第27話
周囲にいる数十人以上の敵をティアは武輝である大剣を振るい、ある程度の間合いを保ち、クラウスと戦っているセラの邪魔をさせないようにも気を遣いながら戦っている。
一人で数十人を相手にしているというにもかかわらず、その表情に焦りはいっさいなく、身の丈以上ある大剣を軽々しく振るって、数十人の敵を圧倒している。
ティアを相手にしている屈強な男たちは、一人であるにもかかわらず圧倒しているティアの強さ、そして、彼女から放たれる威圧感に気圧されていた。
一方のセラは、余裕な様子のティアとは違い、クラウス相手に防戦一方の様子だった。
長いリーチを誇る武輝のハルバードを軽々と振り回しているクラウス・ヴァイルゼンの攻撃を、セラは武輝であるリーチでは圧倒的に劣る剣で受け止めているが、彼の重い攻撃に反撃することができないのか、受け止めることしかできていなかった。
セラに向かってクラウスは一歩を踏み込んで穂先を突き出す。
セラはその一撃を武輝でガードするが、衝撃を殺せずに態勢を崩してしまう。
そんなセラに向かって、クラウスは容赦なく武輝を振り下ろすが、セラは後方に身体を翻してその一撃を紙一重で回避し、クラウスとの間合いを開ける。
剣を構えたままジッとこちらを睨むようにして、こちらの動きを注意しているセラを見て、クラウスは嫌らしく、そして、気分良さそうな笑みを浮かべた。
「聖輝士の私にあれだけの大口を叩いてこの程度とはな」
自身が聖輝士であることを強調して、威張るような態度を取るクラウス。
セラは何も言わず、薄らとした意味深な笑みを浮かべ、剣を逆手に持ってクラウスに飛びかかる。獣を思わせるかのような彼女の動きに翻弄されながらも、クラウスは冷静に動きを見切る。
身体を捻らせると同時に放たれるセラの攻撃――クラウスは難なく受け止める。
受け止められた瞬間、再びセラは身体を捻って放つ回し蹴り、クラウスはこれも難なく回避――しようとした瞬間、彼女の爪先が自身の頬を掠めた。
忌々しげに舌打ちをして、クラウスは武輝であるハルバードを一回転させ、回転させた勢いで放つ、貫くような勢いで放たれる突き。
セラは上体を思いきりそらすと同時に、クラウスの顎に向けて上体をそらした勢いで足を上げて蹴りを放つ――クラウスは頭をそらして回避するが、これも顎を掠めた。
さっきまでの動きとは段違いなほど、動きや攻撃のスピードが上がり、攻撃に対する反応も向上しているセラにクラウスは焦りを覚えた。
焦りを覚えているクラウスを見透かしたように、セラはクスリと薄い笑みを浮かべた。
「――クッ! 調子乗るな!」
身体を思いきりクラウスは回転させると同時に、ハルバードを思いきり振るう。
勢いのある回転斬りを受け止め、セラは受け止めた衝撃で吹き飛んだ。
吹き飛んだが、空中で身を翻してセラは難なく着地し、涼しげな顔を浮かべていた。
どことなく挑発的なセラの態度に、クラウスは徐々に怒りが噴き出る
しかし、こちら側が有利なのは変わらないと自分に言い聞かせ、クラウスは冷静になる。冷静になった彼は再び余裕な笑みを浮かべ、こちらを睨むセラを見下すように見つめた。
「秘めたポテンシャルはあるようだが、まだまだこの程度の実力……噂になるほどの実力を持っている風紀委員の主戦力だと聞いてみればこの様とはな」
短時間の間でセラと戦ってみての素直な感想を、クラウスは完全にセラを見下したような表情で述べた。明らかに見下されているが、セラは何も言わないままジッと彼を睨む。
「まあ、そもそも、武輝も出せないようなクズがいる風紀委員には何も期待はしていなかったのだがな……この際だ、教えてくれないか? どうしてあんなクズがいる。明らかにお前や鳳麗華の足手まといになるだろう?」
