラサの言う通りですわ! セラには覚悟が足りませんわ! ――ということで、えいっ!」


 サラサの意見に同調した麗華は掛け声とともにセラのたわわに実った両胸に手を伸ばし、無遠慮に揉みしだく。


 突飛な麗華の行動と、両胸に伝わる甘い刺激に「ふわぁっ!」とセラは素っ頓狂な声を上げ、そんな彼女のあられもない姿と声に、歓声が響き渡って周囲のボルテージは更に上がる。


「と、突然何をするんですか!」


 咄嗟に自分の胸を揉む麗華の手を振り払い、顔を真っ赤にさせて非難の声を上げるセラだが、麗華は反省することなく、「サービスですわ、サービス」と豪快に笑っていた。


 周囲のボルテージが極限にまで高まり、騒ぎを聞きつけた大勢の人間が集まってきたところで、「さて――」と麗華は本題に入る。


「くだらない喧嘩はもう終わりですわ!」


 横道にそれたが、本題である喧嘩を止めようとする麗華だったが――すでに一触即発状態だった二人は、周囲に混じって麗華たち風紀委員の姿を仲睦まじく写真に収めていた。


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! これにて、一件落着! 今後とも風紀委員をよろしくお願いいたしますわ!」


 一瞬の沈黙の後、無事に解決したと判断した麗華は高笑いを上げる。


「骨折り損」


「……言わないでください、サラサちゃん」


 気分良さそうに笑う麗華とは対照的に、セラとサラサは憂鬱なため息を深々と漏らした。

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