クズ――七瀬幸太郎のことを言っているクラウスに、何も言わないままだったセラの表情がピクリと動き、感情を感じさせない彼女の表情にはじめて不快感が露わになった。
「……こちらの質問に答えてくれたら、私も答えましょう」
「少しくらいは休憩し、私を倒すための作戦を練る時間も必要だろう――いいだろう」
「あなたは自分よりも下の人間に対して明らかに見下している態度を取っている。けど、リクト君に関しては、見下すと同時に激しい憎悪を抱いている……なぜ、彼に対してだけは見下すだけではなく憎悪さえも抱いているのか、気になっているんです」
セラの質問に、クラウスは一瞬無表情になったが、すぐに激しい怒りを宿した顔になる。
端正な顔立ちを歪ませてまでの怒りを露わにするクラウスは、怒りで身体さえも震わせながら、気を落ち着かせてセラの質問に答える。
「選ばれし者だった私として、あのクズが選ばれし者――それも、次期教皇最有力候補だというのが許せないのだ!」
冷静に努めながらの言葉だったが、クラウスは沸き上がる激情に堪えきれずに最後は思いきり感情を込めて怒鳴り声に近い声でそう言った。
激情とともに強い怨嗟の込められたクラウスの言葉を聞いて、セラは得心したように頷き、小さく薄らとした笑みを浮かべる。
「リクト君と同じ、煌石を扱える資質を持った者――元・次期教皇候補だったのですね」
セラの言葉を聞いて、クラウスは一瞬昔を懐かしむような顔になったが、すぐに自嘲的な笑みを浮かべた。
「アカデミーが創立される以前、十年以上も前の話だ……数年間は煌石を輝かせることはできたが、ある日突然煌石が輝かなくなり、次期教皇候補から呆気なく外されたのだ。それと同時に、あのクズが次期教皇最有力候補になった! その悔しさをバネにして、私は旧育成プログラムを受け、祝福の日事件以降に増えた輝石使いたちの犯罪を取り締まり、その功績が認められて聖輝士になった」
悔しそうでありながらも、嬉々とした表情で自慢げに自分を語るクラウスを見て、セラはハッキリとした嘲笑を浮かべる。そんなセラの笑みに、クラウスは眉根をひそめる。
「つまり、あなたは――自分より下に見ている人間のリクト君が次期教皇最有力候補であることを認められないと、下見ているのに自分が得られなかった称号を持っている彼が妬ましいということですね」
「妬ましいとは違う。高峰と同じだ――あんな奴が次期教皇最有力候補と私は認められんのだよ! あの称号はあんなクズに相応しくない! 選ばれし者にあんなクズが相応しいはずはない! あの称号はそんな軽いものでは――」
「くだらない」
昂る様子のクラウスの言葉を遮るように、嘲笑を浮かべたセラは冷たくそう言い放った。
自分の言葉を短い一言で一刀両断するセラに、一瞬呆けた後、クラウスは彼女を激しい怒りの込められた目で睨む。
「次期教皇という称号は確かに重い――しかし、リクト君はその重責に押し潰されながらも必死に這い上がろうとしている。だから一度は心が折れながらも、彼はここまで来た」
そう言いながら、セラは逆手に持った武輝である剣を強く握りしめる。
「七瀬君だって、怪我をしているにもかかわらず、リクト君を守るために痛みを堪えてここまで来た」
「クズがクズを守る? 所詮クズはクズ、クズは何もでき――」
クラウスが対応できないほどのスピードで、一気にセラは彼との間合いを詰めると、リクトと幸太郎のことを見下し、嘲る彼の顔面に向けて武輝をきつく握り締めて作った拳で思いきり殴り、吹き飛ばした。
感情が抑えきれなくなったセラの一撃に吹き飛ぶクラウスだが、大したダメージは入っていないようですぐに立ち上がり、余裕そうに笑みを浮かべる。
「激情に身を任し、かなりのスピードを引き出したようだが、それでは私には――」
「いつまで遊んでいるつもりだ、セラ」
クラウスの言葉を遮るようにして、ティアが間に入ってきた。
数十人以上いた高峰が集めた同志たちは、すでにティアの手によって全滅させられ、全員ボロ雑巾のようになって気絶していた。
個々の実力では到底ティアには敵わないが、数十人一気に攻めれば勝てると思っていたクラウスだったが、その予想を脆くもティアは崩した。
あれだけの相手に、傷一つ、そして息一つ乱してないティアの様子に、クラウスは額に冷や汗を浮かべた。
「安心しろ、セラはお前のことは任せろと言ったんだ、私は手を出さない。それに、私が手を出さなくとも一人で十分だからな――そうだろう、セラ」
ティアの言葉に、セラは余裕そうな笑みを浮かべて頷く。防戦一方だったのにも関わらず、そんな笑みを見せるセラをクラウスはハッタリと思いながらも、胸騒ぎがしていた。
「お前のように人を見下すことしかできない奴は。私が完膚なきまで倒す」
逆手に持った剣を順手に持ち替えて、セラは構える。雰囲気を一変させるとともに、自身を威圧するような重圧を与えてくるセラに、クラウスの警戒心が高くなる。
「遊びはおしまいだ。すぐにお前を倒して七瀬君たちを追う」
その言葉とともに、セラの姿がクラウスの視界から消えた。
輝石使い、それも、その中でも聖輝士という誉れ高き称号を得ているクラウスの強化された動体視力でも追いつけないほどのセラのスピード。
咄嗟にクラウスは周囲の気配を探り、多くの戦いを経て培った勘でセラの居場所を探る。
クラウスはセラの気配を自身の上に察知すると、上空からセラが斬りかかってきた。
上空からの剣を振り下ろしたセラの一撃を、クラウスは自身の武輝で防御する――その瞬間、セラの蹴りがクラウスの腹部めがけて飛んできた。
セラの爪先がクラウスの鳩尾に突き刺さるようにしてめり込み、クラウスは情けない呻き声を上げるが、すぐに態勢を立て直す――が、間髪入れずにセラは光を纏った剣を振るって衝撃波を飛ばして追撃してきた。
これも何とか防御をするクラウスだが、すぐさまセラは間合いを詰めてきた。
休む間も与えないセラの体術を織り交ぜた連撃に、今度はクラウスが防戦一方になる番だった。激しいセラの連撃に、クラウスは押し出されながらも凌いでいる。
実力伯仲と思えるほどの激しい剣戟が繰り広げている二人だが、実際にはクラウスは圧倒的にセラに押されていた。
押されつつも反撃する僅かな隙を突こうとするクラウスだが、反撃しようとした瞬間の隙を逆に突かれてしまい、セラの横薙ぎの一撃を食らって吹き飛ぶ。
輝石の力でバリアを貼っていても、痛みが伝わるセラの一撃にクラウスは苦悶の表情を浮かべるが、休む間はなく、セラは突進するかのような勢いで彼に向かってくる。
一旦間合いを開くことが重要だと判断したクラウスは、武輝であるハルバードを回転させるとともに、突風を発生させてセラの身体を吹き飛ばす。
吹き飛ばすとともに、武輝であるハルバードに光を纏わせて、斧頭を思いきりアスファルトに向かって振り下ろし、吹き飛んでいるセラに地を這う衝撃波を飛ばした。
しかし、セラは吹き飛びながらも体勢を立て直し、自分に向かってくる衝撃波に向けて光を纏った剣を思いきり振って衝突させる。
雨粒を吹き飛ばすほどの衝撃が周囲の空気を揺らし、セラはクラウスの衝撃波を難なくかき消した。
二人の間に間合いが開く――クラウスは全身で息をして、あれだけ激しい剣戟を繰り広げたのにセラはまったく息を乱してはおらず、余裕な笑みさえも浮かべていた。
圧倒的な力の差を感じて焦燥感を募らせるクラウスに、セラは嘲笑を浮かべた。
「十年前――『祝福の日』以降増え続けた輝石使いに対処するべく、教皇庁は自分たち組織の力を強大に見せるため、元々数えるくらいしかいなかった聖輝士の数を倍以上増やし、一部の輝士たちに、聖輝士の称号を与えました」
「……な、何が言いたい」
嘲笑を浮かべて意味深な言葉を言うセラに、息切れを起こしているクラウスは彼女の言っている意味が理解できなかった。
「元々聖輝士は高い実力や実績を持つ一握りの輝士にしか授与されない称号。それの吟味に時間がかかったからこそ、聖輝士の高齢化が進み、旧育成プログラムは廃れてしまった。けど、祝福の日以降増えた聖輝士たちは、簡単な審査のみを通って聖輝士になった輝士たちが多い。もちろん、その中でも実力や実績、人間性に優れた輝石使いもいるが――」
冷たく鋭い目をクラウスに向けるとともに、セラは武輝である剣の切先も向けた。
「聖輝士になって急に得た権力に胡坐をかき、鍛錬を怠る人間は多数いる――お前のような実力の聖輝士など、掃いて捨てるほどいる」
他人を見下すクラウスを真似て、セラは彼に対して思いきり見下すような目で睨む。
実力差を思い知らされた挙句に見下され、クラウスのプライドを引き裂くような一言を吐き捨てるように言ったセラに、クラウスは悔しそうに歯噛みするとともに、彼女に対して殺意にも似た感情を宿し、どす黒い感情で歪んだ表情を向けた。
「黙れ、黙れ、黙れ、黙れ黙れ黙れ!」
「お前なんて聖輝士に相応しくない――アカデミーに来て一番弱い輝石使いだ。お前の見下しているリクト君や七瀬君よりもお前はずっと弱い! そんなお前が――」
「黙れぇええええええええええええええええ!」
吐き捨てるようなセラのトドメの一言に、激怒したクラウスは武輝であるハルバードに光を纏わせ、思いきり両手で回転させ、自身の周囲に小規模の竜巻を発生させた。
その竜巻に徐々に吸い寄せられるセラだが、彼女は迷いなく竜巻に向かって自ら吸い寄せられるまま、迷うことも恐れることもなく、一直線に向かって走り出した。
「そんなお前が――私の友達を……――バカにするなぁああああ!」
雄叫びにも似た声を出し、セラの感情の爆発に呼応するかのように彼女の握っている武輝である剣に強い光が纏い、燃え盛る炎のような光が揺らめいていた。
クラウスが発生させた竜巻に飲み込まれるセラ。
凄まじい風圧がセラの身体を襲うが、彼女は怯まない。
クラウスのハルバードが彼女に向かって思いきり振り下ろされた――
だが、それ以上の速度で薙ぎ払ったセラの剣の刃が、クラウスの腹側部にめり込んだ。
強烈な一撃に、輝石の力を強固なバリアとして纏っているクラウスでさえも、武輝を落とし、膝をついたまま一瞬で昏倒してしまった。
セラは息一つ乱すことも、傷一つつくこともなく、膝をついて倒れたクラウスを冷たい目で見下ろした。
教皇庁から認められた誉れ高き称号である聖輝士のクラウスを倒しても、セラは何の感慨もわかなかった。
呆気なく戦闘が終わったセラに、ティアは近づく。
「ここは私に任せてお前は先へ――七瀬たちの元へ急げ」
ティアの言葉にセラは力強く頷き、この場をティアに任せた。
無様に倒れているクラウスに、一瞥もくれずにセラは先へ急いだ。
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